[ばべるばいぶる]

真理子の聖書日記


このサイトを作りながら、聖書を読みながら真理子が考えたことです。
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[722] レビ記10-12章、知恵の書第16章 投稿者=真理子 掲示日=2011/06/13(月) 11:40:19 ここから閲覧

●レビ記10-12章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=lev&chapter=10&mode=0
 いろいろ言いたい事があるんですけど、本当に神様って男なのねっていう腹立たしい話だけ書いておきましょう。
 それは12章です。
 ねえ神様。なんで子どもを産んだ女は汚れるの? 血の清めだかなんだか知らないけど、男の子なら7+33=40日、女の子なら14+66=80日もじっとさせててさ、清めあけには子羊と鳩、あるいは鳩2羽を持ってかなきゃいけないなんて。
 私、出産に健康保険が適用されないだけでも腹立たしいのに(一時金は出るけど事後ね。つまり40-50万円ほど用意しとかないと子を産めないのよ)、こんなことさせられるんじゃ、ユダヤ教で子ども産めないわ。
 思うんですけど、なんかユダヤ教って血のけがれに敏感ですよね。いろいろなことで出血するたんびにああしろこうしろと。女なんか血を見慣れてるからちょっとやそっとの出血なんかでじたばたしませんけど、男はちょっと出血すると動揺するのよね。渡辺淳一の『鈍感力』に書いてた話ですけど、これだけ出血したら生命の危険があるっていうラインを超えて出血しても女ってけっこう生き延びるらしいです。男はちょっと出血しただけで死んじゃうので、中をとってラインが設定されてるみたいですけど。

 あ、出産したら絶対にけがれるわけですから、けがれっていうのは避けられないんですよ。
 律法、特にレビ記に「こうこうこうしたらけがれる」ってあるからと言って、それを避けなきゃいけないってことじゃないんです。けがれたらこうしろというだけのことです。男性なら「射精はけがれ」っていわれたら、じゃオナニーは控えようかってことになるかもしれませんが、「生理はけがれ」「出産はけがれ」なんて言われたって、女は生理の血を止めるわけにはいきませんもの。

●知恵の書第16章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=wis&chapter=16&mode=0
 神様がいかに偶像崇拝の民に罰を与え、イスラエルの民を恵んできたかですが、具体的にあげられているエピソードは出エジプトの話ですんで、敵というのはエジプト人のことです。「真理子のおまけ」ではそれをはっきり書いておきましたけど、他の訳では不明確です。

[721] 殉教はダメよ、たかが宗教じゃない! 投稿者=真理子 掲示日=2011/06/12(日) 10:38:40 ここから閲覧

 [719][720]に関連しまして、最近エロ化と異端化の道を驀進中の当サイトですけど、聖なるペンテコステの日に私の基本的な考えを書いておきますわ。
 私は、殉教を美化する宗教は邪教だと思ってます。
 創価学会というきわめて排他的な息苦しい宗教の信者の家に生まれた私は、つくづくそう思います。私が父親と音信不通なのは、大学卒業のときに父の反対をおしきって結婚したということもあるのですが、創価の信仰を私が捨てたからです。いまだに母親のお墓には父の家に見つからないようにこっそりお参りしてますもの。なんだってこんな苦労をしなきゃいけないのかしら。
 ひどい拷問にあって死んだ豊臣政権~江戸時代のキリシタンたちは、なんだって死ななきゃいけなかったのかしら。踏絵なんかいくらだってふめばいいじゃん。イエス様やマリア様の図柄の足つぼマッサージなら効果がありそうよ。いつからキリスト教は偶像崇拝になったのかしら。聖像なんてしょせんは偶像っていう正しい信仰を教えなかったイエズス会の宣教師は、つくづく罪深い連中だと思います。
 ずっと地下で信仰を守った生月島なんかの隠れキリシタンの信仰は、もとのキリスト教とは似ても似つかぬものになっちゃって、明治になってもカトリックには復帰しなかったわけですけど、それだったら最初からマリア観音みたいな感じで仏教の一宗派みたいな生き残り策をとれなかったのかしら。
 そうやって神仏習合しておいて、少しずつ正しいカトリックの信仰に軌道修正していけばよかったのよ。いや、そもそも西欧のカトリックの形に固執することだってないの。日本風に変容させたっていいじゃない。世界にはコプト教会とかアルメニア教会とかマロン派とか、キリスト教のバラエティがいっぱいあるんだから。仏教だってインド、ビルマ、チベット、中国、日本、みんな違うじゃない。
 たかが宗教なのよ(されど宗教なんだけどさ)。人を生かすことを考えず、死ぬことを美化して何が宗教なのって思います。

[720] ペンテコステと多言語 投稿者=真理子 掲示日=2011/06/12(日) 09:33:07 ここから閲覧

 今日はペンテコステです。日本ではまだ馴染みがないかもしれませんが、キリスト教ではクリスマスや復活祭と並ぶ大きなお祭りです。
 もともとユダヤ教では過越祭50日後に五旬祭というお祭りがあったんですが、過越祭の翌日(ヨハネだと翌々日なんだけど)にイエス様が復活しちゃいましたので、キリスト教徒にとっても復活49日後てことになります。復活が日曜日ですからこの日も必ず日曜日になります。
 で、この日に使2のように、空から舌が何本もべろべろべろと使徒たちの頭上に降りてきてぺろぺろぺろ、そしたらみんな突然外国語能力が身についていろんな言葉をしゃべるようになりました。これが世界への宣教の始まり。キリスト教会の始まりってことになるんです。
 舌がべろべろって気味悪いですけど、仕事能力の象徴が手、知力の象徴が頭、移動能力の象徴が足……、日本では言語能力の象徴は口ですけど、泰西では舌なんですね。
 いろんな言語をしゃべるようになったのが教会の始まりってわけで、キリスト教は当初から多言語的なんですね。
 そして、多言語といえばもう一つ、創11のバベルの塔の話が有名です。当サイト「ばべるばいぶる」はこちらから名をいただいてるわけですけどね。
 この両方のエピソードに共通することって何でしょうか。
 「いろんな言葉をしゃべろっていうのが神様の意思だ」ってことなんだと思います。
 バベルの塔の話は、「人間の思いあがりに対する警告」みたいにも読めますけど、創11:4を読むと、「有名になろう(=思いあがり)」だけでなく「全地に散らされることのないようにしよう」とあるのに注意してください。
 神様は、人間の団結を望んでないんです。いろんな違いを持ちながら全地に散らばることを望んでるんですよ。同じ言葉をしゃべって同じ文化をもって同じところにかたまるのは罪なんです。
 最近の震災・原発事故の話でいえば、バベルの塔の話は、原子力の火という制御不能のものに手を出す人間の思いあがりというふうにも読めますけど、むしろ、「がんばろう日本」「絆」みたいな、団結をことさらに強調するうっとうしさへの警告みたいに私は考えてます。
 むしろ、みんなばらばらになりましょうよ。
 同じことを考えてたら、みんなで間違った方向に進んじゃうかもしれませんよ。ネズミの集団自殺みたいに。
 そしてこんどは世界への宣教の話。
 神様は、イスラム教のときにはアラビア語だけで宣教することを望んだようですが、このときには世界のいろんな言語で宣教することを望んだのです。
 言語が違うってことは文化が違うってことですから、キリスト教は、世界のいろんな地域の実情に応じた多様なあり方で宣教しなさいってことなんだと思います。これだけが正しいっていうんじゃなく、いろんなあり方があってよい。
 特に日本では、自然の中に神を見る考え方とか、和をもって尊しとなすとか、セックスに対してとてもおおらかとか、本来のキリスト教にはないいろんな要素があるんで、こういうのを積極的にとりいれていかなきゃいけないんじゃないかしらって思ってるんです。
 そんなわけで私は、偶像にもおおらかだし、セックスにもおおらかだし、そういうキリスト教のあり方を模索しているんです。

