[ばべるばいぶる]

真理子の聖書日記


このサイトを作りながら、聖書を読みながら真理子が考えたことです。
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[548] 1コリ9-10章 投稿者=真理子 掲示日=2011/03/13(日) 11:11:22 ここから閲覧

http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=1co&chapter=9&mode=0
 本日は旧約続編(外典)のマカバイ記もありますが、話が長くなるのでまず1コリから。
 1コリはすばらしい話とバカ話とが交互にやってくるという不思議な手紙で、今日のところはすばらしい話です。ってことは来週はトホホなバカ説教なんですけどね。
 よく、お釈迦さまがやったのは対機説法で、相手に応じて説く教えの内容や表現を変えてきたと言いますが、それなら1コリ9章はパウロの対機説法ですね。相手に応じて自分を変える。それは決してイイカゲンなのではなく、より多くの人を救うためだというのです。
 10章最後に、またも食べ物の話が出てきます。ロマ14とほとんど同じですね。何でも食べていいんだけど、何でも食べてしまうことによって信仰がぐらつくなら、食べないほうがいいという考え方です。
 パウロにとって本当に大事なのはキリストによる救いなので、律法なんかはどうでもいい。どうでもいいってことは「廃止しろ」でもないわけです。守りたくなきゃ守らなくてもいいけど、「守るな」ではなく、「守りたければご自由に」でもあるんです。
 ここらへんがよくいえば柔軟な姿勢、悪くいえばイイカゲンさになるんですね。
 キリスト教ってパウロ教ですから、いまのキリスト教もそういう柔軟さ・イイカゲンさを持っています。飲酒・喫煙などの生活習慣についての見解が、教派によってずいぶん異なるのは、このためなんですね。
 ただ、実のところ、こういうこまごまとした生活上の規律をしっかり決めてしまったほうが、わかりやすいんですよね。イスラム教ははっきり決めちゃったから「豚はダメ、酒はダメ」とはっきりすっきりしてる。
 はっきりすっきりだけど融通が利かない生き方をとるか、自由だけどイイカゲン・無規範に陥る危険をとるか。キリスト教は後者をとったってことですね。

[547] マルコ5-6章 投稿者=真理子 掲示日=2011/03/12(土) 10:17:12 ここから閲覧

http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=mar&chapter=5&mode=0
 聖書の通読なんかやってる場合じゃないって怒られそうですが、私はそうは思いません。テレビもラジオもみんな地震の話ばっかりやってますが、そういう状況に全体主義を感じます。どうせ情報のソースは同一なんでしょうから、9-11時はNHK、11-13時は日テレ系……みたいに役割分担して、どこかがまとめてやればいいんです。こういう時だからこそ娯楽番組を見たいって人もいるに違いありません。
 そんなわけでわが道を行きます。
 今日の話はマタイにもそっくり入っている(13-14章あたり)ので、細かい表現の違いはあるでしょうけど、話としてはもうごぞんじのはず。もう「預言者が故郷で受け入れられない」話と「洗礼者ヨハネの死」の話はマタイを読んだときに終わってますから、今日は豚の話にしようかしら。マコ5:1-17です。
 ばべるばいぶるを作るにあたって私が大きな影響を受けた、岡野昌雄さんの『イエスはなぜわがままなのか』
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/404867188X.html
にも、イエス様の理不尽な行動の例としてとりあげられています。
 ユダヤ人(そしてイスラム教徒)は豚を食べないことで有名ですが、ひとたび豚を食べるなというタブーができちゃうと、豚が非常にけがれたもののように感じるらしいです。ちょうど私たちが、いくら「食べてもいいよ」と言われても、ネズミなんかを食べないのと同じ。毒じゃないよ、おいしいよって言われても、この料理にはネズミが入ってるなんて言われたらひいちゃいますよね。
 ところが豚ってやっぱりおいしいですから、異邦人は平気で食べる。そういう異邦人に売るために、豚を飼育していたユダヤ人の畜産業者がいたんですね。この場所って、ガリラヤ湖のあちら側で、イスラエルの辺境地帯。そういうところだと異邦人相手の商売をする人も多いわけですが、ちょうど「犬を食べる韓国人中国人相手に、食用の犬を飼育している日本人業者」がいるとすれば、その人に対してうさんくささを感じるように、やっぱりこういう人たちはユダヤ人からうさんくさがられていたわけです。
 ユダヤ人から見れば、悪霊の追い出し場所に、けがれた豚を使うのは無理のないことなんでしょうが、業者にしてみればたまったものではないですよね。口蹄疫で牛を殺処分せざるを得なかった宮崎県の畜産家みたいなものです。そんなわけでイエス様ご一行は、ただちにここから出て行けと追われてしまいます。
 イエス様というと、律法学者たちから憎まれたのは別として、いろいろなところで奇跡をやってみんなから喜ばれたというイメージがありますが、こんなふうに憎まれちゃったケースもあるので、忘れずにしっかり読むべきですね。

[546] やっと復旧 投稿者=真理子 掲示日=2011/03/11(金) 23:02:43 ここから閲覧

 午後9時半に電気が復旧しました。さっそくパソコンとテレビをつけましたが、世の中すごいことになってますね。電車に閉じ込められたとか、10キロ歩いたとか、停電したとかなんて、みなさんの被災状況にくらべればぜんぜんたいしたことないですね。
 でも私は本当に怖かったんです。だって我が家だけでなく周囲の街灯がすべて消えてるんですよ。星空はきれいでしたけど、そんなの楽しむ心の余裕もありません。コンビニもスーパーもすべて閉店してるし、信号機も消えてるし、こういう混乱に乗じて悪いやつらが襲撃してきてもおかしくないじゃないですか。我が家は暖房も電気だけなんで寒くて大変でした。パソコンやテレビはみんなAC電源だし、停電が長期化したら充電もできなくなるし電池も手に入らないと思えば携帯もラジオも遠慮しちゃうし、つくづく電気に依存する生活なんだと思いました。

[545] 停電中 投稿者=真理子 掲示日=2011/03/11(金) 18:58:58 ここから閲覧

10キロの道を歩いてやっと帰って来ましたがわが家を含め町中が停電中。なにもできない。寒いし怖いし、だんなと抱き合いながら寝てます。いえ、エッチじゃなくて、真っ暗で本当に怖いから。早く電気が復旧して!

