真理子の聖書日記 真理子の聖書日記

このサイトを作りながら、聖書を読みながら真理子が考えたことです。
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[683]詩編69-71編
投稿者=真理子
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掲示日=2011/05/25(水) 10:59:11
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http://bit.ly/jOedED
 気の抜けたサイダーのようなつまらない詩の多い詩編ですが、今日の69編はすごいですね。迫真です。こんなのしゃれにならないわ。地震・津波以来それを思わせるような映画が放送はおろか上映もできなくなってる自粛自粛の日本じゃ、こんな詩は危険文書よ。さあ皆さん、お手持ちの聖書の69編をすべて墨塗りしてくださいませ。
 先日、温家宝さんが被災地を訪問したらしいですが、その中国だってけっこう大地震が多く、唐山大地震なんていうものもあったのよね。そのドキュメンタリー映画『唐山大地震〜想い続けた32年』 http://www.tozan-movie.jp/index.html が、公開延期の憂き目にあっています。逆に今だからこそ見たい映画だと思うんですけどね。見たくない人は見なきゃいいだけじゃない。早く公開してよ。でも私は見るのは半額の水曜日だと思いますけど。
 それからスーちゃんが死んだというのに、主演映画『黒い雨』はちっとも放送されない。これは被災者だけでなく東電への配慮なのよ。これも今こそ見たい映画だと言うのに。DVD注文しちゃったわ。さっき届けられたのでこれからゆっくり見ます。

 そんなわけで69編の衝撃があまりに大きかったのですが、実は69-71はすべて「HELP ME」という詩なんで、一続きといってもよいほどです。特に短い70編は、ホントに69の続きかもしれません。詩編の区切りってけっこういいかげんですからね。

[682]わが神なんぞ我を捨てたまふや
投稿者=真理子
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掲示日=2011/05/24(火) 16:54:03
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 [679]で紹介した山浦玄嗣先生のテレビ見ました。これ見たら新潮45は買う必要がないですね。そのくらい同じことを言ってました。
 それはそれとして、先生がテレビの中で気になることを言ってたので報告します。
 イエス様が十字架上で「わが神、わが神、なんぞ我を捨てたまふや(エリ、エリ、レマ、サバクタニ)」っていう絶望の言葉を言ったのについて、イエス様ともあろうお方が絶望するなんて、というので、いろいろな解釈が考えられてきました。その中でも有名なのは、これが実は詩編22編冒頭の句であることから、イエス様は詩編22編全体を言ったのだ、とするものです。それだと最後は神様への信頼で終わるので、決して絶望の言葉にならないというわけです。いろんな人がそういうことを言ってるんでしょうが、日本では遠藤周作さんが言ったのが有名になっちゃったんで、とりあえず遠藤説としておきます。
 これに対して毒舌家の田川建三先生は、遠藤周作さんに非常にお世話になったのに、批判すべきことは批判するんだとばかり、こんなのウソだとはっきり書いておられます。
 まぁ、ウソでしょう。イエス様はやっぱり絶望したんですよ。
 ところが、山浦先生は、イエスは詩編22編を全部言おうとして、最初の句だけで気絶しちゃったんだって言ってましたね。遠藤説をとっておられる。
 でも、山浦先生の場合、あれだけたいへんな震災を経たのに、天をうらんで「どうしてオレはこんな目にあわなきゃいけないのか」と言った人が一人もいない、という話の文脈で言っておられるので、単に「イエス様が絶望するのはおかしい」というコジツケというのではなく、もっと深い理由でおっしゃってるんでしょうね。だから今後は、むげにこの説を否定できなくなりましたわ。
 人間、ものすごい苦しみにあったときは、不思議と絶望しないのかもしれません。