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真理子の聖書日記


このサイトを作りながら、聖書を読みながら真理子が考えたことです。
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[585] ヨブ記33-34章 投稿者=真理子 掲示日=2011/04/07(木) 10:41:33 ここから閲覧

http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=libj&book=job&chapter=33&mode=0
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=libj&book=job&chapter=34&mode=0
 例によって口語訳聖書じゃなくリビングバイブルです。本来は修道会IDでログインをしないと出てこないんですが、直接URLのパラメータで指定すると一般でもアクセスできます。そのかわり前章、次章というボタンが誤動作すると思いますので、それぞれの章について直接上のリンクをクリックしてください。

 不毛な議論を締めくくるべく、真打登場と思われたエリフですが、こうやってしゃべり始めてみると、なんか今までの議論とほとんど変わりないですよね。神様は絶対に正しいんだからヨブのように「おれは絶対に正しい」と言い張るのは間違いだというわけですからね。「どこが悪かったのかわかりません。改めますので教えてください」と言いなさいってわけです。

 本当はこのことはヨブ記の最後に書こうかと思ってたんですが、地震のあと、一部ネットでは神義論がやかましいんで、神義論に対する私の考えを書いておこうかしら。
 神義論っていうのは、もし神様が善なる愛の神であり、この世のすべてのことは神の計画だというなら、どうして悪があるのか。どうして、何も悪いことをしていない人が、神様を信じている人が、こんなむごたらしい目に合わなくちゃいけないのか、本当に神様っているのか? もしくは神様は善なる愛の神なのか? という論議です。
 たしかにそういうふうに理性で考えたら、神様っていないか、気まぐれなお方か、全知全能ではないかでしょうね。
 私やだんなの家族が信じ、私は(たぶんだんなも)イヤでやめてしまった創価学会は、最近はどう考えてるのか知りませんけど、信仰は現証だなんていいますから、正しい信仰をすればいいことがあるし、逆に不幸に見舞われたのならその信仰は間違いだという考えをします。だから、信仰をしたおかげでこんなに幸せになりましたという「体験発表」を重視するんですよね。キリスト教でいえば「あかし」です。
 でも、信仰を持ったのに不幸に見舞われることは、よくあることなんじゃないかしら。「うちの宗教は、そんじょそこらの低級なご利益宗教じゃない」っていうなら、そのことを認めなきゃね。
 長くなってきたので続きは来週のヨブ記のところで書きますが、とりあえず予告をしておくと、信仰っていうのは「信ずればいいことがある」んじゃなくて、「悪いことが起こったときに頼れるもの」なんじゃないかと思います。罪のない人が不幸になる現実を認めた上で、たとえそういうことがあっても信仰があればへこたれないっていうのが、信仰の効用じゃないかしら。じゃ続きはまたこんどね。

[584] 詩編48-50編、1マカ13章 投稿者=真理子 掲示日=2011/04/06(水) 12:27:10 ここから閲覧

●詩編48-50編
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=psa&chapter=48&mode=0
 詩編の詩の冒頭にはたいてい表題(私は和歌みたいに「詞書(ことばがき)」って呼んでますけど)がついてます。41編まではみんな「ダビデの歌」。一応ダビデ王が作ったことになってます。
 ところが42編から49編までは「コラの子の歌」、50編は「アサフの歌」というわけで、ダビデの歌じゃないですね。51編からはまたしばらくダビデの歌になるんですけど。
 コラはレビ族、つまり祭司に従事した一族ですが、民数記でモーセに反逆をくわだて、地にのみこまれて死ぬというすごい死に方をします(民6:10)が、その子孫は罰せられず、後には神殿の門番に従事する一族となります。
 アサフもレビ族で、ダビデの時代に音楽隊に任命されます(代上15:17)。

 48-50編の中では50編が交読文にとられていますが、私は無常観をただよわせた49編が好きです。この世で栄えている人もみんな死ぬ。お墓にお金を持って行けない。いい人も悪い人もみんな死ぬんだけど、最後には神様は私を陰府(死者たちが最後の審判まで一時的にいる場所)から救ってくださる、という希望をうたっています。

●1マカ13章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=1ma&chapter=13&mode=0
 前章でトルポンはヨナタンを殺しちゃったのかと思ったら、まだ生きていたみたいですね。ヨナタンの兄弟のシモンに、「助けてやるから金とヨナタンの息子を人質によこせ」と言ってきます。こんどもまたこちらをだましているのだと知りながら、仕方なくその要求に応じます。案の定トルポンは約束を守らず、ヨナタンを殺してしまいます。トルポンは、それまでいただいていたアンテオコス王を殺して自分が王位についてしまいます。
 一方、ユダヤの側はシモンが代表となり、ヨナタンの墓を作ります。そしてトルポンと対立しているデメトリオ王側、およびエルサレム要塞の者たちと和議を結び、平和が訪れます。

[583] サムエル記下1-4章 投稿者=真理子 掲示日=2011/04/05(火) 10:14:53 ここから閲覧

http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=2sa&chapter=1&mode=0
 今回からサムエル記は下になります。サウル王の死のところで上と下が分かれていますが、それは意図的なものではなくたまたまなんでしょう。実際のところは分量的にこのあたりでわかれてるんだと思います。
 サウル王が死んですんなりダビデが王になるのかと思ったら、実際にはサウルの子のイシボセテ(イシュ・ボシェト)が王位についており、7年半両者が並立するんです。サウルとダビデとは血のつながりなんかありませんから、二つの王朝が並立しているといえます。ダビデはイスラエルの南部のヘブロンを本拠地とします。ダビデの出生地のベツレヘムよりちょっと南ですね。ですからちょうど南北2王朝があるという感じです。
 この後、ダビデ・ソロモンと統一王朝が続いた後、イスラエルは南北に分かれます。南北に分かれるのが好きですね。まあ、縦長の土地ですから東西には分かれにくいでしょうけど。違いといえば、エルサレムがどっちに属するかくらいです。このときはサウルつまり北側に、後の南北分裂では南側に属します。
 国境線というのはそのときどきの政治の力学で変わるようでいて、しぶとい国境線、根深い国境線ってあるんですね。たとえばローマは、ガリア(フランス)は征服しましたが、ドイツは征服できませんでした。そしてその境界が、宗教改革後に、カトリックとプロテスタントの勢力圏として見事に復活します。
 ローマ当初のローマとギリシア世界との境界線は、後にローマ帝国が東西に分裂するときの境界線でもあり、そのままカトリックとギリシア正教会との境界になり、20世紀末のユーゴの内戦で一番激しい対立をするクロアチアとボスニア・ヘルツェゴビナの境界ともほぼ一致します。
 モーセはエジプト人だったという説をとなえたフロイトによれば、エジプトからやってきた人々がそのままイスラエルの民になったわけではなく、カナン地方の民とまじりあったんだそうで、ヤハウェという神様も、もともとのカナン地方の神に、モーセの信ずる一神教アトン神の性格が加わったんだそうな。そして、エジプト渡来派と地元派とは一見しっかりまざりあったようで、実は何かあるとすぐに先祖の記憶がよみがえって分裂するのであり、早い話が、北王朝は地元派で、南王朝はエジプト渡来派なんだそうです。ひょっとしたらサウルとダビデもそういうことなのかもしれません。

 サム下1:19-27の「弓の歌」は有名で、たしかイザヤ・ベンダサンが『日本人とユダヤ人』の最後で紹介していましたね。
 死にきれずにいたサウルを「介錯」したアマレク人、イシボセテを裏切って殺した部下を、ダビデは容赦なく殺します。後者はともかく前者はちょっとかわいそうですね。サウルに頼まれてとどめをさしたんですから。