[544] Re:地震 投稿者=真理子 掲示日=2011/03/11(金) 15:30:49 ここから閲覧

近所の駅までは動いたから降りようと思えば降りられるけど、どうせ他の電車も止まってるだろうし、また大きく揺れてるし、当分どこ
にも行けないわ。

[543] 地震 投稿者=真理子 掲示日=2011/03/11(金) 15:16:20 ここから閲覧

地震で電車に閉じ込められてます。困ったわ。

[542] 民族という病・2 投稿者=真理子 掲示日=2011/03/11(金) 13:54:04 ここから閲覧

 [503]に続く民族ネタです。
 前原さんに続き菅さんもですか。
 これって、こんなへんな規定を定めた政治資金規正法が間違ってるんじゃないですか?
 みんな「外国人」って聞くと、紅毛碧眼の欧米人を思い浮かべるんでしょうし、いま外国に住んでいる人っていうふうに思うんでしょうから、こんな規定を作っちゃったんでしょうけど、そもそもそれが間違いよ。
 私は学生時代から韓国語を勉強して韓国系教会に通ってたこともあり、在日の子たちとのつきあいもいろいろあるし、なにしろだんなと出会ったのもソウルですから、「外国人」っていう言葉を聞くとすぐに在日って連想しますもの。
 在日といったら生まれも育ちも日本人で、韓国語なんか習わない限り一言もしゃべれず、韓国には帰る家もなく、ふだんは日本名を名乗ってて、「私は韓国人よ」というIDカードでも首にぶらさげてない限り外国人とわからない人たちですからね。
 以前、民団の8・15(日本の終戦記念日は韓国の光復節)の集会に出たら、すべての政党から議員さんたちがあいさつに来てました。あれ、在日だったら選挙権ないのに、と思ったら、本人に選挙権がなくても、彼らが経営している企業やお店の従業員は日本人が多いんだから、「ぜひ一票を」というのであいさつに来るんですね。
 そんなふうに在日は日本社会の一部にしっかり根をおろしているんだから、政治資金規正法だって「永住外国人からの献金はOK」とかしてりゃ、こんな問題にならなかったのよ。
 このままだったら、政敵を失脚させようと思ったら、在日に出自を隠して献金させてあとで暴露するとか、そういう汚い手に使えちゃうじゃない。まずはこの法律を直すのが先よ。

 私は心のそこでは、在日は日本社会でずっと生きてくなら日本国籍とったっていいじゃんって思うんですけど、いろんな考え方の違いがありますからね。
 だんななんか、北海道出身で、私と結婚する前は本籍にちゃんと北海道って書いてあって、戸籍なんかとるのは大変なのに、けっして戸籍を移さずにがんばってた。北海道という本籍表示に自らのアイデンティティを感じていたみたい。まあ私と結婚して本籍が横浜になっちゃったんですけどね。
 それから実は、国籍変えるのって手続きがとても大変みたいです。たとえば青空駐車やって赤きっぷ切られちゃうと、それが前科になってしまって国籍とれないとか、いろいろあるみたい。
 そういういろんな理由で、国籍を変えない事情だってあるし、もうそろそろ、日本には日本人しかいないっていう考え、やめたほうがいいんじゃないかしら。

[541] エレミヤ書1-6章、エス・ギ15章 投稿者=真理子 掲示日=2011/03/11(金) 13:35:16 ここから閲覧

●エレミヤ書1-6章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=jer&chapter=1&mode=0
 今日からエレミヤ書が始まります。全52章。イザヤ書の66章よりはるかに少ないようでいて、実は預言書の中では一番分量が大きいと思います。イザヤ書って各章の節数が少ないんですよね。
 以前、文語訳のエレミヤ書を全部入力したとき、52章だからなんとかなるわと思って安請け合いしたら、なかなか終わらなくて大変でした。
 前にも書いたように、預言書を読むときは、いつの時代なのかをおおざっぱにつかみましょう。紀元前922年までの統一王国の時代なのか、紀元前722年までの南北分裂期なのか、紀元前587年までのユダ王国だけの時代か、紀元前517年までのバビロン捕囚期か、その後のエルサレム再建期か。
 エレミヤ書の冒頭にはちゃんと時代が書いてあって、ヨシヤ王13年というのは紀元前627年。ゼデキヤ王11年というのは、そこにちゃんと「その年の五月に、エルサレムの住民が捕囚となる」とあるので紀元前587年。要するにユダ王国末期40年間ということです。いよいよユダヤ人の国が完全に滅んでしまうまでというわけです。
 「神様を裏切ったから滅びが近い」と予言するエレミヤは、当然のことながら支配者からはうとまれるわけで、数々の迫害を受けます。預言者もラクではありません。第1章じゃ尻ごみしてますよね。それをむりやり神様に呼び出され、オレの言葉を全部伝えろと命令される。そういう預言者の苦しみがいたるところに出てきます。

●エス・ギ15章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=skd&book=esg&chapter=15&mode=0
 最初の3節を除いて付加部分。冒頭でモルデカイが見た夢は、実はこんなことだったという謎解きですね。最初を付加したから最後もそれに対応したものを付加するというわけです。
 とりあえずこれでエステル記・ギリシア語はおしまい。
 何度も言いますが、この話はエイプリル・フールですよ。こんな復讐劇が歴史上にあったはずがありません。一応これはヘブライ語本文があるので仕方なく正典に加えられてきましたけど、「こんなふうに復讐を肯定する書物を読むってことは、キリスト教は復讐を肯定するのか」なんて思われるのがいやなので、キリスト教の歴史ではもてあまされてきました。ユダヤ人嫌いのルターなんか「なんでこんな本がヘブライ語正典に入ってるんだ!」と言ってるほどです。
 でも、女性の力で民族が助かるっていうのは、ジャンヌ・ダルク的に面白く、芸術の題材には好んでとりあげられる本です。

[540] ヨブ記25-26章 投稿者=真理子 掲示日=2011/03/10(木) 09:58:31 ここから閲覧

http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=libj&book=job&chapter=25&mode=0
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=libj&book=job&chapter=26&mode=0
 例によってリンクはリビングバイブルです。
 第三ラウンドになるとさすがに疲れてきたのか、ビルダデ(ビルダド)のせりふはたった6節しかありません。そこで26章の1-4節と5-14節の順序をいれかえて、25章→26章5-14節がビルダデ(ビルダド)の論難であり、ヨブの反論は26章1-4節→27節以降、というふうに読むべしという説が根強く主張されています。
 ビルダデの論難は「人間は神の前ではまことに小さいものである」ということ。ヨブの反論は、実質的には来週読むのですが、「オレは絶対正しい」ということですから、そういうふうに入れ替えて読んだほうがすっきりします。

