真理子の聖書日記
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このサイトを作りながら、聖書を読みながら真理子が考えたことです。
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[673]大津波と原発(ヤハウェ原子力説)
投稿者=真理子
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掲示日=2011/05/20(金) 16:13:23
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今日なんかかなり暑いのにヤフートップページによれば電力は十分足りてるみたいね。電力不足とか計画停電とかがいかに大ウソかがよくわかります。みんな、政府も東電も新聞もテレビも私たちを殺そうとする大ウソつきどもよ。私がヤハウェだったら全員即時民26:10みたいに地獄に飲み込んでやるわ。地獄でプルトニウムの劫火に永遠に焼かれるがいいわ。
そんなふうに怒りっぽいヤハウェ御大は、実は原子力にほかならなかったという説が浮上しました。なるほど、原子力は原子というそんじょそこらどこにでもあるものにひそむ力です。たしかに世界のあらゆるものを創造できるわけですわ。
なるほど、それで契約の箱って、ヨシュ4:7みたいに水をせきとめるわ、サム上5:3-6みたいに人々を謎の力(たぶん放射能ね)で倒すわ、サム下6:6-7みたいに触れたものを即死させるわ、危なっかしいわけよね。契約の箱って持ち運び式の原発だったのよ。
そのヤハウェ原子力説は、実は最近出た、内田樹・中沢新一・平川克美『大津波と原発』(朝日新聞出版。740円)の第5章『原子力と「神」』の中で展開されている議論を、多少茶化して書いたものです。
もともとは、4/5にUstreamで中継された鼎談で、今でもラジオデイズ
http://www.radiodays.jp/item_set/show/485
から500円で音声でダウンロードできるものを文字起こししたものです。だから音声で聴ければいいという人は、このリンクからダウンロードしたほうがちょっと安いです。
こんなふうに茶化して紹介すると、きわもの鼎談かとお思いかもしれませんが、震災と原発事故を、単に現象をとらえるのではなく、思想として、歴史の転換としてとらえた重要な議論で、ぜひお読み/お聞きになることをおすすめします。
[672]哀歌、知恵の書4章
投稿者=真理子
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掲示日=2011/05/20(金) 11:08:29
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今日は哀歌について書くことが多いので、知恵の書の話はあさって次の章とまとめて書いて哀歌の話だけ書きます。
http://bit.ly/jMb8AW
まず、哀歌のヘブライ語を覚えましょう。簡単です。「エーカー(??????)」です。笑っちゃいますね。これは感嘆詞「ああ」で、冒頭の単語からとったんですけど、偶然に似てしまいました。
エレミヤが書いたという伝説がありますんで、キリスト教の聖書ではエレミヤ書の次に配置されて、まるで預言書の一つみたいになってますが、これは預言書ではなく、むしろ文学です。ユダヤ教の聖書では「諸書(その他の書)」の中のメギロートという5つの短い、特定の祭に朗読される専門の本の1つになっています。哀歌はアブ月(第5月)9日、エルサレム神殿破壊記念日に朗読されます。
ただし、エルサレム神殿の破壊の日は、先週読んだエレ52:12では5月10日、まだ読んでない王下25:8-9では5月7日です。あれれ、合いませんね。実はこの神殿破壊記念日って、ユダ王国最後の第一神殿破壊の日じゃなくて、その後再建された第二神殿がローマによって破壊された、紀元後70年(ユダヤ暦の)5月9日なんですよ。すると、合わないどころか不気味な暗合ですね、よくよく同じような日に破壊される神殿だってわけです。
で、神殿が破壊され、エルサレムが破壊された混乱のきわみを、5つの詩に詠んだのが、この哀歌というわけです。
しかも、すべて22節の詩、その各節の最初はヘブライ語のアルファベット22字だという技巧がこらされた詩です。
こういう詩は、日本語でやると「一つでたほいのよさほいのほい、一人娘と……」っていうよさほい節(全部見たいなら http://bit.ly/8X73Gd ね)というバカバカしいものか、兼好と頓阿の歌の応答「夜も涼し寝覚の仮庵(かりほ)手枕(たまくら)も真袖(まそで)も秋に隔てなき風」「夜は憂し妬(ねた)く我が背子(せこ)果ては来ずなほざりにだにしばしとひませ」は五七五七七の最初の字と最後の字を続けて読むと「米(よね)たまへ銭もほし」「米はなし銭すこし」が現れる、という暗号めいたものか、いずれにせよ真摯な感動の発露とはちょっと言いがたいところがあります。
もっとも最近の話題では、KAT-TUNのRUN FOR YOUの歌詞は、各行冒頭の字を縦読みすると「頑張れ日本」という、世間的には感動的、私にとっては非常に不快な文が現れるんだそうで、こういう技法は2ちゃんねるで鍛え上げられて今後は流行するのかもしれませんけどね。
でも、たとえば朝鮮の古典『春香伝』では、若旦那と契りを交わしたキーセンの春香が、悪代官からオレの女になれと迫られたのを断ったため拷問されるというヤマ場で歌うのが、「十杖歌」という、まさに「一つでたほいの」式の数え歌なんですよね。世界的には、こういう形式をふんだほうが、むしろ感動を強くするってことになってるのかもしれません。
さて、この哀歌は、震災の被災地の写真などを思い浮かべながら読むと、いちいち符合する箇所が多くて、たいへんに感動的です。
でも、震災のほうは地震や津波でそうなったわけですが、こちらは人の手でこうなったわけなんで、よけいにやりきれないという感じです。以前私が「たかが地震」「たかが津波」と言ったとおりです。これがテロでああなったっていうなら、相手への憎しみと際限のない殺しあいになりかねませんものね。今のアメリカみたいに。
だからこの哀歌にも、相手への憎しみや復讐心を詠みこんだ部分がありますが、ふしぎなことに神様への怒りはないんですよね。こういうわざわいをもたらしたのは神様だと、はっきり書いてあるというのに。そこらへんは、すでにご紹介した新潮45の山浦玄嗣さんの「天を恨まない日本人」と同様です。「神を恨まないユダヤ人」というわけですね。天なり神なりを恨むっていうのは、ちょっとやそっと程度のわざわいのときなんで、あまりにひどいわざわいのときには、そういう気持ちも突き抜けちゃうのかもしれません。
そんなわけで幸か不幸かこの本はいまが旬の本になってしまいましたので、心してお読みくださいませ。
ところで、「米たまへ」みたいな技法がいろは歌にもありまして(もちろん偶然の結果なのですが)、「いろはにほへと…」を7文字ずつ区切って下の字をつなげると、「咎(とが)なくて死す」という文が現れます。すでに江戸時代にはみんな知ってる話で、忠臣蔵のお芝居・仮名手本忠臣蔵も、四十七士=いろは47字=咎(とが)なくて死す、っていう隠されたメッセージがあるんです。
さらに、その状態で、右上隅、左上隅、左下隅をつなげると「いゑす」になりますんで、「イエス、咎なくて死す」というキリスト教的な暗号詩だという話もあります。
ここまでは私も知ってましたが、いま偶然に http://bit.ly/ik8VEl を見たら、同じ状態で上の字をつなげると、「いちよらやあゑ」となり、これはヘブライ語のイーシ・エル・ヤハウェ(神ヤハウェの子)なんだそうで、神の子イエスが咎なくて死す、ってことなんだそうです。頭が痛いわ。