真理子の聖書日記 真理子の聖書日記

このサイトを作りながら、聖書を読みながら真理子が考えたことです。
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[716]ルカ15-16章、知恵の書15章
投稿者=真理子
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掲示日=2011/06/11(土) 09:37:49
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●ルカ15-16章
http://bit.ly/lVm1jp
 ここはルカの中で一番おもしろいところですね。
 15章は放蕩息子の話です。
 で、この話の主人公は放蕩にふける弟のほうじゃなく実はお兄さんのほうなんですね。
 なにしろ、お父さんと一緒に毎日毎日まじめに働いていながら、ちっともお父さんからほめてもらえない。かわりに悪事を重ねる弟のほうは、お父さんから怒られるどころか祝ってもらえるんですからね。いったいどうしてなんでしょう?
 そして16章もヘンな話です。横領が発覚しそうになった家令が、もはやこれまでと思ったのか、横領のしほうだい。ところがほめられちゃうわけですからね。
 こんなふうに、聖書にはときどき、いや、けっこうひんぱんに、わけのわからない話が出てきます。
 仏教の経典にはあんまりこういうヘンな話ってないんじゃないかしら。いえ、創価なんか仏教だと思ってないんでシカトしますけど、岩波文庫から出てる『ブッダのことば』(スッタニパータ)とか『真理のことば』(ダンマパダ)とかちらちら読んでも、こういうヘンな話に出会った経験はありません。すらすらっと何のひっかかりもなく入ってくる。蒸し暑い日のビールみたいなものです。
 それに対して聖書っていうのは、こういう毒が随所にあって、なかなか苦労します。私の嫌いなゴーヤみたい。まあでも、子どものころに全然食べられなかったセロリが、今では中華料理を作るときにはたいていいれちゃうほど好きになったように、時がくれば私もゴーヤが食べられるようになるかしら。
 で、私が聖書を愛してやまないのは、こういう点なんです。すんなり入ってくる言葉もいいんだけど、こういうにがい言葉の意味をずっと考え続けながら生きていくっていうのも、面白いじゃありませんか。

 え、おまえの解釈はって? 長くなりましたんで改めて書きますわ。

 ちなみに16章後半はわかりやすいですね。わからん奴には何をいってもダメ。地獄に投げ込まれないとわからないんです。この期に及んでまだ原発推進とかいってる青森とか佐賀の知事なんか、福島みたいに永久の廃墟にならない限り、わからないんだろうなぁ。でもそうなってからじゃ遅いんだけど。

●知恵の書15章
http://bit.ly/jLlHMR
 偶像はダメよの続きです。前回に続きつまんないのでシカトします。

[715]エゼキエル書13-18章
投稿者=真理子
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掲示日=2011/06/10(金) 12:10:05
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http://bit.ly/jvufXV
 エゼキエル書はイザヤ書やエレミヤ書にくらべて視覚的で、ヘンな比喩をいってもイエス様とはちがって質問される前に先手をうって「これはこの意味、あれはあの意味」と解説してくれるのでわかりやすいですけど、それでも内容的には「お前ら罪を犯してると滅びるぞ」ですから、他の預言書とあんまり変わりませんね。え、エゼキエルはもう捕囚されてるって? エゼキエルは第一次捕囚で連れてかれた人なんで、この時点でまだユダ王国は残ってるんです。その点を頭にいれてお読みください。
 16章のように、ユダの民を娘にたとえる話なんかでも、意味バレバレで書いてくれるので、とてもわかりやすいです。しかし私のパパも私のことをこんなふうに思ってるかしらね。一生懸命育てたのにエロ女になりやがって、学生時代にヘンな男にひっかかって、オレの反対を押し切って結婚しやがって、いわんこっちゃない、すぐ離婚したじゃないか、とかね。まあそういうことが私にありまして、いまだに父とは勘当状態で音信不通。母は私が高校生のときに死にました。
 18章のことわざは、エレミヤにも出てきましたね。エレ31:29。古代においては一族郎党みなごろしみたいな刑罰が多かったでしょうから近代的ですが、これを裏返せば、「滅びるとすればそれは自分の罪なのであって先祖の罪じゃない」というわけです。逆に先祖か悪でもいいことをすれば挽回可能というわけです。
 原発もそうですね。今までの推進の歴史が悪いんじゃなく、今の私たちが悪いんです。逆に、今の私たちが悔い改めて原発のない社会を作るべきなんです。