真理子の聖書日記
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このサイトを作りながら、聖書を読みながら真理子が考えたことです。
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[482]ロマ書15-16章
投稿者=真理子
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掲示日=2011/02/06(日) 12:15:16
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http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&bible1=link&book=rom&chapter=15&mode=0
立春以来、つまりこのページの背景がピンクになって以来、暦どおりに暖かくなってきましたね。客観的な気温はあんまり変わらないんですが、寒さはやわらいだ感じ。今まではミニスカでの外出なんてとても無理だったんですけど、もう大丈夫なんで、女子高生に負けずにミニスカ・ナマ足で外出するようになりました。
さて、パウロの代表的な著作・ロマ書もこれでおしまいです。
15章の最初はパウロにしてはいい言葉ですね。「強くない人の弱さをになう」っていうのは、自称聖職者の私には耳が痛いんですけど、心にとめておかねばならない言葉だと思っております。
前章で出てきたタブーの否定の話。「??しろ」という戒律は、それをやめりゃいいだけですから簡単に否定できるんですけど、「??するな」っていう戒律の否定は、それをする勇気がともなうんで難しい。鯨を食べる私たちは、反捕鯨国の人たちの強硬な反対を見ると頭にきますし、「一度鯨を食べてみりゃいいじゃん」って思いますけど、犬、イナゴ、カエル、ネズミだったら、いくら「食べてもいいよ」って言われても気がひけますからね。あ、私は犬とカエルはOKですけど。
そういうタブーを持ってる人に「さあ食べなさい」っていうのは、その人の弱さをになっていないんじゃないか。いくら、そんなタブーは無意味だからって否定しても、むりやり食べさせることはなく、そっとしてあげるのもやさしさなのかなって思います。
同じことがセックスのタブーにもいえるかしら。私は子どものころから、性のタブーは女をしばりつける有害なものであり、性にタブーを持つこと自体が最大のタブーと思いながら育ったので、まるっきりあっけらかんとしておりますし、最近は岩井志麻子さんなみに下ネタを連発しているかもしれませんけど、こういう考えをひとに押し付けるのは暴力かもね、と思うようになりました。慎ましやかに生きたい方はどうぞご自由に、というところです。でも何か相談されたら「そんなの自由にすればいいのよ」って答えちゃいますけどね。
[481]アンコ抜きピアニストになろう・2
投稿者=真理子
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掲示日=2011/02/06(日) 03:12:53
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西洋音楽の大きな特徴は楽譜を流通の媒体としたところです。邦楽を含めて世界の音楽は楽譜がそもそもないとか、あっても単なる備忘録でしかないのが普通で、人から人へと口と手とで直接伝えられるのが原則。これに対してクラシックは、その曲を一度も聴いたことがない人でも楽譜さえあれば再現できるまでに記譜法が進化(楽譜に書かれた情報だけで音が再現できる)し普遍化(どの国でも楽譜の読み方が同じ)し一般化(楽士だけじゃなく一般人も楽譜が読める)しました。
なにしろ学校で楽譜の読み方を教えますからね。世界の音楽はたいてい娯楽だし楽士は特殊技能をもち多くは差別された階級だから、そんな人たちのやるものを学校で教えるなんて発想ないですから。樋口一葉の『たけくらべ』の冒頭みたいに、学校で音楽を教えようとしても生徒は遊郭の歌を覚えてて「ぎっちょんちょん…」っていうのが普通でしょうからね。
これ、プロテスタントのせいですよ。プロテスタントじゃみんなに歌をうたわせますからね。歌がうたえなきゃ礼拝ができない。楽譜の読み方を知らないと讃美歌の本が読めない。だから楽譜の読み方を学校で教えるんです。
こんなふうに楽譜を大事にする西洋音楽では、楽譜どおりに弾かないといけないような気になっちゃいますけど、本来音楽は演奏してなんぼなんで、楽譜どおりに弾けなきゃ弾けるように変えちゃえばいいんです。
実はプロだってやってるんですよ。
楽譜どおりに弾けない曲ってあるんですよ。
たとえばベートホーフェン(ベートーヴェン)のピアノソナタ第21番『ヴァルトシュタイン』の最後のほうに出てくるオクターブ重音のグリッサンドをピアニッシモでやる(右図)っていうのは、実は単に白鍵上で手を滑らせるだけなんで、当時のピアノでは苦もなくできたらしいんですけど、現在のピアノでは鍵盤が固いので不可能。CDを聞いてるとみんなごまかして弾いてます。重音をやめるか、両手で弾くとか(左手は和音1つですからダンパーペダルを併用すればいける)。
バッハのゴールドベルク変奏曲は2段鍵盤用なんで、1段鍵盤でやると両手の指がからまって演奏不能な箇所がいくつもあり、みんなごまかしてます。グールドも例外ではありません。
ピアノの例じゃないですけど、ハープって半音をペダルで出すんですよ。ペダルをひくとすべての弦が半音あがっちゃうんで、演奏不能なパッセージがいろいろある。ところが作曲者はそんなの無頓着で作曲するから、オーケストラ曲のハープパートには、このとおりにひけないっていうのがいっぱいあるんだそうです。どこのオーケストラでも、「ここはこうやってごまかす」っていうのが伝統的に受け継がれてるんだそうです。
そんなわけで楽譜どおりに弾けなきゃごまかして弾けばいいんで、それはプロだってやってるってことですね。