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真理子の聖書日記


このサイトを作りながら、聖書を読みながら真理子が考えたことです。
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[790] 箴言14-15章 投稿者=真理子 掲示日=2011/07/14(木) 09:20:22 ここから閲覧

http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=skd&book=pro&chapter=14&mode=0
内容が種々雑多なので、私が読んで面白いと思ったものをいくつか並べるにとどめます。

箴14:28「国が強大であれば王は栄光を得る。民が絶えれば君主は滅びる」。前半は、「経済が豊かなら」くらいに読んでおいたほうがいいかしら。いずれにせよ、民があっての君主なのよ。

箴15:17「野菜を食べて互に愛するのは、肥えた牛を食べて互に憎むのにまさる」これは口語訳だけど、新共同訳の「肥えた牛を食べて憎み合うよりは青菜の食事で愛し合う方がよい」のほうがわかりやすいかしら。いずれにせよ、これ笑っちゃいましたわ。

[789] 詩編90-92編、シラ12章 投稿者=真理子 掲示日=2011/07/13(水) 11:11:32 ここから閲覧

●詩編90-92編
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=psa&chapter=90&mode=0
 詩編は150編ずらーっと単一の詩集になっているわけではなく、1-41/42-72/73-89/90-106/107-150という5巻にわかれます。日本語訳ではこの区切りを明示していないものが多いですけどね。
 そんなわけでここから第4巻です。
 90編はモーセの祈りということなんですが、福音派ですらこれがモーセの作だと主張していません。なんで聖書無謬説の福音派がモーセの作であることを否定してるのかと思ったら、詩90:10で「私たちの寿命は70年、せいぜい80年」と言ってるのが、120歳で死ぬまでぴんぴんしていたモーセに合わないってことらしいです。はあ、あちら立てればこちら立たずですね。
 まあ、モーセの詩を読みたかったら、申33にあります。これだってホントかどうかわかったもんじゃありませんけどね。
 で、90編は、私の生まれる前から、それどころか山が生まれる前、世界が生まれる前から主は神様だ、それにくらべて人の一生はなんとむなしい、という思いを詠んでいます。
 かねがね「ヤハウェはしょーもない男だ」などの発言で神様にたてついている私も、やっぱりこういう気持ちは持ってます。その気持ちが信仰の始まりなんですね。おひげをはやしたおじいさんのような人格的な神様がいるとはこれっぽっちも思ってませんが、仏教でいう法のような、この世を動かす抽象的な法則を、神という言い方をすれば言えるんだろうと思います。

 91編の詩91:11-12は、イエス様が荒野で悪魔から試みられたときの詩です。

●シラ12章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=sir&chapter=12&mode=0
 悪人対処法。誰かれかまわず親切を行えばいいというわけではなさそうです。

[788] Davidson Hebrew Lexicon 投稿者=真理子 掲示日=2011/07/12(火) 23:17:56 ここから閲覧

 ヘブライ語聖書の語彙集として昔からよく使われてきた、 Davidson : The Analytical Hebrew and Chaldee Lexicon を全ページスキャンして簡単な検索機能をつけてみました。

http://www.babelbible.net/davidson/davidson.cgi

 まだヘルプが書きかけなんですけど、とりあえず公開いたします。

[787] 南北の王を覚える歌 投稿者=真理子 掲示日=2011/07/12(火) 07:25:14 ここから閲覧

 前々から作る作ると言っておきながらさぼっていた、南北の王を覚える歌。一応作ってみましたが、鉄道唱歌の替え歌で9番までできちゃったわ。長すぎる。

ソロモン王が死んだあと
国は2つに分裂し
10部族もらったヤラベアム
シケムに都をおきました

その子のナダブを打ち倒し
バアシャとエラが即位して
さらにジムリがクーデター
七日天下で殺された

オムリはサマリア遷都して
アハブの時代にエリヤ出る
アハジヤ、ヨラムと続いては
預言者エリシャも活躍す

南はユダ族、エフライム
治める王様レハベアム
アビヤム、アサ、ヨシャパテと経て
北と同名ヨラム立つ

南のアハジヤ北に行き
ヨラムを見舞ってみたものの
エヒウのクーデターに巻きこまれ
母のアタリヤ即位する

北はエヒウにエホヤハズ
南はアタリヤ殺されて
ヨアシが立ってみたものの
北もヨアシが即位する

南はアマジア、次ウジヤ
病気でヨタムに交代す
北はヤラベアム、次ヨタム
おんなじ名前になっちゃった

北はゼカリヤそのあとは
シャルム、メナヘム、ペカ、ホセア
みんな謀反で即位して
国まで滅んでしまったわ

アハズ、ヒゼキヤ、マナセ、アモン
ヨシヤ、エホヤハズ、エホヤキム
エホヤキン、ゼデキヤと即位して
南も滅んでしまったわ

 浅見定雄さんが『旧約聖書に強くなる本』で紹介しているのは、王名の一部(必ずしも頭文字とは限らない)をつなぎ合わせた語呂合わせですけど、それじゃ最初にしっかり王名を覚えてないと使えない。だから私は王名を省略せず詠み込むことにしました。なお、王名は口語訳聖書に従いました。
 それから、南だけ、北だけだと、同時代の関連がわかりにくくなるので、列王記に従って、北ちょこ、南ちょこ、北ちょこ、南ちょこ……としてみました。

