[ばべるばいぶる]

真理子の聖書日記


このサイトを作りながら、聖書を読みながら真理子が考えたことです。
真理子修道会の修道女/修道士の方のみ書き込むことができます。

掲示板運営方針(必読)


twilog


検索語 :
検索語[] ヒット数983

[633] 詩編60-62編、二マカ11章 投稿者=真理子 掲示日=2011/05/04(水) 10:35:44 ここから閲覧

●詩編60-62編
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=psa&chapter=60&mode=0
 60編は面白いですね。
 これって、神様にいじめられた人々の祈りの詩なんですよね。
 なのに神様にすがっちゃう。
 これだけ私たちを苦しめた神様なんだから、逆に私たちを救ってくださる力もあるはずっていう考え方です。
 これだわ。
 大きな災害に苦しめられて、神も仏もあるものかって思ったときは、こう思えばいいのね。

 61、62編はどちらも「神はわがやぐら」という言葉があります。有名なルターの「神はわがやぐら」はすでに読んだ46編ですけど、似たような詩はいっぱいあるのね。
 私たちに試練を与えるのも神なら、恵みを与えてくださるのも神。この神様はまったく頼りになるやぐらだわ。あんまり頼りになりすぎて人をいっぱい殺しちゃうこともあるっていうのが玉にキズだけど(すごいキズだわ)。

●二マカ11章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=2ma&chapter=11&mode=0
 前回はちょっとはしょっちゃいましたが、セレウコス朝シリアに対するユダ・マカビオの戦いが始まっています。
 セレウコス朝シリアの王様はみんな名前がアンテオコスなんでわかりにくいですが、10章途中までが先代アンテオコス4世、通称エピパネス(これって「現人神」っていう意味なのよ)。こんどは5世エバトル(エウバトル)です。
 前章ではゴルギヤ、テモテオなど名だたる将軍の軍隊を、天使の助けもかりて撃退します。今回は宰相ルシアとの戦い。ルシアはユダヤ人が予想外に強いのを見て、和平を結び、ユダヤ人の信仰の自由を保障します。
 11章では手紙がいろいろ引用されていますが、仔細に検討すると、このときの話じゃなく先代エピパネスの時代のものもまじってるのではないかという、かなりいいかげんなところがあるみたいなんで、あまり気にせずさっさと先に行くことにしましょう。

[632] アメリカという病 投稿者=真理子 掲示日=2011/05/03(火) 20:41:54 ここから閲覧

 それにしてもアメリカという国はどこまでエゲツないんでしょう?
 にっくきウサマ・ビンラディンを殺せっていうんで、ひとの国でその政府に連絡もせずに軍を動かす。本人ばかりか罪のない家族までがんがん殺害し、本人の遺体は海にポイ。あげくのはてにこの作戦のコードネームがジェロニモですって? こいつらよくよく罪深いやつらね。先住民族に犯した罪をちっとも悔いてない。
 そもそもこいつら9・11から何を学んだのかしら? 自分たちがいかに世界から嫌われているかをちっとも学んでなかったのね。
 私、聖書のサイトやってて、キリスト教のサイトやってて、本当に悲しいわ。
 こんなやつらを作ってしまうキリスト教ってやっぱり邪教、ヤハウエは邪神、聖書って邪悪な有害図書ね。
 今回のことがこれで終わりになるはずがない。単なる序章にすぎないわ。際限のない殺し合いが続くのよ。

 わたしたちの災害はひどいものだったけど、たかが地震、たかが津波だったのね。地震と津波だけですんでよかったんだわ。誰にも怒りをぶつけることができず、ひたすら復興にがんばればいいんだもの。
 これが戦争やテロだったら、これを起こした敵に対する憎しみが残るから、際限のない殺し合いが続きますもの。

[631] サム下20-24章 投稿者=真理子 掲示日=2011/05/03(火) 10:40:41 ここから閲覧

http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&bible1=skd&book=2sa&chapter=20
 今回でサムエル記はおしまいです。
 一番のポイントは、最終24章のダビデの人口調査です。
 神様がダビデに人口調査を命令します。部下のヨアブが反対しますがダビデは調査を強行します。このことでダビデは罪の意識を感じ、神様に祈ります。神様はガドという預言者に「次の3つのうちから好きな罰を選べ。(1)七年間の飢饉、(2)三ヶ月の敵の攻撃、(3)三日間の疫病」と言わせます。ダビデは(3)を選び、疫病の発生で七万人(!)の死者が出ます。
 今回の東日本大震災での目下の死者・行方不明者が二万六千人でしたっけ。ざっと3倍ですね。
 それにしてもなんとも理不尽ですね。人口調査を命令したのは神様のはず。なのにどうして神様は罰を与えるんでしょう。そもそも、人口調査の何がいけないんでしょうか。
 ズバリ、無関係なんです。
 ダビデが人口調査をした。疫病で七万人死んだ。これだけです。
 この二つの間には本来何の因果関係もないのです。
 ヨシュア記以降次の列王記までの歴史書は、申命記的歴史書と呼ばれます。後の紀元前七世紀、ユダ王国のヨシヤ王のときに、それまでにないしっかりした一神教的な思想ができあがり、これが後にユダヤ教に発展します。そういう厳格な一神教の思想によって、過去の歴史を全部解釈しなおして編纂したのが、いま読んでいるサムエル記を含む歴史書なんです。
 一神教ですから、この世のすべての出来事は神様の意志が反映されていると考えます。悪いことがおきれば神様の罰だの人間の罪のせいだのと解釈するわけです。
 ちょうど、戦後の民主主義で過去の日本の歴史をすべて解釈するようなもので、源平の合戦で平家が滅びたのは平家が反民主主義だったからだ、みたいな強引な解釈をしちゃうわけですね。
 だからヘンな話になるんです。
 こういうことを考えず、人口調査は神様の領域に人間が介入することだからダメ、みたいに、ごにょごにょと理屈をつける註解書なんか信用しないようにしましょう。