[582] 出エジプト記13-16章、1マカ12章 投稿者=真理子 掲示日=2011/04/04(月) 10:53:13 ここから閲覧

●出エジプト記13-16章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=exo&chapter=13&mode=0
 出エジプト記最大のヤマ場、いえ、旧約聖書最大のヤマ場かもしれませんね。エジプト脱出行をはじめたイスラエルの民の後をエジプト軍が追いかけてきた。すると海が割れてイスラエルの民は無事に脱出行を続けることができ、海が元に戻ってエジプト軍を飲み込んでしまうという話です。
 でもこの奇跡は脱出行のほんの序章でしかありません。水がない、食べ物がないと民がぶつぶつ不平をもらすたび、モーセは奇跡を起こして解決します。
 ちなみに、イエス様の名せりふ「人はパンのみにて生くるにあらず」というのは、今では「食べ物だけでなく精神的なものも大事」という意味で通用してますけど、本来はこの出エジプトのエピソードをふまえてる話で、「困ったことがあったら神様は天からマナを降らせてでも人を助けてくださる」という意味なんですね。「稼ぐに追いつく貧乏なし」みたいな意味なんです。
 それにしても、マナをとっておいちゃダメとか、安息日にはとっちゃダメとかいうモーセの教えを、必ずやぶる人が出てくるんですね。いまのご時勢、買いだめするなといっても必ず買いだめする人が出てくるっていう話を連想しちゃいますわ。
 いま、私の住む地域では、ミネラルウォーター、牛乳、たまご、ティッシュ、単3電池、単4電池は、品薄気味でもやっと手に入るようになりましたね。でもまだまだダメなのが、単1電池、単2電池、それから納豆。まあ、うちはだんなも私も納豆がキライなんで別にいいですけどね。

●1マカ12章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=1ma&chapter=12&mode=0
 ヨナタンはローマとの友好条約を更新します。
 でも、ローマ帝国の全盛期を知ってる私たちは、もうこれで安泰と思っちゃいますけど、この時代のローマって成長期で、カルタゴを滅ぼしてスペインを手に入れたけど、ギリシアのほうは現在征服中ってところなんですよね。ユダヤの地から見るとまだまだ遠い国なんで、いざという時にもあてにならないんですよね。
 さて、セレウコス朝シリアのほうのおさらいをしますと、デメトリオ王とアンテオコス&トルポンの2派があったんですよね。
 ヨナタンはまずデメトリオ王の側と戦いますが、焚き火をしたまま逃げるというデメトリオ王の軍の作戦にだまされてしまいます。
 いっぽう、トルポンのほうはヨナタンと和睦を提案するんですが、これがまたワナでして、うかうかと信じて首都プトレマイスにわずかの手勢のみで入ってしまったヨナタンは、一網打尽でやられてしまいます。ついでながら、12章でヨナタンがもう死んじゃったみたいな書き方をしてますけど、ヨナタン自身はまだ生きていることが、次の13章を読むとわかります。なんだかまぎらわしいですけど、情報の混乱ぶりをそのまま表現したのかもしれません。

[581] 金山神社のかなまら祭 投稿者=真理子 掲示日=2011/04/03(日) 22:09:21 ここから閲覧

 [573]でご紹介した金山神社に行ってきました。男性器のおみこしは自粛にせよ、かなまら祭そのものはちゃんとやってました。狭い境内は人でいっぱい。しかも若いカップルが多かったです。
 男性器の形をしたお守りとかないかしらと思っていったら、案の定いっぱい。お守りはむろんのこと、キーホルダーやらチョロQやら徳利やらいろいろあったので、エロおばさんの真理子はうれしくなっていろいろ買い込んできました。飴まで売ってて、男性器の飴を若い女の子たちが何の屈託もなくぺろぺろとなめながら、大根をけずって男性器の形を作る神事を見てる。
 そういう光景がぜんぜんイヤらしくないんですね。むしろ健康的。
 ユダヤ教-キリスト教-イスラム教が性を隠す宗教だとすれば、その対極がここにありました。こういうおおらかな性文化って、日本が世界に誇っていいんじゃないかしら。
 ところで、境内で売ってた飴って、すごく固くて、なめてもなめてもちょっとやそっとじゃなくならないんですよね。だんなは女性器の形の飴を、私は男性器の形の飴をなめながら神事を見てまして、この境内の中ではぜんぜんイヤらしくないんですけど、境内を出て駅にむかい、電車に乗ろうという時になってもちっとも減ってない。さすがにこれを電車にもちこんだらひんしゅくだろうと思うので、ビニール袋に入れて持ち帰り、いま自宅で続きをなめてます。

[580] 1コリ15-16章 投稿者=真理子 掲示日=2011/04/03(日) 11:09:14 ここから閲覧

http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=1co&chapter=15&mode=0
 すばらしい話と大バカ説教が交互に押し寄せてきた1コリもこれで最後。前回の最後が「女は黙ってろ」という大バカ説教でしたから、今回はたぶんすばらしい説教なのでしょう。
 ずばり。クリスチャンの基本です。キリストは本当に復活したんです。これがウソだというならクリスチャンをやっていられません。キリストが復活したのですから、私たちも永遠の生命を受けて復活できるんです。
 しかし、貧相・貧乳・貧尻(ひんけつと読んでね)に生まれた私は、復活しても貧相・貧乳・貧尻なのかしら。復活のあかつきにもう少しは色っぽく生まれたいなと思うんですけどね。
 まあ、私のそういう悩みはどうでもいいんですけど、これって切実ですよ。重い病気、重い障害を背負って生活している人が、永遠にそういう悩みを背負い続けるってことになれば、永遠の生ってちっともありがたくないですよね。
 一コリ15:53によれば、復活後の生というのは、今とは違う状態のようなんで、このへんは大丈夫らしいんですけど、いまいちぴんとこないわ。

 実をいうと、世界中のクリスチャンが希望をもっている復活・永遠の生っていうのを、私はいまだにありがたく思えないんです。だって永遠ですよ。上に書いたように、仮に五体満足な美女に生まれ変わり、すてきな男性とエッチのしほうだいという楽しい生活ができたとしても、そんなのすぐに飽きることでしょう。世界じゅうの本も読んだ。行きたいところにはすべて行った。見たい映画もお芝居もみんな見た。もうやることは何もなくなった。それでも死ねずに、退屈な生が永遠に続くなんてぞっとします。こんなの、天国という名の地獄です。
 何度もいうように、天国と地獄って実は同じところなんですよ。そこを天国と思える人には天国、地獄だと思ったらそこは地獄なんです。私はたとえ天国に行ったとしても、そこを天国と思えないでしょうから、救われてないんでしょうね。
 むしろ私は、7~80年生きたらそこでいったん死というリセットを迎えて、また次の生をスタートできるという、日本人の素朴な考え方に共感します。
 ちなみにこれは仏教の考え方とも違います。仏教ではこういう輪廻転生を苦ととらえ、もうこれっきりにしたいと考えます。それが解脱です。
 ともあれ、何度も死に何度も生きることに希望を見出してきた私は、ずつとキリスト教の死生観に違和感を覚えてきたんですけど、実はキリスト教の死生観といっても決して一枚岩ではありません。ここに書かれたパウロの考え方はあくまで一例です。当時の人たちはこの考え方で希望を持てたんでしょう。でも「私のお墓の前で泣かないでください」という例の詩が、キリスト教国であるアメリカで生まれたことからもわかるように、クリスチャンたちの死生観も実はさまざまなんです。
 要は、自分が希望を持てる死生観を持つことです。パウロが説く「最後の審判→復活」は、ホントはその先はさらに死・生・死・生…があるんだけど、とりあえず「今回死んだ後に次の生があるよ」ということだけ考えておきなさい、ととれば、私の納得できる死生観と矛盾しませんからね。