[786] ユダヤ教は三度作られた 投稿者=真理子 掲示日=2011/07/12(火) 07:19:23 ここから閲覧

 ヨシヤ王の時代に出てきた昔の律法の本というのは具体的には申命記。実際にはこの時代に創作されたのでしょう。
 最近、井上寛司『「神道」の虚像と実像』(講談社現代新書)という本を読んでまして、帯に書いてある「神道は三度「つくられた」」というコピーが気に入りました。その言い方を借りれば、ユダヤ教も三度作られたと言えるでしょう。一度目がヨシヤ王のとき。二度目がバビロン捕囚後のエズラの時代。三度目がイエスの死後のユダヤ戦争の敗北後というところでしょうか。
 ヨシヤ王以前はもちろんヤハウェ神への信仰はあったものの、そんなのはバアル神だの何だのさまざまいる神の一つに過ぎません。ヨシヤ王の時代にヤハウェ神の一神教が確立したのです。そしてそれに従って、いろいろな伝説が再構成されたのです。ヨシュア記~列王記も、この新しい一神教に基づいて再構成されたもの。士師記とか列王記とか読むと、イスラエルの民はよくもまあ不信仰なことばかりするという感がありますが、この時代の人が後にタイムスリップして列王記を読んだらポカーンでしょうね。ホントはヤハウェなんてたくさんいる神様の一人に過ぎませんから、彼らはちっとも罪悪感なくいろんな神様を信仰したというだけのことです。
 モーセの出エジプトの故事とか、創世記に書かれているアブラハム、イサク、ヤコブ、ヨセフらの話は、それらしいことは実際にあったのかもしれませんが、みんなこの時代に体系化されたのでしょう。これがユダヤ教が作られた「一度目」。
 このおかげで南王国の民は、王国が滅んでも、北王国みたいに他民族と同化したりすることなく、独自のアイデンティティを持って団結し、エルサレムへの帰還がかなった後は、エズラの指揮で神殿を再建しながらユダヤ教を体系化していきます。これが二度目。
 ユダヤ教はイエス様の死後、ユダヤ戦争に敗北し、エルサレムが破壊され、散り散りにされるという危機の中で整備され、以後はほぼそのまま現在にまで至っています。聖書だってこの時代に最終確定したんです。けっこう新しいんです。

[785] 列王記下21-25章 投稿者=真理子 掲示日=2011/07/12(火) 07:17:16 ここから閲覧

http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=2ki&chapter=21&mode=0
 南は(もう南しかありませんけどね)マナセ(南14。BC687-642)。南の王様の中では最悪の王様ということになっていますが、その詐術については後述しましょう。死後はアモン(南15。BC642-640)が立ちますが、クーデターで殺されます。しかしこのクーデターは民の支持がなく、首謀者たちは殺され、ヨシヤ(南16。BC640-609)が即位します(21章)。
 ヨシヤの時代に大祭司ヒルキヤが宮殿工事の際に昔の律法の本を見つけます。これを読むと、いかに今の政治が律法に反しているかがよくわかり、異教の神々を廃し、長らく行われてこなかった過越祭を復活させるなど、神様の心にかなうよい政治をします。
 じゃ、そんなにいい王様がいていいことをしたなら、さぞやエルサレムは栄えたことだろうと思うのですが、現実にはまもなく新バビロニアが攻めてきてバビロン捕囚が始まっちゃうわけですから、まったくヤハウェというのはご利益のないとんでもない神様ですよね。
 この矛盾を解決するカギが14代目のマナセ王というわけです。あまりにマナセが悪い王だったので、この時点でユダ王国の滅亡を神様は決定してしまったという理屈なんです(王下23:26)。
 次はエホヤハズ(ヨアハズ。南17。BC609)。ネコという名のエジプトのファラオにつかまってわずか3ヶ月で王位を退き、エホヤキム(ヨヤキム。南18。BC609-598)を立てます。そういう経緯で王位についたエホヤキムですから、エジプトに金銀を貢ぐために重税を課します(22-23章)。
 エホヤキムの時代に新バビロニア(聖書ではカルデアと呼ばれます)が攻めてきます。死後は子のエホヤキン(ヨヤキン。南19。BC598-597)が即位。名前がとっても紛らわしいので注意してください。最後がムかンかの違いだけです。そしてエホヤキンのときに新バビロニアに降伏。主だった人たちがバビロンに連れていかれます(第一次バビロン捕囚)。新バビロニアはエホヤキンのおじゼデキヤを立てます(南20。BC597-587)。(24章)
 ゼデキヤは無謀な反攻をして敗北。エルサレムは1年以上の包囲の末に落城し、徹底的に破壊され、再び主だった人たちが捕囚されます(第二次バビロン捕囚)。
 その後は新バビロニアがたてた総督ゲダリヤをユダ王家の残党が殺すなどということがあり、新バビロニアの報復を恐れて民がエジプトに亡命します。(25章)
 ちなみにエレミヤはこのとき共にエジプトに行き、そこで殺されたという話があります(聖書に根拠ナシ)。

[784] レビ記22-24章、シラ書11章 投稿者=真理子 掲示日=2011/07/11(月) 13:43:21 ここから閲覧

●レビ記22-24章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=lev&chapter=22&mode=0
 祭司専用の食物規定や献げ物の規定に関する22章はおいときまして、23章の祭日の話はいろいろな場面でよく出てくるので、レビ記嫌いの皆様もしっかり読んでおく必要があります。

 ユダヤ教の暦と祭に関しては、ミルトスの次のページが役に立ちます。
http://myrtos.co.jp/info/judaism03.php

 まずはイスラエルの暦。イスラエルの暦は日本や中国の暦に似た旧暦、つまり月の満ち欠けによって決まります。
 ところが開始は春分を含む月なので、3月ごろとなります。
 それから、月の日数は、奇数月が30日、偶数月が29日、ただし12月は30日、8-9月は調整で変化することがあります。また閏月は12月の次に29日間入れます。
 月の名前はバビロニア系の次のものが一般的です。1=ニサン、2=イヤル、3=シワン、4=タンムズ、5=アブ、6=エルル、7=ティシュリ、8=マルヘシュワン、9=キスレウ、10=テベト、11=シェバト、12=アダル。
 浅見定雄さんが『旧約聖書に強くなる本』で、これの覚え方を紹介しておられますが、あんまり好きじゃないので、真理子流を披露いたします。
    兄さんにやる、しわの反物。虻(あぶ)が寄るの。
    ティッシュ(で拭くの)が○ですわ。
    キスしたら手がべとべと、さあ罰が当たる。
 兄さんに反物をあげるはずが、しわになっちゃったんですね。虻までよってきました。どうしたんでしょう。たぶん反物をけがらわしいもので汚したんでしょうね。ティッシュで拭いておきましょう。
 でも、けがらわしいものって何でしょう。え、キスしたの? それで手がべとべと? いったいどこにキスしたの? あ、兄さんの性欲を処理してたのね。それで手どころか反物まで汚したのね。あらあら、それって兄妹相姦っていうんじゃないの? さあ、ヤハウェ御大の罰があたるわ。
 なんか、私らしいですね。はい。