[539] 詩編36-38編、エス・ギ14章 投稿者=真理子 掲示日=2011/03/09(水) 15:20:50 ここから閲覧

●詩編36-38編
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=psa&chapter=38&mode=0
 36と37は、世の中にはびこって正義の私をいじめている悪をやっつけてくれという詩。38は、罪を犯してしまった私を許してくれという詩です。どちらも現実によくあることなので、お祈りのときに読むと共感できると思います。とくに38は私の好きな詩です。
 3つとも交読文には入ってませんけど、いい詩だと思います。

●エス・ギ14章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=esg&chapter=14&mode=0
 プリムの祭は首都と地方では日が一日ずれるみたいですけど、その由来を記したのがこの章です。
 ヘブライ語版9章。これでもかこれでもかという復讐話は、私たちはへきえきしますけど、まあユダヤ版エイプリルフールですし、適当に読んでください。民族みなごろしにされかかったんですから、このくらい復讐話を重ねないと、昔の人は納得しなかったのね。
 ついでながら韓国には、昔から反日文学、日本をやっつけちゃう話の系譜があるんですけど、最後は必ず「日本人を許す」結末にしちゃうんです。韓国は昔から、他国に侵略されることはあっても他国を侵略したことはなく(元寇とかベトナム戦争とか例外はいろいろありそうですけど、少なくとも韓国人はそう信じている)、だから「自分たちは平和を愛する民族であり、常に凶暴な周辺民族からいじめられる」というイメージがあって、日本人をやっつけちゃうとこれの重大な例外になっちゃうんで、「助けてくれとひざまずく日本人を、大人(たいじん)の徳をもって許す」という結末のほうが、カタルシスを感じるみたいです。民族がかわると、結末の好みもかわってきます。

[538] みんなすばやいわね 投稿者=真理子 掲示日=2011/03/09(水) 15:04:52 ここから閲覧

 今日はだんなも私も非番で、一緒に一日中ラジオを聞きながら家でまったりくつろいでます。
 午前中の「大沢悠里のゆうゆうワイド」で、「演歌ってなんで演歌っていうの?」という話になって、出演者の方が「演歌検定」を宣伝していただけに、ちょっと気恥ずかしく会話がとぎれちゃいました。
 するとだんなが「おれ知ってるぞ。真理ちゃんメールメール」(自分はけがでキーボード打てないから私に代筆させるのよ)と叫ぶ。早速「演歌とは明治の自由民権運動のときに言論弾圧が激しかったので、弁士たちがへたくそなくだらない歌をうたって(川上音二郎のオッペケペとか)、その中でちくりちくりと風刺をきかせた演説歌がはじまり……」と書いてたら、コマーシャル明けにさっそくそういう話を紹介してましたね。裏方さんがさっそく調べたのね。残念でした。

 で、いまさっき「小島慶子のキラ☆キラ」で、「ニャンニャン」というラーメン屋の話になって、「怪しげなネーミングだ。夕焼けニャンニャンか」みたいな話をしていたら、まただんなが「それは中国語で娘娘で皇后という意味だ。真理ちゃんメールメール」と言ったので、さっそくメールを書き始めたら、すぐさまtwitterで反応があったらしく、そういう話をしてましたので、結局出さずじまいでした。
 いままでtwitterって、一応アカウントだけとって、ぜんぜん使ってなかったけど、やっぱり便利なツールとして使ったほうがいいのかしらね。世の中スピーディーになったわ。

[537] 名前談義・つづき 投稿者=真理子 掲示日=2011/03/08(火) 19:21:07 ここから閲覧

 [535]について、だんなからの情報によりますと、
 1997年8月30日に韓国で、8歳の幼女が誘拐され殺されたという事件が起こりまして、その被害者の名前が、パク・チョロンチョロンピンナリちゃんっていうんですね。ハングルで書いたって박초롱초롱빛나리、下の名前だけで7文字もあるというすごい名前です。韓国人にとってはあまりに長いので、最後だけとってパン・ナリ誘拐事件(韓国語ではkの次に鼻子音が続くとngに変わるのでパク・ナリがパン・ナリになります)と呼ばれています。1993年の悪魔ちゃん命名騒動もまだ記憶に新しかったので、韓国語勉強仲間で「よくこんな名前を役所が受理したな」と話題になってたそうです。
 いつ何時どういう理由でマスメディアに登場するかもしれないんですから、やっぱり名前はありふれたものがいいわ。

 あと、中国では日本や韓国など漢字文化圏の人名を強引に漢字で書きたがるんで、ちゃんと漢字で書ける名前がいいです。上のチョロンチョロンピンナリも、韓国語の固有語(たぶん、チョロンがチョロク=緑=を連想させることばで、ピンナダが光るという意味なんで、青々とした光に輝く子という意味でつけたんでしょう)なんで漢字では書けません。

 そんなことより早く子ども作らなきゃね。いえ、もちろんちゃんと子作りには励んでるんですけど(真理子の生活と意見にその奮闘ぶりを書いてます。結局エロねたですけど)、ぜんぜん妊娠する気配がないんであせってます。

[536] サム上11-15章 投稿者=真理子 掲示日=2011/03/08(火) 14:10:05 ここから閲覧

http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=1sa&chapter=11&mode=0
 サウルは王になってまもなく、アンモン人との戦いに勝利し、順風満帆な王国のスタートをきったのですが、その後ペリシテ人との戦いに際してサムエルとの間にボタンのかけ違いが生じます。これがケチのつきはじめで、息子ヨナタンが自分の命令を(知らなかったとはいえ)破ったり、さまざまなことがあって、民の心がサウルから離れていきます。
 でも、私はいつも思うんですけど、なんでサムエルや神様がサウルを見放していくのか、よくわかんないんですよね。きっかけとなったサムエルの遅刻なんて、絶対にサムエルに非があるじゃありませんか。
 要は、サムエル記(だけじゃなく、ヨシュア記から列王記までずっとですけど)って、後の価値観で歴史を解釈しなおしているんですね。ユダヤ教がしっかりした形になったのはバビロン捕囚以後で、この時代はヤハウエさんなんてバアルさんとかほかの神々のうちの一人でしかない。サウルの王権が崩壊していったのは、結局は彼が凡庸な王様たったからというだけの理由でしかないんですが、それを後に確立したユダヤ教の価値観から解釈して「勝手に燔祭(焼き尽くすささげもの)をやっちゃったから」みたいな理由を後づけしているにすぎないんでしょう。

