真理子の聖書日記
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[861]詩編111-113編
投稿者=真理子
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掲示日=2011/08/31(水) 06:05:07
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http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&bible1=bhs&book=psa&chapter=111&mode=0
今日の詩は3つとも「主をほめたたえよ」で始まります。「主をほめたたえよ」ってハレルヤです。新共同訳や新改訳だとそう訳してますが、口語訳はなぜかそう訳してませんね。
ハレルヤって聖書にいっぱい出て来そうで、実は詩編と黙示録にしか出て来ません。新共同訳や新改訳はどちらもそう訳しているのに、口語訳は、黙示録はハレルヤと訳し、詩編はそう訳してません。旧新約の連絡がうまくできてないみたいです。
ついでながら新世界訳ではハレルヤって訳さないんですね。旧新約とも「あなた方はヤハを賛美せよ!」です。なんででしょう?
今日は右側にヘブライ語のBHSをつけました。111編と112編は実はいろは歌なんですね。各行の冒頭がヘブライ語の22の子音、
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で始まるのです(各行つなげちゃうと右から左に流れるのでとりあえずこのままにしておきます)。
哀歌もそうでしたね。でも哀歌みたいに22節になってると「もしや」と思いますけど、今回みたいに複数行がまとめて一つの節になってると、翻訳で読んでる限り絶対に気づきませんよね。いや、ぼけっとしてるとヘブライ語で読んでても気づかないかもしれません。いろは歌になってるところは全部そう書いてほしいですね。
いろは歌については、前に哀歌のところで書きましたけど([672])、こういう形式にのっとるからこそ感情が強まるってことがあるようです。形式的なものは感情にとぼしく、自由な形式のものこそが自然な感情の吐露だって現代人は考えますけど、そうじゃないみたいです。
3つとも交読文にはとられてませんけど、内容的にはこういうものこそ交読文に入れるべきじゃないでしょうか。111編の最後「主を恐れることは知恵のはじめ」って箴言にもあったような名文句もあるし、3つとも主は私たちを守り幸せにしてくれるっていう、おめでたい内容じゃありませんか。13編の最後「子を産まぬ女」ってところは私はギクっとしますけどね。早く私をお母さんにしてちょうだい。
[860]歴代誌下1-5章、シラ書36章
投稿者=真理子
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掲示日=2011/08/30(火) 07:22:48
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●歴代誌下1-5章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=2ch&chapter=1&mode=0
歴代誌は下に移り、今週と来週でソロモンの治世の話です。
すでに見たように歴代誌は王様ばんざいで、スキャンダルは一切報じません。王上3には、政略結婚で異教の女とも結婚したとか、例のソロモン版大岡裁き(っていうかこちらが本家のはず)の遊女の争いとかがありました。王上11には偶像崇拝も許容したとか、反乱がいろいろ起きたとかありますが、そんなものは一切書きません。ダビデの計画した神殿の建設を実行にうつした話を中心に、ひたすらいい王様として描きます。今日のところはほとんどこの話しかありませんね。
●シラ書36章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=sir&chapter=36&mode=0
31章以来ギリシア語写本の章節がぐちゃぐちゃしていてやっと36章で正常化します。その関係で、ゲッチンゲン版LXXでは14節と15節がありません。うちのLXXはドイツ聖書協会のラーフルズ版なのでこのあたりの処理がちょっと違います。外典は底本によって章節がまちまちでなかなかうまく対応しません。
ただ、シラ書は同じ章の中で突然内容が変わったりします。
22節まではお祈りですが、そのあとは食べ物の話や女の話。「食べ物だったら何でもいいとはいえおいしいものとそうでないものとがある」という23節と対応して、「女はどんな男にも身を任せるがいい女とそうでない女の違いはある」っていうの、意図はわからないでもないですが、ちょっとひどくないですかね。え、お前はどんな男とも寝るじゃないかって? そんなことないわ。私にも選択権はあるのよ。