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真理子の聖書日記


このサイトを作りながら、聖書を読みながら真理子が考えたことです。
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[677] ガラテヤ4-6章、知恵の書4-5章 投稿者=真理子 掲示日=2011/05/22(日) 10:13:52 ここから閲覧

●ガラテヤ4-6章
http://bit.ly/ifpJuu
 今日でガラテヤは終わりです。
 ガラテヤは「ユダヤ教との決別宣言」だと書きましたけど、今日のは激烈をきわめてますね。

  イサク=正妻サラの子=約束の子=「自由の女」の子=神との神聖な契約によって生まれた=キリスト教徒=割礼はダメよ。
  イシマエル=女奴隷ハガルの子=女奴隷の子は追い出せ!=肉によって(エッチな肉欲によって)生まれた=ユダヤ教徒=割礼が必要。

……なんですって。馬鹿パウロの誤れる歴史認識もここに極まれりというところですね。
 よく、イシマエルはアラブのご先祖で、だからイスラム教のほうでは重視するって話は聞きますけどね。
 ガラテヤはキリスト教にとっては重要な文書で、だからクリスチャンはガラテヤ好きですけど、これって使い方を誤ればユダヤ人迫害を正当化する危険文書でもありますから、馬鹿パウロのアジ演説にだまされないよう、頭を冷やしてお読みくださいませ。

●知恵の書4-5章
http://bit.ly/k6yEeN
 「子がなくても徳があるほうがいい」「短命でも道徳的に完全なほうがいい」っていいますけどね、最近私は、よごれた生き方をしても子をもうけて長命がいいっていう考えも否定しませんわ。それが人間じゃないかしら。あーあ、どうしてこんなに真剣にセックスをしてるのに、神様は私に子を恵んでくれないのかしら。「てやんでぇ。放射能が怖くてタンクトップにミニスカで歩けるか。どうせ私のようなばばあは後がないのよ」なんて啖呵をきってる罰かしら。

[676] キリスト教輪廻説 投稿者=真理子 掲示日=2011/05/21(土) 11:50:26 ここから閲覧

 天地創造以来生まれて死んだ人って総数何人なのかしら? 今年は天地創造以来5772年ということになっていますが、たとえこれと同じだけの時間をかけたとしても、さばきの時間が1人1分として、ざっと30億人ぶんしかさばけないわね。いま現在だけで地球には70億人弱の人がいるんですけど、最後の審判がいま訪れたとして、私の番がまわってくるのって、いったいいつかしら?
 こんなふうにちょっと計算してすら、キリスト教やイスラム教の最後の審判説がいかに荒唐無稽かがわかりそうなものですけど、みんな本気で信じてるのかしらね?
 考えてみれば、最後の審判が今来ようと何万年後に来ようと、被告の私たちはそれまではまるきり意識がないわけですからまるきり同じ。しかも法廷は個別でしょうから、随時にやろうと集団でやろうと同じです。
 そんなわけで最後の審判なんていうのは、昔の人相手にわかりやすく説明したメタファーに過ぎず、実際には個々人の死後随時に瞬時に個別に行われているものと思われます。
 つまり最後の審判は現在進行中なんです。
 あなたも死ねば、すぐに審判が始まります。1秒もしないうちに即決しますわよ。

 そして、前々から何度も言っておりますように、天国と地獄は客観的に見ればまるきり同じ場所です。世間一般の人が天国と思うところも、私が行ったらたぶん死ぬほど退屈してやりきれないと思うので、そこは私にとっては地獄です。私はたぶん神様の救いのリストにはないですから。逆に、世間一般の人が地獄と思うところも、気持ちの持ちようで天国になりうるということです。
 この考えをさらに推し進めますと、いま生きている現世も、気持ちの持ちようで天国になり地獄になるということです。

 ということは、「死ぬ→即時に審判→次のステージ」ってわけです。この次のステージは、気持ちの持ちようで、天国ともなり地獄ともなり現世ともなるってことです。
 これって、輪廻説そのものじゃありませんか。
 そんなわけで私は、輪廻説はキリスト教の考えと矛盾しないと思っています。