[719] ピリピ(フィリピ)書1-2章 投稿者=真理子 掲示日=2011/06/12(日) 09:06:04 ここから閲覧

http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=phi&chapter=1&mode=0
 bit.lyによるURL短縮、意味ないんでやめますわ。
 フィリピというのはマケドニア南西部の地名。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%AA%E3%83%94
 いま、バカ亭主が「ギリシアを子どものおちんちんに見立てると寒くて縮こまった袋の後ろの付け根って書けよ」と茶々をいれてますが、まあそんなところです。でも、男性器に見立てるならインドシナ半島のほうがはるかにリアルじゃないかしら。
 ところでこのウィキペディア、見出しが「ピリッポイ」ですね。古典ギリシア語だっていうならまだいいんですけど、「現在の都市フィリッポイ」「日本語聖書の訳語慣行ではピリピ、フィリピとも」って書いてるのは読み方がウソですよ。これじゃまるでフィリピというのがウソ読みのような気になりますけど、οιは現代ギリシア語ではオイじゃなくイなんです。だからフィリピでいいんですよ。
 ふだんから古典ギリシア語を読むときに現代語式に読まないから、こんなウソを書くんです。

 で、前回のエフェソ、今回のフィリピ、次のコロサイ、ちょっと飛ばしてフィレモンをまとめて「獄中書簡」と言います。パウロが獄中で書いたというわけです。もっとも前回のエフェソと次のコロサイはパウロのなりすましが書いた手紙ですけどね。
 この中で、フィリピが一番獄中らしい書き方かもしれません。1章なんか、キリストの名において死ねるならうれしいんだけど、生きてたほうがもっと宣教できるし、なんて言ってますものね(フィリ1:21-25)。
 人間、獄中で戦うとずいぶん思想が先鋭化するようで、フィリ1:29なんか、「苦しみだって神の恵みだ」なんて言ってますね。こういう言葉を信じて初期のキリスト教徒はどんどん殉教してったんでしょうか。映画『クォ・ヴァディス』みたいに競技場でライオンの餌食になったりね。複雑な気分だわ。だってローマなんか皇帝崇拝さえやれば異教の信仰には寛容な国だったのよ。その証拠にミトラス教とかマニ教とかペルシア起源の宗教が特に迫害もされずに流行したじゃない。キリスト教もそんな感じでローマとなあなあで広める道だってあったと思うのに。これは馬鹿パウロの罪よね。
 使16:9-15に、パウロがフィリピに行ったいきさつが書かれておりますので、あわせてお読みください。
 フィリ2:6-11は、パウロの考えに基づくキリスト教の根本的な考えがうまくまとまっているところなんで、よく引き合いに出されます。

[718] 不正な家令の話 投稿者=真理子 掲示日=2011/06/11(土) 10:39:38 ここから閲覧

 わけのわからない話を読むコツは、変な解釈をしようとせず、できるだけそのまま読むってことなんだろうと思います。
 つまり、どうせ悪いことをやるんだったら、世のため人のために悪いことをしろ。そうすれば、いざというときにもみんなから助けてもらえるだろうっていう、このとおりの意味なんでしょう。
 そして、8節の「この世の子らは光の子よりも利口だ」がパンチのある言葉です。悪人のほうが「いい人」より利口だぞ、異教徒のほうがクリスチャンより利口だぞ、ぐらいに読んでもいいんじゃないですか。
 ヘンに道徳にとらわれちゃうと、「悪い」ことができなくなっちゃう。それは果たして世のため人のためになることなのかってわけです。
 最近の例でいえば日本赤十字社に寄せられた義援金の件でしょう。日本赤十字社じたいが親方日の丸、お役人的なところなんでしょうけど、被災者に公平に義援金を配らなきゃいけないという言い訳をしながら何もせず、義援金をためこんでしまう。いざ配ろうってときには必要性が薄れちゃうというわけです。義援金なんて必要なときにパッとあげなきゃいけないんだから、不公平になってでもばんばん配ったほうがよかったんですよ。
 いいことをするのにみせかけの正義なんかいらないってことなんでしょうね。

 ところで、この話はみんなわけがわからないと思っているようで、これに関してするどい解説をしたところはアクセスが多いみたいですね。たとえばここ。
http://blog.livedoor.jp/ladybird_689/archives/51388599.html
http://blog.livedoor.jp/ladybird_689/archives/51636635.html

 それから、ケセン語の山浦玄嗣さんは、「不正の富」について、これは「白い雪」みたいな強調的形容なのであって(赤い雪なんて存在しない)、そもそも富っていうのは不正なうさんくさいものであって、そういうものでも使いようなんだ、と解釈しています。

[717] 放蕩息子の話 投稿者=真理子 掲示日=2011/06/11(土) 09:57:40 ここから閲覧

 まずルカ15章の放蕩息子の話。
 これととても似ているのが、創世記4章のカインとアベルの兄弟の話です。
 カインもアベルもささげものをしたのに、神様はなぜかアベルのほうをひいきする。そこでカインはアベルを殺してしまいます。人類最初の殺人は兄弟殺しというわけですね。あ、当たり前ですね。だって世の中にはアダム、エヴァ、カイン、アベルの4人しかいないんですから、この時点で殺人をやるなら絶対に肉親殺しになってしまいます。そのくせカインのざんげの中で「わたしを見つける人は孰でもわたしを殺すでしょう」とかあるからには、世界にはこの4人以外の人がいるらしい。どこから来たのかしら?
 それはそれとして、この話を読むとき、そもそも発端は神様のえこひいきなんだから、神様が悪の種をふりまいたように見えてしまう人が多いんじゃないかしら。
 なんで神様はこういうえこひいきをするのか、創世記のほうには書いてませんけど、ルカの放蕩息子の話には最後に書かれてます。
 神様は実はちっともえこひいきをしてないんですよ。神様としては、放蕩息子のお兄さんにもちゃんと恵みをふりまいてるつもりなんです。たぶんカインにもそうだったのでしょう。でも、受け取る側がそう思えなかったってことなんでしょう。
 私がよく言う話ですけど、最後の審判で救われて天国に行ったとして、周りを見渡すと、「あ、あそこにいるあいつ、とんでもない悪い奴なのに、なんで救われてるんだよ!」なんていうことがいっぱいおきるのでしょう。それに耐えることができない人にとっては、天国は実は地獄にほかならない。天国と地獄って客観的には同じ所なんですよ。
 だから、自分より悪い奴が救われるということ、放蕩息子が祝福されるということ、自分のささげものには見向きもされないのに他人のささげものをほめられるということ、こういうことに耐えられるような人が、天国に行く資格があるってことなんだと思います。
 これはなかなかできないことですね。私なんか絶対に天国に行けないわ。

[716] ルカ15-16章、知恵の書15章 投稿者=真理子 掲示日=2011/06/11(土) 09:37:49 ここから閲覧

●ルカ15-16章
http://bit.ly/lVm1jp
 ここはルカの中で一番おもしろいところですね。
 15章は放蕩息子の話です。
 で、この話の主人公は放蕩にふける弟のほうじゃなく実はお兄さんのほうなんですね。
 なにしろ、お父さんと一緒に毎日毎日まじめに働いていながら、ちっともお父さんからほめてもらえない。かわりに悪事を重ねる弟のほうは、お父さんから怒られるどころか祝ってもらえるんですからね。いったいどうしてなんでしょう?
 そして16章もヘンな話です。横領が発覚しそうになった家令が、もはやこれまでと思ったのか、横領のしほうだい。ところがほめられちゃうわけですからね。
 こんなふうに、聖書にはときどき、いや、けっこうひんぱんに、わけのわからない話が出てきます。
 仏教の経典にはあんまりこういうヘンな話ってないんじゃないかしら。いえ、創価なんか仏教だと思ってないんでシカトしますけど、岩波文庫から出てる『ブッダのことば』(スッタニパータ)とか『真理のことば』(ダンマパダ)とかちらちら読んでも、こういうヘンな話に出会った経験はありません。すらすらっと何のひっかかりもなく入ってくる。蒸し暑い日のビールみたいなものです。
 それに対して聖書っていうのは、こういう毒が随所にあって、なかなか苦労します。私の嫌いなゴーヤみたい。まあでも、子どものころに全然食べられなかったセロリが、今では中華料理を作るときにはたいていいれちゃうほど好きになったように、時がくれば私もゴーヤが食べられるようになるかしら。
 で、私が聖書を愛してやまないのは、こういう点なんです。すんなり入ってくる言葉もいいんだけど、こういうにがい言葉の意味をずっと考え続けながら生きていくっていうのも、面白いじゃありませんか。