[579] 統一地方選 投稿者=真理子 掲示日=2011/04/02(土) 14:56:09 ここから閲覧

 選挙戦が始まりました。アンチ創価のうちは公明党候補はまず除外いたしますが、いったい誰に投票しようかしら。
 とりあえず今回の基準は「地震の話ばっかりする人には投票しない」でいきます。そりゃ、被災者への救援も大事なんですけど、今回は知事・県会・市会なんだから、まずは私たち地元民の暮らしを考えてもらわなくちゃ。自粛と停電で生活が危機を迎えている人は多いはず。これじゃ私たちも被災者です。まあ二次災害というところでしょうか。しかも、東北の被災者には少しは支援もあるんでしょうけど、もし私たちの生活が成りたたなくなっても、誰からも1円も助けてもらいそうにないですから。
 東京近郊でも浦安の被害はひどいのに、浦安が「選挙どころじゃない」って叫びをあげたら、同じ千葉県からも理解がもらえないなんて。被災したのは東北だけじゃないのよ。
 今回は東北以外でも長野県北部でも被害がひどいのに、みんな東北東北で、長野を忘れてる。
 まして、横浜の私たちの生活の苦しみなんて誰もかまってくれない。
 だからせめて県会・市会の候補には、地震の話ばっかりしてほしくないです。

[578] マルコ11-12章、1マカ11章 投稿者=真理子 掲示日=2011/04/02(土) 14:46:30 ここから閲覧

●マルコ11-12章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=mar&chapter=11&mode=0
 いよいよイエス様ご一行は受難の地エルサレムに入場します。
 いろいろな事件が起きますが、ほとんどはもうマタイで読みましたね。
 11章でいちじくの木を呪った話は、イエス様にあるまじき目を疑うようなエピソードなので、聖書の記述をそのまま信じちゃう方々も、ここはさすがに何かの比喩ととるようですね。でも、聖書の記述をそのまま信じない私は、逆にこういうところこそ、ホントにあったのだと信じちゃいます。詳しくは
http://www.babelbible.net/mariko/opi.cgi?doc=fig&course=preach
をお読みください。
 また、11章には、イエス様が神殿内で暴れまくる記述があります。これって現代のクリスチャンは、「信仰の場である神殿内で商売をやってるやつらがけしからん」って思うのかもしれませんけど、この時代は手ぶらでのお祈りはダメで、レビ記にあるようなささげものを持ってかなきゃいけない。それから皇帝の肖像が刻まれた貨幣は偶像崇拝になるので神殿内専用通貨に両替するんです。だからこういう商売人や両替商は絶対に必要なんで、イエス様の乱暴は不条理でしかありません。
 ついでながら12章には「皇帝に税金を納めるのはいいことか」というひっかけ質問に、「皇帝のものは皇帝に、神のものは神に」と答えて切り抜けた有名な問答がありますが、これって神殿内持ち込み禁止のはずの皇帝の肖像が刻まれたデナリオン銀貨なんていうものを出しちゃった時点で、質問者の負けなんです。イエス様はたぶん「やーいひっかかったひっかかった」と言ったことでしょう。
 あと、いろいろ書きたいことはありますがあと一つだけ。マコ12:35-37の、メシアがダビデの子であるはずがないという話。
 イエス様のこのお話は、イエス様がベツレヘムで生まれたダビデの子孫だというのがウソだという証拠といえるでしょうね。ホントはナザレ出身で、ダビデとは何のゆかりもないんですよ。ご自分はメシアですけどダビデの子孫ではないんで、だからこういう話をしたんでしょうね。家系なんかどうでもいいんです。
 でも「メシアはダビデの子孫のはずだ」という強い信仰があったので、だからマタイ(1章)やルカ(3章)は系図を載せ、ナザレ出身のイエスをベツレヘム(=ダビデの生地)で生ませるために「人口調査で本籍地にもどったんだ」みたいなトリッキーなエピソードを入れて偽装工作をしたんです。
 でも結局イエス様は神様の子で、エッチによらずにマリア様から生まれたんだから、あんな系図はぜんぜん関係ないはずなんですけどね。

●1マカ11章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=1ma&chapter=11&mode=0
 セレウコス朝シリアのアレキサンドルとデメトリオの内戦はまだ続いてます。前章ではいったんアレキサンドルが勝ちましたが、エジプト王がシリアをも手中におさめたくて、こんどは死んだデメトリオの子のデメトリオ(!)と組みます。そしてデメトリオが即位してアレキサンドルは死ぬ。デメトリオはヨナタンとも和睦して、しばらくは平和が続きます。
 しかし、デメトリオは軍隊を解散しちゃったんで、失業した軍人は不満たらたら。そういう軍人たちをアレキサンドルの部下のトルポンがうまくまとめ、アレキサンドルの息子のアンテオコスをかつぎだして、こんどはデメトリオを打ち負かしてしまいます。これ以来トルポンはユダヤの敵役として、ヨナタンらと戦いが続きます。

[577] アメリカの福音派レポート 投稿者=真理子 掲示日=2011/04/01(金) 21:29:49 ここから閲覧

 今日のTBS『小島慶子 キラ☆キラ』で、毎週金曜日にアメリカの映画を紹介している町山智浩さんがアメリカの福音派ってこんなにすごいという話をしていました。何でも日テレで4月下旬に福音派の特番をやるらしく、そのための取材だったとか。ポッドキャストで聞けますのでぜひお聞きくださいませ。福音派のテーマパークの話とか、すごいですよ。
http://podcast.tbsradio.jp/kirakira/files/20110401_machiyama_pate.mp3
キラ☆キラのトップページはこちら http://www.tbsradio.jp/kirakira/index.html

 ところで今日は小島慶子さんがTOKYO-MXの『5時に夢中!』に出演してました。非番だっただんながこれを見てて、「目をつぶって聞いてると本当に真理ちゃんがしゃべってるみたいだ」と言われましたわ。そんなにしゃべり方が似てるのかしら。「しゃべり方だけじゃない。顔こそ違え、ニコニコ笑いながらしゃべっているのになんかヘンな冗談を言うとぶん殴られそうな感じが漂っているところもそっくり」なんだそうです。

[576] エレミヤ17-21章 投稿者=真理子 掲示日=2011/04/01(金) 12:28:41 ここから閲覧

http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=jer&chapter=17&mode=0
 預言書ってどれもこれもワンパターン。神様からの警告ばっかりですからね。
 わかりにくい表現。一読してもぜんぜん頭に残らない。しかもおどろおどろしいことが延々と書き連ねられてる。クリスチャンの中には「旧約聖書ってこわい」って思ってる人が多いですけど、それは預言書のイメージが大きいんじゃないかしら。
 そういう預言書を読むひとつのコツは、神様の言葉じゃない部分を中心に読むことです。
 今回の範囲でいえば20章と21章が、神様の言葉じゃない部分を含んでいます。
 20章でエレミヤは神殿の祭司長パシュルにつかまって迫害されてしまいます。
 その一方で21章では、ゼデキヤ王から頼りにされて、この国がどうなっちゃうのか神様の言葉をおしえてほしいと言われています。
 ゼデキヤ王っていうのはユダ王国、つまり南北に分裂した王国のうち、北は130年くらい前に滅んでますから、残った南王国の最後の王様です。国はバビロンのネブカデネザルの前に滅亡寸前です。
 一国が滅びようとしているときに人々がどういうパニックに陥るか、そういう話を中心に読むと、なんだかよくわからないエレミヤ書も面白く読めるんじゃないかしら。