[535] 命名で一番大事なこと 投稿者=真理子 掲示日=2011/03/07(月) 21:48:36 ここから閲覧

 お昼のTBSラジオ、小島慶子さんのキラ☆キラで言ってましたが、北京オリンピックのときにTBSが「絆」と書いたバッジを作ったんだそうですね。いまキラ☆キラのホームページで見られますが、更新されて消えちゃうといけないんで画像を直リンしてみます。
http://www.tbsradio.jp/kirakira/photo/P1060581.JPG
これも消えたりして。
 なんでも、オリンピックのときには世界のいろんな放送局がこういうバッジを記念品として作る習慣があるらしいんですが、作ってしまってから「絆」というのが中国で悪い意味になることがわかり、実質お蔵入りになっちゃったんだそうです。
 最近だんなが、青蛙亭漢語塾(中国語サイト)の仕事を手伝ってくれというので、ばべるの仕事をちょっと中断してそっちを手伝っているんですが、そこで公開している「WEB支那漢」によれば、

http://www.seiwatei.net/chinakan/chinakan.cgi
●馬の縶なり。足を繫ぐを絆といふ。今、人の行くを阻つるを謂ひて「絆住」といふ。

 要するに、日本語でいえば「ほだし」「束縛」「足かせ」みたいな意味になっちゃって、決してプラスのイメージにならないらしいです。

 「調べてから作ればよかったのに」とまとめてましたけど、そう、同じ漢字文化圏でどういう意味になるのかは、ちゃんと調べなきゃね。
 いまどき「花子」なんていう名前をつける人はいないと思いますが、花子って乞食っていう意味になるらしいです。「花」というのが「お金を使い果たす」という意味になるんだそうで。
 人の名前をつけるとき、画数だの運勢だのなんかより、外国語でどういう意味になるかっていうことを調べてる人なんてほとんどいないんじゃないかしら。
 いえ、誰かがしらべりゃいいんですよ。世界のいろいろな言語の卑猥な言葉とかをまとめておくとか、「この名前はヘンに聞こえる」とかいうのをまとめれば、役に立つんじゃないかしら。

 あとは、熊本で殺されちゃった女の子の名前、「心」って書いて「ここ」って読ませるの、そういう命名の考え方は人それぞれだし、こういう事件がらみだと書きにくいですけど、絶対に一発で正しく読んでくれない名前って、もし私に子どもができたら控えるわ。
 私の真理子って誤読の可能性はほとんどないですけど、元の姓(あえて秘密にします)は絶対に一発で読んでくれないヘンな姓、そのせいでずいぶん苦労しましたから。私が前のだんなと離婚したときに姓を元に戻さなかったのは、親から勘当同然になったというのもあるんですけど、元の姓を捨てたかったからという話もあります。だから私は旧姓が二つあるのよ。
 子どもができたら、「ありふれた名前」「読みやすい名前」「外国語でへんなひびきにならない名前」というのを大事にして命名しようと思いますわ。

[534] 創世記48-50章、エス・ギ13章 投稿者=真理子 掲示日=2011/03/07(月) 10:41:10 ここから閲覧

●創世記48-50章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=gen&chapter=48&mode=0
 ヤコブが死んで、カナンにある先祖代々の墓に葬ってもらうよう遺言します。ヤコブの死後はヨセフが復讐に出るのではないかと、兄たちはおどおどしていますが、結局そんなことはなく、ヨセフも死んで、こちらはエジプトに葬られます。これで創世記はおしまいです。
 さて、創世記ラストのポイントは、49章のヤコブのせりふです。息子たち一人ひとりに、おまえたちがどうなるかを予言するんですが、ここで思い出していただきたいのは、この12人のうち、祭祀職のレビを除き、ヨセフ自身は除外して二人の息子を付け加える形で、さしひき12が、そのままイスラエル12部族の名前になっており、はるか後にイスラエルが南北に分裂すると、ユダとベニヤミンが南、その他が北になります。
 南は2部族ですが、ベニヤミンは少数派なので(でもパウロはベニヤミンだったりする)、実質的に南=ユダ。北の10部族は北王国滅亡後に他民族と同化しちゃって消えちゃいますんで、それで後の時代には実質的にユダ族だけが残ります。だからイスラエル民族の別名を「ユダヤ人」というわけです。
 そういう後のいきさつが、ヤコブの長いせりふになんとなく反映しているので、これは例によって事後予言、つまりそのような歴史の流れを知っている後の時代の人たちが、これはあらかじめ決まっていて予言されていたという形で書いているというわけです。
 それから、創35:22で、長男ルベン(レウベン)がお父さんの側室ビルハとエッチをしちゃった話が出てきました。あのときは不問に付されたのですが、最後の最後で「お前はエッチをしただろう」(創49:4)と言われちゃいましたね。やっぱり根にもっていたわけです。

●エス・ギ13章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=skd&book=esg&chapter=13&mode=0
 最後のほうはヘブライ語版の8章ですが、それ以前はギリシア語独自部分。ヘブライ語版ではっきり書かれていないおふれの内容がはっきり引用されているというわけです。
 エステル記はプリム祭というユダヤ教の祝日に読まれる文書ですが、なんでプリム(くじ)祭というかというのがこの部分。この日付がくじびきで決められたからというわけですね。そういうことはヘブライ語版だけ読んでもわかりそうなものですが、それをよりわかりやすくするために補ったというわけです。

[533] 1コリ7-8章 投稿者=真理子 掲示日=2011/03/06(日) 13:40:17 ここから閲覧

http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=1co&chapter=7&mode=0
 パウロ先生の生活指導です。
 読んでて頭がくらくらしてくると思いますが、この時代の信者はみんな、すぐにでも終末がやってくるとおおまじめに信じていたわけで、そう思えば、結婚生活に対するこの異様なまでの警戒感を理解することができるでしょう。終末が近づいてるんだから、結婚なんかしなくたって、自分の身分を向上させなくたっていいわけです。
 だから、終末が近いなんて脅しをかける教団はもうそれだけでカルトですよ。だってそんなことを信じた日には、現世のことを何もする気力がなくなって、全財産を教団に寄付なんてことになっちゃいますからね。もっとも、どんな教団も最初はカルトだったんで、カルトがいけないってことになると、新しい宗教は生まれなくなっちゃいますけどね。
 前に、林芙美子の『浮雲』の話をしましたけど([509])、ここにも新興宗教の話が出てきます。ゆき子の最初の男である伊庭(いば)が新興宗教の幹部になって金回りがよくなったという話を、いまちょうどNHKラジオ第二放送の「朗読の時間」でやってますけど、いかにもいかがわしい感じがよく描けてますね。

