真理子の聖書日記
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このサイトを作りながら、聖書を読みながら真理子が考えたことです。
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[682]わが神なんぞ我を捨てたまふや
投稿者=真理子
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掲示日=2011/05/24(火) 16:54:03
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[679]で紹介した山浦玄嗣先生のテレビ見ました。これ見たら新潮45は買う必要がないですね。そのくらい同じことを言ってました。
それはそれとして、先生がテレビの中で気になることを言ってたので報告します。
イエス様が十字架上で「わが神、わが神、なんぞ我を捨てたまふや(エリ、エリ、レマ、サバクタニ)」っていう絶望の言葉を言ったのについて、イエス様ともあろうお方が絶望するなんて、というので、いろいろな解釈が考えられてきました。その中でも有名なのは、これが実は詩編22編冒頭の句であることから、イエス様は詩編22編全体を言ったのだ、とするものです。それだと最後は神様への信頼で終わるので、決して絶望の言葉にならないというわけです。いろんな人がそういうことを言ってるんでしょうが、日本では遠藤周作さんが言ったのが有名になっちゃったんで、とりあえず遠藤説としておきます。
これに対して毒舌家の田川建三先生は、遠藤周作さんに非常にお世話になったのに、批判すべきことは批判するんだとばかり、こんなのウソだとはっきり書いておられます。
まぁ、ウソでしょう。イエス様はやっぱり絶望したんですよ。
ところが、山浦先生は、イエスは詩編22編を全部言おうとして、最初の句だけで気絶しちゃったんだって言ってましたね。遠藤説をとっておられる。
でも、山浦先生の場合、あれだけたいへんな震災を経たのに、天をうらんで「どうしてオレはこんな目にあわなきゃいけないのか」と言った人が一人もいない、という話の文脈で言っておられるので、単に「イエス様が絶望するのはおかしい」というコジツケというのではなく、もっと深い理由でおっしゃってるんでしょうね。だから今後は、むげにこの説を否定できなくなりましたわ。
人間、ものすごい苦しみにあったときは、不思議と絶望しないのかもしれません。
[681]列王記上10-13章、知恵の書6章
投稿者=真理子
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掲示日=2011/05/24(火) 06:59:39
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●列王記上10-13章
http://bit.ly/lUT3aJ
有名なシバの女王が宝物をいっぱいもって登場です。シバの女王といえば、ヘンデルの曲 http://bit.ly/mqSJcV とか、シャンソン http://bit.ly/la8ZMf (←すぐ演奏を始めるので注意)とか、気になる曲がありますね。
さて、栄華をほこったソロモンですけど、好色なのが玉にキズ。なにしろ雅歌みたいなエロい詩まで作っちゃうほどですからね。外国の女をいっぱい側室にしちゃうもんで、その女たちから異国の宗教がどんどん入っちゃって、神様ヤハウェ御大は怒っちゃう。
ったく、神様って男よね。いつだって悪いのは女のせいにされちゃうのよ。
そこで神様は、ヤロブアムという人に、イスラエル12部族のうち10部族を支配させちゃう。これがイスラエル王国、別名北王国。ソロモンの子レハブアム(南王国。ユダ王国)にはユダ族とベニヤミン族しか残さない。かくて王国は分裂。紀元前922年の話。「国(92)は二(2)つに分裂」って覚えてちょうだい。
ところが神様はよっぽど人を見る目がないみたいで、ヤロブアムはすぐに異教にはまっちゃうのよ。
何回もいうけど、列王記っていうのは、後の時代の価値観で昔の歴史を記述してるのよ。たとえば「民主主義の理想に燃える天智天皇は独裁者・蘇我氏を滅ぼし…」みたいな記述が愚かしいの、わかるでしょ? ホントはこの時代、ヤハウェさんなんてたくさんいる神様のうちの一人でしかなかったんです。ソロモンにしろヤロブアムにしろ、罪の意識なんてこれっぽっちもない。王国の分裂とか衰退とか敗戦とか、悪いことが起こったときにはなんでも「王が神様にそむいたから」って書けばいいと思ってるんです。今だったら、「地震や津波が起こるのも、原発事故が起こるのも、みーんな菅直人の人望がないからよ」みたいな書き方ですね。地震天罰論、原発事故天罰論ってわけです。
●知恵の書6章
http://bit.ly/krlVqr
民を支配する王は知恵にしたがえと説いています。このあたりから知恵は神と同義みたいになっていきます。