 とばした18章の、陶器職人の話は、いろんなところで出て来ますね。「人間は神様によって作られたものだというのは、陶器が陶器職人によって作られたようなものだ」という比喩はちょこちょこと用いられます。イザヤ書にも何回か出てきましたし、馬鹿パウロもロマ書9章でそんなことを言ってましたよね。
 ばべるばいぶるで「陶」を検索してみるといいですよ。聖書全体を検索してもそんなに出て来ませんから。

[575] 大本営発表 投稿者=真理子 掲示日=2011/03/31(木) 21:34:32 ここから閲覧

 戦争中の大本営発表って国民はどんな感じで聞いていたんだろう? 冷静に考えてみれば日本の敗色濃厚なのは誰にもわかったはずだし、実際、当時の新聞を見ても、ちゃんと戦況の悪化は報道されていたとは思うんですけど、それでも陛下の玉音放送までは日本の勝利を信じて疑わなかったっていう人が多かったって、どういうことなんだろう?
 で、このところの原発のニュース、枝野さんの会見を見て、ああ、こんな感じだったのかなって思ってます。
 冷静に考えてみれば、原発が政府と東電の発表以上に、誰にも手をつけられない、とんでもないひどい状況になっているんだろうなって、誰にもわかるし、とんでもない破局が待ち構えているんだろうなということは、うすうすみんなわかってきてるとは思うんだけど、それでも「大丈夫、大丈夫」という言葉にすがって、みんな安心しようとしている。こんな感じだったのね。そのうち玉音放送があるのかしら。あ、もう陛下のお言葉の放送はありましたけどね。

 私は原発の可否については今まで考えを保留してきましたけど、やっぱり原発っていうのは、人間の制御が無理なものなのかしらね。
 アンチ創価の私たち夫婦が創価学会系出版社の潮出版社のサイトを紹介するのも気がひけるんですけど、『日出る処の天子』などでおなじみのマンガ家・山岸涼子さんが昔描いた反原発マンガ『パエトーン』が無料公開されてますんで、ぜひお読みください。
http://www.usio.co.jp/html/paetone/index.html
 10ページ目で、四頭の馬を制御できなくなって、ただおろおろするしかないパエトーン少年の姿って、まさに今の政府と東電の姿じゃない! さすが山岸涼子さんね、将来をお見通しだわ。

 大学時代にソ連が崩壊した私には、左だの右だの、保守だの革新だのっていう構図はまるきり無意味なんですけど、10歳年上のだんなのころはそういうのがハッキリしていて、だんなは学生時代からばりばりの保守。で、原発に関しては革新=反対、保守=推進という構図だったらしく、だからだんなも原発は賛成だったんですけど、もう保守も革新もないわよ。保守なのに原発反対、いや、保守だからこそ原発反対っていう次の中島岳志さんの文でも読めばいいわ。
http://www.magazine9.jp/hacham/110330/

 まあ私たち夫婦は、もう金山神社の男性器におすがりしても子宝にめぐまれそうにない、あとがない、いつ死んでもおかしくない、じじいばばあだから、世界はどうなってもいいですけど、世の中がだんだんヨハネ黙示録みたいな様相になってきて、いったいどうなるのかしらね。

[574] ヨブ記31-32章、1マカ10章 投稿者=真理子 掲示日=2011/03/31(木) 10:54:06 ここから閲覧

●ヨブ記31-32章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=libj&book=job&chapter=31&mode=0
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=libj&book=job&chapter=32&mode=0
 今回は切り方がよくないです。
 31章はヨブの答えの最大のヤマ場かもしれません。私は絶対に罪を犯したことはないというのを強調するあまり、もし私が罪を犯していたらこうこうこういうひどい目にあってもいい、という形のリフレインになっています。
 ヨブ記の訳はリビングバイブルがおもしろいので、今回もリンクはリビングバイブルです。
 新共同訳ではこのリフレインを「~したことは決してない。もしあるというなら…」というふうに「決してない」を入れて印象的な形に訳しているのですが、原文は必ずしもそうなっているわけではありません。単に「もし~ならば」と書いてあるだけです。だからこれは新共同訳だけの特徴ですので、新共同訳で読んで、このリフレインがすてきだと思った方は、要注意です。
 32章は、今までの不毛な平行線の論議にいらいらして、ギャラリー(?)から一人、エリフという人が参戦します。ここでは単にあいさつだけで、実際の内容は来週以降です。

●1マカ10章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=1ma&chapter=10&mode=0
 セレウコス朝シリアのほうは新しく即位したアレキサンドルと、デメトリオとの間で内戦状態になっています。両者ともユダヤのヨナタンと友好的な関係になろうとしますが、ヨナタンのほうはアレキサンドルを選び、デメトリオと戦います。激しい戦いの末、デメトリオは戦死、アレキサンドルはエジプトと友好関係を結び、エジプト王プトレミオの娘クレオパトラと結婚をし、その宴会にヨナタンも招かれます。
 前にも言いましたけど、エジプトの王朝って、男はみんなプトレミオ、女はみんなクレオパトラという名前で、まぎらわしいですね。もっとも名前で迷うことがないのでラクかもしれませんけど。
 一方、それから3年すると、戦死したデメトリオの子のデメトリオ(こちらも同じ名前!)が挙兵。アポロニオという将軍を使ってヨナタンと戦います。これも激しい戦いの末にヨナタンが勝ち、アレキサンドルはますますヨナタンに栄誉を与えます。

[573] 金山神社 投稿者=真理子 掲示日=2011/03/30(水) 14:05:02 ここから閲覧

 昨日のTOKYO-MX「5時に夢中!」でやってたんですけど、川崎市に金山神社っていう神社があるんですね。
http://www005.upp.so-net.ne.jp/moru/kanamaya-j.html
 川崎市は南北に細長いですけど川崎大師のあたりみたいです。
 ご神体は金属で作った男性器ということで、安産、不妊治療、性病よけだの、下半身まわりの神様みたいです。
 4月の第一日曜日つまり今度の日曜日に「かなまら祭」という大祭があって、男性器のおみこしが出てくるらしいんですが、それが中止になっちゃったみたいです。
 またも「不謹慎」という名の姿なき怪物のしわざですね。
 でも、おみこしは出なくても、面白そうだから行ってみようかしら。私たち夫婦に子どもがさずかりますようにって。
 ついでに何か男性器の形をしたお守りってないかしら。風俗で働いてる友達にプレゼントしちゃお。もともとこのお祭りは、川崎の飯盛女、つまり江戸時代の風俗嬢さんたちがはじめたものらしいからちょうどいいわ。
 あ、これって偶像崇拝かしら? いえいえ、うちは他宗教の施設も積極的に見学、参拝を勧めていますんでいいんですよ。ヤハウェさんはヤハウェさん、こちらはこちらです(笑)。