[630] 出エジプト記29-32章、2マカ10章 投稿者=真理子 掲示日=2011/05/02(月) 11:35:09 ここから閲覧

●出エジプト記29-32章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=exo&chapter=29&mode=0
 30章まで祭儀のしきたりがこまごまと指示されています。
 律法嫌いの人はこういうところはすべて飛ばし読みをしてしまえばいいのですが、実は聖書ヲタになればなるほどこういうところが面白くなってくるのです。たとえばこれを読みながら、自分で祭壇の設計図を描いてみるとか。そういうものの模範解答は各種註解書にありますので、文字だけで想像して描いた自分の設計図と模範解答がどう違うかを比べてみると面白いです。
 また、自分が祭司になったつもりでお祭りのレシピを作ってみるのです。こうこうこういう罪のときはこういうささげものをして、そのとき用意するいけにえはこれで、焼きかたはこうこうと。ここらへんは次のレビ記を読むともっと詳しいのです。
 それでなくても、口語訳や文語訳では昔の漢文訳に由来する、「燔祭」「素祭」「灌祭」などというヘンな用語を使っていたので、それぞれが具体的にどういうことをするのかは、一度しっかりおさえておく必要がありました。今の新共同訳では「焼き尽くすささげ物」「穀物のささげ物」「ぶどう酒のささげ物」などとなったのでまだわかりやすくなりました。
 31章は安息日の話。十戒のうち、外国人には一番どーでもよさそうな話なのに、ユダヤ人が一番死に物狂いで守ろうとする掟です。平行して読んでるマカバイ記なんかじゃ、安息日に戦いをしなかったためにみなごろしにされちゃった話とか、いっぱい出てきますものね。ちなみに、十戒のうち一番守られてない掟は「殺すなかれ」でしょう(笑)。一番大事そうな掟なのにね。なんかヘンな話だわ。
 さて、出エジプト記後半の最大のヤマ場が32章。モーセがなかなか帰って来ないので民はイライラして、ついに金の子牛の偶像を作ってしまいます。
 これって一見、民が悪いような気がしますけど、でも改めて読んでみると、神様もなんだかひどいですよね。
 神様は怒り狂って「全員みなごろしだ」といいますが、モーセが必死に説得したので、3000人(!)だけ殺して怒りが収まります。これもひどい話ですが、このとき3000人を殺した実行犯がレビ族で、この功績で祭司職になったっていうんですから、なんだかねぇ。
 で、レビ族って別名「アロンの子」というくらいで(今後「アロンの子」と出てきたらレビ族=祭司職のことだと思ってください)、アロンを筆頭とするわけですが、考えてみればアロンって、子牛を鋳造した実行犯ですよね。一番悪いやつが罰せられず、しかも祭司職になっちゃうんですよ。
 これはまるで、事実を隠し続けデマを流し続け被曝者をどんどん作り出している政府と電力会社が無罪で、そのことを糾弾するジャーナリストを迫害し、ネットに書かれたデマ(=真実)を削除できる治安維持法なみの悪法を作ってしまう、今のどこかの国の状況みたいですね。
 寝てないという伝説のあった枝野さんも実はよくお休みだったみたいで、まったく、悪いやつほどよく眠るのよ。

●2マカ10章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=2ma&chapter=10&mode=0
 出エジプト記の話が長くなっちゃったんで次回まとめて書きますね。

[629] 2コリ9-10章 投稿者=真理子 掲示日=2011/05/01(日) 16:32:42 ここから閲覧

http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=2co&chapter=9&mode=0
 今回の範囲は、9章はこれだけで独立した一つの手紙(E)。10章からおしまいまでがいわゆる「涙の手紙」のBです。
 まず9章。おカネを集めなさい。どんどん集めなさい。おカネを出せば出すほど恵みも大きいんです。お金が少ないとマケドニヤ人に恥ずかしいですよ、とおカネ集めの発破をかけています。まるで創価学会の財務ですね。
 10章。こんなことをいうせいでしょうか。パウロさんはいろんな人から誤解され、「人のいないところで陰口をたたいてるんじゃないか」「あいつはカネのために宣教してるんじゃないか」(使徒の手紙に出てくる「肉」っていうのは、物質とかカネとか、目に見えるものって思うとわかりやすいですよ)「あいつの手紙は面白いがおしゃべりはつまらん」とか、さまざまな批判があるみたいですね。そういうパウロくんの弁明がここから始まります。人の評価はどうでもいいんで、主から評価されることが大事なんだそうです。

[628] バイブルハウス南青山 投稿者=真理子 掲示日=2011/04/30(土) 20:49:04 ここから閲覧

 先日わが家に主人あてと私あての二つのダイレクトメールが来て、日本聖書協会直営の聖書専門書店がオープンしたというので行ってみました。もう2月18日からやってたんですね。それにしてもどうして主人あてに来るのかしら。そういえば前に聖書図書館に私のかわりに行ってもらったことがあったんで、それでかしらね。あそこは入館のときに住所と名前書かされるから。
http://www.bible.or.jp/biblehouse/information.html
 ただし店はものすごく狭いし在庫もほとんどない。これだったら教文館へ行くわ。
 その割りに2万円も散財しちゃった私。

[627] ルカ3-4章、2マカ9章 投稿者=真理子 掲示日=2011/04/30(土) 11:17:52 ここから閲覧

●ルカ3-4章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=luk&chapter=3&mode=0
 ヨハネの活動開始とイエスの受洗の話ですが、ルカの伝える話は、マルコやマタイと大きく違う点があります。ルカによればイエス様はヨハネからバプテスマを受けたわけではないんです。なにしろ、イエス様が受洗する前にヨハネが捕らえられちゃったんですから。
 それから細かい話ですけど、受洗のときに天が開けて聖霊が下ってきたというのは、マコ1:10は両方とも「ごらんになった」ですから、他の人にはそんな光景は見えず、イエス様の主観的事実、つまり幻にすぎなかった可能性が保留されています。しかしマタ3:16では、天が開けたほうは客観的事実、聖霊のほうは「見た」となっています(口語訳や新改訳ではごまかしてますけど原文では「ごらんになった」は「天が開け」にはかかってません)。で、ルカ3:22ではもう「見た」にあたる言葉がないので、どちらも客観的な事実ということになりました。こんなふうにだんだんと、この幻が客観的事実であるかのように脚色されていくわけです。
 テベリオ(ティベリウス)帝15年というのは、当時は秋が年のはじめだったので、西暦27年-28年ということになります。だいたいそのころにイエス様が受洗して活動を開始、それがおよそ30歳(ルカ3:23)ということから推定したイエス様の誕生年を西暦紀元元年と定めています。もっともホントは、イエス様の宣教期間が1年であり、すると受難=死の年が31歳、そのの過越祭が西暦で3月25日だったという中世ヨーロッパの伝説をたよりに、それが西暦31年であったことを計算して、そこから定めたのが今の西暦です。そんなわけでちっとも史実に即してないんですが、それでも「あたらずといえども遠からず」で、だいたいそれっぽい年が西暦1年になったというところに、神の奇跡を感じます。
http://www.babelbible.net/mariko/opi.cgi?doc=xmas&course=preach
 ルカの系図はマタイの系図とぜんぜん違います。私の部屋には米Good Things Company社が作ったアダムからイエスまでの系図が貼ってありますが、
http://www.goodthingscompany.com/index.html
ルカの系図とアダムの系図のツジツマを合わせる努力は完全に放棄され、両方が併記されてます。
 3章の話だけで長くなっちゃって4章の話が書けませんでしたが、あとは各自読んでおいてください。
●2マカ9章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=2ma&chapter=9&mode=0
 ユダヤ人を殺そうと兵を進めたアンテオコス王の末路が、「うじがわき」とか「肉がくずれ」とか、これでもかこれでもかと気味悪く書かれてますね。こういうところが2マカの特徴で、通俗的でわかりやすいのはいいんですけど、グロテクスなんですよね。
 最近はさすがにないと思いますが、昔、創価学会では「ご本尊さまを粗末に扱うと罰(ばち)があたります。こんなもの迷信だと鼻くそをぬりたくったおじさんの鼻がおっこっちゃいました」なんていう話を、子どもの時に聞いたことがありますわ。でも子どもにこんな話をするとトラウマになっちゃいますわよ。
 昔、立正大学の先生で安永弁哲さんという人が『板本尊偽作論』という本を出しまして、富士大石寺の大御本尊みたいなものを日蓮が作ったはずがないという本なんですが、最初のほうに、日蓮正宗の歴代管長と、創価学会の初代会長がいかに悲惨な死に方をしたり醜い争いをしたりしたかを暴露した部分があるんですね。もちろん創価学会じゃこんな本は間違ってもおおっぴらに読めませんでしたけど、後に創価学会が日蓮正宗とケンカ別れすると、この本の日蓮正宗管長の部分がさんざんコピーされ出回ってましたわ。「舌ガンにかかって七転八倒の苦しみ。何も食べられずに死んでいった」「坐骨神経痛で動けず、大石寺の火事で焼け死んで、遺骨がなくなるほどすっかり焼けたのにハラワタだけが焼け残った」とか。もう私は大学生で創価とは縁を切ってたんで、こいつらバカかと思いながら眺めてましたわ。以前はまるっきりウソッパチと言ってたものを利用するなんてね。
 ともあれ、こういうグロテスクな話を強調するのが、俗耳に受けるんですよね。