 かねがね私は、キリスト教的な「永遠の生命」というのを激しく憎悪しています。永遠に生きるなんて拷問です。適当な期間を置いてリセットしていただけるほうがはるかに幸せです。死んでもそれで終わりではなく、次のステージがあると考えることで、私はなぐさめを得ているのです。
 この考え方は多くの日本人がなんとなく思ってる考えじゃないかしら。念のためいうと、本来の仏教では、輪廻を苦ととらえますから、仏教の考え方とも違います。
 死生観なんて正解はありません。誰も死んで生き返った人なんていませんから。キリスト教の教えが正しいなんて保証はどこにもありませんわよ。
 キリスト教国でも個々人は必ずしも教会の教える死生観を持っているとは限りませんし、聖書の説く死生観も人それぞれ、いや、イエス様の発言の中にすら矛盾があるほどで、聖書なんかあてになりません。
 逆に、もし死後の世界がこうであるならすばらしいわ、と各人が考えるところが、正解だと思っております。そう考えてよい生き方をすればいいじゃないですか。
 キリスト教が日本に根付かないのは、キリスト教の説く死生観が日本人にとってウソくさいからじゃないでしょうか。多くの日本人が死後の世界をこんなふうに考えているとすれば、それにあわせて日本的なキリスト教を組み立てることが大事だと思っております。

[675] ルカ9-10章 投稿者=真理子 掲示日=2011/05/21(土) 10:24:27 ここから閲覧

http://bit.ly/mEmAEy
 ルカ9:27。「死なないうちに神の国を味わえる人がいる」。つまり早死にする人は別としても、長生きする人なら、生きている間に最後の審判がやってくるっていうわけです。
 以来約2000年の時が流れたんですが、いまだに最後の審判はやってきませんね。
 そういえば本日5/21は、一部のカルト教派が、最後の審判の日だと宣伝しておりますが、みなさまいかがお過ごしでしょうか。どこかでラッパが鳴り響いてますか?
 イエス様は天国的時間を生きていらっしゃるんです。だって、イエス様の誕生日って知ってます? 西暦紀元1年12月25日じゃないですよ。ヨハネ福音書の第1章によれば、イエス様は天地創造に先だっていらっしゃったのであり、一時的に肉体化して死んだふりをして復活したわけですから今でも生きてます。そんなイエス様にとっては、最後の審判なんていつやろうとどうでもいいことであり「生きてる間に最後の審判がある」わけですけど、そんなに長生きできない下賎の身にとってはたまらないですよ。
 中には、この言葉を信じて去勢までしちゃった人もいたみたいですよ。すぐにでも最後の審判が来るし、天国に行けたら永遠の処女を抱き放題。でも今エッチの罪を犯したら天国にいけないから、割礼どころかおちんちんまるごととっちゃった、とかね。
 こういうのを神学では「終末遅延問題」と言いまして、すぐにでも来るはずの終末がぜんぜん来る気配がないんで、するとキリスト教は大ウソかっていうことになっちゃうわけですね。

 実はね、最後の審判って、それぞれの人の死後、随時に行われてるんですよ。もう現在進行形なんです。
 長くなりそうなんで、この話は改めて書きますね。キリスト教は実は輪廻を説いているって話です。

[674] アルメニア語の件 投稿者=Masa 掲示日=2011/05/21(土) 00:04:04 ここから閲覧

御世話になっております。
投稿ミス削除ありがとうございました。
ご迷惑をおかけしました。大変失礼いたしました。

入門書の件ですが、大学書林の分は書店で見てみたのですが、古典文法が対象で記述もかなり専門性が高そうで難しい印象がありました。当面歯が立ちそうにないので、現代語から先にやった方が良いと思い、まだ購入しておりません。

国際語学社のは西方言と古典の2つがあり、内容は今は無き泰流社のと中身が全く一緒のようですね。泰流社の時はたしか1冊が1万5千円ぐらいでビックリするような価格だったと思いますが、国際語学社で復刊してからは4千円ぐらいになっているので、遥かにお買い得ですね。(それでも私の財布では買うのにちょっと勇気がいりますが)

