真理子の聖書日記
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このサイトを作りながら、聖書を読みながら真理子が考えたことです。
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[797]レビ記25-27章
投稿者=真理子
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掲示日=2011/07/18(月) 07:33:45
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http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=lev&chapter=25&mode=0
今日でレビ記はおしまいです。
25章はヨベルの年の話。7日に1日休む安息日のように、7年に1回、土地を休ませる安息年というのがあり、さらに7回目の安息年を大安息年とします。この大安息年の翌年はヨベルの年といって、これも安息年扱い(だから2年間も土地を休ませる)。レビ25:21-22によれば、「ちゃんと6年めに3年ぶんの大豊作にしてやるからさぁ」と神様は言ってますけど、ヤハウェさんの言うことなんかあてになりませんからね。これをホントにやったら、さぞや過酷な収奪をして収穫をたくわえておかなきゃね。休むのも大変なのよ。
そして各人はもともとの土地に戻ります。土地や家屋が売られていたら無償で返還され、借金も帳消しになります。奴隷も解放されます。徳政令ですね。
こうすることで、イスラエルの民は困窮のために散り散りになることはない、土地はもともと神様のものなんだからさ、というわけです。
まあ、大昔はどうだったか知りませんが、歴史記録がハッキリする時代以降にこういうことが行われたことはないみたいですけどね。
このヨベルの年(Jubilee)の話は、つまらないおどろおどろしい規定が延々と続くレビ記の中でひときわ輝く美しい規定として、クリスチャンの心をいたく刺激するようで、キリストの復活や再臨の象徴ととらえる人が多いようです。旧讃美歌263番がヨベルの年の歌で、
http://www.bekkoame.ne.jp/ha/mcc/praise/263.htm
http://www5b.biglobe.ne.jp/~chfujimi/hymn-263.htm
(音楽が鳴るので注意)私も昔うたった記憶が……
ところでレビ25:36-37で「利子や利息をとってはならない」については、昔mixiでHK. J.さんにご質問したことがありましたわね。だって「利子や利息」っていうくらいだから利子と利息って似てるけど違うはずなんですよ。
いまだにあんまり解決がついてませんが、せっかくDavidsonの語彙集
http://www.babelbible.net/davidson/davidson.cgi
を作ったこともありますので、あらためてひいてみましょう。
なお、英語の辞書も作ってありますのよ。
http://www.babelbible.net/kjvdic/kjvdic.cgi?mode=saito
斎藤秀三郎『熟語本位英和中辞典』です。往年の辞書ながら、最高の英和辞典です。豊田実の増補版が岩波から出てましたけどいま絶版。どうしてこういういい辞書を継承しないかしらね、岩波は。
さて、
利子:???????(ネシェク)
利息:?????????(タルビート)
利子(ネシェク)のほうはinterest(利息、利子)。ちょうどうまい具合に語根がすぐ上にありますけど、to bite(噛む)、to vex(立腹させる)、to oppress(暴力を以て人民などを抑圧する)、to lend(貸す)。よっぽど利子にはマイナスイメージがあるんですね。
利息(タルビート)のほうは???のところの一番最後にあります。これもinterestですね。語根の意味は、to be or become many, numerous,to multiply。to be or become great, or greater; hence to grow up also to be mighty, powerful(多くなる。偉大になる。力強くなる)というので、たぶんこっちは「暴利」「高利」という意味合いがあるんでしょうね。
ヘブライ語の辞書はやっぱり?????→???みたいに語根まで戻ってひかなきゃダメですね。紙媒体の辞書だとずいぶん離れたところに来ちゃって、名尾先生の辞書みたいなでっかいのだと大変です。やっぱり電子化すると便利ね。画像スキャンのいいかげんなやり方でも紙よりはるかに便利よ。
[796]1テサ4-5章、シラ14章
投稿者=真理子
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掲示日=2011/07/17(日) 10:11:25
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●1テサ4-5章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=1th&chapter=4&mode=0
馬鹿パウロの生活指導。
もちろん「清い生活をしろ」という指導が悪いわけではありませんが、馬鹿パウロの邪悪な点は、一テサ4:15にあるように、この愚かな男が、自分が生きている間にキリストの再臨=最後の審判がやってくると信じて疑わない、というところにあります。
つまり彼のいう清らかな生活をしろというのは、すぐに終末がやってくるんだから、それまでに罪を犯しちゃうと元も子もなくなる、ということなのです。
いわば「週明けには健康診断があるから、今週末は酒を控えておくか」という発想。
いや、それだけならいいんですけど、いまでも怪しげなカルト教団が(キリスト教の中の一部の教派もこれに近い主張をしたりすることがあります)、終末が近いとかいって、どうせお金は役に立たなくなるんだから献金しましょうとか、大学進学はやめろ、仕事はやめろと言ってるでしょう。パウロの指導はまさにこれなんです。
はっきり言います。当時のキリスト教団は怪しげなカルト教団です。
別の言い方をすれば、自然発生的でない創始者のいる宗教は、どこもかしこも、当初は怪しげなカルト教団から出発して、だんだん穏健な団体になっていくってことなんですけどね。
そういう穏健な団体になってからは、当初の過激な主張っていうのは、割り引いて解釈すべきなんで、ここも割り引いて解釈すべきところです。
清らかな生き方をしろというのは言うは易いですが、人間、生きてくためにはいろいろ汚れたこともしなきゃいけません。それに目をつぶって、清らかに生きろというのは、人生の重要な一面を故意に無視する、きわめてゆがんだ思想であると思います。
実際、イエス様は、汚れた生き方しかできない人々、罪を犯さねば生きていけない人々の側にたってくださったのではないのですか?
今日のところは、そういう根底の思想の邪悪さを除けば、少なくとも表面的には、紙に書いて壁に貼っておくのにふさわしい美しい教訓に満ち溢れていますから、そういう表面的な使い方にとどめておくことです。
●シラ14章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=sir&chapter=14&mode=0
死んだらお金も快楽もなくなっちゃいます。苦労してお金をためても、使うのは(息子かもしれませんがしょせんは)他人です。適度な範囲で楽しい人生を送ることです。