[626] エレミヤ書37-41章 投稿者=真理子 掲示日=2011/04/29(金) 12:28:38 ここから閲覧

http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=jer&chapter=37&mode=0
 そんなわけで亡国民主党政府が狂態を見せる中、いまこそエレミヤ書を読み返さなきゃって思ってます。一国がどうやって滅びていくかの教訓としてね。
 ふむふむ、日本もこうやって滅びていくのかしら。
 ちなみに、滅びてしまった後どうなるかという話は、次のエゼキエル書ですよ。

 さて、預言書嫌いの方(私も嫌い)も今日のところは面白く読めそうね。なんたって預言がほとんどなく、事件ばっかりですから。
 時代はまたまたユダ王国最後の王ゼデキヤの時代。ユダ王国はエジプトと新バビロニヤ(聖書ではカルデヤね)の勢力のバランスの上でかろうじて命脈を保っています。エジプトの軍事行動が活発になったので新バビロニヤはいったん退きます。人々はもうこれで危機は去ったと安堵したみたいですが、それは甘いぞ、新バビロニヤはユダ王国を滅ぼすぞ、ここに残ってるとヤバいぞ、戦争と飢えと疫病とで死ぬぞと、上杉隆いえいえエレミヤは警告を発し続けますが、誰もききません。かえってエレミヤは、人々にデマを伝える悪いやつということで嫌われ、ついに逮捕・投獄されます。
 まるで底なし沼のような穴に投げ込まれてあわや溺死寸前かと思われたところ、ゼデキヤ王は宦官エベデメレクをつかわして助けます。王はエレミヤに意見を求めたいんですね。
 さて、ついにエルサレムは陥落。人々は殺されたりバビロンに連れて行かれたり。ゼデキヤも連れて行かれます。
 新バビロニヤのネブちゃんはエレミヤを釈放し、ユダの総督としてゲダリヤという人を任命、戦後処理にあたります。しかし王族のイシマエルはゲダリヤを暗殺、巡礼団を殺害するなど暴虐の限りをつくしています。さてこの続きはどうなるか、来週のお楽しみ。

[625] ほらほら、政府の言論弾圧が始まったわ 投稿者=真理子 掲示日=2011/04/29(金) 04:55:39 ここから閲覧

http://bit.ly/kQZqjj
郡山市立橘小学校
橘小放射線測定値報告の中断のお知らせ
先日来、本校独自で実施した校舎内及び校庭等の放射線測定値をホームページに掲載してまいりましたが、インターネット等での測定値の発表は、文部科学省や県など公的な機関が測定したものに限るとのことから、今週からホームページへの掲載は中断することとなりました。なお、学校独自の調査はこれまでどおり継続し、数値の推移等については、学校便り等で保護者の皆様にお知らせしてまいりますので、ご理解いただきますようにお願いいたします。

公的機関じゃなきゃ放射線測定値を発表しちゃいけないんですってね。
なんという言論弾圧。
こんなバカ政府の言うことは一切信用できないわよ。

[624] がんばろうより、わっはっはのは 投稿者=真理子 掲示日=2011/04/28(木) 10:30:12 ここから閲覧

 うつ病の人に一番言っちゃいけない言葉が「がんばろう」なんだそうです。私はうつ病でも震災の被災者でもありません(自粛その他で収入が激減したんで二次被災者だとは思ってます)が、ACのコマーシャルなんかの「がんばろう日本」なんていうのをさんざん聞かされると、さすがに嫌気がさしてきました。
 がんばれっていう言葉はもちろん日本語以外にもあるんでしょう。Fighting! かしら。でも英語国民はあんまりこういう場ではがんばれって言わないんじゃないかしら。もちろん英語は世界共通語だから、一概には言えないでしょうけど。
 むしろ、Smile! とか、Relax! じゃないかしら。

 笑うっていえば、もうみなさんご存知でしょうけど、マキタスポーツの「学童賛歌3.11」が感動ものですね。最後は笑わなきゃいけないんでしょうけど泣いちゃいます。
http://www.youtube.com/watch?v=dYn-Cu5wASM&feature=related
http://podcast.tbsradio.jp/kirakira/files/0325gakudousanka.mp3

 福音書に出てくるイエス様は一度も笑ってないんで、イエス様は笑わなかったという伝説があり、だから修道院なんかじゃ笑いを禁止してるところもあるみたいですけど、もともとキリスト教は笑いと深くかかわっているのだというのが、宮田光雄さんの『キリスト教と笑い』(岩波新書)
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/4004302196.html
 ただし絶版みたいなんで修道会にアップしてあります。こんないい本を絶版にするなんて岩波書店はとんでもない出版社ね。
 笑いといえば、アルフォンス・デーケン神父。私が中学生のときにキリスト教に関心を持ち始めたとき、この先生の講義に感銘をうけました。いまだに元気で活躍なさってるんですね。
http://members3.jcom.home.ne.jp/deeken-class/
 講義では参加者にむりやり、あはは、あはは、と笑いを強要なさるので自意識を振り落として笑ってください。
 楽しい先生ですけど、戦争中一家でナチに抵抗運動したんで迫害され、やっと解放されたっていうんで、喜んで連合軍を迎えにいった祖父を、敵だと誤認して連合軍の兵士に、目の前でズトーンと撃たれちゃったという、すごい経験の持ち主です。
 それでも笑いを失わない。すごい先生です。笑いってすごいのね。

[623] ヨブ記39-40章、2マカ8章 投稿者=真理子 掲示日=2011/04/28(木) 10:04:33 ここから閲覧

●ヨブ記39-40章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=libj&book=job&chapter=39&mode=0
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=libj&book=job&chapter=40&mode=0
 40章は聖書によって区切り方が違います。昔は24節でおしまいで次からは41章扱い。上に書いたリビングバイブルもそうですし、口語訳も新改訳もそう。ていうかBHSが区切り方を変えちゃって、新共同訳もそれを踏襲しているというわけです。
 どこで区切るにせよ、ヤハウエ御大の言葉って、「お前はこれを知ってるか」「お前はこれができるか」ばっかりで、なんだか小学生の自慢みたいですね。へきえきします。
 ただ、私たちも、今回の災害のような事態に直面すると、神様なんていないんじゃないかって思っちゃいますけど、宇宙の神秘、自然の神秘、人体の神秘なんかを見ると、やっぱり神様っているのかしらって思いますからね。白いひげを生やしたやさしいおじいさんとしての神様はいないとしても、こんなに見事な自然のしくみを作り出したものを、とりあえず神と呼ぶとすれば、神様っているんですよ。そういうことをここでは詠んでいるんです。