[532] マルコ3-4章、エス・ギ12章 投稿者=真理子 掲示日=2011/03/05(土) 15:56:39 ここから閲覧

●マルコ3-4章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=mar&chapter=3&mode=0
 十二弟子の選定と種まきのたとえが主な話ですが、ここではそれはおいといて。
 マコ3:31-から、イエスのお母さんと兄弟が登場します。「ご家族がいらしてますよ」というおしらせに「神のみこころを行うものが私の家族なのだ」と答えます。一見、みんなを家族として受け入れる温かい言葉のようでいて、実の家族には冷たい言い方じゃないでしょうか。これ、裏を返せば、実の家族はちっとも神のみこころを行っていないから家族じゃないって言ってるようなものですからね。
 イエス様はたぶん私生児で、その出生の秘密を知って以来、実の家族とはうまく行ってないようですね。
 マルコに出てくるイエスのお母さんはちっとも神格化されていないので、たぶんマルコは処女懐胎の伝説を知らないのでしょう。ごく普通のお母さんとして描かれています。

●エス・ギ12章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=skd&book=esg&chapter=12&mode=0
 ヘブライ語版の8章。ユダヤ人をみなごろしにするおふれを撤回させ、逆に、ユダヤ人を殺そうとした民族をみなごろしにする許可がおりました。
 何度も言いますが、これ、ユダヤ版エイプリル・フールとして読んでくださいね。

[531] イザヤ書62-66章 投稿者=真理子 掲示日=2011/03/04(金) 15:31:23 ここから閲覧

http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=isa&chapter=62&mode=0
 長かったイザヤ書も今日で終わりです。
 最後の66章、エルサレム復興の預言が特に美しく、希望を与えてくれます。

 ごめんなさい。今日はちょっと体調が悪くて、失礼いたします。

[530] 特別限定酒・大石 投稿者=真理子 掲示日=2011/03/03(木) 23:40:17 ここから閲覧

 「特別限定酒・大石」という球磨焼酎をいただいたので飲んでみたんですが、
http://www.iiosake.com/ooishi.html
これ、おいしいわ。シェリー樽に3年寝かせた純米焼酎とブランデー樽に3~5年寝かせた焼酎をブレンドしたんだそうで、まさにブランデーの香りがします。こんな焼酎があったのね。このページには「ロック・お湯割で」なんて書いてますが、そんな飲み方は認めません。私の目の前で割って飲んだ人とは絶交します(現に、だんなの同僚がうちに来たとき、おふるまいしたカミュVSOPを水で割ったので、だんなも私も激怒して追い出して、以後は絶交ですもの)。絶対にストレートです。氷すら入れてはいけません。ブランデーグラス、なければできるだけ広い口のグラスにちょっぴりついで、香りを楽しみながらちびちびやってください。
 ウイスキーは1:1の濃い水割り、ブランデーはストレートと決めてるんですが、焼酎はそれぞれですね。まずストレートで飲んでみて、香りがきつすぎるようなら1:1つまり同量の水で割るようにしています。概して、泡盛はストレート、芋焼酎は水割りかしら。あ、甲類の焼酎(宝焼酎みたいなやつ)なんて料理や梅酒に使う調味料、サワー・チューハイなんて高校生の飲み物、どちらもまともな大人の飲み物じゃありません。
 3465円もするとは高いと思いましたが、一升でこの値段ですからカミュVSOPの半値ですね。それでブランデーのように楽しめるんだからリーズナブルね。

[529] AERA現代の肖像 投稿者=真理子 掲示日=2011/03/03(木) 14:23:50 ここから閲覧

 いま発売中のAERA11.3.7号の「現代の肖像」が、このところ話題にしております小島慶子さんです。へえ、キラ☆キラってずいぶん人気なんですね。ラジオの聴取率ってよく知らないんですけど、午後の番組でトップなんですって。かなりとんがった小島さんの個性が、ラジオにはちょうどぴったりだったんですね。そんな小島さんの人気の秘密がよくわかって面白かったです。
 実は月曜日のキラ☆キラで小島さんが裏話を披露していたんですけど、この「現代の肖像」って5ヶ月くらいじっくり時間をかけて取材してるんですって。AERAって週刊誌なのに! 5ヶ月って22週ですから、それだけのスタッフを使って同時進行で取材してるんですね。週刊誌だからといってあなどれないですね。
 あ、この記事の小島さん、とっても美人に写ってますが、私が似ているのはしゃべり方と思想だけですので、私はもっとブスです。

[528] ヨブ記23-24章、エス・ギ11章 投稿者=真理子 掲示日=2011/03/03(木) 14:14:18 ここから閲覧

●ヨブ記23-24章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=libj&book=job&chapter=23&mode=0
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=libj&book=job&chapter=24&mode=0
 第三ラウンドの問答。第一の友人エリパズ(エリファズ)へのヨブの答えです。ここは区切りがいいですね。例によってリビングバイブルです。
 第三ラウンドはどうも編集の過程でずいぶん混乱があるようで、とても読みにくいです。
 ヨブの答えの特徴は、悪人が栄え正直者がバカを見る様子をさんざん述べたあとで、でもやっぱり神様を信頼して、悪人は滅びるというような言葉で結ぶところですが、ここではその逆転がヨブ24:18-24、つまり24章の最後ではなく途中になっているところです。続く25節は、また「悪が栄える」話になっているので、とても読みにくくなっています。

●エス・ギ11章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=skd&book=esg&chapter=11&mode=0
 ハマンはついに、モルデカイを処刑しようとして準備していた木につるされてしまいました。ここからエステルの復讐が始まります。

[527] 詩編33-35編 投稿者=真理子 掲示日=2011/03/02(水) 10:17:30 ここから閲覧

http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=psa&chapter=33&mode=0
 今日の3編は日本基督教団の交読文には採られていませんが、真理子は個人的には好きなところです。3つとも、神様の正義を信頼する詩。もっといえば、正しいことをしているのにどうして私はいじめられるのかしら、なんて思うときに、力になってくれる詩だと思います。
 こういう詩が好きだというのは、私にはそんなことがよくあるってことですね。打たれ強いつもりではいるんですけど、それでもめげることは多いですから、こういう詩は慰めになるんです。