 まずは安息日の話。これは祭日じゃありませんけど、7日ごとの安息日→7週祭→7月1日という七にまつわる祝日のシステムの基本をなしているので最初に持ってきたのでしょう。
 で、1月14日が過越祭、15-21日が除酵祭。もともと春先の血の魔よけの儀式と、酵母ぬきパンを食べる除酵祭とが、出エジプトの伝説(史実!?)とからめて祝われるようになったのです。今のイスラエルでは両方まとめてペサハと言います。
 除酵祭期間中の安息日の翌日に大麦の初穂をささげます。この日付は年によって違います。除酵祭は月のみちかけ次第、安息日は土曜日ですから、連動してませんもの。日曜日になることは確定ですが日付は年によって違います。
 あれれ、過越→除酵祭の日曜日ってことは、イエス様の復活の日でもありますね。
 ちなみにイエス様が死んだのは金曜日だというのは確定してますが、それがマタイ、マルコ、ルカでは過越祭の前日、ヨハネでは過越祭の当日ということでして、どっちであるによってイエス様の死の年が変わってきます。
 さて、この日曜日の翌日から50日目、日曜日からだと50日後が七週祭(シャブオット)。この日一日だけのお祭りです。この日に小麦の初穂をささげます。大麦で始まり小麦で終わるわけですね。
 ちなみに、これがキリスト教に受け継がれるとペンテコステになります。
 こうしてみると、ユダヤ教の祭は何やかやとキリスト教にも受け継がれているんですね。
 7月1日は新年祭(ローシュ・ハシャナ)。昔の暦では新年は1月から始まったみたいですが、今のユダヤ暦では7月から始まります。
 7月10日が贖罪日(ヨム・キブール)。曜日にかかわらず安息日になります。
 7月15-21日が仮庵祭(スコット)。イスラエル版のお盆休みです。仮庵つまり仮設住宅で過ごします。22日は律法歓喜祭(シムハット・トーラー)。これはレビ記には書いてありませんが、ユダヤ人が1年間かけて律法を通読する最終日になるのでそれを祝います。

 これ以外に重要な祭としては、9月25日からの一週間がハヌカ祭。これはマカバイ記に出てくるセレウコス朝の弾圧に対する勝利を祝う祭です。
 それからプリム祭が12月14日。あれまぁ、赤穂浪士の討ち入りの日と同じですね。もっともユダヤ暦は春分のころに始まりますから、立春のころに始まる日本や中国の暦とは1-2ヶ月ほど違いますけど。これはエステル記に出てくるユダヤ人大虐殺を免れて「やられたらやり返せ」と復讐を誓うという、その意味でも忠臣蔵的な祭です。
 もちろんこれらは後の時代のもので、レビ記に入ってるはずがありません。

●シラ書11章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=skd&book=sir&chapter=11&mode=0
 仕事の話、人づきあいの話、お金の話などいろいろですが、10節の「子よ、あまり多くの事に手を出すな」は、私、耳が痛いですわ。うちのサイトがまさにそう。いろんなことをやろうとして、どれもできてない。

[783] 1テサ1-3章 投稿者=真理子 掲示日=2011/07/10(日) 06:00:30 ここから閲覧

http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=1th&chapter=1&mode=0
 現代式の発音だとテサロニキ。古典式だと本当はテッサロニケーだからテサロニケって中途半端な表記ですけど、キリスト教業界での定着度を考えてテサロニケにしておきます。
 ギリシア北部、マケドニアの中心地で、今でもギリシア第二の都市です。マケドニアといえば、昔のユーゴが解体して今ではそういう名前の国ができてますね。だけど中心地のテサロニケはギリシア。近代のドイツ帝国の中心となったプロイセンの本拠地ケーニヒスベルク一帯はいまではロシアの飛び地。本拠地が他国に編入されているなんてことはヨーロッパでは珍しくないので、日本が北方四島は固有の領土だなんていっても、「はぁ?」ですよ。頭を冷やしましょう。もうロシア人が住んで長く、そこで生まれ育った人も多いんだから、ロシアにくれてやって、その上で日本人も住んだり商売したりする道を模索することです。
 テサロニケの話でしたわ。ローマ帝国になってからは交通の要衝として栄え、ビザンティン時代もコンスタンチノープルにつぐ第二の都市として栄えたので、今でもビザンティン時代の教会、アギオス・ディミトリオス教会なんかで有名な観光地です。
 そして、パウロがヨーロッパ初のキリスト教会を作った地なんですね。今日のところでもそんな功績を自画自賛、それをユダヤ人どもは……と例によってユダヤ人を攻撃し、お前たちががんばってこそおれたちの功績が無にならないんだと鼓舞しているという、いかにもパウロらしい手紙です。
 そう、1テサはホンモノのパウロが書いてます。ホンモノ・パウロの文章はえてしてユダヤ人攻撃や女攻撃や自画自賛が鼻につきます。
 そういうにがい部分をうまくより分けると、美しい言葉、すぐに使えそうな信仰的な言葉にもみちあふれたところです。お魚を食べるには骨やはらわたをうまくよけることが大事なのよ。

[782] リビングバイブルのヘブライ語版 投稿者=HK. J. 掲示日=2011/07/09(土) 23:54:16 ここから閲覧

現代語訳で、母音記号がないのですが、こんな感じです:

המשתייכים לישוע המשיח לא יורשעו בדין!

כי כוח רוח-החיים, אשר בישוע המשיח, שיחרר אותנו מהגלגל החוזר של חטא ומוות הבא בעקבות החטא.

ha.mishtaykhim le-yeshua ha-mashiach lo yurshe’u be-din

ki koach ruach-hachayim, asher be-yeshua ha-mashiach, shichrer otanu me.ha.galgal hachozer shel chet ve.mavet ha.ba be’iqvot ha.chet

Those belonging to Yeshua the Messiah are not judged guilty (any longer)!
because the power of spirit of life, which is in Yeshua the Messiah, freed us from the recurring cycle of sin and death that is coming after (the manner of) the sin

さぁ、どの部分の聖句か、わかります?