●2マカ8章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=2ma&chapter=8&mode=0
 げんなりする拷問シーンのあとは、いよいよお待ちかね、英雄ユダ・マカビオ(マカベア・マカバイ)の登場です。
 怖い怖いニカノルは、ユダヤ人を奴隷として売って、そのカネでローマへの税金を納めようと、ユダ軍に攻撃をしかけます。怖気づいて逃げる人もいましたが、みんながんばって、みごとにニカノルをやっつけます。

[622] LXE 投稿者=真理子 掲示日=2011/04/28(木) 00:35:58 ここから閲覧

ギリシア語訳旧約聖書、通称「七十人訳」をそのまま英語に訳したものとして有名なのが、Sir Lancelot C. L. Brentonの訳。七十人訳のことをよくLXXと書くので、これはLXEと書きます。 1851年訳(ずいぶん古いわね)なので著作権切れです。

今までこのLXEは、日本コンピュータ聖書研究会のSEPTUAGINTAから持って来たんですが、ここの製品って旧約続編を全部カットしちゃってるんで、いままでは旧約続編が入っていませんでした。
ところがLXEを全文掲載し、MP3のポッドキャストまでやっているサイトを発見しました。
http://ecmarsh.com/lxx/index.htm
そこでここから続編をとってきて、追加しました。これでLXEも続編入りになりました。

ところで日本コンピュータ聖書研究会の製品ってAccessで書かれてるんですけど、どうも不具合が多くてイヤです。SEPTUAGINTAなんか起動時にエラーが出て起動できなくなっちゃいました。仕方がないのでAccessのMDBファイルをそのまま読んで使ってます。パスワードが必要なものも多いですが、そこはそれ、Accessのパスワードを解析するユーティリティなんてものもありますしね。こういう使い方はハッカーみたいでイヤですけど、高いお金を払って買ったものが使えなくなっちゃったんですから、仕方ないわね。

[621] スーちゃん、太田裕美さん 投稿者=真理子 掲示日=2011/04/27(水) 22:17:28 ここから閲覧

 またまたキャンディーズねたです。
 スーちゃんの告別式のあった月曜日は、だんなのお父様がけっこう大変な手術を受けておりまして、だんなと私と二人そろって病院で待機してたんですけど、朝9時から始まった手術が夜9時までかかって、ほとほと疲れてしまいました。何もしないでじっとしているのってとっても疲れるの。
 で、病院でテレビを見てたら、ワイドショーでスーちゃんの告別式をやってましたけど、ランちゃんの弔辞にある「スーさん」っていうの、とっても違和感があるわ。だってスーさんって言ったら三國連太郎が演じている『釣りバカ日誌』の社長の名前じゃない!
 夕方4時からは私が必ず聞いてるNHK-FMの「ミュージックプラザ」を聞いてました。日替わりでポップスをやるんですけど、月曜日はつのだ☆ひろさんDJの昭和歌謡番組でとても面白いです。急遽予定を変更してキャンディーズ特集をやってました。しかもスーちゃんがセンターで歌ってる曲ばかり。リスナーも昭和歌謡マニアばっかりなんで、こういうこだわりがある番組なんです。
 で、それを聞きながら私が「スーちゃんって三人の中で歌唱力が一番あるっていうけど、高音域で声が裏返るじゃない。男からすればそれがかわいいのかもしれないけど、要するにヘタよね。これで一番うまいってことは、この三人って結局歌がヘタってことよね。スーちゃんもランちゃんも歌手じゃなく女優として芸能界復帰ってことは、歌がヘタなのよ」と言ったら、だんなの顔がぴくぴく引きつってる。
 この番組は月曜日から木曜日まで。以前は金曜日まであって、金曜日は太田裕美さんがDJをやってました。太田裕美さんは男っぽいさばさばした性格。小島慶子さんといい太田裕美さんといい、私は男っぽい女性に心ひかれるみたいです。和田アキ子さんも好きだし。この女優さんって素敵ねって思うと、宝塚で男役やってたってことが多い。私ってレズっ気あるのかしら?
 ともあれ太田裕美さんの番組は好きでよく聞いていました。
 そんなことを言ったらだんなが「太田裕美って、ホントはキャンディーズに入るはずだったんだが、いろいろな理由で単独デビューすることになり、かわりにスーちゃんが入ったんだ」とウンチクを披露してくれました。え、そうなの? 気になってネットを調べたら、この説はホントみたいですね。へぇ、そう。
 でも、それだったらキャンディーズはそんなに人気出なかったと思うし、太田裕美さんも才能が開花せずに早々と芸能界を引退したかもしれないし、スーちゃんは大女優にならず、今頃はごく普通のおばさんとして人生を終えたのかもね。
 そうしてみると、この世の中って随所随所に分岐点があって、キャンディーズに太田裕美さんが入るか田中好子さんが入るかで、ずいぶんその後が変わってしまう。
 やっぱりすべてのことは神様のおはからいなのかもね。局所局所では「スーちゃんのようないい人が早死にするなんて神様っているのかしら」「津波で多くの罪無き人が死ぬなんて神様っているのかしら」なんていうこともあるけど、人間に見えること考えられることは限られているからそう思えるのであって、総体としては、やっぱり神様がすべてのことをはからっているのよ。
 そう。この話は一応、神義論であり予定説の話だったってことです。

[620] 詩編57-59編 投稿者=真理子 掲示日=2011/04/27(水) 13:26:58 ここから閲覧

http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=psa&chapter=57&mode=0
 今日は3つとも、苦難のときのお祈りです。
 苦難のお祈りって多いですよね。
 当たり前よね、だってお祈りするときって、たいてい苦難のときか、せいぜい苦難を乗り越えたときとかですものね。
 ダビデがどうたらしたときの歌となってますが、前回同様、サムエル記を読んでもあんまりぴったりする事件がなかったりします。もともとダビデと無関係のものが、ダビデに仮託されたものだと思ってください。

 ところで、MXテレビを見てたら、石原慎太郎さんが仙石さんに「節電一律20%なんてバカなことをせず、節電警報でも出して、危なくなったら『みなさん今から電化製品のスイッチを切ってください』とやればいいんだ」と言ったらしいですね。石原さんもたまにはいいことを言いますわね。
 ヤフーのトップページを見てもわかるとおり、今の電力消費量がリアルタイムに表示できるんですから、やろうと思えばすぐできる。国民なんかどうせバカだから一律に節電節電と言っておけばいいんだと言わんばかりの政府と東電の愚民政策には本当に腹が立ちます。

