真理子の聖書日記
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このサイトを作りながら、聖書を読みながら真理子が考えたことです。
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[658]出エジプト記37-40章、知恵の書2章
投稿者=真理子
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掲示日=2011/05/16(月) 10:34:28
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●出エジプト記37-40章
http://bit.ly/jPLNE2
出エジプト記も今日で終わりです。
36章以来、ユダ族のベザレル(ベツァレル)という職人が指名されて、幕屋や祭壇や契約の箱などの宗教施設の建設を行います。
こんなことを砂漠のどまんなかでやってたはずはないんですけど、そこはそれ、出エジプト記以降は、後々にだんだん整備されていった律法が、実はエジプト脱出のときに与えられたという「神話」ですから、そのつもりで読みましょう。
それからこの部分は、猛烈なデジャヴ感に襲われません? つまりここって、偶像鋳造&モーセぶち切れ事件以前に、神様から与えられた指示の忠実な再現ってわけです。たとえば出36:20-34の幕屋の壁板と横木の話は、出26:15-29で指示されたとおりです。いちいち対照させて読むと面白いかもしれません(私はまだやってない)。こういうところは、「全部神様の言いつけ通りにやりました」とだけ書けばすむ気がするのですが、それですまないところがユダヤ人らしいところですね。
どこかで読んだ話ですけど、タルムード(律法の細則集)もこんな感じになってるらしいです。最初にきまりを書いて、次に現実に行われたことを書く。同じことを二度書いてるような気がしますけど、それはいわば、「法律」「判例」のようになってるわけです。
アラビア語もそうですけど、ヘブライ語って現在、過去、未来という時制じゃなくて、完了、未完了なんですね。だから律法も、原則を未完了で書いて、実際にやったことを完了で書いてます。
●知恵の書2章
http://bit.ly/kWRJFY
死んだらそれっきりと思って享楽にふける愚か者は、自分たちが享楽にふけるだけでなく、正しく生きる人をうざったく思って迫害をしちゃうという話です。
[657]田川訳ルカ伝
投稿者=真理子
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掲示日=2011/05/16(月) 09:54:12
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しばらくノーマークで忘れてましたが、田川建三さんの新約聖書、1(マルコ・マタイ)、3(パウロ書簡)、4(パウロ・偽パウロ書簡)に続き、2上(ルカ)が出ました。次は2下(使徒)が出るみたい。
全6巻なのかと思ったら、2が上下に分かれたので6巻7冊ってことらしいです。2はあまりにいろんなことを書きすぎちゃったってことかしら。
例によって田川先生の毒舌ぶりが面白いんですけど、たまたまあけたルカ14:13の「不具」(文語訳。何よWindowsのIME。不具が変換できないわ。差別語もちゃんと登録しなさいよ! 差別語を差別するのはやめましょう)の話が感銘深かったです。
ギリシア語、ネストレ・アーラント(以下NA)は??????????(アクセント略。以下同。また以下は原形の????????? にしますね。でも本来のつづりは????????で、?????????とか????????とかいうバリエーションもあったみたい。現代ギリシア語では??(古典ではエイ)も?(古典エー)も?(古典イ)もみんなイって読むんですけど、そういう発音の変化がもうこの時期に進行中で、後2世紀には「知識人は本来の?と書きたがるけど現実には??が多い」という感じだったみたいです。そんなことをぶつぶつと書いたあと、NAが??のほうを採用してちっとも注をつけていないことを指摘して、NAはつづりの問題は無神経で必要な情報を提供していない、と書いてます。
NAは私も本棚の飾り物にしてて、しょっちゅう参照してるわけではなく、「何かあったらNAを見ればこういう問題が全部書いてあるんだろう」と思ってましたが、そうでもないんですね。田川先生は細かいことにごちょごちょうるさくて、だから各巻が分厚くなるんですけど、こういう小うるさい本を手元に置いとかないと、NAだけじゃ役立たないってことですね。
ちなみに、これは私の持論なんですけど、古典ギリシア語を勉強するなら現代ギリシア語の読みで読みましょうね。だからアナペイロスはダメ、アナペーロスもダメ、アナーピロスです(ナのところにアクセントがあって、もとの母音の長短にかかわらず、アクセントのあるところを長く読むのがナイスです)。