西方言の方は持っており、最初はこちらで学習していたのですが、入門書というよりは他のインドヨーロッパ語との比較も随所に取り混ぜた文法書という雰囲気があり、ある程度平易な入門書や会話集で慣れてからでないと、敷居が高い感じがします。
また、手持ちの辞書は日ソで購入しましたが、東方言で西方言とは語彙的にも結構違いがあるようです。ある程度なれたら音韻法則で置き換えたり推測も可能なのでしょうが、入門段階ではそれも難しいですね。またアルメニア本国は東方言なので、外国人としてはそちらからやった方が良いかもしれないと思い探したのですが、なぜか西方言の方が圧倒的に出版が多く、なかなか見当たらなかったのですが、Spoken Language Servicesから出ているSpoken East ArmenianがAmazonでも入手ができるので現在はこちらを使っています。

この本はなかなか入門書として使いやすいようでお勧めです。アルメニア語は綴り字の有気・無気がスペル通りにならなかったり、発音しない文字があったりしてしかも辞書はアルメニア人向けがほとんどなのでその旨の記載がなく外国人学習者には結構厄介です。
この本はLesson30までありますが、最初の10課はアルメニア文字と一緒に実際の発音表記も記載されていますし、その後も新出単語には発音が併記してあるので、確認しながら
勉強ができるので助かります。また会話を中心に漸進的に進んでいき、文法事項もそれに応じて少しずつ出てくるので、無味乾燥な文法書と違い、生きた言語として感じられるのが気に入っています。

ただ惜しむらくは古い本のためスペリングが古い伝統式なままで、現在アルメニアで流布しているは改正正書法になっていない点です。辞書は当然改正式なので単語を確認したい時が、目当ての単語になかなか行きあたらずその点がちょっと不便です。
もっともネットで入手したアルメニア語の聖書を見てみるとスペリングは伝統式のようなので聖書の読解として考えると伝統式で慣れておくのも良いかもしれません。
あと発行年代が1975年と古く音声教材はすでに品切れで入手できないのでこちらはネット上のリソースでなんとか補っていこうと思っています。

お書きになられていた、グルジア語の聖書も興味をひかれますね。しかしコーカサスは結構狭いのに全然異なる多種多様な言語が混在しており、なんか不思議な感じです。ノアの方舟がついたというアララト山もたしかあのあたり(現在はトルコ領内のようですが)でしたし、その意味では聖書の世界を地でいく土地柄ですね。コーカサスをみるとノアの方舟に怒った神様が人々の言葉をばらばらにしてしまったという話もなんとなく納得できるような気もしますね。

[673] 大津波と原発(ヤハウェ原子力説) 投稿者=真理子 掲示日=2011/05/20(金) 16:13:23 ここから閲覧

 今日なんかかなり暑いのにヤフートップページによれば電力は十分足りてるみたいね。電力不足とか計画停電とかがいかに大ウソかがよくわかります。みんな、政府も東電も新聞もテレビも私たちを殺そうとする大ウソつきどもよ。私がヤハウェだったら全員即時民26:10みたいに地獄に飲み込んでやるわ。地獄でプルトニウムの劫火に永遠に焼かれるがいいわ。

 そんなふうに怒りっぽいヤハウェ御大は、実は原子力にほかならなかったという説が浮上しました。なるほど、原子力は原子というそんじょそこらどこにでもあるものにひそむ力です。たしかに世界のあらゆるものを創造できるわけですわ。
 なるほど、それで契約の箱って、ヨシュ4:7みたいに水をせきとめるわ、サム上5:3-6みたいに人々を謎の力(たぶん放射能ね)で倒すわ、サム下6:6-7みたいに触れたものを即死させるわ、危なっかしいわけよね。契約の箱って持ち運び式の原発だったのよ。