[781] 聴くだけでよいならば 投稿者=HK. J. 掲示日=2011/07/09(土) 23:51:29 ここから閲覧

こちらのサイトでも、いろんなバージョンがあります。

真理子さんが買われた英語のものも、ここに含まれていませんか?

http://www.faithcomesbyhearing.com/ambassador/free-audio-bible-download

わたしは、このサイトを知る前に、UBS の新約聖書現代ヘブライ語訳の「カセット」を香港聖書協会で買ってしまいました。いまとなっては、もったいないことをしたと思っています。

[780] 新約聖書のヘブライ語訳 投稿者=HK. J. 掲示日=2011/07/09(土) 23:10:53 ここから閲覧

わたしが本として所有しているもの:

★Franz Delitzsch
★Isaac Salkinson
・・・二つとも、KJVが見開き対照になっているものです。古典ヘブライ語。

★UBS Israel Branch版
・・・NKJVと対訳になっているのは、これです。現代へブライ語のちょっと硬い文体。

ほかにも、ヘブライ語オンリーのバージョンがあって、Kitvei ha-britot כתבי הבריתותというタイトルで出版されています。これは、旧約はBHSそのまま。新約はUBSのヘブライ語訳。このヘブライ語オンリーバージョンのいいところは、ダニエル書や、エズラ・ネヘミヤの、アラム語の部分に、何と、現代ヘブライ語訳がついているんです!

また、新約部分だけの「引照・脚注付バージョン」、「コンコルダンス」もすでに出ています。


★Living New Testament "derekh"
・・・母音記号なしの、現代ヘブライ語。

The Unbound Bibleの訳は、誰の訳なんでしょうね?あるいは、ネットで配布できるように、上記四つとは別にだれかが訳したものかもしれません。

[779] The Dramatised Bible 投稿者=真理子 掲示日=2011/07/09(土) 17:08:45 ここから閲覧

もう一つ買ったのが、
http://www.amazon.co.jp/Dramatized-Bible-Good-News-Bibles/dp/0564051357/ref=sr_1_1?s=english-books&ie=UTF8&qid=1310197925&sr=1-1

これではDramatizedになってますが、本のほうはDramatisedと書いてあります。

 聖書をドラマ仕立てに書いたものということで、かなりキワモノなのかと思ったらそうでもなかったです。Good News BibleやNew International Versionをベースに、できるだけ元の訳どおりで、それを脚本風に切り分けて書いてるという感じです。
 たとえば、私の大嫌いな士11:35-37は、GNB本文では、
35 When he saw her, he tore his clothes in sorrow and said, "Oh, my daughter! You are breaking my heart! Why must it be you that causes me pain? I have made a solemn promise to the Lord, and I cannot take it back!"
36 She told him, "If you have made a promise to the Lord, do what you said you would do to me, since the Lord has given you revenge on your enemies, the Ammonites."
37 But she asked her father, "Do this one thing for me. Leave me alone for two months, so that I can go with my friends to wander in the mountains and grieve that I must die a virgin."

これがどうなってるかというと、

Narrator : When he saw her, he tore his clothes in sorrow (AND SAID欠):
Jephthah : Oh, my daughter! You are breaking my heart! Why must it be you that causes me pain? I have made a solemn promise to the Lord, and I cannot take it back!
Narrator : She SAID TO him:
Daughter : If you have made a promise to the Lord, do what you said you would do to me, since the Lord has given you revenge on your enemies, the Ammonites. (PAUSE) Do this one thing for me. Leave me alone for two months, so that I can go with my friends to wander in the mountains and grieve that I must die a virgin.

 上で、大文字部分が元と違うところ。つまり、基本的にはもとの文を脚本風に改行して話者を書いてるだけ。そしてtoldがsaidにするとか、節の区切りを強引につなげて(PAUSE)とかいう指示にしてるだけで、ほとんど同じ。
 こういう聖書は、たぶん教会学校とかで寸劇をやるためのものなんでしょうけど、それにしちゃほとんど同じなんで、こんな本買わなくても「おいらナレーター。お前エフタ、お前は娘。そのせりふのところだけ読んで」ってやればできちゃう気がするんですけどね。

 こんな本もあるのねってことで、1000円なので買ってみました。

[778] また手に入れちゃった現代ヘブライ語新約 投稿者=真理子 掲示日=2011/07/09(土) 16:45:10 ここから閲覧

 東京国際ブックフェアで、日本聖書協会が洋書をみんな1000円で売ってたので、狂喜して買おうとしたんですが、ほとんどは私が持ってるものでした。で、買ったものの一つが、

http://www.amazon.co.jp/Hebrew-English-Diglot-Bible-NKJV-American-Society/dp/9654310058
Hebrew-English Diglot Bible-NKJV/FL(米国聖書協会)

 ヘブライ語と英語の対訳で、上記にあるとおり英語はNKJV。ヘブライ語は見たところ旧約はBHSのまんま、新約はこれ何なんでしょう? イスラエル聖書協会の1995年版ってことみたいです。

 ヘブライ語の新約は、ばべるではThe Unbound Bibleからいただいたものをアップしており、あとは個人的に、イスラエル聖書協会の1976年版を持ってるんですが、これで3種類そろっちゃいました。ヨハ1:1の「言葉は神とともにあった」というところが(1976と1995は母音記号ついてますけど面倒なので子音のみ)、

Unboundのもの והדבר היה את האלהים
1976 והדבר היה אצל האלהים
1995 והדבר היה עם האלהים

のように、「~とともに」の語がみんな違うのが興味深いです。

[777] 第二神殿木製モデルキット 投稿者=HK. J. 掲示日=2011/07/09(土) 15:01:48 ここから閲覧

製作時間:12時間
パーツ数:約200

これ、個人で買う人がいたら、すごいオタクですよね。
教会で購入したとしても、どこに置くんでしょう?

