真理子の聖書日記 真理子の聖書日記

このサイトを作りながら、聖書を読みながら真理子が考えたことです。
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[801]箴言16章、シラ16章
投稿者=真理子
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掲示日=2011/07/21(木) 09:27:56
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●箴言16章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=skd&book=pro&chapter=16&mode=0
 種々雑多ですけど、傲慢を避け謙虚を説くことわざが目につきます。5節「すべて高慢な心を主はいとわれる。子孫は罪なしとされることはない。」、19節「貧しい人と共に心を低くしている方が傲慢な者と分捕り物を分け合うよりよい。」、32節「忍耐は力の強さにまさる。自制の力は町を占領するにまさる。」 非暴力思想にも通ずるような話もあるんですね。
 今のイスラエルの力にものを言わせる政策を見てると、ユダヤ人というのは力の信奉者のような気がしますけど、物事はいろんな側面があるんですよね。アメリカ文学史で必ず勉強すると思いますが、アメリカのユダヤ人文学のキーワードは、イーディッシュのshlemiel(どじで不器用なまぬけな奴)ですからね。どこか間の抜けたお人よしが主人公だっていうのが多いです。
 今日の部分を見ると、そんなことを感じたりします。

●シラ16章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=skd&book=sir&chapter=16&mode=0
 「子がいっぱいいたとしても、主に対する畏れがないならば、喜ぶな」。うちの主人も私も、親の信仰を捨てちゃったんですけど、そう思ってるのかしらね。二人とも母親は死にました。私はいまだに父親とは絶縁状態。主人のお父様とはいま二世帯住宅的に同居してます。私たちがけんめいに介護してるのでたぶん感謝してることでしょう。でも主人のお父様はもうかなりぼけちゃって、創価の南無妙法蓮華経も全然唱えなくなっちゃいましたから、今までの宗教的なケンカはいったい何だったんでしょう。最後には宗教よりは家族の絆よ。

[800]詩編93-95編
投稿者=真理子
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掲示日=2011/07/20(水) 10:40:25
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http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=psa&chapter=93&mode=0
 93編の大水というのは出エジプトの海が割れる話とかいうんじゃなく、一般的な海みたいです。この大海よりも神様は力強い、というわけで、でっかいものをあげて神様の偉大さをうたうという手法です。
 95編の「さあ、主にお祈りしよう」はいいんですけど、それまで「われら」が主語だったのに、8-11節はいきなり「あなたがた」と呼びかけられちゃいますね。10・11節の「わたし」って神様ですよね。ここは8-11節を大きくカギカッコにくくって、7節の「み声を聞くように」の内容がこれだ、と読むべきところです。
 戻って94編。「悪いあいつらをやっつけろ」というのは、今に始まった話じゃないですけど、やっぱり違和感ありますよね。詩編って敵に対してけっこう口汚いですから。ここは、悪い人間を殺せと読むのではなく、悪を一掃してください、のように読むといいでしょう。
 いまNHKラジオ第二の「カルチャーラジオ」水曜日のネタは、五十嵐正さんの『音楽が世界を動かす』。
http://www.nhk.or.jp/r2bunka/ch03/1107.html
ゴスペルとかフォークとか、詩の表面的な意味とそこに人々がこめた含意とがずいぶん違うってことがあるんですね。たとえば黒人霊歌の「ヨシュアは攻めたよジェリコ」なんて、敵をみなごろしにするヨシュア記の話をなんで黒人が歌うのかっていうと、自分たちの音楽を禁じられた彼ら(黒人は太鼓でコミュニケーションがとれるって知った白人が禁じたんですね)が許された音楽は、教会で歌う歌。その歌をうまく自分たちの境遇に引き寄せて歌う。本来は自分たちだって抑圧される側なんですけど、おれたちも苦労を乗り切れば安らかな生活になれる、というように。
 北朝鮮のポップスって首領様(金日成)将軍様(金正日)を賛美する歌ばっかりですけど、実はあれってラブソングなんです。「首領様、ピョンヤンの夜が更けました」なんていう歌詞に、実際には「いとしいあなた、夜も更けたわ。エッチしましょう」みたいな含意をこめるんです。
 そういう含意をうまくこめられるかどうかが、詩編を好きになれるかどうかなんでしょうね。