 え、おまえの解釈はって? 長くなりましたんで改めて書きますわ。

 ちなみに16章後半はわかりやすいですね。わからん奴には何をいってもダメ。地獄に投げ込まれないとわからないんです。この期に及んでまだ原発推進とかいってる青森とか佐賀の知事なんか、福島みたいに永久の廃墟にならない限り、わからないんだろうなぁ。でもそうなってからじゃ遅いんだけど。

●知恵の書15章
http://bit.ly/jLlHMR
 偶像はダメよの続きです。前回に続きつまんないのでシカトします。

[715] エゼキエル書13-18章 投稿者=真理子 掲示日=2011/06/10(金) 12:10:05 ここから閲覧

http://bit.ly/jvufXV
 エゼキエル書はイザヤ書やエレミヤ書にくらべて視覚的で、ヘンな比喩をいってもイエス様とはちがって質問される前に先手をうって「これはこの意味、あれはあの意味」と解説してくれるのでわかりやすいですけど、それでも内容的には「お前ら罪を犯してると滅びるぞ」ですから、他の預言書とあんまり変わりませんね。え、エゼキエルはもう捕囚されてるって? エゼキエルは第一次捕囚で連れてかれた人なんで、この時点でまだユダ王国は残ってるんです。その点を頭にいれてお読みください。
 16章のように、ユダの民を娘にたとえる話なんかでも、意味バレバレで書いてくれるので、とてもわかりやすいです。しかし私のパパも私のことをこんなふうに思ってるかしらね。一生懸命育てたのにエロ女になりやがって、学生時代にヘンな男にひっかかって、オレの反対を押し切って結婚しやがって、いわんこっちゃない、すぐ離婚したじゃないか、とかね。まあそういうことが私にありまして、いまだに父とは勘当状態で音信不通。母は私が高校生のときに死にました。
 18章のことわざは、エレミヤにも出てきましたね。エレ31:29。古代においては一族郎党みなごろしみたいな刑罰が多かったでしょうから近代的ですが、これを裏返せば、「滅びるとすればそれは自分の罪なのであって先祖の罪じゃない」というわけです。逆に先祖か悪でもいいことをすれば挽回可能というわけです。
 原発もそうですね。今までの推進の歴史が悪いんじゃなく、今の私たちが悪いんです。逆に、今の私たちが悔い改めて原発のない社会を作るべきなんです。

[714] もしドラ 投稿者=真理子 掲示日=2011/06/09(木) 20:46:26 ここから閲覧

 映画を見に行ったんで感想書いておきますね。
 映画は小説をほぼ忠実に映画化した感じなんで、小説を読んだ人は映画見ると退屈かも。逆に小説を読んでない人は映画はそこそこ面白かったんじゃないかしら。そういう人は小説読む必要ないです。
 原作の着想の面白さは、野球部の顧客を観客でなく部員や監督や高校など高校野球にかかわるすべての人と定義したこと。普通ならこれらって従業員ですからね。だからマーケティングと称して部員一人ひとりが何を考えているかの調査から始まる。
 世の中には、生半可に経営学を取り入れた効率的な経営をするあまり、従業員を馬車馬のように働かせてポイって会社が多いですよね。従業員を幸せに出来ずに何が経営なんだろうって思いますが、そのアンチテーゼみたいでけっこう好感が持てました。
 映画を見た人は一部とってもバカバカしいシーンもあったかもしれませんが、もともとがリアリズムの小説じゃないんだからこれはこれでいいんじゃないかしら。
 だから主演俳優たちの演技が大根でいいんですよ。ほら、歌舞伎の子役って「とーとーさーまー、かーかーさーまー」とか、平板に甲高い声でしゃべるでしょ。あれは、演技をさせたってヘタに決まってるんだから一切演技をさせないっていう約束事なんですよ。そんなもんです。だから前田敦子の演技がヘタくそでもいいんです。こういうのはTwitterに書くと炎上しそうなんでここに書くのよ。
 それだけに、せめて高校生らしい姿で出てほしかった。前田さんも峯岸さんもスカート丈が長すぎよ。こんなの20年以上前に絶滅してるわ。それともこれって20年前って設定なの? それに部員が全員長髪っていうのがいただけないわ。野球部といったらボウズじゃなきゃダメよ。

[713] 箴言7章、知恵の書14章 投稿者=真理子 掲示日=2011/06/09(木) 12:22:46 ここから閲覧

●箴言7章
http://bit.ly/mErvMR
 前回に引き続きまたまた遊女ネタですね。
 普通、女性は売春に否定的だと思いますが、私は必ずしも否定的ではありません。積極的に肯定もしませんけどね。たまたま私の親友に風俗やってる子がいるということもあるんですけど、人間の本性に深く根ざしたものだと思うので、いつでもどこでもさまざまな形で必ず存在すると思うから。
 わき道になりますが、だからこそ売春は公認して、そのかわりしっかり場所と方法を決めて封印するほうがいいと思います。今、歌舞伎町の浄化作戦のせいで風俗が小岩に流れて住民が迷惑してるっていう話を「5時に夢中!」でやってました。ちゃんと封印しないからそういうことになっちゃうんです。
 元に戻ります。昔日本が貧しかったころは、人身売買のような形で強制的に売春させられた女性が多かったようですけど、それは人身売買が悪いんであって売春が悪いわけではないと思ってます。この二つはしっかり分けて考えなきゃいけないと思ってます。
 で、そういう形で売春と人身売買を分けて考えたとき、売春という行為において女が被害者だとは全然思っていないからです。売り手が強いか買い手が強いかは、そのときどきの状況なんで、一概に言えないんじゃないでしょうか。
 女性を買いに来る男性のほうが哀れな場合だってあるでしょう。
 それが今日の箴言7章。22節、あたかも牛が、ほふり場に行くように、ドナドナドーナードーナーってわけです。笑っちゃいますね。

 ところで、「ドナドナ」って原曲はプロテストソングなんですよ。市場にひかれていく牛に対して「反抗してごらんよ」と呼びかける歌なんです。日本では安井かずみさんの訳詞のせいでそういう毒がきれいに抜けちゃってますけどね。こういうことはよくあることなので要注意です。

●知恵の書14章
http://bit.ly/iIBy3B
 相も変わらず「偶像はダメよ。むなしいよ」ネタ。
 聖書とかクルアーンで語られるこういう議論って、そっちのほうがむなしい気がします。だって、偶像が人の作り物でむなしいなんてことみんな百も承知じゃない。偶像を拝む人は、神様のような目に見えないものをイメージする手がかりとして偶像をとらえているわけです。そういうところを批判せず、子どものようなバカバカしいレベルで批判するから、偶像崇拝がなくならないんじゃありませんの? カトリックなんか実質的に偶像崇拝ですから。あ、もちろんうちは異端教会ですから偶像賛成ですよ。

[712] 詩編75-77編 投稿者=真理子 掲示日=2011/06/08(水) 22:58:45 ここから閲覧

http://bit.ly/irjMeZ
 77編は出エジプトの奇跡を詠んだ詩。やっぱり旧約の中で神様の最大の救済がこれですからね。神も仏もあるものかと思ったら出エジプトの救済を思い出して、神様は絶対に助けてくださると強く確信して希望を持ちましょう。もっとも、エジプトを出てからのイスラエルの民は苦難続きだったので、救われたからと思って単純に喜んでばかりもできません。それは新たな苦難の始まりかもしれません。ヤハウェさんはずいぶんけちと見えて、人を救ってそれでおしまいということをしてくれそうにありません。
 だからさ、最後の審判で天国に行ったからそれでおしまいなんて思っちゃ大間違いよ。このけち臭いヤハウェさんですから、絶対にこれは新たな苦難の始まりよ。
 そして、私の持論である、天国も地獄も、そして現世も、客観的に見ればまったく同じところであるというのを加えますと、実はキリスト教の死生観は輪廻説と矛盾しないんですよ。天国は第二ステージの生にすぎないんです。

