真理子の聖書日記 真理子の聖書日記

このサイトを作りながら、聖書を読みながら真理子が考えたことです。
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[875]使徒1-2章
投稿者=真理子
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掲示日=2011/09/10(土) 07:58:12
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http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=act&chapter=1&mode=0
 土曜日は福音書を読んできましたが、今日からは使徒行伝。聖書によっては「使徒のはたらき」「使徒言行録」「初代教会」など変わったタイトルをつけています。
 著者はルカ。冒頭にあるように、ルカ福音書の第二巻というわけです。ルカ自身はこの2巻の著作を何とも呼んでいません。ということはルカ福音書を「福音書」なんて一度も呼んでいませんし、使徒行伝を「使徒なんたら」とも呼んでいないわけです。このことは田川先生がいろいろ言ってます。特に今週やっと出た使徒行伝では(p.679)、使徒行伝の著者が一度もパウロのことを「使徒」と呼んでない、呼ぶとしても例外的にバルナバと列挙して呼んでいるだけだ使14:4,14ということを指摘しています。
 いずれにせよイエス様の言行については情報源が4つもあったのですが、使徒たちのことは、書簡の一部にちらちらと出てくることを丹念に読むというのもありますが、基本的に使徒行伝を読むしかありません。

 さて、復活したイエス様はしばらく地上に滞在していたのですが、40日めに天にのぼっていってしまいます。ウルトラマンの3分間よりははるかに長いとはいえ、この地上は、一度死んだ人にとってはよっぽど住みにくいのでしょう。今でも教会ではこの日を祝いますが、木曜日になるためあんまりはでなことはしません。ここから後にいうペンテコステまでは親分がいないわけでして、弟子たちはさぞや不安だったことでしょう。カトリックではこの9泊10日間は連夜のお祈りをするらしいです。
 そんな中で欠けた12人めの弟子を選任。しかし、使1:18のペテロの発言によれば、ユダはずいぶん悲惨な死に方をしたようですね。そういえばルカ福音書ではユダの最期の話は書かれておりませんでした。あとはマタ27:3-5によれば首吊りらしいんで、かなり矛盾してますね。たった数日しかないのに、もうこうやって話には尾ひれがついてしまうようです。
 で、第2章になるとペンテコステ。弟子たちに聖霊が降臨して、いろんな言語をしゃべりはじめます。その画像は
http://mmbox.seesaa.net/article/109686664.html
だとかわいいんですけど、リアルに考えたらべろべろって汚そうですね。日本人は言語活動の象徴を「口」といいますが、あちらさんは「舌」ですからね。
 で、このいろんな言語、地名のようにも読めますが、文脈的には言語リストですね。当時の世界の言語一覧表みたいになってるんですが、ユダヤというのははあるのに、肝心のギリシア語がないっていう話を加藤隆さんが指摘しています。そのくらい、エルサレムではギリシア語のほうが当然で、むしろヘブライ語・アラム語のほうが珍しかった(ガリラヤ出身の弟子たちはなまりがひどくて標準的なことばがしゃべれなかったという意味もあると思います)ってことですね。
 さあて、これで弟子たちは力を得て宣教を始めるのですが、2章の最後によれば、当初は原始共産制。もちものは全部共有、必要に応じて分け与えたようです。財産全部出せなんてこれはカルトですねぇ。もっともこの制度はすぐに崩壊、使徒行伝の中でも少しずつ変化していきます。こういう教会の経済体制に着目しながら読むというのも面白いものです(これも加藤隆先生の視点)

[874]オバデヤ書、シラ書41章
投稿者=真理子
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掲示日=2011/09/09(金) 07:40:59
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●オバデヤ書
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=oba&chapter=1&mode=0
 旧約聖書中一番短い書。たった1章。たった21節しかありません。
 先日の日曜日は新約聖書中で一番短いフィレモンの手紙を読みました。私たちは、こんなに短いものが聖書として採録されたってことは、山椒は小粒でもぴりりと辛いみたいに、なにかすばらしいものが凝縮されているんだろうって思うわけですけど、見事に裏切られてしまいました。奴隷解放みたいに猛烈に拡大解釈しないと、何これみたいな内容でしたよね。
 今回のオバデヤ書もまさにそう。
 時代は諸説あります。新聖書注解は、エルサレムが攻撃されていたときにエドムが敵対していた時期という手がかりから、南5代目ヨラム王(849-842)のころだろうということにしています。
 で、今も見たように、イスラエルの民の宿敵エドム人に対する預言がオバデヤ書。悪いことをしたエドム人が滅びて、イスラエルの捕囚の民が解放されて王国が栄えるという話です。
 でも、エドム人なんて今はいないですし、そんな昔の民が滅びる話なんか読んでもおもしろくありません。拡大解釈したところで「悪い奴は滅びる」というような話でしかありませんからね。
 旧約聖書がつまらないときは、引照つき聖書で読んで、新約のどこで参照されているかを調べながら読むという手がありますけど、オバデヤ書はあまりにつまらなすぎて、新約でもいっさい参照されていません。
 しかたがないので、旧約聖書の他の部分との関係で読んでみたところで……
 エドム人というのはエサウの子孫ということになっています。エサウというのは創世記25章で出てきましたね。おなかがすくあまりヤコブに赤い豆スープをねだって長子権を放棄しちゃう。でもヤコブだってその後、汚い手を使って父イサクから祝福を奪っちゃうわけですから、どっちもどっちじゃん。
 エドムの中心都市はテマン。テマンといえばヨブ記のテマン人エリファズ、第一の友人として出てきました。あの人もエドム人だったわけですね。
 ……うーむ。つまらないわ。
 まあ、聖書の記述の意味がわからなかったり、反感を抱いたり、つまらないと思ったときに、一番いいのは「ほうっておく」ことです。今はつまらなくても、将来ひょっとしたら面白く読めるときが来るかもしれません。そうなるまではヘンな解釈をせずに正直に「つまらないや」と思っておけばいいんです。

●シラ書41章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=sir&chapter=41&mode=0
 後半は次章とセットで「恥じよ」シリーズ。こういうことはやめましょうという話がいっぱい続いてます。
 個人的には「父母の前での不倫を恥じよ」がぎくっときます。いえ、私のエロぶりが父母にばれたということはないんですが、以前申しましたかしら、私、学生時代につきあっていた人と卒業とほぼ同時に、父親の反対をおしきって結婚しまして(もうこのときは母は死んでおりました)、すぐ離婚しちゃったんですね。別にこのこと自体は不倫じゃないんですけど、それまでも憎み続けていた父と、以来音信不通ですから。私にも後ろめたさがあるのかもしれません。