 それにしても怪物「不謹慎」を早く退治しなきゃね。
 三社祭が中止とか、花見自粛とか、何でも自粛すりゃいいってもんじゃないのよ。
 こういうお祭りを生活の手段にしている人だっているんだから、お祭りがなくなっちゃったら大打撃よ。
 何度も言うけど、みんながてんでんばらばら勝手なことをすればするほど経済が活気づいて社会が豊かになるのよ。みんなの勝手な行動をうまく交通整理するのが神様の役目なの。神の見えざる手っていうでしょ? 災害にあわず無事に生き残った人がどんちゃん不謹慎なことをして豊かになってこそ被災者の援助もできるってもんよ。

[572] 詩編45-47編 投稿者=真理子 掲示日=2011/03/30(水) 12:37:38 ここから閲覧

http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=psa&chapter=45&mode=0
 3つともすばらしい詩ですが、特に46編はルター作の讃美歌「神はわがやぐら」として有名です。口語訳聖書は「避け所また力」などと訳してるのでわかりにくいですけどね。あ、文語訳もそうでした。「神はわがやぐら、わが強き盾」というのは讃美歌専用の歌詞で、聖書どおりじゃないのね。

 以前の「讃美歌」(とはいえ今でもこれを使ってる教会は多いです)では267番になります。
http://www.babelbible.net/music/muse/h01267.mid
 Windows標準のメディアプレーヤーでも再生可能ですが、歌詞を表示できるmidiプレーヤー(vectorにいろいろあるので探してちょうだい)だと歌詞も出て来ます。
 今の「讃美歌21」は、メロディー後半がちょっと変拍子っぽくなってます(377番)。
http://www.babelbible.net/music/muse/h21377.mid
 ところがルターが作ったメロディーはこの2つとは違い、
http://www.babelbible.net/music/muse/festburg.mid
こんなふうにけっこうリズミカルで、今聞くとかえって斬新です。

[571] サムエル記上26-31章、1マカ9章 投稿者=真理子 掲示日=2011/03/29(火) 13:27:33 ここから閲覧

●サムエル記上26-31章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=1sa&chapter=26&mode=0
 サウルに追われるダビデは、サウルの寝首をかくチャンスを得ますが、殺すことなくゆるしてやります。その後ダビデはサウルを避けてペリシテに亡命します(ならさっさとサウルを殺しちゃえばよかったのに)。ペリシテとイスラエルの戦争。イスラエルにも恐山のイタコのような女性がいるんですね。サウルはサムエルの霊を呼び出しますが、サムエルの霊は「お前はもう主に見放されている」と告げます。そしていよいよ戦争。イスラエルは敗れ、サウルは敗走、敵の手にかかって死ぬよりはと自害します。
 これでサムエル記上は終わり。来週から下に入ります。

●1マカ9章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=1ma&chapter=9&mode=0
 まずお断りしなければならないんですが、「真理子のおまけ」部分の固有名詞の表記を変更します。
 口語訳聖書には旧約続編が入っていませんので、その部分は私が適当に超訳した「真理子のおまけ」を補っています。ところが今までは固有名詞の表記に無頓着で、口語訳聖書の固有名詞の流儀と合ってませんでした。そこで口語訳聖書の固有名詞の流儀にあわせようというわけです。
 口語訳聖書の固有名詞の流儀は、ファラオ→パロのようにファ行をパ行で書いたり、ダヴィド→ダビデのようにtのみdのみをテ、デと書いたりというクセがあります。それをほぼ忠実に守っているのが、聖公会が訳した旧約外典なので、要は聖公会の旧約外典にあわせようというわけです。
 いま読んでいるマカバイ記(これもマカビー記になります)から少しずつ変更していきます。

 さて、デメトリオス改めデメトリオは、バッキデスとアルキモスに大軍をつけてユダと戦わせます。無敵のユダもさすがに力つき戦死してしまいます。後継者ヨナタンは戦いを続けます。いろいろなことがあった後、ヨナタンはバッキデスと和議をむすび、一時的な平和が訪れます。

[570] 出エジプト記9-12章 投稿者=真理子 掲示日=2011/03/28(月) 10:30:11 ここから閲覧

http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=exo&chapter=9&mode=0
 モーセによるさまざまな災いがあってもパロ(ファラオ)はイスラエルの民を去らせようとしません。そういうやりとりがいくつかあった後、11章からはついに切り札、神様は人間も家畜もすべての長男を殺すというすごい荒業に出ます。ところがイスラエルの民の長男まで殺してはいけないので、子羊を屠殺してその血を門のところに塗れという指示をします。その他、酵母のはいったパンを食べるなとか、いろいろめんどくさい指示をしていますね。
 要するにユダヤ教最大のお祭り、過越祭のときのさまざまな習慣の由来を、このような形で説明しているわけです。
 この通読表の月曜日のジャンルは「律法」です。創世記以来、大昔に起こったいろいろな出来事を読んできましたが、実はこれらは律法の由来を説明したものなんです。創世記はほとんど律法らしい律法は出て来ませんでした。せいぜい安息日の話と割礼の話でしょうか。出エジプト記はこのあたりから律法の話がぽつぽつ出てきて、後半になると律法の条文ばっかりになっちゃいます。

[569] 1コリ13-14章、1マカ8章 投稿者=真理子 掲示日=2011/03/27(日) 11:00:55 ここから閲覧

●1コリ13-14章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=1co&chapter=13&mode=0
 13章は1コリのヤマ場。パウロのすべての手紙の中で、いや新約聖書全体の中で、いや旧新約聖書全体の中で一番美しい、一番キリスト教らしい箇所。「愛の賛歌」です。これ以上私が何を書いてもむなしいので、ぜひリンクをクリックして何度も声に出して読んでくださいね。
 で、馬鹿パウロはちゃんと、美しい言葉の次には大バカ説教を忘れません。14章は一度読んだら、12章同様に、糊でページを貼り合わせて二度と読めないようにしてください。
 教会では女は黙ってろですって? あんたこそ黙んなさいよ、馬鹿パウロ!
 まぁそういう話はさておき、14章はこの当時の教会の礼拝の仕方がわかって興味深いところです。
 異言っていうのは、トランス状態でわけのわからない言葉をうわわわ、むにゃむにゃ……としゃべること。当時の人々は(いや、いまでも一部の教派では)これを聖霊降臨のあかしとして重視したんです。目に見えない聖霊(=神)を見ることができるめったにない機会ですから。
 でも、はっきりいって、普通の人はひきます。ドン引きです。こういうことをやってるからキリスト教は怪しげな邪教だと思われるんです。馬鹿パウロは一応「おいらも異言はしゃべれるんだけど、一見さんの前でやるとドン引きだからやめろ。預言(=理性に基づくお話)をやれ」と言ってます。異言を語り合う教派には近づかないようにしましょう。

●1マカ8章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=1ma&chapter=8&mode=0
 紀元前2世紀に急速に勢力を拡大してきたローマ。この時代はハンニバルよりあと、最大のライバルであるカルタゴ滅亡直前、ギリシアとスペインを征服しつつある時期にあたります。
 この新興勢力であるローマとユダは同盟を結びます。