[711] 列王記上19-22章、知恵の書13章 投稿者=真理子 掲示日=2011/06/07(火) 10:33:29 ここから閲覧

●列王記上19-22章
http://bit.ly/mGzMbI
 北王国7代目アハブ(在位BC869-850)の治世のエリヤの話の続き。雨乞い競争には勝利するも命をねらわれたエリヤは逃げます。南のユダを通ってシナイ山(ホレブ)に着いたときに神様に戻れと怒られまして、弟子となるエリシャに出会います。エリシャは次に読む列王記下で活躍します。
 北はスリヤ(シリヤ。新共同訳や新改訳ではアラム)と戦争になり、優勢な戦いをしますが和睦します。神様はそれが不満だったようで、無名の預言者を介して「オレが負けと決めた王となんで和睦するんだ!次の戦いではかわりにお前を負けにしてやる」と言わせます。まあ実際には、和睦したスリヤ(アラム)に攻められた歴史的事実を、そう解釈してるんですね。
 さて、暴君アハブはサマリヤの宮殿に隣接するぶどう畑の土地がほしくなって、悪才イゼベルの知恵を借り、オーナーのナボテを殺して土地をとってしまいます。神様は激怒して、エリヤに命じて、アハブとイゼベルの悲惨な死と、次の代での一族の滅亡を予言させます。
 さて三年後、南王国4代目ヨシャパテ(在位BC873-849)と組んで、スリヤ(アラム)に奪われた失地ラモテ・ギレアデの回復のための戦争をしますが敗れ、アハブは予言どおりに死んでしまい、アハジヤが即位しますが、悪い政治をします。念のためいうと、列王記で「よい政治」「悪い政治」というのは、すべて、神様ヤハウェをうやまって他の神を敬わないという観点で評価されています。
 南のほう、ヨシャパテはよい政治をします。死後は子のヨラムが即位します。

●知恵の書13章
http://bit.ly/lmw8ce
 自然の美しさの背後に作者の神を見よ。偶像なんてむなしいぞ、というわけです。

[710] さらば小島慶子さん 投稿者=真理子 掲示日=2011/06/06(月) 18:56:17 ここから閲覧

 TBSラジオ「小島慶子 キラ☆キラ」の件でTwitterの連投申し訳ありません。あまりに腹がたったものですから。私をぶち切れさせた演説は次でございます。
http://podcast.tbsradio.jp/kirakira/files/20110603_op.mp3
 最近小島さんはお疲れなのか、6/1の放送では「こらTwitter、機嫌悪いからって生理だって決めつけんのやめろ」と放送で叫ぶなど、ずいぶんとげとげしたご様子でしたが、不信任案否決で私が挫折感にうちひしがれていたときに、これだけ御用な意見を聞いたもので、私もかなり切れてしまい、とげとげした書き方になってしまいましたわ。

 なんでも私の声やしゃべりが小島さんに似てるんだそうで(自分の声って自分じゃわかんないけど、よく言われます)、主人はすっかり小島さんのファンになってしまい(私への愛の一表現?)、小島さんが出演してるテレビ番組とか、最近でたキラ☆キラの本とか、はては昨年小島さんが水着姿を披露した週刊プレイボーイをヤフオクで2000円も出して購入するなど、小島さんに入れ込んでおりまして、仕事中も13:00-15:30は必ず聞いてるらしいです。
 そういう関係で私もキラ☆キラを聞くようになりましたけど、もう私は降りるわ。
 金曜日15時台に出てくる映画評論家・町山智浩さんは、映画『もしドラ』を見もせずに「半年後にには確実にゴミ、こんな映画を作る金があるなら被災地に寄付しろ」とTwitterで暴言を吐くというとんでもない映画評論家でいらっしゃいますし、
http://rocketnews24.com/?p=101697
そもそもキラ☆キラは上杉隆さんを降板させ、それと前後して原発御用学者を二人も出演させて安心デマの拡散に貢献する御用な番組に成り下がっちゃいましたし、
山下俊一
http://podcast.tbsradio.jp/kirakira/files/20110324_yamashita.mp3
中川恵一
http://podcast.tbsradio.jp/kirakira/files/20110426_nakagawak_kora.mp3
(ここへのリンク、ちょっと前はトップページからたどりやすかったんだけど、今は苦労しないとたどりつけないわ。隠蔽工作?)もう私は聞く意欲がうせてしまいましたわ。

 もう私は裏番組の文化放送「大竹まことのゴールデンラジオ」のほうを聞くわ。この番組は反原発の姿勢がハッキリしてるし。でもうちの地域、文化放送の入りが悪くてノイズ多いんだけど。
 まあ一応キラ☆キラの録音も続けておくので、キラ☆キラの監視のほうは主人にまかせ、小島慶子さんが不穏な発言をしてたら報告してもらいます。

[709] レビ記7-9章 投稿者=真理子 掲示日=2011/06/06(月) 13:24:13 ここから閲覧

http://bit.ly/mKAJNT
 7章と8-9章(ホントは10章まで)とでなんか雰囲気が違うでしょう。
 7章は愆祭(けんさい。賠償の献げ物。罪過のためのいけにえ)の規定。こういう話はいままで延々と続いてましたね。
 それに対して8-9章は、モーセとアロンが実際に何をやったかという記録になっています。

 私は旧約聖書のヘブライ語をインターリニア(あんちょこね)とか旧約聖書専用辞典(本文に登場するすべての活用形と文法説明が載ってる)なんかで読むのがせいいっぱいなんですが、なんでもタルムード(旧約聖書の律法以外の口伝律法集)って、原則・条文を書いたあと、それに対応する実際の事例が書いてあるものらしいです。ちょうど判例つき六法全書みたいなものでしょうか。
 それを知ったのは、浅見定雄『にせユダヤ人と日本人』です。イザヤ・ベンダサンこと山本七平さんの『日本人とユダヤ人』には、「全員一致の審決は無効」という有名な章がありますが、これは七平さんがネタ本にしたダニエル・ロプスの『イエス時代の日常生活』に基づくんだそうです。
 タルムードの第4章第1節は「財産の裁判はその日のうちに完了してよい。しかし死刑罪の裁判は、無罪のときにはその日のうちに完了してよいが、有罪のときにはその翌日」という原則が、未完了形の動詞を使って書かれており、第5章第1節は「彼らが被告を無罪と判定したときは、彼を即座に方面した。しかしそうでないときは、判決を翌日まで繰越した」という実際が、完了形動詞を使って書かれているんだそうな。ヘブライ語はアラビア語同様、現在・過去・未来じゃなく、完了・未完了なんです。ここをロプスさんが誤解し、さらに七平さんがさらに曲解が「全員一致の審決は無効」なんだそうです。つまり、死刑の有罪判決を出すときだけ、慎重を期すために判決を翌日まで繰り越し、しかも誰かが被告の弁護にまわって反対をしなければならないというのが、何が何でも全員一致はダメということになってしまったわけです。

 出エジプト記の後半以降は律法の条文がずらずらっと並んでいるようで、時々思い出したように、過去の事件(実際にはフィクションでしょうけど)が書かれています。レビ記にもそういう部分があったというわけですね。

[708] エペソ書4-6章、知恵の書12章 投稿者=真理子 掲示日=2011/06/05(日) 09:18:06 ここから閲覧

●エペソ書4-6章
http://bit.ly/mcXAWB
 エペソ(エフェソ)書はパウロなりすまし偽アカウント文書ですけど、本家パウロ書簡よりよっぽどわかりやすく、すんなりと心にはいってきます。今日のところなんかとってもわかりやすいでしょ? あまりにわかりやすくて、下品な言葉遣いをするな、愚か者になるな、酒に酔うな(5章)、親に従え、主人に従え(6章)と、通俗的な道徳本みたいな気もするほどですけどね。
 本家パウロは女性蔑視がはなはだしく読んでてめいってきますが、5章22節以降は本当に男女同権、「妻は主に仕えるように夫に仕え、夫はキリストが教会にご自身をささげたように妻を愛せ」「自分自身を愛するように妻を愛し、夫を敬え」。なんといい言葉でしょう。馬鹿パウロに言ってきかせたくなりますね。あ、下品な言葉遣いは慎むんでしたね。反省しなきゃ。