[619] サム下15-19章、2マカ7章 投稿者=真理子 掲示日=2011/04/26(火) 11:05:03 ここから閲覧

●サム下15-19章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=2sa&chapter=15&mode=0
 今回はサムエル記最大のヤマ場かもしれません。
 いよいよアブサロムのクーデターが始まります。
 15章冒頭では、宮殿の門の前に立って、訴えに来た人に、私なら解決できると自分を売り込んでいます。本当にこんなふうに一人ひとりに売り込んだのかどうか、実際にはもっと大々的に、イスラエル諸部族を味方にひきつけたんでしょうね。
 形勢が不利になったダビデは都落ちします。サウル家の生き残りシメイがダビデを激しく呪い、石を投げつけたりさんざんなことをします。しかしダビデはじっと耐えて逃げていきます。
 アブサロムの側にはダビデの臣下のアヒトベルやホシャイがついており、いろいろ入れ知恵します。しかし、アヒトベルが積極策、ホシャイが慎重策を進言、二人の意見が食い違ったときにホシャイの言が用いられ、アヒトベルは自殺。このあたりからアブサロム側の雲行きが怪しくなります。
 いよいよダビデとアブサロムの両軍が対決。アブサロムはらばに乗っていたのですが、らばが樫の木の下を通ったときに、頭が樫の木にひっかかって身動きがとれなくなります。なんかマンガ的な光景ですけど、抵抗できなくなったアブサロムは、あわれな姿勢のまま殺されてしまいます。
 ダビデは「アブサロムよ、アブサロムよ」と号泣します。敵ではあってもわが子を愛していたんですね。しかしこういう優柔不断な姿勢では、ダビデのために戦った家来たちにしめしがつかないと批判されます。
 どんな王家にもこういうお家騒動はありますし、親子といえども現役の王と王子というのは争うことが多いのですが、ダビデのこういう親バカぶりは私は好きです。

●2マカ7章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=2ma&chapter=7&mode=0
 7人兄弟とその母が拷問されるシーンです。
 2マカは1マカにくらべて、「これこそ神様のはからいだ」みたいな通俗的な解説が多くてわかりやすいんですが、かなりしつこくこういう拷問シーンを描くことがあってへきえきします。通俗的なものだからそうなんでしょうね。

[618] 出エジプト記25-28章 投稿者=真理子 掲示日=2011/04/25(月) 07:00:07 ここから閲覧

http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=exo&chapter=25&mode=0

 今日はだんなのお父様の手術で、朝早くから出かけなければならずばたばたしていますので、大急ぎで書きます。
 祭壇の作り方だの幕屋の作り方だのが延々と続きます。しかもこれで終わりじゃなく31章までです。以前に「律法がたいくつだと思ったら、そこを無視して読み、時折挿入される出来事のところだけを読め」って言いましたが、そしたら31章まで全部シカトです。
 砂漠を放浪している最中なのに、神様は何をのんびりこんなことを細かく指示してるんでしょうね。
 もちろんそんな話は全部伝説です。実際には後の時代にゆっくりゆっくり時間をかけてできあがった決まりなんですけど、この砂漠放浪時代に神様から与えられたっていう伝説にしちゃってるわけです。
 25章で契約の箱が出てきます。これはずいぶんぶっそうな箱で、うっかり触れると人を殺しちゃう。[597]では五島勉さんの電池説を紹介しました。今だったら「ミニ原発」説を言うかしら?

[617] 2コリ6-8章、2マカ6章 投稿者=真理子 掲示日=2011/04/24(日) 12:35:55 ここから閲覧

 復活祭おめでとうございます。移動祝日ですので日本ではちっともなじみがないですが、キリスト教国ではクリスマスとならぶ一大イベント。教会暦はこの復活祭を基準にして組み立てられていますからね。一年のはじまりみたいなものです。そう、お正月ですからね。うっかりこの時期にキリスト教国を旅行などしようものならどこもお店が営業していなかったなんていうのが普通です。


●2コリ6-8章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=2co&chapter=6&mode=0
 今回の範囲はややこしいです。
 2章14節以降7章4節までがA。
 どんなに苦しくてもがんばろう。イエス様だって命がけだったんだから、ぼくたちも命がけで宣教しようという話でしたよね。
 今回はその続きで、神様のめぐみをいたずらに受けることなく、苦しいときもみんなのためにがんばろうという話です。
 ところが二コリ6:14-18、ひょっとしたらその次の二コリ7:1までは、突然に不信仰なやつらとは付き合うなとか、偶像とかベリアル(悪魔信仰みたいなものらしいです)とかを寄せつけるなとか、まるで一昔前の創価学会のようなことを言ってますね。ここはひょっとしたらFなのかもしれないという話もあります。とりあえず墨を塗っておいてください(笑)。そうすると、二コリ6:13の「心を開いてくれ」というのと、二コリ7:2の「心を開いてくれ」というのが、すんなりつながるでしょ?
 まあそんなわけで、コリントの人たちに、つらいことがあっても心を開いて私たちと一緒にがんばろうと訴えてAはおしまいです。

 7章5節以降は、2コリ冒頭1章から2章13節までと続けて読んでC。Cは7章でおしまいです。
 パウロさんたちはたいへんな迫害を受ける中でマケドニヤへの旅行を企画していたんでしたよね。
 マケドニヤというのはギリシアの北部。コリントの属するアカイヤ州の北隣になります。
 で、マケドニヤに着いたら、テトスがやってきて助かったとか、テトスがあなたがたの気持ちを伝えてくれたので慰められたなんてことを言っております。
 二コリ7:8の「手紙」というのはBです。10章以後ですのでまだ読んでません。

 8章はD。Dは8章だけです。マケドニヤの諸教会の募金活動を高く評価し、コリントでもやってくれと言っております。

●2マカ6章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=2ma&chapter=6&mode=0
 6-7章はギリシアの生活習慣のおしつけに抵抗した人の話。6章はエレアザルという律法学者が、豚肉を食べようとせずに殺されたという話です。
 老人なんだから食べるふりをして生きながらえてもしょうがない。むしろそのことで若者たちに悪影響を与えることを恐れる。その気丈さは感動ものです。

[616] ルカ1-2章 投稿者=真理子 掲示日=2011/04/23(土) 10:13:00 ここから閲覧

http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=luk&chapter=1&mode=0
 今日から福音書はルカに入ります。
 マルコによって、イエス様の言行録をまとめるという福音書というジャンルが生まれたのですが、マルコはリアリストすぎてあんまり救いが感じられない、出生の伝説もなければ復活もハッキリ書かれておらず、しかもイエスの弟子を批判している、一種の危険文書だったので、より穏当な形で書かれたのがマタイとルカです。マタイのほうは主にユダヤ人を読者に想定しており、旧約聖書の引用がいっぱいあったり、冒頭から系図を長々と書いたりというところがありましたが、ルカは異邦人を読者に想定しています。
 なにしろ冒頭のテオピロ(テオフィロ)様というのがローマ人らしいですし(もっとも、テオ=神、フィロ=愛ですから、神野愛夫といったいかにも作り物めいたあざとい名前ですけどね)、ルカ自身がシリア人の医者ということになってます(コロ4:14)。たしか、イザヤ・ベンダサンこと山本七平さんが『日本人とユダヤ人』の中で、「フランス人マルクス主義者がロシア人を読者に想定して、マルクス主義に都合がいい材料だけを組み立てて書いた日本史の本」みたいな比喩をしていました。そういう本が日本人にはちっとも関係がないようなもので、ルカはユダヤ教を脱皮したキリスト教の立場から書かれた福音書と言えます。
 ユダヤ人のことをよく知らないクリスチャンには一番読みやすいうえ、続編として弟子たちの活躍を書いた「使徒行伝(使徒言行録・使徒のはたらき)」という文書もあるので、「新約聖書を読むならまずルカを読んで、次に使徒に行くべし」とよく教えられます。