それに、神殿の各部分が、手元の聖書の記述と照らし合わせできるようになっていなかったら、面白みがかなり減るように思います。

わたしの持っている画集というのは、次のようなものです:

THE TEMPLE: A description of the Second Temple according to the Rambam
Israel Dov Levanoni
Brit Chalom Editions Ltd. & Eliahu Elezra Publishers
ISBN 965-222-641-6

ユダヤ教の文献に基づいて、ほとんど、設計図といってもいいくらい細かく、中世の注釈家Rambamが書き残した図面を、その元になった文章とともに載せています。
もちろん、復元模型のカラー写真もどっさり。

神殿の外側がわかるだけでなく、この画集なら、聖所、至聖所の中の器具なども図解入りで見ることができます。

[776] ルカ23-24章、シラ10章 投稿者=真理子 掲示日=2011/07/09(土) 11:03:07 ここから閲覧

●ルカ23-24章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=luk&chapter=23&mode=0
 さあて、イエス様が刑死して復活してルカもおしまいです。
 われながら、なんか投げやりな書き方ですわね。
 このところ私、福音書を読むのが苦痛です。これでもかこれでもかと身体障害を治すの、バカバカしい。じゃあ身体障害は罪なのか、治ればそれでいいのかって突っ込みたくなるんですが、それはまたヨハネのときに言うことにいたします。
 実は私、福音書の中で一番つまんないと思ってるのが、イエス様の復活の話なんですよ。原マルコみたいに、思わせぶりな書き方をして終わるというのが一番いいわ。イエス様が復活して、あれをやったこれをやったって言われても、全然ピンと来ないんですもの。
 マルコは単に思わせぶり(もちろんマコ16:9以降は加筆よ。田川先生なんか本文からばっさり切っちゃったわ)、マタイは単に姿があらわれただけ、このあたりまではいいんですけど、福音書の著者たちはだんだん悪ノリしていく。ルカなんか、イエス様に焼き魚食べさせちゃうんですよ。ヨハネなんかさらに、傷口検査までさせちゃうんですよ。
 バカじゃなかろうか。復活がこんなことだったら、私キリスト教なんか信じたくないです。
 だってそうでしょ? そうやって仮にイエス様が肉体を伴って復活したとしてですよ、それからたった40日しか地上にいられなかったんですよ。なんだかゾンビのような現実感のない姿でたった40日しか生きられない復活なんて何なんでしょう? イエス様で40日だったら一般人なんか3分程度でしょうね。2分30秒たったらウルトラマンみたいにピコンピコンピコンと胸で警告が鳴りそう。
 イエス様の復活ってこんなことじゃなくてさ、人々の心の中に強烈なイメージを残して、人々を動かして新たな宗教を作っちゃったってことなんだと思うんですけど。
 その強烈なイメージは、イエス様の生前の言動、特に受難と刑死の様子に現れているんじゃないかしら。
 だから福音書が受難で終わって、復活はマルコ程度に思わせぶりで書いてくれるのが一番ありがたいんですけどね。
 バッハだって受難曲は名曲だけど、復活祭オラトリオなんて駄作でしょ?

 ルカは福音書の続編として使徒言行録を書きました。こっちのほうがよっぽど面白いです。通読表では9/10から始まりますので待ちましょう。

●シラ10章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=sir&chapter=10&mode=0
 今日は政治家論ですね。シラ10:8の、誰が支配しようと不正と不遜とカネっていうのが、妙に納得させられますわ。

[775] Re:エゼキエル 投稿者=真理子 掲示日=2011/07/09(土) 10:18:45 ここから閲覧

 どうも。
 Youtubeのリンクは、{youtube,ID}({}は実際には半角)とすると、埋め込み式で表示するようにしてます(掲示板運営方針参照)。そのように直しておきました。
 銀座の教文館に行くと、日本聖書協会が扱っているエルサレム第二神殿木製モデルキット
http://www.bible.or.jp/purchase/newbible/sanctuary.html
が展示してあるんですけど、これってキットだから完成品じゃないんですよね。しかも12時間もかかる。私だったら絶対に作れない自信があります。
 ところで、今のイスラエルの国力だったら、神殿なんか作るのたやすいと思うんですけど、どうして作らないんでしょう。あ、エルサレムにはそんな土地もうないですよね。こんなことで人々を立ちのかせたら一段と物騒な町になりそう。

[774] 神殿の詳細な記述 投稿者=HK. J. 掲示日=2011/07/09(土) 05:48:24 ここから閲覧

聖書そのものも もちろん情報がありますが、自分は、英語とヘブライ語で書かれた、「ミシュナ」の記述と、第二神殿の想像復元モデルの写真のたっぷり入った画集を買いました。
あまりしょっちゅうみるものではないですが、「記録に残そう」とした人々の執念を感じます。

[773] 日本語リビングバイブル 投稿者=HK. J. 掲示日=2011/07/09(土) 04:18:33 ここから閲覧

テキストデータで閲覧できるサイトがありました。

でも、ところどころ、節の切れ目が おかしいところがあります。
雅歌の部分が、特に目に付きました。

http://www.youversion.com/bible/jlb

[772] エゼキエル 投稿者=HK. J. 掲示日=2011/07/09(土) 02:48:52 ここから閲覧

幻の中の第三神殿と、枯れた骨の谷の幻、また、冒頭の「四つの生き物」の幻、どれもまず最初にエゼキエルの言葉を聞いた人々にとっては、馴染みのある、栄光のイスラエル王国とその神殿礼拝をビビッドに思い起こさせるものだったのでしょうね。

神殿そのものがいつかは再建されるという約束、
散らされた国民が甦って、諸国民の間から呼び戻されることの預言、
そして、神は従来「詩篇」の讃歌の中で描写されているとおりにケルビムに支えられた戦車で健在であることの確認

UFOだとか、地球外生命体との接触の記述だとかいう人もいますが、最初にメッセージを受け取る人々にとっては「未知との遭遇」ではなくて、やはり、昔からの神様が国を追われてバビロンに捕らわれている今もついてくれているという励ましに聞こえたのだと、わたしも思います。

http://www.sitchiniswrong.com/ezekielnotes.htm

とはいうものの、ニコラス・ケイジ主演の地球壊滅SF映画 KNOWING では、エゼキエルの幻の戦車が、上手に映像化されていて、最近のCG技術はすごいなぁと思いました。

