真理子の聖書日記
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このサイトを作りながら、聖書を読みながら真理子が考えたことです。
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[818]歴代誌上10-14章、シラ22章
投稿者=真理子
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掲示日=2011/08/02(火) 13:20:40
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●歴代誌上10-14章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=1ch&chapter=10&mode=0
最初から最後まで系図と名簿だけで終わるのではないかという感のあった歴代誌も、10章になるといきなり、どこかで読んだ話になりました。そう、ここからはサムエル記〜列王記の話と共通するものが多くなります。
たとえば13章、契約の箱に触れたウザを神様が殺してしまう話は、サムエル記下6章にありました。やっぱりこの契約の箱っていうのは原発だったのかしらね。
ですが、歴代誌を読むコツは、「書かれていないものを読む」こと。つまり、サムエル記や列王記に書いてあるのに歴代誌に書かれていない記事をリストアップしていくことです。そのことで、歴代誌の特徴が見えてくるのです。
逆に、歴代誌にあるのに、サムエル記や列王記に書いてないものを探していくのも大事です。
しかし、書いてあるものを読むだけでも大変なのに、書いてないものを読むというのは大変ですね。
「そんなの、引照つき聖書なら簡単じゃん。聖書本文を読みながら、引照欄が真っ白けになってるところを探せばいい」と思うかもしれませんが、引照はけっこう細かいレベルでつけてあるので、全体としてそのエピソードが書かれていなくても、人名や地名が出てくるだけでも引照が書かれちゃうことが多いので、けっこう大変です。やってみればすぐわかります。
新聖書注解(修道士の皆様は読めますよ)には、「サムエル記、列王記、歴代誌対照表」があるので、「あ、ここがどかんと抜けている」というところが、一方にあって他方にない話です。こういうものを使うとすぐわかります。でも新聖書注解のものは章・節だけなので、内容で読みたいところですね。内容で読めるのは、浅見定雄さんの『旧約聖書に強くなる本』(旧版なら修道士の皆様は読めます。新版は現在販売中です)です。
まず、歴代誌に書いてない話は、サウルとダビデの対立、それからサウル死後もダビデはサウル家のイシュ・ボシェトと対立したのでした。ダビデが全イスラエルを制圧するまでは、実質的に2王朝並立みたいになつていた時期があったのですが、そんな話がまったくありません。
逆に、歴代誌12章のダビデの勇士たちの話が、サムエル記にありません。
11章ではダビデの「三勇士」が出てきます。これはサムエル記下23章にもありましたが、歴代誌のほうは、ヤショベアム、エレアザル……、あれ、あれ、あれれれれ。三人目がありません。サムエル記のほうではヨセブ・バッセベテ、エレアザル、シャンマ。一人目の名前が違うじゃありませんか。しかも、歴代誌上11章でエレアザルがやった「麦畑防衛」は、サムエル記じゃシャンマがやったことになってます(ただし麦畑じゃなく豆畑)。エレアザルがやったのは「剣をしっかり握って戦いぬいたあまり剣が手から離れなくなった」ことじゃありませんか。どうみても歴代誌は、エレアザルの功績とシャンマの名前の部分がすっぽり抜けちゃったとしか思えません。なんだかな。
まあ、こういうふうにサムエル記(列王記)と比較して楽しむというのが、歴代誌の楽しみなんです。
●シラ22章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=sir&chapter=22&mode=0
なまけ者に関することわざがいっぱい。
ところで、1節の「汚れた石」っていうのは、どうもウンチを拭いた石らしいです。昔は紙で拭かないで石で拭いたのね。なんか痛そう。あ、でも砂漠では、砂で洗浄するっていうのがごく一般的らしい。モンゴルに行った友人(♀)は、すっかり草原でのおトイレに慣れてしまい、「これでなきゃイヤになる」と言っておりました。ウォシュレットみたいにさらさら落ちるらしいです。
[817]民数記5-8章
投稿者=真理子
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掲示日=2011/08/01(月) 10:29:34
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http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=num&chapter=5&mode=0
今日のところも困った話ですね。
いろいろ困った話があるんですが、とりあえず5章後半の姦通疑惑の判断のしかたにしぼりますわ。
これはイスラエル版のくがたち(盟神探湯)じゃありませんか。煮え湯の中の石を拾わせて火傷しなかったら無罪っていうやつ。そんなの絶対にに有罪になると思いきや、神職の家には、火傷をしないで石を拾う裏ワザが伝えられているらしい。「悪いことをやるとくがたちさせられるからやめとこう」という予防効果か、裁判官がこいつは無罪だと思ったらうまい手を教えてやるとか、そういうことだったんでしょうね。
イスラエル版のくがたちは、幕屋の床のちりの入った水(あとは、呪文を洗い落とすわけですからインクも入ってるんでしょう)を飲ませるんだから、たぶんみんな無罪だったのかしらね。ちょろいちょろい。
でもですよ、もしこれが猛烈に汚い水だったら、たとえば、食事中の方は申し訳ありませんが、ウンコの入ったものだとかだったらイヤだわ。私、オシッコは飲んだことあるんですけどね。ほら、サバイバルの状況になったらオシッコ飲んで助かったとか、生水よりははるかに衛生的な飲み水になるとかいう話があるじゃないですか。だから一度試してみようと思いまして、愛する主人のだったら飲めるだろうと思ってぐいっと飲んだんですけどね、すっごく後悔しましたわ。まぁ、いざというときには飲む肝っ玉がついたんでいいかしら。でもウンコはさすがにイヤです。以前、落語家の快楽亭ブラックさんの高座にゲストで出てらしたAV男優さんが、ウンコを食べるのが専門で、そういう体験談を話していらしたんで、いざとなったら大丈夫なのかもしれませんけどね。昔、パゾリーニ監督の『ソドムの市』にもそんなシーンが出てきてとってもイヤだった。
まあいずれにせよ、試されるのはいつも女なのよね。まったくヤハウェは男なんだからさ。困ったもんですわ。
6章のナジルびとっていうのは、人種じゃなくて、特別な誓いをたてることで神通力を得ようという人たちがいたんですね。ほら、あのサムソンがそうです。士13:5を読みましょう。