●知恵の書12章
http://bit.ly/j58vCQ
 カナン人などの先住民族の野蛮な宗教行為を批判して、だからこそ神様はイスラエルの民をして征服させたのだ。だけど神は寛容だからちゃんと悔い改めの機会も与えたんだぞ、というわけです。

[707] ルカ13-14章 投稿者=真理子 掲示日=2011/06/04(土) 09:08:34 ここから閲覧

http://bit.ly/kGJxRA
 ルカ13:1-9は、他の福音書に記事がないんですけど、読めば読むほどわけのわからない話ですよね。
 まず、ピラトによるガリラヤ人虐殺の事件ですが、ルカ以外に資料がなくてまったく詳細不明みたいです。デマかもしれません。
 いずれにせよ、イエス様がガリラヤ人の肩を持って「ピラトの馬鹿野郎」という話をするのかと思ったら、ピラトの肩を持っちゃってるんで、人々は拍子抜けしたでしょうね。これホントなのかしら。ルカさん、ローマに遠慮して書いてません?
 ガリラヤというところはユダヤ人の地でも北のはずれで、湖の対岸はもう豚を飼育しているような異国の地です。言葉もなまりがあって、すぐにガリラヤ人と判別できちゃうほど。だから受難のときにペテロがみんなから「お前もイエスの一味だ」と言われて懸命に否定するわけです。ケセン語聖書の山浦玄嗣さんが、ガリラヤを東北になぞらえています。
 ローマの支配下で抑圧されたユダヤ人社会の、さらにまた抑圧された人々。なんか反乱を起こしたんでしょうかね。
 4節のシロアム塔の事故もまるきり詳細不明です。
 いずれにせよ、こういう事件事故で死んだ人が、罪深かったわけじゃないってことを、イエス様は強調してます。
 こういう考えって、実は私たちも陥りがちです。大災害があると、「これは神様の罰だ」という議論が必ず出てきます。すると、災害で死んだ人は罪が深かったってことになっちゃいますからね。実際、アメリカの超原理主義者たちは、日本は異教徒が多いから神の罰で地震にあったみたいなことを言ってるらしいですから。
 そういう考えを完全に否定しているのがこの箇所なんで、わけがわからないながら、重要な箇所ですね。愚かなファンダメンタリストに読ませてやりましょう。

 それからまたわけがわからないたとえが6-9節。なんでぶどう園にいちじくを植えるのか。まあこれは、そういう習慣があったらしいです。いずれにせよ、このいちじくが実をつけないのでぶどう園のオーナーから切りたおせと言われた現場管理人が、なんとか抵抗していちじくを守る話です。
 一般的な解釈は、ぶどう園がローマで、いちじくがユダヤ人社会で、今は神様が猶予してユダヤ人を守ってあげてるけど、早く悔い改めないと滅ぼされちゃうぞっていうことのようですけどね。
 でも、造反を防いで内閣不信任案を否決するために「辞めるぞ」と言って延命をはかった悪魔・菅直人の話のように私には読めます。「今はそのままにしておいてください。震災と原発事故の対応をしっかりやってますから、これが終息したら結構です。それでもダメなら辞めさせてください」みたいに。全然辞める気ないんですよ。なんか、今年いっぱいは居座る気みたいですね。でも世界には「菅直人退陣」みたいなニュースが流れたというのに。全世界をペテンにかけるとはまったく罪深い悪魔です。

[706] 藤波心さんサイン会 投稿者=真理子 掲示日=2011/06/04(土) 08:28:59 ここから閲覧

 当教会が聖人と認定した14歳の反原発ジャンヌ・ダルク、藤波心さんのサイン会が本日午後3時、渋谷東急百貨店本店のMARUZEN&ジュンク堂渋谷店であります。
http://www.junkudo.co.jp/tenpo/shop-MJshibuya.html#sain0604
 ただ、この手のイベントにありがちなことですけど、藤波心さんの新刊「14才のココロ」をこの店で買って整理券をもらわないとダメなのよね。もうこの本買っちゃったわ。AKB48の総選挙じゃ投票権を得るためにCDを何百枚と購入する人が珍しくないらしいですけど、私はそんなことしないの。本は1冊あれば十分なのよ。藤波心さんの実物は先日拝見いたしましたんで結構ですわ。
 それにしてもAKB48の総選挙ってバカバカしいわよね。そんなにいっぱい買ったCDどうするのかしら? ゴミに捨てるの? 資源の無駄遣いよね。
 藤波心さんに聖をつけたら聖心になるのかしら? 聖心女子大学は聖心会という女子修道会の創設ですけど、聖心という人がいたわけじゃなく、イエス様のみこころという普通名詞ですよ。
http://www.u-sacred-heart.ac.jp/about/seisinkai.html

[705] エゼキエル書7-12章、知恵の書11章 投稿者=真理子 掲示日=2011/06/03(金) 09:34:58 ここから閲覧

●エゼキエル書7-12章
http://bit.ly/iXkqFq
 8章の日付は前592年9月17日。前にも言いましたがエゼキエルはバビロン第一次捕囚でバビロンにいるので、まだ故国は青息吐息で残っています。
 神様に髪の毛をつかまれてエルサレムにワープしたエゼキエルは、偶像崇拝のさまとエルサレムの滅亡の様子を見させられます。そして宇宙船ケルビム号は神殿を離れて東方に行ってしまいます。こうして王国はすっかり滅んでみんなバビロンに連れていかれることが示されます。

●知恵の書11章
http://bit.ly/l0fceM
 前章にひきつづきイスラエルの歴史を「知恵」を主人公にして語っています。今回はエジプト脱出前にモーセが行ったいろいろな奇跡の話です。

[704] 箴言5-6章 投稿者=真理子 掲示日=2011/06/02(木) 19:12:09 ここから閲覧

http://bit.ly/khwAxk
 不信任案関係で興奮してこれを書くのを忘れてましたわ。
 今日は遊女ネタですか。
 私の友人にソープで働いてる子がいますんで、彼女の営業妨害にならないよう、売春はむげに否定しないです。よく、人類最古の職業っていいますけど、人間の性の深い部分に根ざした職業なんで、いつでもどこでも、形を変えて必ず存在しますから。
 そういえば5時に夢中!で紹介していたどこかの夕刊紙の記事に、震災当日に東北のある都市で風俗に行った男の話とか紹介してましたね。そんな時に行くかよと思うかもしれませんが、私は逆だと思います。だって性欲って子孫を残す欲望でしょ? 地獄の門を垣間見て無事生還してきた人って、やっぱりそういう欲望が激しくくすぐられると思いますから、女を抱きたくなるの当然だと思います。だいいち女の子だって、商売なんだから、地震だろうと何だろうと出勤して客をとらなきゃ食べていけませんからね。
 最近はどこもお客さんが減ってるらしいです。色街を男が歩いてないらしいですから。指名予約が入ってないと、出勤したのに1人も客を取れずに帰っていくこともあるとか。それだとその日の収入は0円なんですって。風俗はどこも日払い。ていうかソープの場合は、入り口で払うお金がお店に入り、中で女の子に払うお金が彼女の収入になるってシステムらしいですから。いや、出勤のための交通費とか、コンドームだの何だのは全部自分もちですから、赤字になっちゃう。ソープ嬢が高給取りだなんて昔の話らしいですよ。
 そんなわけで、三度の飯よりもセックスが好きという私も、自己分析するに遊女は向いてないです。こんな貧相貧乳貧尻(ひんけつ)の三重苦で、しかも愛想が悪い。へたくそな客に当たったら、「ねえやる気あるの? もっとしっかり腰ふってよ」とか説教するに決まってます。そんなサービス業に向いてない私は、お客をとれずに絶対に赤字になっちゃうわ。
 何の話だっけ?
 そう、箴言の話でした。
 そんなわけでいきなりエロネタ全開で始まっちゃいましたけど、今日の部分なんて、5章15節からの水ためだの井戸だの泉だのって、意味わかりますよね。聖書だってげろげろエッチじゃありませんか。
 落語に出てくる若旦那みたいに、昔から遊女で身を持ち崩す男は多く、お父さんが息子に警告を出してるんですね。でも案外、このお父さんも昔は苦い経験があったんでしょうね。
 うちの主人も数回そういうところに出かけたことがあると白状しておりますが、それでも一人じゃカネをぼったくられると思って、ほとんど行かなかったそうです。私と出会ったときはもう42歳で、かなり体力がおとろえていて、今じゃ最後まで行くことがめったにありません。そんなことなら若いときにもっと行っておけばよかったのにね。もし私たちに息子ができて、18歳になって彼女ができないようだったら、風俗へ行って練習してこいって言いますわ。
 まあでも、ちゃんとパートナーがいるなら、パートナーを大事にしてあげてください。
 聖書では「妻のおっぱいで満足しろ」(箴5:19)ですか。日本語ではそういうのを一穴主義って言うんだそうで、すごい言葉ですね。あちらはおっぱい、こちらは女性器ですか。

