真理子の聖書日記 真理子の聖書日記

このサイトを作りながら、聖書を読みながら真理子が考えたことです。
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[520]日本語活字ものがたり
投稿者=真理子
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掲示日=2011/02/26(土) 16:17:21
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 ラジオ好きじゃなきゃぜんぜん知らないと思いますけど、NHKラジオ第二放送で「私の日本語辞典」という番組があります。
http://www.nhk.or.jp/r2bunka/nihon/
 月単位でさまざまな形で日本語とかかわっている人をゲストに迎えてお話を聞くというものです。
 今月の小宮山博史さんは活字の話なんですけど、これがものすごく面白かったです。
 聖書にもかかわってくる話です。
 私たちが普通に目にしている明朝体っていうのは、実はヨーロッパで作られたもの。活字を発明したのは中国ですけど、その後中国では活字はあまり用いられず、むしろヨーロッパで活字文化が花開いたんですね。で、ヨーロッパで東洋への関心(東洋学とか、キリスト教の布教とか)が高まるにつれ、漢字の活字がヨーロッパで作られた。特に重要なのが、上海の美華書館という聖書の印刷所で、ばべるばいぶるにあげてあるものではモリソンの聖書がそこで印刷されたものです(ブリッジマンも当初は美華書館ですが、ばべるにあげてあるものは日本で出版された訓点つきのものなので違います)。日本に来た活字はここで使われたものなんです。
 明朝体は直線を基調としているので、楷書より活字化しやすく、漢字になじみのないヨーロッパ人が活字を作るのにラクだったんですね。これしか書体の選択肢がなかったので、日本の活字も必然的に明朝体になった。
 で、明朝体という呼び方をしているのは日本だけなんだそうで、中国では宋体っていうんだそうな。ああ、だからGBコードのフォントの名前がMS Songだったのね。
 明朝体を美しく見せるために目の錯覚を利用してデザインを工夫しているとか、ヨーロッパでは日本の連綿体(続け字)の活字まで苦労して作ってた(たしかにばべるにあげているNブラウンの聖書とかそうですよね)とか、面白い話がいっぱいでした。
 今日が最終回ですけど、聞いてない人は、メールくださればMP3であげますよ。ホントは違法ですけど。
 でも、この人の『日本語活字ものがたり』
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/4416609027.html
を買って読んだら、ここに書いてあることをしゃべってるようなんで、とりあえずはこれを買ってお読みになることをおすすめします。

[519]マルコ1-2章
投稿者=真理子
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掲示日=2011/02/26(土) 11:09:28
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http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=mar&chapter=1&mode=0
 本日から福音書はマルコ福音書が始まります。
 福音書はマタイ、マルコ、ルカ、ヨハネという順序なので、書かれたのもこの順序だろうと思っている人がけっこう多いようですが、実際にはマルコのほうが先で、マタイとルカがマルコを下敷きにして、別の資料も加えて書いたという関係になっています。
 ですから、学問的な翻訳では、マルコのほうを先にすることもあります。岩波もそう、岩波文庫の塚本訳もそう、田川訳もそうです。
 他人の本を下敷きにして自分の本を書くときは、都合の悪い部分は修正するのが普通ですから、マタイやルカに書かれていることがマルコにあって、微妙な違いがあるというときは、マルコのほうをもとと考えるべきです。
 マタイやルカにくらべて、マルコは非常に素朴です。一種のリアリズムを感じます。
 たとえば今日のマコ1:10で、イエス様が洗礼を受けたときに、聖霊が下ってくるのを「ごらんになった」とあります。この書き方は、実際には下ってこなくても、ご本人にそう見えたのであればウソにはなりません(マタ3:16もそうですけど)。これがルカだと(ルカ3:22)、「聖霊が〜下り〜声がした」と、客観的にそういうことがあったという話になっています。
 イエス様の誕生物語もなければ、復活だって単に「女たちは、墓がからっぽで、そこにいた天使らしい男に、イエス様が復活したと言われてこわくなって逃げた」だけです(マコ16:4-8)。さすがにこれだけではマズいと思ったのか、マコ16:9-以降に誰かが加筆をしていますけどね。
 そして、素朴というより不思議、読みようによっては不気味なニオイさえするのがマルコです。
 たとえば今日のマコ1:40-42、らい病人をいやしてあげる話。よく翻訳の底本に使われるネストレ・アーラントでは「深く憐れんで」となっているのですが、異本では「怒って」となっており、田川先生はそれを採用しています。らい病人のせりふの「みこころでしたらきよめていただける」っていうのは、遠慮ともとれますが、とりようによっては「あんたなんかにホントに治せるもんかね」みたいな失礼な言い方ですから。イエス様ってけっこう怒りっぽいんですよ。
 こういうものも包み隠さず書いているのがマルコです。
 イエス様の話をみんなが伝えているうち、だんだん尾ひれがつくいっぽうで、まずい話がカットされる。そういうのを一番うけておらず、もともとのイエス様のエピソードに近いものをマルコは伝えているので、異様なところもあるかもしれませんが、しっかり読んで行きましょう。

 マルコが福音書を書いた西暦60年ごろというのは、イエス様の受難があって30年、そろそろ「なまのイエス様を見た」弟子が少なくなりつつあるころです。それでもエルサレムには、なまのイエス様に接した弟子がいて、「お前らそんなこと言ってるけど、イエス様はそうは言わなかったぞ」みたいに権威をもっていたりします。ですからそういうエルサレムの教会への対抗勢力だったマルコが、イエス様のエピソードを伝記風に記し、かつ、弟子たちの怠慢さ(イエス様の教えを弟子は理解しなかったとか、受難前のイエス様の苦しいお祈りの間に弟子は眠りこけていたとか、受難のときに弟子はみんな逃げたとか)を暴露しています。そういう一種の過激さがマルコにはあります。