真理子の聖書日記 真理子の聖書日記

このサイトを作りながら、聖書を読みながら真理子が考えたことです。
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[834]中国語 新訳本の改訂
投稿者=HK. J.
掲示日=2011/08/13(土) 19:09:52
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MIXIの日記に、新訳本改訂のニュースを挙げておきました。いずれ、真理子さんのばべる・ばいぶるでも取り上げてもらいたいと思います。今年末には新約聖書部分が出版されるそうです。

ラザロ復活の件

旧約時代にYHWHさまは さんざん大量に人を死に追いやっていますよね。そういう「聖絶」された人々は、いずれ復活するんでしょうか? 死の苦しみ・痛みは、復活させてもらえれば、チャラになるんでしょうか?

そういう部分、新約のヨハネの記述にも発想の通じるものがあるように感じます。

[833]ヨハネ10-12章
投稿者=真理子
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掲示日=2011/08/13(土) 09:02:44
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http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=skd&book=joh&chapter=10&mode=0
 11章は「ラザロのいやし」と呼ばれるところですけど、どこがいやしなもんですか。はっきりいって「ラザロ見殺し事件」じゃありませんの? イエス様のなさることとも思えない大スキャンダルでしょう。
 だって、ラザロが病気だという知らせを受けても、イエス様は急ぐ気配もなし、それどころか、わざわざ2日間待ってから出かけるんです。
 その2日の間に何か危険なことがあって行くことができなかったというわけじゃありません。現に、2日後に出かけようというと弟子は「危ないからやめましょう」とひきとめたほどです。
 そしてイエス様は弟子たちに、ラザロが死んだことをはっきりと宣言します。病気だという知らせは来たのに、死んだという知らせは来ていません。超能力で知ったのでしょうか。
 そしてラザロの埋葬後4日たってようやくイエス様は到着。マリアやマルタに「先生がいてくださったら助かったのに」と言われながらもラザロを復活させます。
 ではなぜイエス様はわざわざ時間稼ぎをしたのでしょうか。
 4節にハッキリ書いてます。「この病気は死で終わるものではない。神の栄光のためである。神の子がそれによって栄光を受けるのである」。また15節には「わたしがその場に居合わせなかったのは、あなたがたにとってよかった。あなたがたが信じるようになるためである」と。
 わかります?
 いくら神様イエス様でも絶対に不可能なのは、生きている人を復活させることです。復活という奇跡、いやさパフォーマンス、いやさ手品を演ずるためには、被験者に死んでもらうしかありません。しかも、死後すぐに復活させたのでは、実は死んでなかったのではないかという疑いが残ります。マコ5:22-43とかルカ7:11-17なんかはその類でしょう。だからわざわざ時間稼ぎをしたのです。ラザロが墓に葬られ、屍体が腐乱しかけたころを見計らって出かけ、復活パフォーマンスを演じたわけです。
 これってひどくないですか?
 生き返ったからそれで万々歳というわけじゃないでしょう。
 死に際してラザロが味わった苦痛、遺族たちの悲しみを、イエス様はどう考えているのでしょう。自分が復活パフォーマンスを演じたかったから、それで「神様ってすごいんだ」と神の栄光があらわされ、弟子たちが信ずるようになるために、わざわざこんなことをしたんですよ。
 今こんなことをお医者様がやったら、結果的に完治したとしても、絶対に訴訟ざたになるでしょう。
 私は、こんなイエス様を信ずる気にはとてもなれません。
 聖書無謬説を信ずる人は、このエピソードをどうとらえてるんでしょうか。一人ひとり聞いてまわりたいです。ちなみに福音派御用達の『新聖書注解』は、わざわざ遅れて行ったことを脳天気に認めています。バカか!

 前回言ったように、変態ヨハネは、自分の言いたい事を言うためにイエス様の言動をねじまげるくせがあります。実際には不慮の事態でイエス様は到着が遅れたんでしょうが、それをヨハネがねじまげて書いたんです。
 パウロにも自分の言いたい事のためにいろいろヘンな理屈をこねるクセがありますが、パウロのほうはまだナマイエスを知らないのでヘンな理屈だけですみます。しかしヨハネは、イエス様の言動をだしにして書いているので、余計に罪深いです。

 12章ではもうマリア(ラザロの姉妹)の香油大量消費事件ですね。他の福音書では過越祭の直前ですが、ヨハネでは6日前。他の福音書では2日前です。いずれにせよ、もうイエス様の受難は近いんですね。でもヨハネはここからが延々と長い。イエス様の大演説が17章まで続きます。