[703] 詩編72-74編、知恵の書10章 投稿者=真理子 掲示日=2011/06/01(水) 11:37:05 ここから閲覧

●詩編72-74編
http://bit.ly/lBQy4m
 詩編は150編ずらーっと単一の詩集になっているわけではなく、1-41/42-72/73-89/90-106/107-150という5巻にわかれます。日本語訳ではこの区切りを明示していないものが多いですけどね。
 72編、ソロモンの詩だというのになんで「ダビデの祈りが終わった」なんて書いてあるのかというのは、たぶんこのことと関係があるんでしょう。ここまでが第2巻で、おおざっぱにいえばダビデ関係の詩集だったというわけです。
 ソロモンは世界各国から貢物をもらって栄華をほこった王。8節の「海から海」というのは地中海とペルシア湾にはさまれた中東地域ということ。タルシシはフェニキアの植民地で今のスペイン、シバは東南アラビア、セバはエチオピアです。シバといえばシバの女王ですね。列王記上10章で読みましたね。そういえばユル・ブリンナー主演の『ソロモンとシバの女王』という映画もありました。1959年。通常ならとっくに著作権が切れてるんですが、映画大国アメリカの陰謀で、いまは日本でも映画だけは著作権は70年です。だからまだDVDが安くないですけど、先日中古品が安く売られてましたので購入、ひまなときに見ることにします。

●知恵の書10章
http://bit.ly/kZxOmG
 イスラエルの歴史における知恵の役割です。もうここでは知恵はほとんど神と同義語です。
 おわかりかと思いますが、1節はアダム、3節はカインとアベルの話、4節はノアの話、5節はアブラハムがせっかく生まれた息子イサクを犠牲にささげようとした話です。6節はソドムとゴモラの滅亡の話。10節はヤコブの話、13-14節はヨセフ、15節からはモーセの話です。ただし詳細な点では創世記や出エジプト記の記述と矛盾する部分もあります。

[702] 衆議院だけのようですね 投稿者=真理子 掲示日=2011/06/01(水) 03:35:26 ここから閲覧

 すみません。Twitterで流れてきたもので、ついつい成立しちゃったのかと思いましたが、[701]のコンピュータ監視法の件は、衆議院を通ったということのようです。
 ねじれの参議院で廃案になることを主に祈っております。
 それ以前に今日提出の内閣不信任案が民主議員の思わぬ多数造反で成立しちゃうという奇跡が起きないかしら。

 「コンピュータ監視法」というのは俗称で、正式には「情報処理の高度化等に対処するための刑法等の一部を改正する法律案(内閣提出第四二号)」と言います。
 衆議院のサイトでは、法務委員会の5/25の審議の内容が公開されております。
http://www.shugiin.go.jp/index.nsf/html/index_kaigiroku.htm
の5/25のところをご覧ください。終わりのほうは爆笑ものです。

 もう気が気ではないので、この法案の廃案、菅内閣不信任案可決、そして悪魔・菅直人の退治を主に祈り続けております。

[701] コンピュータ監視法可決 投稿者=真理子 掲示日=2011/05/31(火) 18:27:39 ここから閲覧

どさくさにまぎれて悪魔・菅直人は稀代の悪法を通しました。
これで恐怖のネット言論統制のはじまりです。

(http://www.youtube.com/watch?v=jzH89fLD5HQ)
ここはプライベートな掲示板ですので精一杯の抵抗を試みます。

[700] いまこそ宗教の出番よ 投稿者=真理子 掲示日=2011/05/31(火) 11:30:18 ここから閲覧

 海水注入を止めさせようとした悪魔・菅直人や悪魔・清水正孝の指示を独断で無視して海水注入を継続した義人・福島第一原発の吉田昌郎さんといい、車外に出ず前の車両に移れという車掌の指示を無視して車外に出て九死に一生を得た乗客たちといい、どうも最近は「上の言うことを聞いてはいけない」という事例が多いですねぇ。道徳の教科書が作りにくくてしょうがないでしょうね。
 私も3/11のときは地下鉄の車内にいました。駅を出たばかりだったので車掌さんが電車をバックさせてくれて(乗用車じゃあるまいし、電車のバックなんてものすごく危険なよくよくのことですよ)新横浜駅に戻ってドアを開けてくれたおかげで、トンネル内を歩いて移動せずにすみましたけどね。乗ってた横浜市営地下鉄3号線は銀座線・丸の内線タイプの第三レールから電気をとる方式なんで、線路を歩くことは絶対にできませんしね。
 それでも駅についてからはまったく指示がなく(そりゃ何もわからなかったんでしょうから)、1時間待って、その間スマホでいろんなサイトみたら大変なことになってたんで(地下駅に電波が届いててラッキーだったわ)、もうこれは待ってても電車は動かないと覚悟を決めて、歩いて帰る決意をしましたけど、それでも決断には勇気が必要でしたからね。
 パニックになってはいけないと思うから、ガマンしてたんだけど、「上からの指示を待て」から「上を信頼するな。自分で決めろ」への転換って、とても勇気がいるんです。
 じゃ、そのターニングポイントというか、「自分で決めろ」に移行するときに従うものって、何なんでしょうか。
 私はそれが、宗教なんじゃないかと思います。ご利益を求めるようなものでなく、「良心の声に従え」というときの「良心」のようなもの、自分の行動の根本原則のようなもの。宗教の本来のあり方ですよね。
 いまこそ宗教の出番かしら。

[699] 列王記上14-18章 投稿者=真理子 掲示日=2011/05/31(火) 05:55:48 ここから閲覧

http://bit.ly/lvC091
 せっかく神様に選ばれて北の王になったヤラベアム(以下、固有名詞は口語訳聖書のものを使いますね)ですが、前回読んだように悪いことばかりするので神様に見放されます。息子アビヤが病気になったので、妻に変装させて、預言者アヒヤ(病気の息子の名前と似ててまぎらわしいわね)を訪問させます。目が見えないアヒヤには変装しても無駄で一発で見破られ、神様がヤラベアム一家が滅ぼそうとしていることを伝えます。妻が帰るとさっそく病気の息子アビヤが死んでしまいます。ヤラベアムの死後は北は別の子ナダブが即位します。
 一方南のレハベアムも悪いことばかりするのでエジプトに攻められます(14章)。レハベアムの死後はアビヤム、アサ、ヨシャバテと続き、アサは宗教浄化をします。
 北のナダブはイッサカル族のバアシャに殺され、バアシャが即位。初代のヤラベアムの一族はみんな殺されます。普通ならここで王朝が交代したというふうに書きそうなものですが、一応続きということになります(15章)。その後はエラが即位しますが戦車隊長ジムリが彼を殺して即位。また王朝が交代したわけですね。この直前にエヒウという預言者がバアシャに警告した話が書かれています。ジムリの謀反を民は支持せず、テブニ、オムリという二人がクーデターを起こしますが、結局オムリの側が勝って即位します。三日天下という言葉がありますが、ジムリが王だったのは七日間でした(16章)。
 オムリのとき、北の都はサマリヤに遷都します。死後はアハブが即位します。
 ここでいよいよ分裂王国時代の最大の登場人物、預言者エリヤが登場します。
 アハブが悪いことばかりするので神様は干ばつを起こしますが、例によって神様はアハブに直接言ったりしません。エリヤに言わせるわけですね。聖書にはハッキリ書いてませんが、当然のことながら上杉隆さんのようにエリヤはデマ男扱いされ、命も危なくなります。そこでまずケリテ川のほとりに身を寄せますが、からすがパンと肉を持ってくるという奇跡が置きます。この川の水も干ばつで枯れたのでザレバテに行き、とある寡婦にパンを恵みます。パンなんかないわよと言われますが、ここで奇跡が起こり、彼女の家の小麦粉と油は全然減らなくなります。寡婦の息子が病死しても生きかえるという奇跡も起きます。
 エリヤはアハブの家来オバデヤ(オバデヤ書の預言者とは別人)に見つかり、彼を手引きにエリヤはアハブのところへ行って、バアル神やアシラ神の預言者たちを集めさせて、本当の神様は誰かという雨乞い合戦をします。ここがエリヤ物語の最大のヤマ場ですね(18章)。

