真理子の聖書日記
真理子の聖書日記
このサイトを作りながら、聖書を読みながら真理子が考えたことです。
真理子修道会の修道女/修道士の方のみ書き込むことができます。
掲示板運営方針(必読)
検索語[] ヒット数983
[767]だから、おめぇらが言ったんだってば
投稿者=真理子
メールを送る
掲示日=2011/07/04(月) 14:47:44
ここから閲覧
ルカ22:70の「おいらが神の子だっていうのは、おめぇらが言ってるんだぞ」ですが、……
同様の言葉は、マコ14:62とマタ26:64にあります。が、ちょうどルカ=マルコ+マタイっていう関係になってます。つまり、(以下、ギリシア語はアクセント類抜きますね。そのほうが文字化けしないみたいだから)
マルコ:おいらは神の子だ。??? ????(Yes. = 昔のギリシア語にはYes./No.に当たる言葉がないので「おいらは〜である」という文の形で答えています)
マタイ:おめぇが言った。??(お前) ?????(言った=アオリスト(過去)形ね)
ルカ:おいらが神の子だって、おめぇらが言った。?????(お前ら) ??????(言う) ???(〜と) ??? ????(Yes. = おいら〜である)
お前が単数か複数か、言うに当たる動詞や時制が違ったりしますけど、おおざっぱにはルカ=マルコ+マタイという感じです。
ところが、田川建三先生は、マルコもホントはルカみたいに「お前らが言ってるんだ」となっていたと推定します。ネストレ・アーラントは上記のように単に「私は〜である」という写本を採用してるけど、ルカみたいになってる写本があるんですね。正確にはマタイっぽい??(お前) ?????(言った) ???(〜と) がついてるものがある。
で、田川先生は、もともとシンプルな「はい、その通り」だったとすれば、そのほうが信仰的立場からすれば有難いはずのに、わざわざ「お前たちが言った」を付け加える理由がない、というのを主な根拠として、実はマルコにも「〜とお前が言った」がついていただろうと推測するわけです。
あと、???にはもう一つbecauseの意味があるので「おいらが神の子だからこそお前(ら)はそう言うんだ」ととる考えがあります。ラテン語訳であるヴルガタはそうですし、ルターもそうです。インド・ヨーロッパ語の多くの言語では、「〜と」のときには「〜」部分は接続法という形を使うのが普通ですが、ギリシア語はどっちも普通の直説法みたいですね。だからなんともわかりませんけど、直観的にbecauseよりthatのほうが自然じゃないかしら。そういう「直観的に」っていうの、大事よ。
[766]レビ記19-21章
投稿者=真理子
メールを送る
掲示日=2011/07/04(月) 09:30:04
ここから閲覧
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=lev&chapter=19&mode=0
19章は「レビ記の十誡(十戒)」といえるところです。父母を敬えとか、安息日を守れとか、そういう基本的な誡律を敷衍したような感じです。
例によって、「わたしはお前たちの神ヤハウェだ」っていうリフレインがしつこいですね。そのくらい重要なんでしょう。
20章はまたまた近親相姦の話、21章は祭司であるアロンの子、レビ族に関する特殊規定。あらまあ、身体障害があっちゃ祭司になれないんですね。レビ族で祭司になれないんじゃ大変ですね。
いろんなことが書いてありますけど、たとえば占い好きの女子(男もか)のみなさんは、占いはダメよ(レビ19:26)なんていうのはびっくりするかもしれません。雑誌の占いとかダメなのかしら?
mixiじゃかつてそんなこと言ってた人たちがいましたね。あそこは頭こちこちの福音派の巣窟、っていうより、そういう人たちって声がでかいんで目立つんです。大方のクリスチャンはもっと穏健なのに、ああいう声のでかい人たちが毒電波を発するので、クリスチャン全体がヘンな目で見られるんです。
何度も言いますが旧約聖書の律法は全部無効です。旧約聖書に書いてあるからといって無条件に守らなきゃいけないわけじゃありません。ああいう人たちは、自分の気に入らないことが聖書のどこかで禁止されてないかと探し出してくるのがうまいんです。たまたまレビ記に「占い禁止」ってあるからそれを盾にして占いを攻撃する。そういう人たちだって、神殿に羊とか牛とか山鳩とか持参するはずがないんですけどね。こういうのを「聖書のつまみ食い」というんです。
占いといってもいろいろ。雑誌の占いのようなお遊びはOK。ただし、あなたの有り金を全部まきあげるような悪質な占い師もいますんで、そういうのにひっかからなければいいんです。
私なんか生理中のセックス(レビ20:19)も、軽ければ平気でしちゃいます。重ければ私もつらいのでメニューを変えるとか工夫しますけどね。だいたいヤハウェって暴力的なくせに、血を食べるなとか、なんか血を嫌悪してますよね。よっぽど血を見たくないんでしょう。渡辺淳一さんによれば、女性は「これ以上出血すると死ぬ(60kgの人で1.5リットル程度)」っていう量を超えて出血しても平気で生きるけど、男はすぐ死んじゃうんだそうな。出血の致死量って、男と女の中間をとってるらしいです。女は血は平気だからね。
で、またまた近親相姦ネタですが、旧約聖書の律法は全部無効ですし、新約聖書で「ここまでは近親婚だからダメ」っていう規定はありませんから、クリスチャンとしては、聖書に根拠を求める限り、近親婚のタブーは存在しないことになります。現実のキリスト教社会でいろいろ規定されている近親婚のタブーっていうのは、聖書に根拠をもったものではなく、それ以外の根拠、たとえばキリスト教化する以前からその民族が持っていたタブーなどを継承あるいは改変して、それをキリスト教的なものだとみなしているに過ぎないものです。
母子、父娘、兄妹などはたいていどこでもタブーですけど、いとこあたりになってくるとまちまちです。うちはけっして近親婚を肯定するわけじゃありませんが、大事なのは、近親婚をしている民族を頭から反キリスト教的だと否定してはいけないってことです。頭こちこちの人はついついこういうことをしがちですからね。
レビ記の読み方は、そういう表面的な「〜するな」を読むのではなく、背後の精神を読むことです。たとえばレビ19:2みたいな「おいら(=神様)が聖なんだからお前たちも聖になれ」みたいなところを読むこと。レビ19:9-10みたいな「貧しい者たちのために全部収穫するな」というユニークな人道的規定を読んで「へぇ」と思うことです。