 私としゃべりかたや思想がよく似ているらしい、TBSラジオの小島慶子さんですけど、昨日のキラ☆キラ(13:00-15:30)では、「邪道けっこう、私にとってはむしろ王道」というテーマで、冒頭近くでは性のマイノリティのことをとりあげていました。レズ、ゲイ、バイ、トランスジェンダーを総称してLGBTというんだそうですが、そういう話をしていたら、Twitterでずいぶん攻撃されたらしく、番組中で応戦していましたね。たとえば、そんなことを邪道王道のテーマでとりあげるのはかえって差別を助長するんじゃないかとか。そんなふうにつぶやく人は、このテーマをよく理解していないのね。LGBTがいい悪いは別として、マイノリティであることは事実。そして昨日のテーマは、邪道=マイノリティを差別するんじゃなくて、私にとってはむしろ王道、つまり邪道にもっと目をむけてみようってことなのに。
 小島慶子さんがんばってくださいね。いえ、だんなもパート先の友達も、みんなが私の声と思想が小島慶子に似てるっていうんで、最初は「小生意気なおばさん」だと思って嫌ってたんですけど、だんだんファンになってしまいましたもので。正しいことをやる人は、たたかれるものなのよ。

 ついでながら、漬物を炒めて食べる人のことを共感できないっていってるのは、ちょっと認識不足じゃないかしら。漬物ってそのまま食べるだけじゃなく料理の素材に使うことも多いのよ。ピクルスなんか刻んで炒め物に使うじゃない? ザーサイだって、日本人はあれをそのまま食べることが多いけど、中国じゃ原則としてさらに料理するための食材よ。
 牛丼にフレンチドレッシングっていうのも小島さんびっくりしてたけど、こってりした料理に酢をかけてさっぱりするテクとして、テーブル上ではやらなくても、キッチンでこっそり隠し味としてやる基本テクよ。小島さん、もう少し料理をやったほうがよさそうね。
 まあ、いろんな人の邪道を聴いてると、新たな世界が広がってきて面白いものよね。Think Different. よ。あ、これ、私の大嫌いなAppleの標語でしたっけ。

[526] サム上6-10章、エス・ギ9-10章 投稿者=真理子 掲示日=2011/03/01(火) 13:39:22 ここから閲覧

●サム上6-10章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=1sa&chapter=6&mode=0
 いろいろあってペリシテ人からやっと契約の箱を返してもらったイスラエルの民。「ほかの民族みたいに王様がいなきゃダメだよ」ということになり、サムエルに「王を任命してくれ」と請願します。神様はベニヤミン族のサウルを選び、サウルが王になります。
 いまでも王様に対する敬愛のあまり、まるで王様を神様のように思っちゃう人っていますけど、昔はなおさら、王様への礼拝みたいなことが当たり前。でもそうなると、神様を絶対とするイスラエルの民にとって、王というのは実に微妙な存在になってしまいます。王様をもちにくい民族なんですね。
 ついでながらローマ人もそう。もともとローマって王国だったんですが、そのころの王様が悪いやつばっかりだったんで、共和政になって以降は、「絶対に王を作らないようにする」というのがローマの国是になりました。そこで王様になりかかったチェザル(私はラテン語はイタリア語よみするのよ。カエサルのことね)は暗殺されちゃうんですが、あとをついだアウグストゥスことオクタヴィアヌスは、「おれは王じゃないぞ。ローマの第一の市民なんだ」ってことで、インペラトゥルっていう称号を作っちゃうわけです。後になればローマ皇帝は絶大な権力を持つわけですが、もともとは「王じゃないぞ」っていう称号なんですよね。中国では、戦国時代に王様がいっぱいできちゃって、王という称号がインフレを起こして価値が低下したんで、そのうえの「皇帝」っていうのを作ったんですけど、インペラトゥルを皇帝って訳しちゃうと、このあたりのローマ人の王様アレルギーがわかんなくなっちゃいます。
 パレスティナっていうのはペリシテ人の土地という意味ですけど、聖書のペリシテ人っていうのはいまのパレスティナ人とはぜんぜん違います。共通しているのは「イスラエルの民のすぐ隣に同居している民」ということだけ。でもペリシテ人たちとのゴタゴタを読んでいると、なんだか今の話とごっちゃになっちゃいますよね。多くのヨーロッパの言葉では、聖書の視点にどっぷりつかっていますので、ペリシテ人っていうのは、芸術や学問に関心のない無知なやからという含意があります。聖書を読んでるとついついイスラエル中心にものを見ちゃうところがありますんで、少々注意です。

●エス・ギ9-10章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=esg&chapter=9&mode=0
 [523]でエス・ギ9章の話を忘れちゃったのでまとめて書きます。
 決死の覚悟で王様への推参をしたエステルは王様に会うと気絶してしまいますが、王様の厚意により許されます(9章)。なんだか芝居がかってますけど、ホロフェルネスの首をかききったユディトと違って、エステルの勇敢な行動って結局この「押しかけ」だけですから、ここは芝居っ気たっぷりに読まないと、エステル記のヤマ場がなくなっちゃいます。ギリシア語版はちゃんとそれを心得てるんで、付加部分はこの押しかけシーンをふくらませているんです。
 王の許しを得たエステルは、モルデカイのかつての功績を王に思い出させ、酒宴を開いて悪人ハマンを呼び出させます(10章)。そしてハマンの目の前でモルデカイを表彰。「こりゃ形勢が逆転したぞ」とハマンはあわてます。

[525] 創世記44-47章 投稿者=真理子 掲示日=2011/02/28(月) 09:59:36 ここから閲覧

http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=gen&chapter=44&mode=0
 ヨセフのねちねちとした復讐もここまでで、ヨセフは素性をあかし、ヤコブ一家はエジプトに移住します。ききんはますますひどくなり、ヨセフはそれをいい機会に、エジプトじゅうの田畑を買い、人々を奴隷にしてしまいます。一種の社会主義体制を確立するんですね。
 「ねちねちとした復讐」って不適切ですか? 私にはそうとしか読めないんですけど。百歩譲ってヨセフにはそういう意図がなかったとしても、自分を殺そうとした兄さんに無償の愛を示すなんていう結末は、読者のほうが納得しなかったかもしれないわね。
 昔の物語って、結末が残酷になることがあります。桃太郎の鬼退治は、昔だったら徹底的に鬼をやっつけちゃうと思うんですけど、現代人にはそれだと残酷すぎるので、平和的に和解をして宝物だけもらってくるように書き換えちゃったりする。読者が納得する/しないっていうのはそういうことです。聖書の時代には、あまりにヨセフが兄さんとすんなり和解しちゃうような結末は受け入れられなかったでしょうからね。
 これに関しては、一緒に読んでいるエステル記の結末の話もからんでくるんですが、ねたばらしになりますので、エス・ギの15章(最終章)あたりでまた書きます。