[568] マルコ9-10章 投稿者=真理子 掲示日=2011/03/26(土) 11:09:02 ここから閲覧

http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=mar&chapter=9&mode=0
 福音書は読みどころが多いので、どの話についてコメントすればいいか迷います。
 9章と10章の両方に出てくる、「誰が一番えらいか」の話にしましょうか。9章では弟子たちがそういう話を論じ合っているのをイエス様がたしなめ、10章ではヤコブとヨハネが「天国で私たちを優遇してくれ」なんて言ったのをやはりイエス様がたしなめます。
 それに対して10章では、幼な子を抱いて、「幼な子のように神の国を受け入れる人しか神の国に入れない」と教え、また「金持ちが天国に入るのはらくだが針の穴を通るより難しい」と言ってます。
 考えてみれば、天国は「救いのないところ」。だってもう救われたんですから、それ以上救われるはずがありません。たぶん誰がえらいとかいうのは一切ないんでしょう。
 とすると逆にストレスを感じてしまう人が多いんでしょう。お金持ちが天国に入ったら、非常に損をした気分になってしまう。また、生前にいいことをたくさんした人が天国にいくと、ほんのちょっとしかいいことをしなかった人も来ているので「なんであいつがこんなところに? あいつが天国に来てるんなら、おいらは天国の優等席にしてもらわなきゃ」と思うんでしょうね。
 そういうストレスが永遠に続くとすれば、そこは「天国という名の地獄」なんでしょうね。
 たぶん、天国と地獄って、客観的には一緒のところなんだと思います。そこを天国だと思える人でなければ、つまり幼な子のように素直な気持ちでなければ、そこは地獄というわけです。

[567] エレミヤ書12-16章、1マカ7章 投稿者=真理子 掲示日=2011/03/25(金) 14:04:36 ここから閲覧

●エレミヤ書12-16章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=jer&chapter=12&mode=0
 「イスラエルの民が悪いことばかりやるので主が滅ぼすぞ」……エレミヤ書は全編こんな感じなんですが、ここも例外ではありません。
 そしてエレミヤは神様の言葉を伝えて警鐘を鳴らすのですが、誰にも信じてもらえず、みんなから呪われます。だからエレ15:10みたいに、「ああ、わたしはわざわいだ。母よ、なぜ私を産んだのか」と嘆いています。
 どうして人々がエレミヤの警告を聞かないのか。それは偽預言者がニセ情報を流し、危機が迫っているのに安全だ安全だというので、それに安心しちゃってるからというわけです。(エレ14:14-15)。

 いま、福島原発周辺20-30キロ地域への自主避難とか言ってますけど、本当は80キロだと警鐘を鳴らしているのが、あの上杉隆さんですね。
http://diamond.jp/articles/-/11596
 私の好きなTOKYO-MXの『5時に夢中!』とか、TBSラジオの『小島慶子 キラ☆キラ』に出演して熱弁をふるってますね。上杉隆さんはご経歴がご経歴なだけに(Wikipediaにまとまってますんでご参照を)話半分程度に聞いてますけど、ひょっとして上杉さんがエレミヤなのかしら?
 まあ、私ら夫婦みたいにじじいばばあは、もうあと何年も生きられないですから、いくら水や野菜が放射性物質に汚染されていても平気で食しますし、何があろうとこの日本の横浜に住み続けますけどね。

●1マカ7章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=1ma&chapter=7&mode=0
 セレウコス朝のほうはまた王の交代がございまして、ここからの王様はデメトリオス。
 王はイスラエルの民を滅ぼそうとします。イスラエルのほうからもアルキモスなど裏切り者がいろいろあらわれて、彼らを使ってイスラエル側とウソの和睦をしようとします。ユダはだまされることはなかったのですが、一部だまされちゃった人がいて、うかうかとそういう提案に乗っちゃって、結局殺されちゃったりします。このように裏切り者を使っての戦いにユダは苦労しますが、結局勝利します。アダルの月の十三日を勝利の記念日と定めます。
 ところで、そのアダルの月の十三日って、エステル記・ギリシア語で読んだ、あのプリムの祭のことですよね。エステル記って全部ウソッパチの話ですから、プリムの祭の本当の起源はこっちなのかもしれませんね。

[566] ヨブ記29-30章 投稿者=真理子 掲示日=2011/03/24(木) 10:52:08 ここから閲覧

http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=libj&book=job&chapter=29&mode=0
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=libj&book=job&chapter=30&mode=0
 要約しちゃうと、「昔は幸せだった(29章)。今は不幸だ(30章)」だけで終わっちゃいます。ヨブ記はどこもこんな感じで、いまさらのことじゃありませんけど、今回のところはその幸せなさまと不幸なさまがこれでもかこれでもかと言葉を重ねて表現されているところが見どころです。
 神様は全知全能で、この世のあらゆることは神様の計画のもとにあり、神様にとって想定外の事態というのはなく、しかも神様は人類を愛してくださる善なる存在……なんてことを言えば言うほど、じゃなんでこの世に不幸があるのかってことになっちゃいます。
 今回の震災に関しても某mixiの某コミュニティーなんかじゃそういう議論をしてるようですね。
 そういう「なぜこの世に悪があるのか」というのは神義論といって、昔からずっと問い続けられ、いまだに答えが出てない問題です。
 その答えのひとつがまさにこのヨブ記なんですけど、ヨブ記を最後まで読んでも明快な形で答えられていませんので、あんまり期待しないでください。
 答えの出ない問題に私が答えられるはずもないんですけど、善であり全能である神様がいるのになぜ悪があるか、という方向で考えるんじゃなく、悪はあるけど必ず神様はいて助けてくれるはずだ、と希望をもって生きる方向でとらえるのがいいんじゃないかしら。
 そして、人間って残酷なもので、自分より不幸な人を見ると、自分はまだましだと安心してしまうところがありますよね。ヨブさんの不幸はそのようにとらえるといいんじゃないかしら。いいことをいているのに徹底して神様からいじめられちゃったヨブさんのエピソードが私たちへの慰めになるのは、そういうことなんでしょう。

[565] 詩編42-44編、1マカ6章 投稿者=真理子 掲示日=2011/03/23(水) 14:07:30 ここから閲覧

●詩編42-44編
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=psa&chapter=42&mode=0
 鹿が出てくる42編はとても有名で、よく宗教音楽の題材になってます。交読文にも入ってます。
 でも私はついつい、花札の鹿の図を思い出しちゃうんですけどね。もみじがいっぱい落ちて、豊かに流れる水にいっぱい浮いているような。でも詩編のほうをよく読むと、水はぜんぜん流れてないんですよね。ほとんど干上がった川を思い浮かべなきゃ間違っちゃいます。神様のめぐみはそんなにそんじょそこらにあふれているわけではなさそうですね。

●1マカ6章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=1ma&chapter=6&mode=0
 セレウコス朝のほうは王の交代がありました。でも、死んだ父王もアンティオコス、新しい王もアンティオコスなんでまぎらわしいですね。
 ユダのぐんと王の軍は激しく戦います。王の軍には象部隊もいるんですね。古代の戦争では象っていうのはきわめて破壊力の大きい、いまでいえば核兵器みたいな力があったんですね。あのハンニバルも象を率いてアルプスを越えてます。
 象にむかって特攻をするエレアザルのような人も出てけんめいに戦うんですが、戦争は膠着状態。
 ところが王の側に政変が起こって戦いどころではなく、いったん和議が成立します。

[564] サム上21-25章 投稿者=真理子 掲示日=2011/03/22(火) 11:02:58 ここから閲覧

http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=skd&book=1sa&chapter=21&mode=0
 サウルの追手をのがれてダビデは逃亡中。もっとも、逃亡といってもけっこうな勢力で逃亡しているので、実際には国の一部がそっくりダビデ支持勢力になっていたという感じなのでしょう。
 その間にサムエルは死にます。どういう状況で死んだのかよくわからないんですけど、サム上25:1にぽつんとそう書いてありますね。本のタイトルにもなってる人なんだから少しは死の状況を書いてほしいところですけど、ダビデの逃亡中なんで誰も記録していなかったのかしら?
 サウルがおトイレである洞窟に立ち寄ったとき、実はそこにダビデが潜伏していました。ダビデはサウルを殺そうと思えば殺せたのですが、あえてそういうことをせず、ダビデはサウルの前にあらわれて身の潔白を訴えます。
 ダビデはナバルという頑固な男と戦い、妻のアビガイルを自分の妻にします。