 ああ疲れた。
 単に聖書の順番にまとめただけですが、結局これが一番わかりやすいと思います。
 山本七平キラーの浅見定雄さんが『旧約聖書に強くなる本』(新版は発売中。旧版は修道士むけにアップしております)で、南と北の王の名前の覚え方を書いていますが、王名の一部(必ずしも頭文字じゃない)をとった語呂合わせでとてもわかりにくいし、南ズラーッ、北ズラーッじゃ、南のどの王様のときに北が誰だったのかというのがわかりにくいので、結局は南チョコチョコ、北チョコチョコという聖書の順番に王名を省略せずに覚えていくのが一番だと思います。

[698] Re:#652 イスカンダル 投稿者=真理子 掲示日=2011/05/31(火) 05:51:37 ここから閲覧

そうでしたわ。女性名詞の語尾を忘れちゃだめでしたね。

[697] #652 イスカンダル 投稿者=HK. J. 掲示日=2011/05/31(火) 04:36:14 ここから閲覧

(Al-) Iskandarは アレクサンドロス(王)。

アレクサンドリアは、アラビア語でも (Al-)Iskandariyyah 。
で、口語のカイロ方言だと、Eskendereyya ですって。田舎臭え訛り、植木等みたい。

。。。て揚げ足取りしたいんじゃなくて、ここで宇宙戦艦ヤマトが出てくるのが、びっくりです。交響組曲のレコードとか買って、音楽きいておりました。

SF大好き、聖書大好き、そういう自分には、Stargate Atlantis というカナダで撮影のSFテレビシリーズが面白かったです。なにが面白いかって、人類の敵になる宇宙人が、基本的にエジプトやらメソポタミアやら、インドの神様の名前なんです。「バアル」って名前のイケメンも出てきます。

しかも 人類の進化の究極の段階が、肉体から純粋エネルギーの存在に昇華するというAscension と呼ばれてます。他にも聖書のもじりと思えるエピソードやネタがいっぱいあります。

[696] レビ記4-6章、知恵の書9章 投稿者=真理子 掲示日=2011/05/30(月) 11:29:00 ここから閲覧

●レビ記4-6章
http://bit.ly/lDEdxL
 4章は「あやまって」犯してしまった律法違反をどうするかという規定です。「あやまって」であることに注意してください。故意に確信犯的にやったものはダメで(民15:30-31)必ず罰せられます。
 そして、祭司、全会衆(共同体全体)、つかさ(共同体の代表者)の違反は雄の子牛、一般人の違反は雌のやぎを燔祭(焼き尽くすささげもの)にします。
 律法の文章は、ささげものの規定とその祭祀のやり方とがごっちゃに書かれています。今の法律風にかけば「人を殺したら死刑。死刑のやり方は絞首刑で、死刑台のつくりはこうこう……」みたいに、量刑の規定と刑のやり方がごっちゃに書かれているようなものです。ですからその時々の興味にしたがって分けて読むといいです。祭祀のやり方に興味があるならそういうところだけ、というふうに。

 故意にやった罪が罰せられるかどうかは罪の種類によってまちまちというところです。レビ5:1,4によれば、偽証とか隠蔽は罰(故意しかないですからね)。レビ5:2-3によればけがれにふれたものは、知ったときに罰。

 口語訳や文語訳では「~祭」という用語がわかりにくいので、出てきたものは新共同訳とか新改訳とかリビングバイブルとかの訳語などを参考にするといいでしょう。
燔祭(はんさい)……焼き尽くすささげもの、全焼のいけにえ
火祭(かさい)……火によるささげもの
素祭(そさい)……穀物のささげもの
罪祭(ざいさい)……贖罪のささげもの、罪のためのいけにえ
酬恩祭(しゅうおんさい)……和解のささげもの(いけにえ)、感謝のいけにえ
愆祭(けんさい)……賠償のささげもの、罪過のためのいけにえ

●知恵の書9章
http://bit.ly/msPY7q
 知恵の書を書いたのはソロモンということになっています。ソロモンといえば神殿を建設した人ですので、この章では神殿建設の話を書いています。

[695] 中川恵一という人にみる御用学者の作り方 投稿者=真理子 掲示日=2011/05/30(月) 10:13:44 ここから閲覧

 主人の誕生日5/26にNHKあさイチで室井佑月さんに思い切りニラまれた、原発業界医療関係御用学者の横綱・中川恵一先生。いろいろな本を出しておりまして、手近なところでは『がんの練習帳』という本を新潮選書から出してます。
 これをたまたま同日のMX 5時に夢中!で新潮社の中瀬ゆかり氏が推薦したんですね。
 新潮は今月号の新潮45みたいにいい本も出しますけど、やはり同日に発売された週刊新潮のようにねちねち陰湿に他誌の原発報道を批判したりするいけ好かない会社です。
 そんなこともあって私はTwitterで「御用学者の本を推薦するなんて馬脚をあらわしたわね。恥を知れ」みたいに思い切り罵声をあびせてしまいました。
 その後たまたま本屋でこの本をとってみたところ、けっこう面白そうな本だと思い、しゃくでしたけど新刊を定価の値段で購入して読んで見たところ、非常にいい本でした。中瀬さんもいい本を勧めてくれたものです。中瀬氏への暴言については深く陳謝いたします。

 主人も私も典型的なガンの家系です。もっとも中川先生によればガンの家系というのはウソなんだそうで、そういう体質は遺伝的なものではなく生活習慣的なものだと書いてます。あーあ、そういうことを言うからあなたは御用学者になるのよ。遺伝的なものだろうと生活習慣的なものだろうと庶民はそういうのをいっしょくたにして「家系」っていうのよ。こういうところが学者と一般人の感覚のズレなのよね。話を元に戻しますが、二人ともここ数十年間で死んだ親戚は例外なくガンですからね。いまPSCという難病で入院中の主人の父親もガンがみつかりました。主人も私も死ぬならガンでしょう。ガンには無関心ではいられませんからね。
 さまざまなガンの患者の例をあげて、こういうふうになったらこうする、みたいな対処法を具体的に書いてあって、とても参考になります。この本はいい本です。