[524] Re:入試問題 投稿者=真理子 掲示日=2011/02/28(月) 09:49:43 ここから閲覧

 さらに言わせてもらえば、今回カンニングをした学生って、ネット社会にあっては優秀な人材なんじゃないかしら。ちゃんと試験時間内に答えを得られているんですから。掲示板に書きこんだからって必ずしも答えが得られるとは限らないし、試験時間内に答えがもらえなきゃ意味がないんだから、すぐに答えの得られそうな掲示板を選んでいるっていうのもネット社会では必要なスキルですよね。
 以前、ある大学の先生のブログで、この歌の歌詞が聞き取れないっていうのがあって、聴いてみたらシューベルトの菩提樹なんですよね。その先生、一応ドイツ畑なんで、菩提樹を知らないっていうのもどうかなって思いますけど、まあ知らないことを知らないと正直に言えるだけましよね。で、歌詞ののっているサイトをリンクしてあげたんですけど……
 数ヶ月たってその先生のブログを見たら、私の書いたリンクが一時的なもので、リンク切れになってて読めなかったらしく、読めない読めないってぼやいてた。やがて別の人が教えてあげたみたいなんですけど、でもね、私は、シューベルト(Schubert)の冬の旅(Winterreise)の5番目の「菩提樹」(Der Lindenbaum)、作詞者はWilhelm Müllerって書いてるのよ。こういうので検索すればすぐに見つかるじゃない? 2ちゃんねるなら「ぐぐれカス」って罵倒されておしまいよ。ネット時代にあってはこういう先生はダメよね。
 明日までに論文を書かなきゃいけないとか、講義の準備をしなきゃいけないとかで、すぐにでも答えがほしいときに、適切な掲示板を選んで質問して答えを得るっていうのは、学問をする上で必要なスキルだと思うんで、だから私は、こんな先生になるくらいなら、今回カンニングをした学生に軍配をあげます。

 大学院の入試だと、辞書持込可、電卓持込可なんていうのもあるんで、いっそ何でも持ち込み可にして、高度な出題をするっていう手だってあります。そして論文を書かせて直後に口頭試問すれば、その学生の総合的な実力がよくわかるんで、今後は入試もそういう方向に進んだほうがいいんじゃないかしら。

[523] 1コリ5-6章 投稿者=真理子 掲示日=2011/02/27(日) 14:52:38 ここから閲覧

http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=1co&chapter=5&mode=0
 先週(3-4章)は、「パウロもたまにはいいことを言うわね」とほめたんですけど、ここはまたパウロらしい偏狭な意見を言ってますね。1コリってこういうふうに、いいことを言ったかと思うとひどいことを言うっていう波のくりかえしですね。
 信者の中から悪者を排除しろ(5章)ですって? 罪をさばくのは神様であってあんたじゃないのよ。6章じゃ遊女差別と同性愛差別発言をするし。ま、パウロも時代の子なのよね。
 そんなわけでこういうところは、適当に割り引いて読まねばならないところです。ファンダメンタルなかたがたは、聖書のこういう記述を根拠に、同性愛差別を肯定する人もいるようですけど、そんなことじゃ現代人には通じないです。
 真理子の友達には風俗で働いてる子も数人いますし、同性愛者もいますんで、今日のところは読まなかったことにします。

[522] 入試問題 投稿者=真理子 掲示日=2011/02/27(日) 14:41:24 ここから閲覧

 2月25-26日に国公立大学前記日程の2次試験。だんなも私も一応国公立大卒業ですから、なんかかつかしいですけど、いまは入試問題漏洩のニュースが報じられてますね。試験中に問題をネットの教えて掲示板に投稿しちゃう。携帯電話が広まって、ネットアクセスができるようになると、いつかはこういうことが起きると思ってましたけど、案の定という感じです。
 でも、言わせていただければ、今回の事態は大学が悪いです。携帯電話の持ち込みを禁止していなかったんですもの。試験監督だってイイカゲンだったに違いありませんわ。
 キリスト教の立場からすれば、人間は罪深いので、ほうっておくとこういう悪いことをしちゃう。だからこそ悪いことをさせないように、管理をしっかりしなきゃいけないんです。「我らを試みにあわせず、悪より救い出したまえ」ですよ。絶対に不正ができないようにしっかり監督しなきゃダメよ。

 ところで、外国語ヲタの私としては、東大の外国語の問題をねらってるんですけどね。東大の外国語は英・独・仏・中のうちから選ぶんですけど(あらかじめ届出たもの。試験場で変更は不可)、問題の一部を、英・独・仏・中・露・西・朝の中から「その場で」変更できるんです。こっちのほうが簡単だと思えばぱっと変更できちゃう。高校生のくせに第二外国語、第三外国語……をやってるこまっしゃくれた語学ヲタを優遇してやろうというわけです。
 ですが、河合塾も駿台も、この部分の問題をネットにあげてないんですね。いわゆる赤本(教学社から出ている過去問題集)には掲載されてますけど、値段が高くて買う気がしないわ。
 ネット時代なんだから大学がちゃんと過去問をアップすればいいと思うんですが……、と思っていたら、東大は過去三年分ちゃんとアップしてますね。
http://www.u-tokyo.ac.jp/stu03/e01_04_j.html
 でも見たら、外国語の問題はすべて非公開。著作権の関係ですって。困ったもんだわ。
 たしかに外国語や国語は問題本文に著作権が残ってる可能性が大なんですが、大学入試問題っていうのは著作権法の特例で、本文の作者に事前のおうかがいをたてる必要はないんです。大学は自由に作問できちゃう。でもそれは入試までの話で、過去問題集として掲載したりするときには、本文の作者の同意が必要。で、2000年ごろから、本文の作者がごねて、赤本などの過去問題集に特定年度の一部分だけ掲載できなくなってしまったケースがちょこちょこ発生してるようです。
 以上、この部分は、予備校の先生をやってただんなからの情報ですけどね。
 まったく著作権って困ったものですわ。

