真理子の聖書日記 真理子の聖書日記

このサイトを作りながら、聖書を読みながら真理子が考えたことです。
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[627]ルカ3-4章、2マカ9章
投稿者=真理子
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掲示日=2011/04/30(土) 11:17:52
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●ルカ3-4章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=luk&chapter=3&mode=0
 ヨハネの活動開始とイエスの受洗の話ですが、ルカの伝える話は、マルコやマタイと大きく違う点があります。ルカによればイエス様はヨハネからバプテスマを受けたわけではないんです。なにしろ、イエス様が受洗する前にヨハネが捕らえられちゃったんですから。
 それから細かい話ですけど、受洗のときに天が開けて聖霊が下ってきたというのは、マコ1:10は両方とも「ごらんになった」ですから、他の人にはそんな光景は見えず、イエス様の主観的事実、つまり幻にすぎなかった可能性が保留されています。しかしマタ3:16では、天が開けたほうは客観的事実、聖霊のほうは「見た」となっています(口語訳や新改訳ではごまかしてますけど原文では「ごらんになった」は「天が開け」にはかかってません)。で、ルカ3:22ではもう「見た」にあたる言葉がないので、どちらも客観的な事実ということになりました。こんなふうにだんだんと、この幻が客観的事実であるかのように脚色されていくわけです。
 テベリオ(ティベリウス)帝15年というのは、当時は秋が年のはじめだったので、西暦27年-28年ということになります。だいたいそのころにイエス様が受洗して活動を開始、それがおよそ30歳(ルカ3:23)ということから推定したイエス様の誕生年を西暦紀元元年と定めています。もっともホントは、イエス様の宣教期間が1年であり、すると受難=死の年が31歳、そのの過越祭が西暦で3月25日だったという中世ヨーロッパの伝説をたよりに、それが西暦31年であったことを計算して、そこから定めたのが今の西暦です。そんなわけでちっとも史実に即してないんですが、それでも「あたらずといえども遠からず」で、だいたいそれっぽい年が西暦1年になったというところに、神の奇跡を感じます。
http://www.babelbible.net/mariko/opi.cgi?doc=xmas&course=preach
 ルカの系図はマタイの系図とぜんぜん違います。私の部屋には米Good Things Company社が作ったアダムからイエスまでの系図が貼ってありますが、
http://www.goodthingscompany.com/index.html
ルカの系図とアダムの系図のツジツマを合わせる努力は完全に放棄され、両方が併記されてます。
 3章の話だけで長くなっちゃって4章の話が書けませんでしたが、あとは各自読んでおいてください。
●2マカ9章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=2ma&chapter=9&mode=0
 ユダヤ人を殺そうと兵を進めたアンテオコス王の末路が、「うじがわき」とか「肉がくずれ」とか、これでもかこれでもかと気味悪く書かれてますね。こういうところが2マカの特徴で、通俗的でわかりやすいのはいいんですけど、グロテクスなんですよね。
 最近はさすがにないと思いますが、昔、創価学会では「ご本尊さまを粗末に扱うと罰(ばち)があたります。こんなもの迷信だと鼻くそをぬりたくったおじさんの鼻がおっこっちゃいました」なんていう話を、子どもの時に聞いたことがありますわ。でも子どもにこんな話をするとトラウマになっちゃいますわよ。
 昔、立正大学の先生で安永弁哲さんという人が『板本尊偽作論』という本を出しまして、富士大石寺の大御本尊みたいなものを日蓮が作ったはずがないという本なんですが、最初のほうに、日蓮正宗の歴代管長と、創価学会の初代会長がいかに悲惨な死に方をしたり醜い争いをしたりしたかを暴露した部分があるんですね。もちろん創価学会じゃこんな本は間違ってもおおっぴらに読めませんでしたけど、後に創価学会が日蓮正宗とケンカ別れすると、この本の日蓮正宗管長の部分がさんざんコピーされ出回ってましたわ。「舌ガンにかかって七転八倒の苦しみ。何も食べられずに死んでいった」「坐骨神経痛で動けず、大石寺の火事で焼け死んで、遺骨がなくなるほどすっかり焼けたのにハラワタだけが焼け残った」とか。もう私は大学生で創価とは縁を切ってたんで、こいつらバカかと思いながら眺めてましたわ。以前はまるっきりウソッパチと言ってたものを利用するなんてね。
 ともあれ、こういうグロテスクな話を強調するのが、俗耳に受けるんですよね。

[626]エレミヤ書37-41章
投稿者=真理子
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掲示日=2011/04/29(金) 12:28:38
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http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=jer&chapter=37&mode=0
 そんなわけで亡国民主党政府が狂態を見せる中、いまこそエレミヤ書を読み返さなきゃって思ってます。一国がどうやって滅びていくかの教訓としてね。
 ふむふむ、日本もこうやって滅びていくのかしら。
 ちなみに、滅びてしまった後どうなるかという話は、次のエゼキエル書ですよ。

 さて、預言書嫌いの方(私も嫌い)も今日のところは面白く読めそうね。なんたって預言がほとんどなく、事件ばっかりですから。
 時代はまたまたユダ王国最後の王ゼデキヤの時代。ユダ王国はエジプトと新バビロニヤ(聖書ではカルデヤね)の勢力のバランスの上でかろうじて命脈を保っています。エジプトの軍事行動が活発になったので新バビロニヤはいったん退きます。人々はもうこれで危機は去ったと安堵したみたいですが、それは甘いぞ、新バビロニヤはユダ王国を滅ぼすぞ、ここに残ってるとヤバいぞ、戦争と飢えと疫病とで死ぬぞと、上杉隆いえいえエレミヤは警告を発し続けますが、誰もききません。かえってエレミヤは、人々にデマを伝える悪いやつということで嫌われ、ついに逮捕・投獄されます。
 まるで底なし沼のような穴に投げ込まれてあわや溺死寸前かと思われたところ、ゼデキヤ王は宦官エベデメレクをつかわして助けます。王はエレミヤに意見を求めたいんですね。
 さて、ついにエルサレムは陥落。人々は殺されたりバビロンに連れて行かれたり。ゼデキヤも連れて行かれます。
 新バビロニヤのネブちゃんはエレミヤを釈放し、ユダの総督としてゲダリヤという人を任命、戦後処理にあたります。しかし王族のイシマエルはゲダリヤを暗殺、巡礼団を殺害するなど暴虐の限りをつくしています。さてこの続きはどうなるか、来週のお楽しみ。