それと、第三神殿を本当に建造するために着々と準備をしている人がいるというのも、すごいと思います。


(http://www.youtube.com/watch?v=w8JREEKnaXE)

[771] エゼキエル37-42章 投稿者=真理子 掲示日=2011/07/08(金) 11:00:07 ここから閲覧

http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=eze&chapter=37&mode=0
 ここからはエゼキエル書の一番エゼキエルらしいところです。
 さあ、エゼキエルさんと一緒にお空を飛んでみましょう。

 エゼキエルらしいというのは、エログロもそうなんですけど、非常に視覚的、映像的なところ。なにしろ神様のお姿をUFOのように表現しちゃった人ですからね。
 ですから本来はエゼキエル書の世界は映画として表現すべきところなんですが、映画でなく全部文章で表現したらどうなるか? それがエゼキエル書なんです。
 37章は
http://www.terminartors.com/artworkprofile/Collantes_Francisco-The_Vision_of_Ezekiel
みたいによく絵のネタになるところです。38章、39章に出てくるゴグ、マゴグは黙20:8にあるように世界最終戦争のときにまた登場するんだそうで、トンデモ系の方々がいろいろ書いてますが無視します。
 一番面白いのは40章以後の新しい神殿の幻じゃないかしら?
 え、こんなののどこが面白いって?
 考えてもみてください。原発事故が起こって故郷を追われたとします。もう故郷には永遠に戻ることができません。村を再興しようというのでどこか別の地に新しい村を作ります。荏田(いま私の住んでいるところ)ならさしずめ「新荏田」かしら? 神社を再興するために、以前、村にあった神社の様子を出来るだけ思い出します。写真もビデオもない時代、文章だけで神社を表現しなきゃいけない。神社の右側の壁はこういうふうになっていた、中はこういうふうになっていた……なんていう情報が、どれだけ懐かしく、希望に満ちたものになるでしょうか。第三者にはちっとも面白くないでしょうけどね。
 そんなことを考えながらここを読むと、また感慨もひとしおです。
 こういう空想が決して空想ではなく、現実にいろんなところで起こりそう。
 なお、40章以降は、1節にあるように、第一次バビロン捕囚から25年、第二次バビロン捕囚つまりユダ王国滅亡から14年経ったBC573年です。

[770] 箴言13章、シラ9章 投稿者=真理子 掲示日=2011/07/07(木) 09:09:48 ここから閲覧

●箴言13章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=pro&chapter=13&mode=0
 今日はお金関係のことわざが多いところです。たとえば……
箴13:8「人の富はその命をあがなう、しかし貧しい者にはあがなうべき富がない。」
とかね。
 今回とりあげたのは口語訳聖書ですが、「あがなう」がわかりにくいので、「財産が自分の身代金になる者がある」(新共同)、「富はその人のいのちの身代金である」(新改訳)など、今の訳ではあまり「あがなう」を使わないみたいですね。
 そもそも皆さん「あがなう」って言葉、日常的に使ってます? 私の言葉の感覚では、この言葉は聖書でしか使わないんですけど。完全に聖書・キリスト教業界用語です。
 「金品を代償として出して、罪をまぬかれる。転じて、つぐないをする。罪ほろぼしをする」というのが広辞苑の説明ですか。
 実際の聖書の文脈を見ると、「救う」「ひっかぶる」「つぐなう」などに言いかえるとわかりやすくなることが多いです。それぞれの文脈に応じて言いかえて、できるだけ使わないようにしたほうがいいんじゃないかしら。
 ここなら「身代金」で逃げてもいいんですが「救う」でいいでしょう?

●シラ9章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=sir&chapter=9&mode=0
 こっちは女の話ですね。シラ9:6「娼婦に血道をあげるな。身代をつぶさないとも限らない。
」なんて、落語の若旦那も通用しますし、今でも通用しますよね。で、その次は本当は「街角に立って辺りを見回すな。また、町の裏通りを歩き回るな。」(新共同)なんですが、これが女の話とどう関係するかわかりにくいので、口語訳(もちろん口語訳聖書にはシラ書ありませんので、ここは真理子が作った「真理子のおまけ」です)では「街娼めあてに」を補っておきました。
 あ、シラ9:1もわかりにくいかしら。妻に嫉妬すると、妻は仕返しにあなたを殺そうとするかもしれないってことですよ。ホンモノの浮気は別として、妻がかっこいい男に色目を使っても、それを大目にみておかないと、とばっちりが飛んでくるというわけです。ですから私が上杉隆先生とか大川周明先生とかに「恋する女の目」を向けたとしても、うちの主人は黙っております。ヘンに何かいうと私に何をされるかわからないから。

[769] 詩編87-89編 投稿者=真理子 掲示日=2011/07/06(水) 10:24:09 ここから閲覧

http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=psa&chapter=87&mode=0
 88編はぼけっと読んでるとわからないんですが、よく読むと、この人は単に瀕死の重病人というわけではなく、共同体から隔離されてるんですよね。たぶんらい病でしょう。するとレビ13:45-46みたいに、宿営の外に出されちゃう。そして「私は汚れている」って叫ばなきゃいけない。
 知人たちからも嫌われ、生きながら、もうすでに死んだ者のように深い穴のようなところに捨てられ、閉じ込められているのです。
 そして「どうして助けてくれないんですか」と言いながらも祈り続ける。死んだら助けてくれるのですかとも言う。
 そう思いながら、何度も味わってみてください。

