真理子の聖書日記 真理子の聖書日記

このサイトを作りながら、聖書を読みながら真理子が考えたことです。
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[807]2テサ1-3章
投稿者=真理子
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掲示日=2011/07/24(日) 11:24:29
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http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=2th&chapter=1&mode=0
 テサロニケの信徒たちへのもう一つの手紙。一応パウロ真正の手紙とされていますが、1テサとの関係はよくわかっていません。
 短い手紙なので、通読は今日一日でおしまいです。
 迫害の中でがんばっている教会への激励ですが、メインは2章。いつの時代もそうですけど「終末は近い」とふれまわる人がいるんですね。それをパウロは否定します。
 あれ、でも、パウロだって、生きてる間に終末が来るって言ってたんじゃありませんでしたっけ。しかも同じテサロニケにあてた手紙の中で(一テサ4:15 [796])。
 パウロによれば、ホンモノの終末の前には「不法の者」つまり偽キリストが現れるってことらしいです。悪いやつらはこの偽キリストにだまされて自滅していき、だまされなかった人が救われるというシナリオだと言ってます。
 今日のところでは、「働かざる者食うべからず」の出典となった二テサ3:10が有名です。これって聖書の言葉だったんですね。旧約聖書の考え方によれば労働っていうのは罰なんです。本来はしなくてよかったんですが、アダムの堕落によって人間は労働しなければ生活できなくなった(創3:17-19)というわけです。暑いメソポタミアではどんな労働もつらかったんでしょう。
 パウロによれば終末は生きている間にすぐにでもやってくるので、それまでの短い間に食いつないでいくことさえできればあんまり労働しなくてもよさそうですけど、労働をしないと怠惰な生活になり、最後の審判のときにマイナスポイントになるということで、労働を命じているのです。
 仕事がきついときは、遊んで暮らせたらいいと思うものですけど、働かなくなっちゃうとあっという間にぼけちゃいますからね。だんなの父親がまさにそう。私も何度もプーだったことがありましたけど、次の仕事を見つけるだの、気のあせりなどで、結局何もできませんでしたね。何か仕事をし続けて「ああ忙しい。休みがほしい」と言ってるほうが幸せのようです。

[806]ヨハネ3-4章、シラ17章
投稿者=真理子
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掲示日=2011/07/23(土) 11:07:22
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●ヨハネ3-4章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=joh&chapter=3&mode=0
 共観福音書(マタイ、マルコ、ルカ)に比べてヨハネは一言多い、ていうか、二言も三言も多いですね。共観福音書は具体的なエピソードの中にちらっと理屈が入ってるんですが、ヨハネは逆で、理屈の中にちらっと具体的なエピソードがあるという感じです。
 4章最後に瀕死の子どもを治すのが「二番目の奇跡」。あれ、4章まで来てるのにまだ二回しか奇跡をやってなかったんですね。あれ、一回目って何でしたっけ。2章の水を酒に変えたあれでした。それでもずいぶん読んだ気になったのは、そのくらいイエス様は理屈をくだくだと言ってるんですね。
 よく、ヨハネが好きな人と、他の福音書が好きな人と、二つにわかれる、と言いますが、こういう理屈が好きな人はヨハネが好き、具体的なエピソードから入るのが好きな人は共観福音書が好き、というふうになっているんでしょう。
 理屈というと難しそうですが、ヨハ3:16「神はそのひとり子を賜わったほどに、この世を愛して下さった。それは御子を信じる者がひとりも滅びないで、永遠の命を得るためである。」(口語訳)みたいな、抜き出して紙に書いて貼るのによさそうな短くて有難い言葉は、たいてい理屈の中にあります。具体的なエピソードは長くなってしまって抜き出しに不便ですからね。ヨハネが好きだという人の多くは、ヨハネにはこういう便利な言葉がいっぱいあるからなんでしょう。

●シラ17章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=sir&chapter=17&mode=0
 人の能力は実は神から与えられたもの、ということに関する言葉が並んでいます。これを忘れて勝手なことをやって破滅に瀕しているのが、原発事故ってことなんでしょう。