真理子の聖書日記
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このサイトを作りながら、聖書を読みながら真理子が考えたことです。
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[765]Re:ルカ22:70
投稿者=真理子
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掲示日=2011/07/04(月) 08:19:19
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どうも。ダブルアップの前のほうを消しておきましたわ。
たしかにそうなんですけど、その割に、私が?をつけた訳が、becauseの訳をしているかっていうと、あんまりそんな感じでもありませんよね。
???(オティ。すみませんが私は現代式発音です)って、どっちにしろその後の動詞が直説法ですよね。これが、becauseだと直説法、thatだと接続法とか言うんなら明確なんですけど。せっかくギリシア語には接続法っていう強い武器があるのに、どうしてこういう肝心なときに使わないんでしょうね。
あらまあ、ヴルガタじゃ vos dicitis quia ego sum. quiaだからbecauseだわ。
[764]詩篇の実際的な使い方
投稿者=HK. J.
掲示日=2011/07/04(月) 08:18:33
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ちょっと前後します。ごめんなさい。
#744で詩篇の味わい方のことをおっしゃっていますが、思い出すことがあります。
ユダヤ教では全てのことにふさわしい祈りの言葉があるそうですが、食事の感謝の祈りを、ユダヤ教は、「食べたあと」に唱えます。これを birkat ha-mazon というのですが、通常、詩篇126篇を導入として必ず唱えます。
宗教的なユダヤ人なら、食事のたびごとに唱えるでしょうし、安息日しか礼拝しないユダヤ人なら、安息日の晩飯の後にしか唱えないでしょう。
でも、定期的にメロディをつけて詩篇を「歌って唱える」ことを繰り返すのは、頭に残りますから、いろいろと連想することができて、味わいが年月とともに深くなるのでしょうね。