真理子の聖書日記 真理子の聖書日記

このサイトを作りながら、聖書を読みながら真理子が考えたことです。
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[820]箴言19章、シラ23章
投稿者=真理子
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掲示日=2011/08/04(木) 13:24:21
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●箴言19章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=pro&chapter=19&mode=0
 なんか今朝は一昨日の衛星放送でやってた原爆=原発史観をまとめるのにかまけて、聖書通読を忘れてましたわ。1節「正しく歩む貧しい者は、曲ったことを言う愚かな者にまさる」。そう。これからは貧しくてもかまわないから、正しく歩みましょう。

●シラ23章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=sir&chapter=23&mode=0
 言葉遣いに関する話。13節「みだらで下品な言葉を口にするな。そういう言葉は罪である」。あらまあ、これは耳が痛いわ。でもね、下品な言葉でしか表現できないことってあるのよ。先日は「石女」という言葉を使ったのである方からご指摘をいただきました。その後たぶん意図は理解していただけたものと思っておりますが、聖書による差別の不当さを強調するには、こういう激烈な言葉を使わなきゃいけないことだってあるんです。

[819]詩編99-101編
投稿者=真理子
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掲示日=2011/08/03(水) 11:02:31
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http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=psa&chapter=99&mode=0
 今日の3つは短くていいですね。
 どれも有名ですけど、特に100編は、交読文にも入っていて有名です。
 日本には昔から叙事詩のような長い詩というのが発達しなかったので、こういう短い詩こそ詩らしいという感じがします。

 ところで思うんですが、詩編の中でも119編のような猛烈に長い詩とか、ヨブ記や預言書の多くのように詩の形で書かれた文書を、原文の改行位置を守って訳さなきゃいけないっていう発想はヤメにしましょう。これはかねがね主人が言ってるんですけど、インドのマハーバーラタというとてつもなく長い詩があって、これを上村勝彦先生という方がちくま学芸文庫で訳して、その途中で若くしてお亡くなりになったので未完のままになってます。この先生の訳し方って、完全に散文として訳してるんですね。いちいち改行するよりそのほうが読みやすい。どうせ原文の韻律なんて訳では表現できないんですから。
 それから、これはギリシアの叙事詩なんかでもそうですけど、同じ人のことをいろんな表現で呼ぶことがあります。たとえば王様に対する長い長いセリフの中で「大王よ」「敵を苦しめる王よ」「クルの息子よ」「バーンドゥ王の子よ」「バーラタよ」みたいに、目の前の王様に対していろんな呼びかけの仕方をしたりします。これは韻律あわせなんですね。意味なんかないんです。だって目の前の王様に言ってるんですから。インドの詩は、音節の数とか長短とかが決まってる。それを守るためにこういう無意味な語句を挿入するんですね。そういうのを上村先生は全部省略しちゃう。あるいは、「アルジュナよ」じゃなく「カウンテヤーよ(同一人物の別名)」となってても、「アルジュナよ」に統一しちゃう。これって超訳なんでしょうけど、そのほうが読みやすいんですね。
 そんなわけで、聖書の長い詩も、そういう超訳をしてくれれば、もう少し読みやすいんじゃないかって思うことがあります。
 ともあれ、短い詩は最高ですわ。