 そのヤハウェ原子力説は、実は最近出た、内田樹・中沢新一・平川克美『大津波と原発』(朝日新聞出版。740円)の第5章『原子力と「神」』の中で展開されている議論を、多少茶化して書いたものです。
 もともとは、4/5にUstreamで中継された鼎談で、今でもラジオデイズ
http://www.radiodays.jp/item_set/show/485
から500円で音声でダウンロードできるものを文字起こししたものです。だから音声で聴ければいいという人は、このリンクからダウンロードしたほうがちょっと安いです。
 こんなふうに茶化して紹介すると、きわもの鼎談かとお思いかもしれませんが、震災と原発事故を、単に現象をとらえるのではなく、思想として、歴史の転換としてとらえた重要な議論で、ぜひお読み/お聞きになることをおすすめします。

[672] 哀歌、知恵の書4章 投稿者=真理子 掲示日=2011/05/20(金) 11:08:29 ここから閲覧

 今日は哀歌について書くことが多いので、知恵の書の話はあさって次の章とまとめて書いて哀歌の話だけ書きます。
http://bit.ly/jMb8AW
 まず、哀歌のヘブライ語を覚えましょう。簡単です。「エーカー(אֵיכָה)」です。笑っちゃいますね。これは感嘆詞「ああ」で、冒頭の単語からとったんですけど、偶然に似てしまいました。
 エレミヤが書いたという伝説がありますんで、キリスト教の聖書ではエレミヤ書の次に配置されて、まるで預言書の一つみたいになってますが、これは預言書ではなく、むしろ文学です。ユダヤ教の聖書では「諸書(その他の書)」の中のメギロートという5つの短い、特定の祭に朗読される専門の本の1つになっています。哀歌はアブ月(第5月)9日、エルサレム神殿破壊記念日に朗読されます。
 ただし、エルサレム神殿の破壊の日は、先週読んだエレ52:12では5月10日、まだ読んでない王下25:8-9では5月7日です。あれれ、合いませんね。実はこの神殿破壊記念日って、ユダ王国最後の第一神殿破壊の日じゃなくて、その後再建された第二神殿がローマによって破壊された、紀元後70年(ユダヤ暦の)5月9日なんですよ。すると、合わないどころか不気味な暗合ですね、よくよく同じような日に破壊される神殿だってわけです。
 で、神殿が破壊され、エルサレムが破壊された混乱のきわみを、5つの詩に詠んだのが、この哀歌というわけです。
 しかも、すべて22節の詩、その各節の最初はヘブライ語のアルファベット22字だという技巧がこらされた詩です。
 こういう詩は、日本語でやると「一つでたほいのよさほいのほい、一人娘と……」っていうよさほい節(全部見たいなら http://bit.ly/8X73Gd ね)というバカバカしいものか、兼好と頓阿の歌の応答「夜も涼し寝覚の仮庵(かりほ)手枕(たまくら)も真袖(まそで)も秋に隔てなき風」「夜は憂し妬(ねた)く我が背子(せこ)果ては来ずなほざりにだにしばしとひませ」は五七五七七の最初の字と最後の字を続けて読むと「米(よね)たまへ銭もほし」「米はなし銭すこし」が現れる、という暗号めいたものか、いずれにせよ真摯な感動の発露とはちょっと言いがたいところがあります。
 もっとも最近の話題では、KAT-TUNのRUN FOR YOUの歌詞は、各行冒頭の字を縦読みすると「頑張れ日本」という、世間的には感動的、私にとっては非常に不快な文が現れるんだそうで、こういう技法は2ちゃんねるで鍛え上げられて今後は流行するのかもしれませんけどね。
 でも、たとえば朝鮮の古典『春香伝』では、若旦那と契りを交わしたキーセンの春香が、悪代官からオレの女になれと迫られたのを断ったため拷問されるというヤマ場で歌うのが、「十杖歌」という、まさに「一つでたほいの」式の数え歌なんですよね。世界的には、こういう形式をふんだほうが、むしろ感動を強くするってことになってるのかもしれません。