 1章はけっこう長く、しかも内容がもりだくさん。他の福音書と違って洗礼者ヨハネの出生伝説も扱っているのが特徴です。洗礼者ヨハネの母エリザベツとイエスの母マリヤとは親戚だったことになってます。また受胎が6ヶ月前ということなので、ヨハネの誕生日は6月25日とされています。
 ルカ1:46-55のマリヤの賛歌は、ラテン語訳聖書の冒頭の語magnificatからとって、マニフィカトと呼ばれます。プロテスタントはマリヤを特別視せず、ただの女性ということにしていますけど、一応この詩は聖書に根拠がありますので、これを用いた宗教曲はプロテスタントでも歌われます。バッハも作曲してますね。日本聖書協会の交読文にも43番として入ってます。
 ついでにそのあとのルカ1:68-79のザカリヤの預言も交読文44番として入っています。こっちはマニフィカトほど有名じゃないですけど。
 2章でイエス様が誕生しますけど、ルカ2:49のこまっしゃくれた言いぐさは困ったもんですね。たぶんこの時点(12歳)でイエス様は、自分のお父さんが本当のお父さんじゃないということを知って、ぐれて家出をしかけたんじゃないかと思ってます。

[615] エレミヤ32-36章、2マカ5章 投稿者=真理子 掲示日=2011/04/22(金) 17:20:45 ここから閲覧

●エレミヤ32-36章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=jer&chapter=32&mode=0
 預言書の読解が難しいのは、次から次へと出てくるメタファーが何のことだかわからない、そのくせ言ってることは、どーせたいしたことのないワンパターンな警告だろうと思うので、あんまりしっかり読む気が起こらないっていうのが最大の理由。
 そしてもう一つの理由は、記述が年代順とは限らないってことなんですね。
 今回の範囲でいえば32-34章はゼデキヤつまりユダ王国最後の王の時代ですから、王国の最後のパニック状況を思い描いて読めばいいんですが、35-36章はエホヤキム(ヨヤキム)ですからその2代前。時代が突然前に戻っちゃうんですよね。それを知らないで読むから、何のことだかわからなくなっちゃうわけです。
 山本七平キラー、統一教会キラーの浅見定雄さんが『旧約聖書に強くなる本』っていう本を出してます。長らく絶版だったんで修道会にPDFをアップしてますけど、固有名詞表記を口語訳から新共同訳に変えて、最近復刊されたんですよね。
 この本の中に、ユダ王国とイスラエル王国の王様の名前を覚える語呂合わせが載ってます。こういうのを覚えれば、列王記や歴代誌など歴史モノを読むときに役立つばかりか、預言書を読むのにも役立ちますね。
 でも、はっきりいって、浅見先生には悪いけど、これ使えないです。王名の一部だけを取り出して並べて猛烈に無理な語呂合わせを作ってて、それを覚えても元を復元できない。たとえば最後から3番目と2番目の王はエホヤキム、エホヤキンと猛烈に紛らわしいのに、それをうまく覚えられない。
 やっぱりこれは、私が以前に作った「イスラエル12部族を覚える歌」(決定版は[472]ね)みたいに、長くなっても、名前を省略せずフルに読み込んで、簡単なエピソードをまじえるような歌がいいわ。
 そんなわけで今いろいろ考えてるんですけど、まだできてないです。

 ところで今回から出てきたバルクっていうのがエレミヤの子分ですね。旧約続編にバルク書なんていうのもあります。バルクって英語読みだとバラク。オバマ大統領の名前ですよね。
 バルクはエレミヤの言葉を書きとったり、エレミヤが捕らえられてるときはかわりに登場したり、子分というか弟子というか執事というか秘書というか、そういう役割で活躍します。
 そういえば現代のエレミヤ、上杉隆さん、最近テレビやラジオから続々と締め出されて、
http://uesugitakashi.com/?p=658
によれば、今年いっぱいでジャーナリストを辞めるらしいんですけど、顔が見えなくてさびしいわ。だって、エレミヤ読んでると、本当に上杉さんみたいなんですもの。来週の金曜日の「5時に夢中!」に出てくるらしいので楽しみですわ。

●2マカ5章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=2ma&chapter=5&mode=0
 やっと5章まで来て、主人公のユダ・マカビオ(マカバイ)が出てきました。
 え、ユダが主人公なんですよね。だってマカバイ記っていうくらいですから。
 でも、ここでちょっと出てきたユダが、次に出てくるのは10章なんですよ。2マカって、マカバイ記っていう名前にもかかわらず、マカバイ(ユダ)が出てくるのは半分くらいなんです。

[614] スーちゃんが死んだ 投稿者=真理子 掲示日=2011/04/22(金) 03:33:53 ここから閲覧

 さきほどタクシー乗務から帰ってきた主人が、帰るなり浴びるほど酒を飲んで、深夜だというのにキャンディーズの曲をがんがんかけながら、スーちゃんが死んだ、スーちゃんが死んだと荒れています。手がつけられません。みなさん何とか言ってやってください。
 今の若い方にとってはキャンディーズというと南海キャンディーズなのかもしれませんが、その昔70年代に一世を風靡したアイドルグループ。私は幼稚園のころなのでよく覚えてません。ピンクレディーなら振り付けの真似をしたんですけどね。そう言うと「ピンクレディーなんかと一緒にするな」と怒るんです。困ったわ。
 キャンディーズの解散コンサートの広告に「ベータマックスはキャンディーズにさよならを言わせません」なんていうのがあったんだそうで、ちょうどそのころがベータだのVHSだのビデオデッキが出始めたころ。そしていまやビデオテープなんて使命を終えたメディアですからね。まあ一つの時代が終わったってことね。昭和は遠くなりにけり、よ。

 私はなんだかよくわかりませんけど、いずれにせよ、ご冥福をお祈り申し上げます。

[613] ヨブ記37-38章(今週は西も東も聖週間) 投稿者=真理子 掲示日=2011/04/21(木) 11:21:22 ここから閲覧

http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=libj&book=job&chapter=37&mode=0
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=libj&book=job&chapter=38&mode=0

 エリフの非常に不毛な議論が終わった後、いよいよ本当の真打の登場、なんと御大ヤハウェさんがじきじきに登場してきます。
 しかし、不当にヨブをいじめた張本人いえいえ張本神でありながら、この開き直った言いざまはなんでしょうね。猛烈に腹が立ちますが、まだまだ話は続くみたいですから、怒るのは来週まで待ちましょう。

 なんたって、今週は聖週間ですからね。明日が聖金曜日、すなわちイエス様のご命日です。そして日曜日が復活祭です。悲しみと喜びがたてつづけにやってくる一週間、クリスチャンのテンションが一年中で一番ハイになる一週間ですから、この程度のことで怒っちゃダメなんてす。まーたヤハウェさんがバカなことを言ってると思って聞き流しましょう。
 ちなみに、東方教会はユリウス暦を使ってるせいで、復活祭の日取りが違うのが普通なんですが、去年と今年は偶然に同じです。全世界的に明日はイエス様のご命日であり、24日は復活祭ですよ。
 今年は復活祭が異様に遅いと思っていたら、理論的に4月25日が西方の復活祭の下限なんだそうですね。これよりまだ1日遅い場合があるみたいです。東方ではもっと遅い場合もあります。

