真理子の聖書日記
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このサイトを作りながら、聖書を読みながら真理子が考えたことです。
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[215]創世記:22の御使いはイエスだった!?
投稿者=真理子
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掲示日=2010/02/04(木) 22:05:49
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今日は気が向いたのでBBN http://www.bbnradio.org/wcm4/japanese/ でやってる内灘聖書教会横山幹雄牧師の説教を聴きました。ここは真理子の大嫌いな聖書無謬説に立つ教派(そもそもBBN自体がそうですからね)ですけど、それでも説教を聴くこと自体は真理子は特に毛嫌いしません。逆に突っ込みどころがいろいろありそうで面白そうって思います。
で、案の定突っ込みどころがありましたねぇ。
ちょうどネタが真理子の大嫌いな創世記22章。例の、アブラハムがイサクをささげようとする話です。いろいろ突っ込みどころがあったんですが、最大のものは、御使いイエス説でしたね。御使いというのは、いよいよアブラハムがイサクに刀をあてようというときに、「アブラハム、アブラハム、あなたの手をその子に下してはならない」と制止した御使いです。なんでこの御使いがイエスかというと、
1.御使いが「あなたは、自分のひとり子さえ惜しまないで『わたし』にささげた」(12節)のように、神というべきところで私といっている。だからこの御使いは神だ。
2.新改訳聖書ではここだけ御使いに対して「仰せられた」と敬語を用いて訳している。
そんなわけでこの御使いは神自身であるような人だ、ということだそうな。なるほど、そういう解釈もあるのね、感心しましたわ。
新改訳聖書の訳が聖書無謬説の主張に従ってねじまがっているという非難をリベラル系の人はよく言います。そういわれても真理子にはよくわかんないんですけど、あ、こういうところがその実例なのね。ファンダさんたちの考えの一端がわかって面白かったです。
ついでながら、この犠牲の地が「モリヤの地」で、ここで後に、神がひとり子イエスを犠牲にするという事件が起こった。だからアブラハムのこの事件はイエスの十字架の死の予告編的な事件だったのだ、みたいなことを言ってたんですけど、ホントですかぁ?
たしかにモアブって実はエルサレムで、後に神殿が建てられるとこですけど(歴代誌下3:1に書いてます)、あれ、イエス様って神殿で死んだんですか? ゴルゴダの丘じゃなかったの? こういう点もちょっと強引だなって思いました。
やっぱりファンダさんたちの説教もたまに聴くと面白いわねぇ。
[214]北信越の牧師たち
投稿者=真理子
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掲示日=2010/02/02(火) 21:24:54
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FEBCの私のおすすめ番組はどうも週の前半にかたよってますね。
以下、すべて http://febcjp.seesaa.net/ で聞けますのでどうぞ。
2/1「祈りを学ぼう」の百瀬神父様の話は毎度のことながら示唆に富みますが、今回は「祈れなきゃ寝ろ」だの「メシを食え」だの「神様の前で泣け」だのと、心を慰めてくれる話でしたわ。
2/2「いのちの歳時記」の竹内神父様の話もいい。どうも私はカトリックひいきなのかしら。
「悪妻ナナ」も例によって面白いです。
でも今回とても面白かったのは、2/1の「北信越の牧師たち」の坪内牧師の話。「北信越〜」は新米(失礼)牧師さんたちが自らの人生を語る番組ですけどけっこう面白いですよね。特に創価学会の親戚から信心を勧められるくだりは、創価学会との腐れ縁が切れない真理子にはそのあまりのリアルさがとてもよくわかるので爆笑しましたわ。開始8分ぐらいのとこ。
あと、先週金曜日1/29にやってた三浦綾子『塩狩峠』の朗読劇。三浦綾子は私あまりに信仰の文学的表現が直情すぎて、小説っていうより信仰の宣伝文書みたいで好きじゃないんですけど、それだけにわかりやすいのかしらね。ま、あざといけど面白いわ。ぜひお聞きください。