 さて、この哀歌は、震災の被災地の写真などを思い浮かべながら読むと、いちいち符合する箇所が多くて、たいへんに感動的です。
 でも、震災のほうは地震や津波でそうなったわけですが、こちらは人の手でこうなったわけなんで、よけいにやりきれないという感じです。以前私が「たかが地震」「たかが津波」と言ったとおりです。これがテロでああなったっていうなら、相手への憎しみと際限のない殺しあいになりかねませんものね。今のアメリカみたいに。
 だからこの哀歌にも、相手への憎しみや復讐心を詠みこんだ部分がありますが、ふしぎなことに神様への怒りはないんですよね。こういうわざわいをもたらしたのは神様だと、はっきり書いてあるというのに。そこらへんは、すでにご紹介した新潮45の山浦玄嗣さんの「天を恨まない日本人」と同様です。「神を恨まないユダヤ人」というわけですね。天なり神なりを恨むっていうのは、ちょっとやそっと程度のわざわいのときなんで、あまりにひどいわざわいのときには、そういう気持ちも突き抜けちゃうのかもしれません。
 そんなわけで幸か不幸かこの本はいまが旬の本になってしまいましたので、心してお読みくださいませ。

 ところで、「米たまへ」みたいな技法がいろは歌にもありまして(もちろん偶然の結果なのですが)、「いろはにほへと…」を7文字ずつ区切って下の字をつなげると、「咎(とが)なくて死す」という文が現れます。すでに江戸時代にはみんな知ってる話で、忠臣蔵のお芝居・仮名手本忠臣蔵も、四十七士=いろは47字=咎(とが)なくて死す、っていう隠されたメッセージがあるんです。
 さらに、その状態で、右上隅、左上隅、左下隅をつなげると「いゑす」になりますんで、「イエス、咎なくて死す」というキリスト教的な暗号詩だという話もあります。
 ここまでは私も知ってましたが、いま偶然に http://bit.ly/ik8VEl を見たら、同じ状態で上の字をつなげると、「いちよらやあゑ」となり、これはヘブライ語のイーシ・エル・ヤハウェ(神ヤハウェの子)なんだそうで、神の子イエスが咎なくて死す、ってことなんだそうです。頭が痛いわ。

[671] 国歌と国旗 投稿者=真理子 掲示日=2011/05/20(金) 03:53:59 ここから閲覧

 昨日は大阪府知事・橋下徹さんがTwitter中毒になってますね。http://twitter.com/#!/t_ishin で彼の主張を拝読できますし、Twitterに入って、@t_ishin を検索していただきますと、それに対するリアクションを読むことができます。

 ついでですから私の国歌、国旗観を簡単にまとめておきますと、
1 国歌=君が代、国旗=日の丸。変更する必要はぜんぜんナシ。ただしそれは、日本がこの国歌と国旗によってアジアを侵略したという負の歴史をも受け継ぐという覚悟の上でのことです。そういうナマナマしいものだからこそ国歌国旗にしなきゃいけないんです。国歌国旗に対するいい思い出もいやな思い出も全部受け継ぐんだということです。
2 入学式卒業式に君が代日の丸起立斉唱は賛成です。だって、それをやらないと、国歌国旗忌避の先生方の活躍の場がなくなっちゃうじゃありませんか。国歌国旗は美しいものであり、汚らわしいものであるという教育を身を持って体現なさっている先生のご苦労を無にしてはいけません。
3 よって行政は、入学式卒業式に君が代日の丸起立斉唱という通達は続行すべし。ただし、それを忌避する先生生徒方の行動を黙認する、というオトナの対応をすべし。

 しっかし、橋下徹って坊やというかガキというか、天真爛漫な子どもよね。私、どんな危機が降りかかっても、こういう手合いには弁護を頼まないわ。

 最近、「絆」とか書いて、背景が日の丸を思わせる自民党のポスター、うざったくて仕方がないわ。どうしてみんな、そんなにつながりたがるの? つながるのは夫婦の間だけで十分よ。

 ついでながら、お隣の韓国は、日本以上に重苦しい社会。なにしろ反政府デモすら太極旗に愛国歌ですもの。これだけ国歌国旗の認知度が高い国も珍しいわ。

[670] Re:アルメニア語の聖書 投稿者=真理子 掲示日=2011/05/20(金) 03:17:04 ここから閲覧

 アルメニア語もグルジア語もWindowsで出ますし、Unbound Bibleでテキストデータが手に入りますので、サポートしようと思えばいつでもサポートできるのですが、私がまったくできない言語のものをアップするのも気がひけますので今まで遠慮していました。でも、それをいったらコプト語とかビルマ語とか、私のまったく知らない言語のものもいろいろアップしてますんで、アルメニア語やグルジア語の聖書データをアップしない理由はありませんね。今月中にアップしますね。
 入門書って何ですか? 大学書林のですか? 国際語学社のですか?

