真理子の聖書日記
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[694]だまされるほうがバカならば
投稿者=真理子
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掲示日=2011/05/29(日) 07:34:04
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Twitterに書いたことのまとめなんで、重複して申し訳ありませんが、Twitterのほうはどんどん消えていきますんで、保存しておきたいものは重複をいとわずこっちにも書きます。
まずは、宮島理さんの「カマトトぶる日本人」をお読みください。
http://news.livedoor.com/article/detail/5590441/
すっごくムカつくと思うんですが、わざとそういう書き方をしているんでしょうから、ムカつけばムカつくほど、この人の意図が成功したというわけです。
でも、これ正論なのよね。「ウソつき政府にだまされた」「ウソつき東電にだまされた」と言ったからといって、私たちの罪は消えやしないのです。だまされた私たちがただのバカだったのです。
だとすれば、もうだまされないようにしなきゃ。
さしあたりはこういうのを用意しましょう。
原発業界御用学者リスト@ウィキ
http://www47.atwiki.jp/goyo-gakusha/
こういうレッテル貼りがエゲツないのは百も承知だけど、政府も東電もマスコミも学者も信用できないんだったら、信用するほうがバカだというんだったら、こういうリストを作って自衛しなきゃ。ここにご登場の面々の話は、用心してかかる必要がありますね。
そして昨日、非常に高価なんですけど(4万円もする)、線量計を注文しました。
だってモニタリングポストの数値って、地上18メートルではかってるんですってね。[689]の3場面の動画で室井佑月さんが思いきりバカにしてるじゃないですか。そのとおりです。18メートルの身長の子どもなんていないでしょ。
学問の世界の約束事って私たちが本当に求めているものと微妙にズレてるんですよね。
たとえば「今日は体を刺すような暑さけど気温はいくら? 50度はありそうね」と思ったら23度くらいしかなかったってこと、あるでしょ? 気温って日陰の温度なんですよ。「気」温だから純粋に空気の温度にしなきゃならないんです。でも私たちが本当に求めているのは、日差しの強いところで実際に私たちを直撃してくる温度なんです。
こんなふうに、学問の世界と私たちのの生活とがズレているから、御用学者が生まれるんでしょうね。中川恵一さんや山下俊一さんをはじめ上の御用学者リストに医学関係が多い(わざわざ独立項目になってる)っていうのもそういうこと。放射線医学って放射線を積極的に使おうっていう分野ですから。
線量計が来たら、さしあたりは食品をはかりまくります。内部被曝はこわいですから。
食品の数値ってぜんぜん公開されてない。グリンピースの測定も日本政府が断るくらいですからね。
私がパートをしている小さなスーパーの食品部にこの線量計を持ち込んで、やばいと思ったらわざと調理を間違えて「すみませーん。床に落っことしちゃいました」なんていうささやかな抵抗をしようと思いますわ。
でも、うちは小さなスーパーなんだから、積極的にすべての食品を測定してその数値を値札のところに書いておくとかしたら、話題になっていいんじゃないかしら。これってビジネスチャンスよ。店長さま。
[693]エフェソ1-3章
投稿者=真理子
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掲示日=2011/05/29(日) 07:05:28
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http://bit.ly/j4ftdh
今日からはエフェソの信徒への手紙。ph(f)は今の日本人にはさほど難しい発音ではありませんが、もともと日本語にない音ですので、昔の訳ではpで代用して「エペソ」なんて書いてあったりします。聖書の固有名詞ではありがちなことなので知っておくといいでしょう。
今でもおじいちゃんおばあちゃんは、フィルムのことを「フ・イ・ル・ム」なんて言いますものね。
場所は小アジア沿岸。今はトルコですね。イスラムの方には申し訳ありませんが、私の頭の中ではトルコ→ギリシア(ビザンティン)という自動変換がなされておりますので、テレビの番組表ではトルコをチェックしています。
冒頭によれば著者はパウロということになっていますが実はウソです。誰かが(テモテだという話もあります)パウロの名を騙って書いたものです。こういうことを書くと聖書無謬論者の方々はすぐ頭に血がのぼっちゃうんですけど、昔はよくあったことです。私の好きなバロック/古典派の音楽ではこんなのいっぱいあります。『おもちゃの交響曲』なんて、昔はハイドン、私が子どものころはレオポルト・モーツァルト(大天才のモーツァルトのお父さんね)、最近じゃエドムント・アングラーってことになってます。いまは「古楽のたのしみ」という名になったNHK-FMの朝の番組は、昔は「バロック音楽のたのしみ」って言いましたけど、オープニングテーマのヴィヴァルディのソナタ「忠実な羊飼い」は、今ではフランス人作曲家シェドヴィル作ってことになってます。「鼻から牛乳」でおなじみの「トッカータとフーガ」だって最近はバッハの作じゃないという話があります。この手の話はいっぱい書けますけど、だからといってこれらの曲の価値が下がるなんてことはまったくないので、エフェソを誰が書こうとどうでもいい気がするんですけどね。
それにしてもTwitterって有名人が実名で書いてるのが不思議ですね。ネットはいままで2ちゃんねるのような匿名文化だっただけに。たまになりますしもあるようですけどあんまり聞かないし。やっぱり有名人がTwitterのアカウントをしっかり公開して書いてるから、なりすましをしてもばれてしまうってことなのかしら。
エフェソがニセモノだっていうのも、パウロのお得意文句「兄弟よ」なんていうのが一つもないとか、いろんなことで判断されたみたいです。
内容的には、パウロの組み立てたキリスト教の考え方が凝縮していて、パウロが書いたんじゃないのにパウロ的です。そんなものかもしれませんわね。ニセモノのほうがホンモノっぽいってわけです。むしろ、いままで読んできたホンモノのパウロ書簡に比べて、戦闘的なトゲトゲしさがないので、安心して読めるかもしれませんわよ。