真理子の聖書日記 真理子の聖書日記

このサイトを作りながら、聖書を読みながら真理子が考えたことです。
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[768]列王記下16-20章、シラ書8章
投稿者=真理子
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掲示日=2011/07/05(火) 08:58:52
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●列王記下16-20章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=2ki&chapter=16&mode=0
 前回[739]は王様の年表だけで終わっちゃった感がありますが、今回はそうでもありません。なんかムラがありますね。
 南のアハズ(南12。BC735-715)はスリヤ(アラム)との戦争に際してアッスリヤ(アッシリア)と同盟します。王様との会見をダマスコでしたときにりっぱな祭壇を見たので、コピーを祭司ウリヤに建設させます(16章)。
 北はホセア(ホシェア)でした(北18。BC732-722)。BC722ってことはこの人が北最後ですね。えっ、そんな年代覚えてないって? ダメですね。このくらいの年号覚えましょう。前にも書いたと思いますが、
  BC922。南北分裂=国(92)は2つに分裂す。
  BC722。北滅亡=ちょうど200年続きました。
  BC587。南滅亡=だから言わな(587)いこっちゃない。
です。ついでに、ダビデの即位がちょうどBC1000年ごろ。バビロン捕囚は2回目から数えて60年つまりBC527年までと覚えると便利です。年代は異説もありますが、この覚え方が通じるこの流儀をお勧めします。なお、この覚え方は浅見定雄さんの『旧約聖書に強くなる本』の流儀。最近改訂新版が出ましたよ。
 さて、ついに北はアッスリア(アッシリア)に滅ぼされ、10部族つまりユダとベニヤミンを除く他の部族は各地に捕囚されてその民と同化して世界史から姿を消します。南はアハズにつづいてヒゼキヤ(南13。BC715-687)もアッスリアと友好関係を持ち続けて助かりますが、こっちも将来はいいことがなさそう。そんな話が17章と18章で長々と語られております。
 さて、こんなヒゼキヤを預言者イザヤは非難しますが、ヒゼキヤはけっこういい王様で、死の病について真剣にお祈りしたところ、神様はなんと助けてくれます。ちゃんと助けるぞというしるしとして、日時計の影が戻るという奇跡もおきます。しかし、列王記っていうのは、宗教的な話以外はちっとも関心がないので、ヒゼキヤのやった治水事業なんかは、代下32:30なんかを見ないとわからないというしかけになっております。列王記がちゃんといろいろ書いてくれたら、歴代誌みたいな似たような歴史書が聖書に入らず、37書ですんだんですけどね。え、それじゃ3?9=27(旧約39、新約27)って覚え方ができなかった?
 次はマナセ(南14。BC687-642)ね。あ、これは来週でした。

●シラ書8章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=sir&chapter=8&mode=0
 権力者と争うな。金持ちと争うな。保証人になるなかれ。今でもすぐに役立つ話がいっぱいよ。

[767]だから、おめぇらが言ったんだってば
投稿者=真理子
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掲示日=2011/07/04(月) 14:47:44
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 ルカ22:70の「おいらが神の子だっていうのは、おめぇらが言ってるんだぞ」ですが、……
 同様の言葉は、マコ14:62マタ26:64にあります。が、ちょうどルカ=マルコ+マタイっていう関係になってます。つまり、(以下、ギリシア語はアクセント類抜きますね。そのほうが文字化けしないみたいだから)

マルコ:おいらは神の子だ。??? ????(Yes. = 昔のギリシア語にはYes./No.に当たる言葉がないので「おいらは〜である」という文の形で答えています)
マタイ:おめぇが言った。??(お前) ?????(言った=アオリスト(過去)形ね)
ルカ:おいらが神の子だって、おめぇらが言った。?????(お前ら) ??????(言う) ???(〜と) ??? ????(Yes. = おいら〜である)

お前が単数か複数か、言うに当たる動詞や時制が違ったりしますけど、おおざっぱにはルカ=マルコ+マタイという感じです。
 ところが、田川建三先生は、マルコもホントはルカみたいに「お前らが言ってるんだ」となっていたと推定します。ネストレ・アーラントは上記のように単に「私は〜である」という写本を採用してるけど、ルカみたいになってる写本があるんですね。正確にはマタイっぽい??(お前) ?????(言った) ???(〜と) がついてるものがある。
 で、田川先生は、もともとシンプルな「はい、その通り」だったとすれば、そのほうが信仰的立場からすれば有難いはずのに、わざわざ「お前たちが言った」を付け加える理由がない、というのを主な根拠として、実はマルコにも「〜とお前が言った」がついていただろうと推測するわけです。

 あと、???にはもう一つbecauseの意味があるので「おいらが神の子だからこそお前(ら)はそう言うんだ」ととる考えがあります。ラテン語訳であるヴルガタはそうですし、ルターもそうです。インド・ヨーロッパ語の多くの言語では、「〜と」のときには「〜」部分は接続法という形を使うのが普通ですが、ギリシア語はどっちも普通の直説法みたいですね。だからなんともわかりませんけど、直観的にbecauseよりthatのほうが自然じゃないかしら。そういう「直観的に」っていうの、大事よ。