[521] Re:スマートフォン 投稿者=真理子 掲示日=2011/02/27(日) 12:49:03 ここから閲覧

 AdobeからAndroid用Adobe Readerが昨年5月に出てますね。失礼いたしました。
 IS03の時代は最初からインストールされていなかっただけで、最新機種だと最初からインストールされているらしいです。
 これでスマートフォンでもPDFを見られるようになって便利ですけど、デフォルトの状態では、PDFを見ようとすると、有料アプリのインストール画面になっちゃうんで、知らないで買っちゃう人も多いかも。私もあぶなかったわ。
 電卓にしろパソコンにしろデジタル腕時計にしろ何にしろ、出始めのころってものすごく高価なわりに機能が貧弱で、激安高性能になった後からふりかえると、最初に買った人ってバカだなぁという感じですけど、そういうおバカさんのおかげで製品が進歩するんだから、おバカさんは必要なんですね。
 まだまだスマートフォンって発展途上で、いま買う人は私を含めておバカさんって気もするけど、
まあバカならバカでもいいわ。

[520] 日本語活字ものがたり 投稿者=真理子 掲示日=2011/02/26(土) 16:17:21 ここから閲覧

 ラジオ好きじゃなきゃぜんぜん知らないと思いますけど、NHKラジオ第二放送で「私の日本語辞典」という番組があります。
http://www.nhk.or.jp/r2bunka/nihon/
 月単位でさまざまな形で日本語とかかわっている人をゲストに迎えてお話を聞くというものです。
 今月の小宮山博史さんは活字の話なんですけど、これがものすごく面白かったです。
 聖書にもかかわってくる話です。
 私たちが普通に目にしている明朝体っていうのは、実はヨーロッパで作られたもの。活字を発明したのは中国ですけど、その後中国では活字はあまり用いられず、むしろヨーロッパで活字文化が花開いたんですね。で、ヨーロッパで東洋への関心(東洋学とか、キリスト教の布教とか)が高まるにつれ、漢字の活字がヨーロッパで作られた。特に重要なのが、上海の美華書館という聖書の印刷所で、ばべるばいぶるにあげてあるものではモリソンの聖書がそこで印刷されたものです(ブリッジマンも当初は美華書館ですが、ばべるにあげてあるものは日本で出版された訓点つきのものなので違います)。日本に来た活字はここで使われたものなんです。
 明朝体は直線を基調としているので、楷書より活字化しやすく、漢字になじみのないヨーロッパ人が活字を作るのにラクだったんですね。これしか書体の選択肢がなかったので、日本の活字も必然的に明朝体になった。
 で、明朝体という呼び方をしているのは日本だけなんだそうで、中国では宋体っていうんだそうな。ああ、だからGBコードのフォントの名前がMS Songだったのね。
 明朝体を美しく見せるために目の錯覚を利用してデザインを工夫しているとか、ヨーロッパでは日本の連綿体(続け字)の活字まで苦労して作ってた(たしかにばべるにあげているNブラウンの聖書とかそうですよね)とか、面白い話がいっぱいでした。
 今日が最終回ですけど、聞いてない人は、メールくださればMP3であげますよ。ホントは違法ですけど。
 でも、この人の『日本語活字ものがたり』
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/4416609027.html
を買って読んだら、ここに書いてあることをしゃべってるようなんで、とりあえずはこれを買ってお読みになることをおすすめします。

[519] マルコ1-2章 投稿者=真理子 掲示日=2011/02/26(土) 11:09:28 ここから閲覧

http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=mar&chapter=1&mode=0
 本日から福音書はマルコ福音書が始まります。
 福音書はマタイ、マルコ、ルカ、ヨハネという順序なので、書かれたのもこの順序だろうと思っている人がけっこう多いようですが、実際にはマルコのほうが先で、マタイとルカがマルコを下敷きにして、別の資料も加えて書いたという関係になっています。
 ですから、学問的な翻訳では、マルコのほうを先にすることもあります。岩波もそう、岩波文庫の塚本訳もそう、田川訳もそうです。
 他人の本を下敷きにして自分の本を書くときは、都合の悪い部分は修正するのが普通ですから、マタイやルカに書かれていることがマルコにあって、微妙な違いがあるというときは、マルコのほうをもとと考えるべきです。
 マタイやルカにくらべて、マルコは非常に素朴です。一種のリアリズムを感じます。
 たとえば今日のマコ1:10で、イエス様が洗礼を受けたときに、聖霊が下ってくるのを「ごらんになった」とあります。この書き方は、実際には下ってこなくても、ご本人にそう見えたのであればウソにはなりません(マタ3:16もそうですけど)。これがルカだと(ルカ3:22)、「聖霊が~下り~声がした」と、客観的にそういうことがあったという話になっています。
 イエス様の誕生物語もなければ、復活だって単に「女たちは、墓がからっぽで、そこにいた天使らしい男に、イエス様が復活したと言われてこわくなって逃げた」だけです(マコ16:4-8)。さすがにこれだけではマズいと思ったのか、マコ16:9-以降に誰かが加筆をしていますけどね。
 そして、素朴というより不思議、読みようによっては不気味なニオイさえするのがマルコです。
 たとえば今日のマコ1:40-42、らい病人をいやしてあげる話。よく翻訳の底本に使われるネストレ・アーラントでは「深く憐れんで」となっているのですが、異本では「怒って」となっており、田川先生はそれを採用しています。らい病人のせりふの「みこころでしたらきよめていただける」っていうのは、遠慮ともとれますが、とりようによっては「あんたなんかにホントに治せるもんかね」みたいな失礼な言い方ですから。イエス様ってけっこう怒りっぽいんですよ。
 こういうものも包み隠さず書いているのがマルコです。
 イエス様の話をみんなが伝えているうち、だんだん尾ひれがつくいっぽうで、まずい話がカットされる。そういうのを一番うけておらず、もともとのイエス様のエピソードに近いものをマルコは伝えているので、異様なところもあるかもしれませんが、しっかり読んで行きましょう。

 マルコが福音書を書いた西暦60年ごろというのは、イエス様の受難があって30年、そろそろ「なまのイエス様を見た」弟子が少なくなりつつあるころです。それでもエルサレムには、なまのイエス様に接した弟子がいて、「お前らそんなこと言ってるけど、イエス様はそうは言わなかったぞ」みたいに権威をもっていたりします。ですからそういうエルサレムの教会への対抗勢力だったマルコが、イエス様のエピソードを伝記風に記し、かつ、弟子たちの怠慢さ(イエス様の教えを弟子は理解しなかったとか、受難前のイエス様の苦しいお祈りの間に弟子は眠りこけていたとか、受難のときに弟子はみんな逃げたとか)を暴露しています。そういう一種の過激さがマルコにはあります。