[768] 列王記下16-20章、シラ書8章 投稿者=真理子 掲示日=2011/07/05(火) 08:58:52 ここから閲覧

●列王記下16-20章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=2ki&chapter=16&mode=0
 前回[739]は王様の年表だけで終わっちゃった感がありますが、今回はそうでもありません。なんかムラがありますね。
 南のアハズ(南12。BC735-715)はスリヤ(アラム)との戦争に際してアッスリヤ(アッシリア)と同盟します。王様との会見をダマスコでしたときにりっぱな祭壇を見たので、コピーを祭司ウリヤに建設させます(16章)。
 北はホセア(ホシェア)でした(北18。BC732-722)。BC722ってことはこの人が北最後ですね。えっ、そんな年代覚えてないって? ダメですね。このくらいの年号覚えましょう。前にも書いたと思いますが、
  BC922。南北分裂=国(92)は2つに分裂す。
  BC722。北滅亡=ちょうど200年続きました。
  BC587。南滅亡=だから言わな(587)いこっちゃない。
です。ついでに、ダビデの即位がちょうどBC1000年ごろ。バビロン捕囚は2回目から数えて60年つまりBC527年までと覚えると便利です。年代は異説もありますが、この覚え方が通じるこの流儀をお勧めします。なお、この覚え方は浅見定雄さんの『旧約聖書に強くなる本』の流儀。最近改訂新版が出ましたよ。
 さて、ついに北はアッスリア(アッシリア)に滅ぼされ、10部族つまりユダとベニヤミンを除く他の部族は各地に捕囚されてその民と同化して世界史から姿を消します。南はアハズにつづいてヒゼキヤ(南13。BC715-687)もアッスリアと友好関係を持ち続けて助かりますが、こっちも将来はいいことがなさそう。そんな話が17章と18章で長々と語られております。
 さて、こんなヒゼキヤを預言者イザヤは非難しますが、ヒゼキヤはけっこういい王様で、死の病について真剣にお祈りしたところ、神様はなんと助けてくれます。ちゃんと助けるぞというしるしとして、日時計の影が戻るという奇跡もおきます。しかし、列王記っていうのは、宗教的な話以外はちっとも関心がないので、ヒゼキヤのやった治水事業なんかは、代下32:30なんかを見ないとわからないというしかけになっております。列王記がちゃんといろいろ書いてくれたら、歴代誌みたいな似たような歴史書が聖書に入らず、37書ですんだんですけどね。え、それじゃ3×9=27(旧約39、新約27)って覚え方ができなかった?
 次はマナセ(南14。BC687-642)ね。あ、これは来週でした。

●シラ書8章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=sir&chapter=8&mode=0
 権力者と争うな。金持ちと争うな。保証人になるなかれ。今でもすぐに役立つ話がいっぱいよ。

[767] だから、おめぇらが言ったんだってば 投稿者=真理子 掲示日=2011/07/04(月) 14:47:44 ここから閲覧

 ルカ22:70の「おいらが神の子だっていうのは、おめぇらが言ってるんだぞ」ですが、……
 同様の言葉は、マコ14:62マタ26:64にあります。が、ちょうどルカ=マルコ+マタイっていう関係になってます。つまり、(以下、ギリシア語はアクセント類抜きますね。そのほうが文字化けしないみたいだから)

マルコ:おいらは神の子だ。εγω ειμι(Yes. = 昔のギリシア語にはYes./No.に当たる言葉がないので「おいらは~である」という文の形で答えています)
マタイ:おめぇが言った。συ(お前) ειπας(言った=アオリスト(過去)形ね)
ルカ:おいらが神の子だって、おめぇらが言った。υμεις(お前ら) λεγετε(言う) οτι(~と) εγω ειμι(Yes. = おいら~である)

お前が単数か複数か、言うに当たる動詞や時制が違ったりしますけど、おおざっぱにはルカ=マルコ+マタイという感じです。
 ところが、田川建三先生は、マルコもホントはルカみたいに「お前らが言ってるんだ」となっていたと推定します。ネストレ・アーラントは上記のように単に「私は~である」という写本を採用してるけど、ルカみたいになってる写本があるんですね。正確にはマタイっぽいσυ(お前) ειπας(言った) οτι(~と) がついてるものがある。
 で、田川先生は、もともとシンプルな「はい、その通り」だったとすれば、そのほうが信仰的立場からすれば有難いはずのに、わざわざ「お前たちが言った」を付け加える理由がない、というのを主な根拠として、実はマルコにも「~とお前が言った」がついていただろうと推測するわけです。

 あと、οτιにはもう一つbecauseの意味があるので「おいらが神の子だからこそお前(ら)はそう言うんだ」ととる考えがあります。ラテン語訳であるヴルガタはそうですし、ルターもそうです。インド・ヨーロッパ語の多くの言語では、「~と」のときには「~」部分は接続法という形を使うのが普通ですが、ギリシア語はどっちも普通の直説法みたいですね。だからなんともわかりませんけど、直観的にbecauseよりthatのほうが自然じゃないかしら。そういう「直観的に」っていうの、大事よ。

[766] レビ記19-21章 投稿者=真理子 掲示日=2011/07/04(月) 09:30:04 ここから閲覧

http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=lev&chapter=19&mode=0
 19章は「レビ記の十誡(十戒)」といえるところです。父母を敬えとか、安息日を守れとか、そういう基本的な誡律を敷衍したような感じです。
 例によって、「わたしはお前たちの神ヤハウェだ」っていうリフレインがしつこいですね。そのくらい重要なんでしょう。
 20章はまたまた近親相姦の話、21章は祭司であるアロンの子、レビ族に関する特殊規定。あらまあ、身体障害があっちゃ祭司になれないんですね。レビ族で祭司になれないんじゃ大変ですね。