 サム上21:2-7で、ダビデがお供え用の神聖なパンを恵んでもらう話は、イエス様がマタ12:1-8 マコ2:25-27 ルカ6:1-5なんかで、安息日に食事をしてもいいという話でひきあいに出していますが、こうやってもとの話を読んでみると、別にこれって安息日だったわけじゃなく、単に「お供えのパンを食べた」というだけですよね。しかも、唯一名前をあげているマルコでは、アヒメレクのことをアビアタルなんて間違えてる。イエス様(というより新約各文書の作者)はけっこう引用がイイカゲンです。

[563] 不謹慎ばんざい、自粛まっぴら、私たちも被災者よ、助けて 投稿者=真理子 掲示日=2011/03/22(火) 10:26:33 ここから閲覧

 震災でとてつもない被害にあわれた方を前に言うのは不謹慎でしょうが、たぶんみんな心の中で思ってることでしょうから、あえて言わせていただきます。
 うちはだんなも私も給与の額が決まっていません。だんなは歩合、私は実働時間で給料が変わってきます。最近はリストラで正社員の地位から転げ落ちる人も多く、こういう人が多くなってきていることでしょう。
 だんないわく、ガソリンスタンド周辺以外は道路は正月三が日並みにすいていて走りやすいけど、町を人が歩いてない。みんな早く帰宅しちゃうから、特に運賃が2割増になる午後10時以降は電車もガラガラ。「深夜0時から終電まで1時間休憩とって、そのまま帰庫しちゃおうか」なんて冗談を言うくらい、深夜はぜんぜん仕事ができてません。
 こうなると、給料は12~13万円ぐらいになっちゃうかしら。女子高生のマックのバイトじゃないのよって感じです。
 一方私がパートで働いてるスーパーも、モノ不足で先週の営業時間は1日にたった3時間。今週からだんだん元にもどりそうだけど、計画停電の時間は閉店だから、シフトは穴だらけで、給料はすずめの涙です。
 ちょっと! これじゃ生きていけない。公共料金の支払いもピンチ。
 これじゃ私たちだって被災者ですよ。
 しかも、ホントの被災者じゃないから、こんな私たちに義捐金(昔は義援金のことをこう書いたのよ)も保険も公的支援もなあんにもありません。誰も1円もめぐんでくれません。
 これじゃ地震の被災者に義捐金を払ってる場合じゃありません。
 一応とあるところに、本当にお恥ずかしい金額を義捐しましたけど、それで手一杯。
 だんなの会社でも義捐金箱を置いて、「●●タクシー乗務員一同という名で日本赤十字社に送る」んだそうですけど、だんなは「俺たちが義捐してもらいたい」というのでお金を入れなかったみたいです。
 だんなと私とで今開設しているサイトは、最後の最後まで努力して維持しますけど、いつピンチになるかわかったものじゃありません。

 停電は仕方ないとしても、みなさん、できるだけ普通の生活をしましょうよ。
 夜は飲み屋で飲んでタクシーで帰宅してください。
 休日の昼は一家で遊びに出かけてください。
 流通の混乱が解消されたらどんどん買い物してください。
 不謹慎な生活ばんざいです。パチンコやってください。競馬やってください。
 「イベント中止」なんてニュースを聞くとぞっとします。
 浅草の三社祭が中止ですって? 何でも中止すりゃいいってもんじゃないのよ。
 プロ野球、パリーグは4月12日まで開幕を延ばしたみたいですけど、はっきりいって4月になったって電力不足は解消しないでしょう。なら開幕を延ばす意味ないじゃありませんか。

 そう。原発が1つつぶれちゃったんだから、新しく発電所作らない限り、電力不足・計画停電なんていう生活が続くんでしょうね。しかも、もう原発はこわいからっていうんで、新たに作るとなるとみんな猛反対でしょうね。でも代替エネルギーなんてないから、原発作らない限り、電力不足は解消しないでしょうね。今年の夏はどんなに暑くてもエアコンつけられないでしょうね。こんな生活が今後半永久的に続くのかしら。外国で出版される日本の旅行ガイドには「東京名物、計画停電に注意。日本に行くなら懐中電灯は必需品」なんて書かれるのかしら。
 いままで「地球温暖化対策、CO2削減のためエアコンの設定温度を上げて」なんていっても誰も守ってなかったと思いますが、今度という今度は、エアコンつけたら町中停電っていう恐怖を前に、みんな守るんでしょうね。これって怪我の功名かしら。

[562] 出エジプト記5-8章、1マカ5章 投稿者=真理子 掲示日=2011/03/21(月) 10:51:11 ここから閲覧

●出エジプト記5-8章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=exo&chapter=5&mode=0
 モーセとアロンはパロ(ファラオ=エジプト王ですね)のところに出かけ、イスラエルの民を故郷に帰すよう言いますが、パロは承知しません。いろいろ奇跡を見せても、魔術師が同じことをやってしまうので信用されませんし、魔術師が再現できないような奇跡を見せてもやはり承知しません。
 不思議なわざを見せるっていうのは、昔から宗教がよくやる手ですけど、逆にうさんくさい感じも与えるんですね。特に現代人は、目に見える奇跡を見せるより、精神的ないやしを与えてあげたほうが納得するんじゃないでしょうか。その意味では昔のエジプト人は現代人と似ているかもしれません。

●1マカ5章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=1ma&chapter=5&mode=0
 イスラエルの民が神殿を復興させたと知ると、周辺の諸民族はさらに戦いをしかけてきます。ユダは軍隊の一部を残して出陣、連戦連勝しますが、その残された人々が功名を得ようとするあまり、禁じられていた戦いをしてしまい、敗北してしまいます。

[561] 1コリ11-12章 投稿者=真理子 掲示日=2011/03/20(日) 11:23:56 ここから閲覧

http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=1co&chapter=12&mode=0
 今までは「11-12章」というときは、最初の11章へのリンクを書いておきましたが、今回はあえて12章へのリンクにします。
 11章は一度読んだら糊で貼り合わせてもう読めないようにしてください(笑)。
 馬鹿パウロのバカ説教の中でもとりわけバカな説教ですから。
 まあ、この時代の女性観っていうのはこんなものだったのね。
 ついでながら、女は男から作られたっていう聖書の説明はまるっきり間違いで、生物学的には男が女から作られたことがわかっています。女を作ろうとしてできそこなっちゃったのが男ってことらしいです。

 それにひきかえ12章の説教はすばらしいです。
 このところ私が何度も言っている「人にはそれぞれの役割がある」ってことですね。
 こういう非常時にはついついみんなが同じことをしなければならないんじゃないかとか、これはしちゃいけないんじゃないかとか思いますけど、人にはそれぞれの役割があるので、まずはそれぞれの役割をしっかりとこなすことです。被災者のために何かできることはないかと考えるのは、自分の役割を果たした上で考えることです。
 11章のバカ説教も、男と女にはそれぞれの役割があるっていう意味なら同意なんですけどね。