 でもそれだけに、こういういい本を書く人がどうしてあんな御用発言をするのか、やりきれない思いです。悪魔は「オレは悪魔だぞ」といういかにもおどろおどろしい格好でやってくるのではなく、やさしい顔をして迫ってくるってことなんでしょうね。
 この先生、いかにもいいお医者さんというやさしい顔、やさしい声で語りかけてくるから、みんな信用しちゃうんですよね。
 でもこの先生、御用発言をいう時には、おしまいのほうになるとちゃんとしっぽを出してるんですよね。やっぱり神様は存在するんでしょう。そしてしっぽを見せてくれてるんです。
 この人の論理っていうのはいつも、「人間みんな死ぬ、2人に1人はガンになる。みんな日常的に被曝してる。世の中にはさまざまなリスクがあふれてる。そんな中、原発事故でガンになる確率がちょっとあがったところで関係ないでしょ」ってことなんですよね。
 ネットでは
http://mainichi.jp/enta/art/news/20110525dde018040043000c.html
なんかがお勧めです(毎日新聞5/25。毎日jp。「東日本大震災:福島第1原発事故 崩壊した「ゼロリスク社会」神話=中川恵一」)。でも新聞社のサイトのページってすぐ消えますからね。
 TBSラジオ「小島慶子 キラ☆キラ」に出演したときの音声が
http://podcast.tbsradio.jp/kirakira/files/20110426_nakagawak_kora.mp3
です。後半になってくると合いの手をいれる小島慶子さんや神足裕司さんの声がいらだっているのがわかるのが聞きどころです。だって最後にはあろうことか「20キロ以内の避難は必要ない」とまで言い切ってるんですもの。あきれましたわ。
 この音声の途中で、「ともかく医者のいうことを信用してください」というくだりがありますが、実はこの件で一番信用ができないのが医者だと思います。医者は積極的に放射線を治療に使う立場ですし、目の前の患者さん一人ひとりの状況にあわせた応対が必要になるんで、こういう政策に関してはどうしてもピントがぼける。そこをうまく利用されちゃうんだろうと思います。

 ついでながらキラ☆キラには、もうひとりの御用学者大関・山下俊一さんの音声
http://podcast.tbsradio.jp/kirakira/files/20110324_yamashita.mp3
も登録されています。
 キラ☆キラは上杉隆さんを降板させたあと、たてつづけにこういう御用学者を登用して安心デマの拡散に多大な貢献をしています。最近じゃそもそも放射線関係の話をしないわ。
 [634]で紹介したように、小島慶子さんは「犯人探しをして正義の側に立つより、まずは被害者に手を差し伸べろ」と言います。これ自体は正論だと思いますが、キラ☆キラの方向転換の流れにこの発言を重ね合わせると、やっぱりこの人も利用されてるんだなって思います。犯人探し、巨悪の指摘だってやっぱり必要なんですよ。いじめの例でいうなら、いじめられている人に手を差し伸べることも大事だし、いじめを黙認するばかりかいじめる側に加担している教師や学校を糾弾することだって大事なんです。

[694] だまされるほうがバカならば 投稿者=真理子 掲示日=2011/05/29(日) 07:34:04 ここから閲覧

 Twitterに書いたことのまとめなんで、重複して申し訳ありませんが、Twitterのほうはどんどん消えていきますんで、保存しておきたいものは重複をいとわずこっちにも書きます。

 まずは、宮島理さんの「カマトトぶる日本人」をお読みください。
http://news.livedoor.com/article/detail/5590441/
 すっごくムカつくと思うんですが、わざとそういう書き方をしているんでしょうから、ムカつけばムカつくほど、この人の意図が成功したというわけです。
 でも、これ正論なのよね。「ウソつき政府にだまされた」「ウソつき東電にだまされた」と言ったからといって、私たちの罪は消えやしないのです。だまされた私たちがただのバカだったのです。

 だとすれば、もうだまされないようにしなきゃ。
 さしあたりはこういうのを用意しましょう。
 原発業界御用学者リスト@ウィキ
http://www47.atwiki.jp/goyo-gakusha/
 こういうレッテル貼りがエゲツないのは百も承知だけど、政府も東電もマスコミも学者も信用できないんだったら、信用するほうがバカだというんだったら、こういうリストを作って自衛しなきゃ。ここにご登場の面々の話は、用心してかかる必要がありますね。

 そして昨日、非常に高価なんですけど(4万円もする)、線量計を注文しました。
 だってモニタリングポストの数値って、地上18メートルではかってるんですってね。[689]の3場面の動画で室井佑月さんが思いきりバカにしてるじゃないですか。そのとおりです。18メートルの身長の子どもなんていないでしょ。
 学問の世界の約束事って私たちが本当に求めているものと微妙にズレてるんですよね。
 たとえば「今日は体を刺すような暑さけど気温はいくら? 50度はありそうね」と思ったら23度くらいしかなかったってこと、あるでしょ? 気温って日陰の温度なんですよ。「気」温だから純粋に空気の温度にしなきゃならないんです。でも私たちが本当に求めているのは、日差しの強いところで実際に私たちを直撃してくる温度なんです。
 こんなふうに、学問の世界と私たちのの生活とがズレているから、御用学者が生まれるんでしょうね。中川恵一さんや山下俊一さんをはじめ上の御用学者リストに医学関係が多い(わざわざ独立項目になってる)っていうのもそういうこと。放射線医学って放射線を積極的に使おうっていう分野ですから。

 線量計が来たら、さしあたりは食品をはかりまくります。内部被曝はこわいですから。
 食品の数値ってぜんぜん公開されてない。グリンピースの測定も日本政府が断るくらいですからね。
 私がパートをしている小さなスーパーの食品部にこの線量計を持ち込んで、やばいと思ったらわざと調理を間違えて「すみませーん。床に落っことしちゃいました」なんていうささやかな抵抗をしようと思いますわ。
 でも、うちは小さなスーパーなんだから、積極的にすべての食品を測定してその数値を値札のところに書いておくとかしたら、話題になっていいんじゃないかしら。これってビジネスチャンスよ。店長さま。

[693] エフェソ1-3章 投稿者=真理子 掲示日=2011/05/29(日) 07:05:28 ここから閲覧

http://bit.ly/j4ftdh
 今日からはエフェソの信徒への手紙。ph(f)は今の日本人にはさほど難しい発音ではありませんが、もともと日本語にない音ですので、昔の訳ではpで代用して「エペソ」なんて書いてあったりします。聖書の固有名詞ではありがちなことなので知っておくといいでしょう。
 今でもおじいちゃんおばあちゃんは、フィルムのことを「フ・イ・ル・ム」なんて言いますものね。
 場所は小アジア沿岸。今はトルコですね。イスラムの方には申し訳ありませんが、私の頭の中ではトルコ→ギリシア(ビザンティン)という自動変換がなされておりますので、テレビの番組表ではトルコをチェックしています。
 冒頭によれば著者はパウロということになっていますが実はウソです。誰かが(テモテだという話もあります)パウロの名を騙って書いたものです。こういうことを書くと聖書無謬論者の方々はすぐ頭に血がのぼっちゃうんですけど、昔はよくあったことです。私の好きなバロック/古典派の音楽ではこんなのいっぱいあります。『おもちゃの交響曲』なんて、昔はハイドン、私が子どものころはレオポルト・モーツァルト(大天才のモーツァルトのお父さんね)、最近じゃエドムント・アングラーってことになってます。いまは「古楽のたのしみ」という名になったNHK-FMの朝の番組は、昔は「バロック音楽のたのしみ」って言いましたけど、オープニングテーマのヴィヴァルディのソナタ「忠実な羊飼い」は、今ではフランス人作曲家シェドヴィル作ってことになってます。「鼻から牛乳」でおなじみの「トッカータとフーガ」だって最近はバッハの作じゃないという話があります。この手の話はいっぱい書けますけど、だからといってこれらの曲の価値が下がるなんてことはまったくないので、エフェソを誰が書こうとどうでもいい気がするんですけどね。
 それにしてもTwitterって有名人が実名で書いてるのが不思議ですね。ネットはいままで2ちゃんねるのような匿名文化だっただけに。たまになりますしもあるようですけどあんまり聞かないし。やっぱり有名人がTwitterのアカウントをしっかり公開して書いてるから、なりすましをしてもばれてしまうってことなのかしら。
 エフェソがニセモノだっていうのも、パウロのお得意文句「兄弟よ」なんていうのが一つもないとか、いろんなことで判断されたみたいです。
 内容的には、パウロの組み立てたキリスト教の考え方が凝縮していて、パウロが書いたんじゃないのにパウロ的です。そんなものかもしれませんわね。ニセモノのほうがホンモノっぽいってわけです。むしろ、いままで読んできたホンモノのパウロ書簡に比べて、戦闘的なトゲトゲしさがないので、安心して読めるかもしれませんわよ。