真理子の聖書日記
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このサイトを作りながら、聖書を読みながら真理子が考えたことです。
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[858]民数記21-24章
投稿者=真理子
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掲示日=2011/08/29(月) 06:52:00
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http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=num&chapter=21&mode=0
エドム人が通行を許可してくれなかったために迂回するイスラエルの民。でもその割には、このあたりとの部族との戦いで勝ったりもしてるんですね。
エドム人には勝ち目のなかった彼らも、モアブ人にはずいぶん脅威だったみたいです。
そこでモアブの王バラクは、占い師バラムを呼び寄せます。こいつらを呪ってくれというわけですね。ところが神様がバラムのところにあらわれて、行っちゃいかんという。それでもバラクからぜひ来いと乞われたので向かおうとすると、ろばがなかなか動こうとしない。ろばをぶったたいているうち、神様の使いがバラムの前に現れる。ここまで来たんだから(とは書いてないけど)、どうせだからちゃんとバラムのところへ行って、彼らを呪うことなんてできませんとか言わせようってわけですね。実際、バラムはバラクの前で、イスラエルを呪うどころか祝福し、今後の周辺諸国の運命を預言して帰っていきます。
なあんかばかばかしい話。くだらない作り話ね。もちろん神話なんて全部作り話なんだけど、もっとましな話を作りなさいよって感じです。
でも今日の話は、一箇所、まったく読み過ごせない重大問題があるんですね。
21章でエドムを迂回していた民がぶつぶつ言うので神様が蛇を放って民を殺し始める。あわてた民がモーセにとりなしを依頼、神様はなんと、蛇の像を鋳造して仰ぎ見させたら民は助かる、と指示し、そのとおりになります。
何これ? これって偶像崇拝っていうもんじゃないの? 神様がじきじきに十誡破らせちゃダメじゃないの? いくつか注解見ても、神様のこの指示の問題性を誰も言わないのよね。神様が言ったから何でもいいわけ?
実際この青銅の蛇は、その後も長くイスラエルの民の守護神になります。代下18:4を読むと、南王国のヒゼキヤ王(南13。BC715-687)の宗教浄化のときにアシェラ像なんかと一緒にうちこわされています。
実のところは、イスラエルの民が昔から信仰していた、蛇よけの蛇の像の話を、あとから聖書に取り込んだんでしょうけど、まったくヘンな話だわ。
[857]テトス(全)、シラ書35章
投稿者=真理子
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掲示日=2011/08/28(日) 07:42:54
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●テトスへの手紙1-3章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=tit&chapter=1&mode=0
1テモ、2テモ、そして今回のテトスで「牧会書簡」がおしまいです。いずれも、初期キリスト教団の運営に関する話題が主となった書簡。著者はパウロということになってますが、すべてなりすましです。
テトスは短いので今日1日ですべて読んでしまいます。
他の信者を指導する立場にある監督は生活をしっかりしろ、異端に注意しろ、信者にはこう応対せよ……、言ってることは今でも通用するような教えで、それだけに、人によってはとてもつまらなく思うかもしれません(わざわざ聖書に書いてなくたって誰でもこう思うしね)。ただ、当たり前のことを当たり前に言うっていうのも大事なことですからね。だって人間、当たり前のことがえてして出来なかったりするものですから。
しかし今日のテトスは、著者の意図しなかったところでとても有名になってしまった部分がある、その意味ではトンデモ本の定義どおりのトンデモ本と言えるでしょう。トンデモ本の定義はWikipedia参照。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%83%B3%E3%83%87%E3%83%A2%E6%9C%AC
テト1:12-13。クレタ人はみんなうそつきだ、とクレタ人の預言者が言ってるのは正しい、というくだりです。ここがいわゆる「クレタ人のうそつき」という自己言及のパラドックスとして論理学関連の本で非常に有名になっています。
テトスのいう預言者とは、BC600ごろのクレタ人哲学者エピメニデスのことです。だから預言者といってもユダヤ教・キリスト教関係じゃありません。昔のえらい人がこういう有名なことばを言った、程度に読みましょう。
私たちはついつい、「絶対の真理は存在しない」とか言っちゃいます。私も「わかりやすい教えはすべてうさんくさい」とか言っちゃいますけど、それが自分自身にもふりかかってくるとパラドックスになっちゃいます。聞き手は心の中で、こいつおバカなことを言ってる、とあざ笑っていることでしょう。
私たちは人のことしか見えず、自分のことはついつい見落としてしまうので注意、というふうに思っておきましょう。
●シラ書35章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=sir&chapter=35&mode=0
神様に祈るときはてぶらではいけません。ちゃんと献金をしましょう。すばらしい言葉ですね。何かというと献金献金、十分の一持ってこいっていう牧師、あちこちにいますよね。そういう牧師はマラ3:8なんかを根拠にするんですけど、もっと直接的にズバリ書いてるのがシラ書35章じゃありませんか。マラキ書なんかよりシラ書35章を全部週報に書いたらいかがですか。あ、もっともこういう牧師さんはたいていプロテスタントの単立教会とか弱小教派で、しかもこちこちの聖書無謬だったりしますから、外典なんか読ませないかもしれませんけどね。残念でした。