真理子の聖書日記 真理子の聖書日記

このサイトを作りながら、聖書を読みながら真理子が考えたことです。
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[740]聖書テキストのサイト
投稿者=HK. J.
掲示日=2011/06/29(水) 03:59:42
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なんだか、表示の奇妙なところがたくさんあるサイトですが、「中文標準訳本」とか、日本語「リビングバイブル」、現代ヘブライ語の「リビングバイブル(新約部分のみ)」とかが閲覧できるサイトがありましたので、ご報告します。

中文標準訳本というのはどうもシンガポールの華僑が中心となって、現代の普通話の語彙と文法で聖書を中国語訳しようとして出来たもののようです。自分は本で買いましたが、ネット上で見られるのだったら、買わなくてもいいくらい、そんなには特徴のない訳です。

リビングバイブル現代ヘブライ語版は、どうもデータがかけているようですが、たぶん書物としては絶版なので、貴重です。たとえ、クリックして表示されない部分があったとしても。ヨハネの黙示録で「主なる神」が Elohim Ha-Shem とか書かれていて、たしかにユダヤ人向けに訳されていることがわかります。

[739]列王記下11-15章
投稿者=真理子
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掲示日=2011/06/28(火) 11:19:22
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http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=2ki&chapter=11&mode=0
 このところ王様があんまり変わってませんでしたけど、今日は王様の移り変わりだけで終わっちゃうわ。なにしろ北が滅ぶ寸前まで行きますもの。
 まず南。[731]で書きましたように6代目アハジヤが北のクーデターに巻き込まれて死んじゃいますと、母のアタリヤが南唯一の女王として即位します(南7。在位BC842-837)。そして王族をことごとく殺そうとするんですが(だって彼女自身は王族じゃないですから)、王子ヨアシ(ヨアシュ)だけはアハジヤの妹にかくまわれて無事。彼女はずいぶん暴君だったんですが、このヨアシを擁立した大祭司エホヤダ(ヨヤダ)がクーデターを起こしてアタリヤは殺され、ヨアシが即位(南8。BC837-800)。ここまでが11章。ヨアシは祭司たちが献金の横領をしているのを許さず直接献金を管理して神殿を修理します。こんなにいい王様だったのにクーデターを起こされて死んじゃいます。まったくヤハウェって頼りない神様ね。ここまで12章。
 北はエヒウ(イエフ)の死(王下10:35)後エホヤハズ(ヨアハズ。北11。BC815-801)が即位。スリヤ(アラム)との戦いの絶えない治世。死後は息子のヨアシ(ヨアシュ。北12。BC801-786)。あれ、2年間ほど、北もヨアシ南のヨアシって時期がありますわ。死後はヤラベアム(ヤロブアム)2世。北13。BC786-746。このとき預言者エリシャが死にます。死ぬときに王様に東向きに矢を何度も放てと言ったのに王様が3回しか放たなかったので「スリヤ(アラム)に勝てるのは3度だけ」と預言したというオマレつき。まったく死ぬまでうるさいじいさんね。ここまで13章。
 一方南は、アマジア(アマツヤ)が即位。南9。BC800-783。父を殺した謀反人どもを殺したものの、その子までは殺さなかったということで評価されております(王下14:6)。この規定は申24:16にあり、エレ31:30とかエゼ10:2とかでは「父がすっぱいブドウを食べたから子の歯が浮くなんてことはないだろ!」なんて書いてます。今じゃ当たり前ですが昔は珍しい規定。いや、今だって東電の家族が肩身の狭い思いしてるとかいろんな話ありますから昔をバカにできないわ。申命記の規定って新しい律法が多いんで、たぶんこの時代に「父は父。子は子」っていうのが確立して、エレミヤやエゼキエルはそれを宣伝してるんですね。あとエゼキエルにはエゼ18:10-13もあります。
 こういう近代的な考えのいい王様なんですが、北と戦争して負けるなど、実際の治世はさっぱり。謀反が起きて殺されちゃいます。死後は息子のアザリヤ(アザルヤ)が即位(南10。BC783-742)。
 15章に入っちゃいますが先回りしてアザリヤの話をします。この王様、王下15:13,30ではウジヤと書かれてますが同一人物です。なんでこういうふうに2つ名前があるのかわかりません。一般にはウジヤのほうが通りがいいです。いい王様なんですがらい病に感染しちゃいまして、子のヨタムが政務を代行し、ウジヤの死後は即位(南11。BC742-735)。
 北はヤラベアム(ヤロブアム)2世でしたね。この時期が北の絶頂期です。悪い王様なのに絶頂期なのはこれいかにというので、王下14:25-27ではうだうだとわけのわからない弁明をしてますね。列王記はヤハウェを信ずる王がいい王様で、実際の治世がどうかなんて関係ないんですよね。ここまで14章。
 その後はゼカリヤ(ゼカルヤ。北14。BC746。六ヶ月)、謀反で殺され、謀反人シャルム(北15。BC745。一ヶ月)。また謀反で殺され、謀反人メナヘムが即位(北16。BC745-738)。このころからアッスリヤ(アッシリア)に攻められます。謀反で殺され、謀反人ペカが即位(北17。BC737-732)。アッシリアに大々的に攻められて多くの民が捕囚されちゃいます。謀反で殺され、謀反人ホセア(ホシェア)が即位(北18。BC732-722)。この人が北の最後の王です。
 南はらい病のウジア=アザリヤが死ぬと、それまでも実質的に王だった子ヨタムが即位。次は子のアハズ(南12。BC735-715)。ここまで15章。ああ疲れた。