[612] 詩編54-56編、2マカ4章 投稿者=真理子 掲示日=2011/04/20(水) 13:36:47 ここから閲覧

●詩編54-56編
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=psa&chapter=54&mode=0
 ダビデ逃避行中の詩が2つありますね。
 54編はジブ人がチクられちゃった話ですが、引照つき聖書によればサム上23:19ないしサム上26:1に基づいているそうです。でもこの二つは明らかに別の場面。いったいどっちなのかわかりません。まあどっちでもいいんでしょう。ピンチになったときに読んでみると共感できることでしょう。8節(昔でいえば6節)の「いけにえをささげます」は「お賽銭をささげます」ないし「感謝のお祈りをします」と読み変えましょう。
 56編はサム上21:11-16。ペリシテ人に捕らえられたというのは、サウルから逃れてガテの王アキシ(ガトの王アキシュ)を頼っていったら、そこでも警戒されちゃって、狂人のふりをしてごまかして、やっとの思いで逃げたという話です。その後はどこにも逃げられず、ほら穴に逃げることになってしまいます。これもあんまり背景の話を気にせず、ピンチのときに読んでください。

●2マカ4章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=2ma&chapter=4&mode=0
 1マカの1章冒頭あたりで大ざっぱに書かれていた、この時代のイスラエルのギリシア化のようすがより詳しく書かれています。
 この章の悪役はシモン、ヤソン、メネラオ。シモンというのは前章に出てきた、大祭司オニヤと対立していたベニヤミン族の人物。ヤソンはオニヤの兄弟。メネラオはシモンの兄弟。イスラエルのギリシア化はギリシア人からの強制だけではなく、このような身内の裏切りによって推進されていったのだということがよくわかります。

[611] サム下10-14章 投稿者=真理子 掲示日=2011/04/19(火) 11:01:47 ここから閲覧

http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=2sa&chapter=10&mode=0
 今回の内容はてんこもりですね。
 まずはダビデのセックススキャンダル。ヘテびと(ヒッタイト人)の軍人ウリヤの妻バテシバ(バトシェバ・ベトシェバ)の入浴シーンを見てむらむらし、呼びつけてエッチをします。妊娠したとわかるとウリヤを帰還させて偽装工作をします。ところがウリヤは、戦いの最中に女房とエッチなんかできないと言います。そこでダビデは一番危険な前線にウリヤを送って戦死させます。このとき預言者ナタンに非難されるのですが、そうしてダビデが詠んだ詩が、先週の水曜日に読んだ詩51というわけです。
 このときの子は主の怒りにふれてすぐ死んでしまいますが、再度エッチしてできたのが次の王になるソロモンです。
 それにしても、なんでセックスの直後に妊娠したってわかったのかしら。第六感が働くのかしら。私なんかいくらエッチしても子どもができないというのに、うらやましいわ。
 それから、以前[396]で書いたことですが、『聖書の人々完全ビジュアルガイド』によれば、これはバテシバが最初からたくらんでわざとダビデに見えるように入浴したってことらしいです。ホントかしら?
 で、こういう悪事をしたために神様の罰でダビデ家には争いが絶えなくなります。
 ダビデの息子アムノンは、同じくダビデの娘タマルに恋をします。えっ、近親相姦?なんて思わないでください。異母兄妹ですから(それでも近親相姦かしら)。王族って母が違うとほとんど交流もないでしょうしね。
 で、せっかくタマルとエッチができたのに、念願がかなうとアムノンはタマルを捨ててしまいます。実際にはつまらない女だったのかしら?
 これに激怒したタマルの実の兄アブサロムは、アムノンへの復讐心に燃え、2年間チャンスを待って、アムノンを殺してしまいます。
 このときダビデはアブサロムを許すのですが、やっぱりわだかまりが残るものでして、話は来週に続きます。

[610] Re[3]:絆なんてまっぴら、今こそてんでんこよ 投稿者=真理子 掲示日=2011/04/18(月) 23:55:13 ここから閲覧

 日本人はさ、ただでさえ団結しようとしたがるんだから、団結だの絆だの言わなくていいの。
 むしろ、てんでんこに行動する勇気を教えなきゃ。
 それはきっと日本人が人間を信じているからなんだわ。
 この場合の人間とは、human beingの意味でもあり、中国語の人間、つまり「人の間」=世の中という意味でもあり……、人間が善なるものであり、人と人との間の和が大切であり、その上に社会を築いてきた。
 でもね、人って結局一人なのよ。死ぬのはてんでんこなんだから。
 てんでんこに神様の前で裁きを受けるのよ。
 そういう厳しい認識がないから、みんな群れたがり、みんなと同じ考えのできない人、同じ行動のできない人を排除しようとするのよ。
 みんなで団結して、みんなで間違った方向に向かってっちゃう。集団自殺するネズミみたいに。大川小学校の生徒さんたちみたいに。
 人と違うことを考えよう。人から排除された人たちが世界を変えるのよ。Think Different。私の大嫌いなAppleが言ってることばだけど、これが真実よ。

[609] Re[2]:絆なんてまっぴら、今こそてんでんこよ 投稿者=真理子 掲示日=2011/04/18(月) 23:38:53 ここから閲覧

 団結が必要なのはスポーツのチームのようなきわめて少数のグループによる作業だけで、しかも精神面だけ。
 社会は、各自がてんでんこなことをしたほうがいいのよ。
 それをうまくまとめるのは、神様のお仕事。「神の見えざる手」ってアダム・スミスが言ったでしょ? 人間の能力なんて無力だから、計画経済なんてできないのよ。社会主義がダメになったのはそのせいよ。
 「買いだめするな」なんていってる人が絆なんていうのはおかしいわ。みんながいっせいに同じことをするから需要と供給のバランスが狂ってパニックになるんじゃない! ガソリンスタンド渋滞に学ばなかったの? ガソリンなんて買いだめできないのよ。車のタンクぶんしか売ってくれないんだから。一人ひとりの買う量は少なくても、みんなで買おうとしたからパニックになったのよ。
 みんながいっせいに電気を使うから計画停電しなきゃいけなくなるのよ。てんでんこに電気を使えばいいの。真夜中に仕事をするがいいわ。
 自粛なんていうのも「みんなが同じことをしようとした」弊害よね。そんなことやると経済が死ぬの。みんなが被災地のボランティアに行ったら、他の地域の経済が死ぬでしょ? ふだんどおりてんでんこなことをしてなきゃ被災地の支援だってできないでしょ?