[560] 卒業式 投稿者=真理子 掲示日=2011/03/19(土) 16:42:10 ここから閲覧

 今日はいろんなところで卒業式をやってますね。
 なんでも卒業式を中止しちゃった学校もあったようですけど、被災地で卒業式ができないっていうならともかく、被災地じゃないんだったら卒業式くらいやればよかったのに。ひところは「戦争で卒業式ができなかったから40年ぶりに卒業式をやった」なんてニュースをよく聞きました。それと同じで、いま卒業式をやらなかったら絶対に後悔して数年後にやることになりますわよ。
 なんでもかんでも自粛すればいいってもんじゃないのよ。人間は時間を区切って生きるものなんだから。

 この連休中は停電もないみたいなんでほっとしてます。昨日は夜に停電予告をしていたので身構えてましたけど、結局私の住む地域の停電は回避されました。
 どこかのラジオで、「計画停電を予告したらちゃんと停電をしろよ。でないと狼少年になっちゃうぞ」なんていってましたけど、停電なしにすんだらそれでいいじゃないですか。どうして素直に喜べないのかしら。電車の時刻みたいにきちっきちっと正確にことが運ばなきゃ気がすまない人が多いのね。未曾有の事態で誰も明日のことなんかわからないんだから、今を大切に生きていきましょうよ。イエス様も「明日のことに思い煩うな」って言ってるでしょ? 主の祈りの最後に「今日一日、停電がおきなかったことを感謝します」ってお祈りするといいわ。

 テレビ、ラジオもだんだんバラエティーやお笑いやドラマが戻りつつありますね。私はあんまりテレビ見ないし、バラエティーやお笑いはくだらないと思ってましたけど、これがいかに大事かがよくわかりました。コマーシャルもだんだん戻ってますね。ACさんには申し訳ないけど、ACのコマーシャルが始まるとチャンネル変えてますもの。もう見たくないです。
 高校野球も今まで興味なかったけど、予定どおりやるらしいので見るようにします。楽しみです。東北高校は被災地代表としてがんばってください。

 それから、マスコミのみなさん東北東北って言って東北のことしか報道してませんけど、茨城だって千葉だってかなりの被害です。特に浦安は大変みたいですね。首都高湾岸線がいまだに不通だっていうことからも被害のほどがおしはかられます。地震のニュースをいっぱい報道しているようで、実は情報にとても偏りがあるという問題を指摘しておきます。

[559] マルコ7-8章、1マカ4章 投稿者=真理子 掲示日=2011/03/19(土) 10:19:49 ここから閲覧

●マルコ7-8章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=mar&chapter=7&mode=0
 いろいろ書きたいことはありますが1つだけ。
 マコ7:24-30の、ギリシア人女性の娘をいやす話。イエス様はなんと、最初はいやしを断っちゃうんですね。「パンは犬にやるより人間の子どもにやるほうが優先だ」。かわいそうに、ギリシア人は犬扱いされちゃいました。イエス様もけっこうひどいことを言うんですね。
 ところが女は食い下がります。「犬だって人間の子どものパンのくずくらいは食べてもいいでしょ」。この痛快さ、私は大好きです。
 この地方(ツロ=ティルス)は地中海に面したフェニキアの都市で、ユダヤの地方じゃないんですね。おしのびで来ていたのに見つかっちゃったんで、イエス様はずいぶん気分が悪かったんでしょうか。たぶんイエス様自身は、自分はユダヤ教の枠内で教えを説いているつもりだったんで、異邦人を救うことはあんまり考えていなかったんでしょうか。
 キリスト教が世界宗教になった今にしてみれば、かなり違和感を覚えるお振る舞い。「イエス様、ちょっとひどくありません?」と言いたくなるところですが、そういうまずい話が隠蔽もされずにちゃんと伝えられているところを見ると、このエピソードが実際にあったことなんだという印象を抱きます。
 歴史上のイエス様の思想は、この時点まではユダヤ人だけの救済を考えていたのが、ユダヤ人からは必ずしも受け入れられず、逆にこのように異邦人にすがりついてこられるという体験を経て、だんだん全世界の人を救済する思想に変化していったんじゃないかって思います。

●1マカ4章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=1ma&chapter=4&mode=0
 リュシアスの選んだ三人の実力者の一人、ゴルギアスは、ユダの軍に夜襲をかけますが、いちはやくそれを察したユダは軍を移動させて、逆にふい打ちをします。ユダの軍は兵士も少なく武器もろくになかったのですが、この作戦で大勝利をします。
 リュシアスは翌年に大軍を率いて再びユダを攻めますが、ユダの前に敗北します。
 勝利したイスラエルの民は神殿を再建し、その日を祝日とします。

[558] フラ訳合本 投稿者=真理子 掲示日=2011/03/18(金) 11:40:51 ここから閲覧

twitterでサンパウロさんが流している情報ですが、いままで新約の合本しかなかったフランシスコ会聖書研究所訳注の合本聖書が出るそうです。旧約も入ってます。A5判上製、予価 本体8,000円+税。発行予定は6月12日。

[557] エレミヤ書7-11章 投稿者=真理子 掲示日=2011/03/18(金) 11:32:51 ここから閲覧

http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=jer&chapter=7&mode=0
 ひとことで言ってしまえば、悪いことやってばかりいるから主はイスラエルの民をほろぼしちゃうぞっていうことなんですけどね。
 今のような非常時には預言書の言葉の断片が鋭く響いてくるものですが、とりあえず一つだけ、エレ10:23の「主よ、わたしは知っています、人の道は自身によるのではなく、歩む人が、その歩みを自分で決めることのできないことを」をあげておきましょう。
 [525]で「普通の生活をしましょうよ」と呼びかけました。こういうときだからこそ、一人ひとりが、自分の与えられた仕事をしっかりやることが大事なんです。なぜなら、自分のやってる仕事は、自分が選んだようでいて、実は神様が与えてくれたものなんですよ。
 非常時になるとスポーツとかお笑いとか娯楽とかが、不謹慎だの電力の無駄遣いだのというので自粛に追い込まれます。もはや自粛じゃなくて強制的なものですよね。でも、スポーツ選手っていうのは、スポーツをやって人々に、特に子どもに、夢と希望を与えるっていう社会的使命があるんです。お笑い芸人はおちゃらけたことをやって人々を慰める社会的使命があるんです。世の中、パチンコ屋にしか居場所がない人だっているんですから、パチンコ屋さんも大事。さびしい殿方を勇気付ける色っぽい女の子も必要なんです。それは全部、神様から与えられた使命なんですよ。非常時にこそがんばって自分の使命をまっとうしてください。

[556] ヨブ記27-28章、1マカ3章 投稿者=真理子 掲示日=2011/03/17(木) 10:30:32 ここから閲覧

●ヨブ記27-28章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=libj&book=job&chapter=27&mode=0
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=libj&book=job&chapter=28&mode=0
 ヨブの反論の続きです。
 例によって「オレは正しい」というのと「神は正しい」という矛盾する主張がまざっています。「オレを苦しめた神に誓ってオレは正しい」という、皮肉をたっぷりきかせた表現ですね。
 28章では知恵をたたえています。自然を支配し、文明を築き上げた人間も、知恵がいったいどこにあるのかわからない。今のような非常時には痛感させられますね。とりあえずは、「神様を恐れることが知恵」だというのですが……

●1マカ3章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=1ma&chapter=3&mode=0
 ユダはいよいよ戦いを始めます。ユダは少ない兵力ながら王の軍隊をうちやぶり、諸国に名声をとどろかせますが、王の側はさらに大軍を率いて攻めて来ます。