 いろんなことが書いてありますけど、たとえば占い好きの女子(男もか)のみなさんは、占いはダメよ(レビ19:26)なんていうのはびっくりするかもしれません。雑誌の占いとかダメなのかしら?
 mixiじゃかつてそんなこと言ってた人たちがいましたね。あそこは頭こちこちの福音派の巣窟、っていうより、そういう人たちって声がでかいんで目立つんです。大方のクリスチャンはもっと穏健なのに、ああいう声のでかい人たちが毒電波を発するので、クリスチャン全体がヘンな目で見られるんです。
 何度も言いますが旧約聖書の律法は全部無効です。旧約聖書に書いてあるからといって無条件に守らなきゃいけないわけじゃありません。ああいう人たちは、自分の気に入らないことが聖書のどこかで禁止されてないかと探し出してくるのがうまいんです。たまたまレビ記に「占い禁止」ってあるからそれを盾にして占いを攻撃する。そういう人たちだって、神殿に羊とか牛とか山鳩とか持参するはずがないんですけどね。こういうのを「聖書のつまみ食い」というんです。
 占いといってもいろいろ。雑誌の占いのようなお遊びはOK。ただし、あなたの有り金を全部まきあげるような悪質な占い師もいますんで、そういうのにひっかからなければいいんです。
 私なんか生理中のセックス(レビ20:19)も、軽ければ平気でしちゃいます。重ければ私もつらいのでメニューを変えるとか工夫しますけどね。だいたいヤハウェって暴力的なくせに、血を食べるなとか、なんか血を嫌悪してますよね。よっぽど血を見たくないんでしょう。渡辺淳一さんによれば、女性は「これ以上出血すると死ぬ(60kgの人で1.5リットル程度)」っていう量を超えて出血しても平気で生きるけど、男はすぐ死んじゃうんだそうな。出血の致死量って、男と女の中間をとってるらしいです。女は血は平気だからね。
 で、またまた近親相姦ネタですが、旧約聖書の律法は全部無効ですし、新約聖書で「ここまでは近親婚だからダメ」っていう規定はありませんから、クリスチャンとしては、聖書に根拠を求める限り、近親婚のタブーは存在しないことになります。現実のキリスト教社会でいろいろ規定されている近親婚のタブーっていうのは、聖書に根拠をもったものではなく、それ以外の根拠、たとえばキリスト教化する以前からその民族が持っていたタブーなどを継承あるいは改変して、それをキリスト教的なものだとみなしているに過ぎないものです。
 母子、父娘、兄妹などはたいていどこでもタブーですけど、いとこあたりになってくるとまちまちです。うちはけっして近親婚を肯定するわけじゃありませんが、大事なのは、近親婚をしている民族を頭から反キリスト教的だと否定してはいけないってことです。頭こちこちの人はついついこういうことをしがちですからね。

 レビ記の読み方は、そういう表面的な「~するな」を読むのではなく、背後の精神を読むことです。たとえばレビ19:2みたいな「おいら(=神様)が聖なんだからお前たちも聖になれ」みたいなところを読むこと。レビ19:9-10みたいな「貧しい者たちのために全部収穫するな」というユニークな人道的規定を読んで「へぇ」と思うことです。

[765] Re:ルカ22:70 投稿者=真理子 掲示日=2011/07/04(月) 08:19:19 ここから閲覧

 どうも。ダブルアップの前のほうを消しておきましたわ。
 たしかにそうなんですけど、その割に、私が×をつけた訳が、becauseの訳をしているかっていうと、あんまりそんな感じでもありませんよね。
 ὅτι(オティ。すみませんが私は現代式発音です)って、どっちにしろその後の動詞が直説法ですよね。これが、becauseだと直説法、thatだと接続法とか言うんなら明確なんですけど。せっかくギリシア語には接続法っていう強い武器があるのに、どうしてこういう肝心なときに使わないんでしょうね。

 あらまあ、ヴルガタじゃ vos dicitis quia ego sum. quiaだからbecauseだわ。

[764] 詩篇の実際的な使い方 投稿者=HK. J. 掲示日=2011/07/04(月) 08:18:33 ここから閲覧

ちょっと前後します。ごめんなさい。

#744で詩篇の味わい方のことをおっしゃっていますが、思い出すことがあります。
ユダヤ教では全てのことにふさわしい祈りの言葉があるそうですが、食事の感謝の祈りを、ユダヤ教は、「食べたあと」に唱えます。これを birkat ha-mazon というのですが、通常、詩篇126篇を導入として必ず唱えます。

宗教的なユダヤ人なら、食事のたびごとに唱えるでしょうし、安息日しか礼拝しないユダヤ人なら、安息日の晩飯の後にしか唱えないでしょう。

でも、定期的にメロディをつけて詩篇を「歌って唱える」ことを繰り返すのは、頭に残りますから、いろいろと連想することができて、味わいが年月とともに深くなるのでしょうね。

[763] Re:インターリニア訳 投稿者=真理子 掲示日=2011/07/04(月) 07:52:04 ここから閲覧

どうもありがとうございます。

うちのサイトにもインターリニアの機能をつけたいなと思っておりまして、とりあえず著作権の切れたものということで、新約は
George Ricker Berry : Interlinear Greek-English New Testament (1897)
を全ページスキャンしたものをアップしようかなって思ってるんですが、旧約はなんかいいのないかしら……と思ってます。The Interlinear NIV Hebrew-English Old Testamentは著作権が切れているわけではなく、単に安いから買っただけなんですが、これはネットを利用したほうがよさそうですね。

さしあたりは、インターリニアよりレキシコンのほうが役に立つかなって気がしますんで、
Davidson : The Analytical Hebrew and Chaldee Lexicon
のスキャンをしているところです。

[762] 新漢語訳本 投稿者=HK. J. 掲示日=2011/07/04(月) 07:48:59 ここから閲覧

和合本が古くさくなっているので、それに代わる新しい中国語の訳が出ているのですが、一番新しい「新漢語訳本 Contemporary Chinese Version」は、ルカ22:70を

你們說我是

と訳してます。無理がないですね。

[761] ルカ22:70 投稿者=HK. J. 掲示日=2011/07/04(月) 07:42:41 ここから閲覧

ὑμεῖς λέγετε, ὅτι ἐγώ εἰμι.

これね、hoti に、「~ということを」と、「なぜなら」と、二つ意味があるのが原因じゃないですかね?

まぁ、ヘブライ語でも、ki が同じ現象を引き起こしますから、ギリシャ語の曖昧さのせいともいえませんが。

'attem 'omrim ki 'ani hu' <ギリシャ語から訳すと、現在形分詞の複数になります>

または

'attem 'amartem ki 'ani hu'  
<フランツ・デリッチのヘブライ語訳は、legete を過去形で訳している>

このあたりのやり取り、ちょうど「おまえ、ナザレのイエスの一味だろ?」と訊かれて、ペテロが「いや、俺はそうじゃないから。。。 ouk eimi」っていうのと、対比する意味も込められているのかもしれないですね。