[608] Re:絆なんてまっぴら、今こそてんでんこよ 投稿者=真理子 掲示日=2011/04/18(月) 23:26:50 ここから閲覧

 [535]で書きました、TBSラジオが絆なんていうバッジを北京五輪のときに作って、中国じゃ悪い意味になるのでお蔵入りになったという話、TBSはちっともこの経験から学ばず、またぞろ「絆プロジェクト」なんてやってるようですね。
 この話、考えてみたら、中国語と日本語で意味が違う例というより、日本人が絆のもう一つの意味にあまりに無頓着ってことなんじゃないかしら。だって日本語にだって一応「馬をつないでおく綱」の意味があるみたいですから。絆っていうのは、人々を結びつけると同時に、人々の自由を奪うものなんですよ。
 「日本は一つのチームです。」「みんなでがんばりましょう」っていうACのコマーシャル、本当に気持ち悪いです。人々が団結するのって、そんなにすばらしいですか? 政治がそんなスポーツのチームのようにできるんだったら、とっくにこの世はうまく治まっているはずじゃありませんか。
 ファシズムという悪魔は、こうやって、善意の顔をして忍びよってくるのよね。

[607] 絆なんてまっぴら、今こそてんでんこよ 投稿者=真理子 掲示日=2011/04/18(月) 23:04:45 ここから閲覧

 今朝、栃木県鹿沼市で、集団登校の小学生の列に大型クレーン車が突っ込んで6人も児童が死んだというニュースがありました。
 お亡くなりになった方のご冥福をお祈りいたしますが、この機会に、前々から思っていたこと、そして地震以後、考えていることを書きますわ。
 長くなるんで結論から先に言うと、表題のとおりです。最近ACのコマーシャルなどで絆だの団結だのとうるさいんでうんざりしてます。三陸のほうでは昔から「津波てんでんこ」「命てんでんこ」と言って、津波が来たらてんでんばらばらに逃げろと教えていたそうですが、津波の被害が激しかった今回の震災では、まさにこの「てんでんこ」の大切さを学ぼうではありませんか。

 そもそも、小学校の集団登校って何の意味があるんでしょう。私の小学生時代にはあんな習慣がなかったのですけど、うちの近所の学校でも集団登校ってやってるみたいですね。小学校って下校時刻は学年によってまちまちですから、少なくともうちの近所の学校では下校はてんでんこですけど、それで何か危険が増しているとはとても思えません。
 集団登校なんてしなければ、児童が6人も死んじゃうことはなかったはずです。
 これを見ると、石巻市の大川小学校の悲劇を思い出してしまいます。生徒を校庭に避難させて点呼なんていうのんびりしたことをやってたら、津波がやってきて、生徒も教師もみんなさらってっちゃった。列の後ろのほうにいた子たちは、秩序を乱しててんでんこに最短距離で高台に逃げて助かったって話です。

[606] 出エジプト記21-24章、2マカ3章 投稿者=真理子 掲示日=2011/04/18(月) 12:48:29 ここから閲覧

●出エジプト記21-24章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=exo&chapter=21&mode=0
 月曜日は創世記、出エジプト記と読んできましたが、これらのジャンルって神話とかじゃなくて「律法」だったことを忘れてませんか? いよいよここからが律法らしくなります。
 と同時に、聖書を信仰の書としか思っていない方にとっては、非常につまらなくなるかもしれません。無味乾燥な法律の文章が延々と続くんですから。しかも、クリスチャンにとっては、これらの規定はもう廃止されたものであって、どーでもいいことばっかりなんですから。
 でも、イエス様を含めて、昔のユダヤ人は、このきまりにしたがって生きてきたんですよ。たとえば出22:15-16の、「処女と寝たら必ず結婚しろ。女の父親に拒否されたらカネ払え」っていうのを利用して、ルツはボアズにせまったんですよね(ルツ3)。
 そんなふうに、律法って聖書のいろんなところにかかわりがあるんで、つまらなくてもがまんしましょう。
 聖書ヲタにとってはここからが面白いのよ。律法を書き出して、こういう場合はこう、ああいう場合はああと、場合わけをした表なんか作ってみると、昔のユダヤの社会習慣がわかってとても面白いの。
 どうしてもイヤなら、律法部分を全部シカトして、たまに挿入される神話的なお話だけを読んでくっていう手もあります。今回の例でいえば、21-23章をシカトして、24章だけ読むとか。
 でも、レビ記でこれやったら、全部シカトになっちゃうでしょうけどね(笑)。

 で、今回の21-23章って、いろんな分野の律法が雑然とてんこもりになってる感じがありますけど、これは「イスラエルの民に、とりあえず一番最初に与えられた律法」という体裁になってるからです。さしあたり必要なものだけを無秩序に並べ立てたという感じです。

●2マカ3章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=2ma&chapter=3&mode=0
 3章から6章あたりまでは、1マカでは1章にしか相当しません。一マカ1でユダヤ人たちにふりかかった災難を、詳しく詳しく述べてるという感じです。1マカが戦記を主体とした記述とすれば、こっちはいろいろな生活上のできごとに焦点をあててるんですね。まずはエルサレムの神殿のお金が奪われそうになったのが神様の奇跡によって守られたっていう話です。

[605] 2コリ4-5章 投稿者=真理子 掲示日=2011/04/17(日) 14:42:12 ここから閲覧

http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=2co&chapter=4&mode=0
 二コリ2:14からがA。そもそもパウロの言い回しってよくわかりにくいうえ、途中から読んでいくような形になるのでよくわかりませんでしたが、このあたりまで来るとだんだんわかってきます。
 パウロはずいぶん強い使命感で動いているようですね。旧約の律法なんかじゃなく神様の霊によって動いているんだ。目に見えるものじゃなく目に見えない神様こそが永遠なんだ。どんなに苦しくても、イエス様だって命がけでがんばったんだから、死んでもかまわない。みんなを生かすために宣教するんだってことらしいです。

[604] マルコ15-16章、2マカ2章 投稿者=真理子 掲示日=2011/04/16(土) 09:33:43 ここから閲覧

●マルコ15-16章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=mar&chapter=15&mode=0
 このリンクは口語訳聖書のものですけど、マコ15:2の、ピラトが「あんたはユダヤ人の王なのか」という質問へのイエス様の答え、「そのとおりである」というのは誤訳です。「(おいらは何も言ってないよ)それはあんたのセリフだよ」というのが正しい訳です。福音派御用達の新改訳も誤訳ですね。それとも福音派の教義だとそのほうが都合がいいのかしら? エホ証御用達の新世界訳「あなた自身が[そう]言っています」のほうが正しいなんて、困ったものよね。
 それはそれとして、今日でマルコはおしまいなんですが、処女懐胎説などと言う荒唐無稽な話をシカトしたリアリストのマルコは、最後までリアリストでした。16章はホントは8節まででおしまい。イエス教団婦人部のおばさんたちがイエス様の墓を見に行ったら、からっぽになってて、白い服を着た変なにいちゃんが「イエス様なら復活してガリラヤに行っちゃったって、弟子たちに伝えてくれよ」と言ったのに、おばちゃんたちは恐がって誰にも言わなかったっていう話でおしまいです。
 誰にも言わなかった話がどうして伝わってるのかという突っ込みを入れたくなりますけど、ともあれマルコは、復活したイエス様をぜんぜん描いてないんです。
 これじゃあんまりだっていうんで、後の人がいろいろ追加したのが、9節以降です。
 たぶんマルコは、本当にイエス様が復活したとは思ってなかったんでしょうね。イエス様の復活は、弟子や信者たちの心の中におこったことでしかなかった。
 でも、宗教では、実際に起こったかどうかよりも、そう信じられたかどうかが重要なんです。みんながイエス様の復活を信じて命がけで布教をはじめて短期間に新しい宗教を作っちゃったんだから、イエス様はたしかに復活したんです。

●2マカ2章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=2ma&chapter=2&mode=0
 ここまでが長い前置きだったというのがやっとわかるのが2章。長い前置きをしておいて「長い前置きのために物語が短くなってしまうのはつまらない」なんて、たちの悪い冗談ですわ。