[669] アルメニア語の聖書 投稿者=Masa 掲示日=2011/05/19(木) 22:16:15 ここから閲覧

いつも、資料を利用させていただき、
御世話になっております。

何かの話でアルメニアは最初にキリスト教を国教にした国だと
いうことを聞ききました。
自分の場合、宗教的な意味ではなく、語学的な興味からだったのですが、
アルメニア語で聖書を読んだら面白いかもしれないなと
思い、最近アルメニア語を始めました。

聖書も無料でダウンロードできるサイトがあったのでそれは
良かったのですが、いざやり始めてみると
思いの他大変だということがわかりました。
何しろ、確立した文章語が2つ(東方言と西方言、ちなみにアルメニア共和国は
東方言)で、微妙に文法も異なれば発音も違いそれぞれに聖書の訳があるようです。
また、東方言はソ連時代に正書法の改正が行われているのですが、
国外のアルメニア人は伝統的な旧正書法を使っているようで、
手持ちの入門書は旧正書法、辞書は新正書法なので、外国人に
とっては辞書を引くのも大変です。

やはりいきなり聖書を辞書を引きながら読むのはさすがに
無理だと悟り入門書である程度基礎をつけてからにしようと思い
入門書をひも解いていますが、ドイツ語やフランス語など
豊富な資料が得られる言語と異なり、やる人が少ない言語
の学習はなかなか難しいですね。
しばらくは悪戦苦闘が続きそうです。

[668] 新潮45 6月号が面白い 投稿者=真理子 掲示日=2011/05/19(木) 10:26:50 ここから閲覧

 昨日発売の新潮45 6月号は読みごたえがあります。
 和合亮一さんのTwitter詩がすごいという話は[667]でご紹介しました。
 聖書関係でいえば、ケセン語聖書の山浦玄嗣さんの談話が載ってます。押し寄せる津波からどうやって逃れたかは迫真の話です。詳しく書くと雑誌が売れなくなるのでこれ以上は書きませんが(次号が出たら書きます)、まさに神様が救ってくれたという奇跡が起こってます。
 また、今春に聖書の翻訳を、こんどは普通の日本語で、でも舞台を幕末に移したものを出そうとしたら、この震災。なんとかハードディスクは持ち出せたので、9月くらいに出るらしいです。楽しみです。
 中島義道さんの『「がんばろう日本」という暴力』。ACの広告の暴力性についてはかねて私も指摘していましたが、それとは別の観点から、いかにあれが暴力であるかが書かれていて、共感しました。『ひとつになるなニッポン』という、池田清彦さんと養老孟司さんの対談も同じ方向です。
 風樹茂さんの『怒れ足立区・荒川区!』とか、記者匿名座談会とか、やっぱり計画停電が真っ赤な猿芝居であったことを暴露しています。
 このほか、震災・原発事故以来私たちがなんとなく感じてきたことがハッキリ書かれている論文が満載で、溜飲が下がります。ぜひお読みください。

[667] 箴言2-3章 投稿者=真理子 掲示日=2011/05/19(木) 10:14:20 ここから閲覧

http://bit.ly/mCuNeF
 箴言っていうのはTwitterなのかもしれませんね。私なんか掲示板への書きこみがついつい長くなっちゃいますけど、短くぐさっと言うっていうのが大事なことも多いですね。
 昨日発売の「新潮45」6月号の話は改めて書きますが、和合亮一さんの「詩の磔/詩ノ黙礼より」っていう詩、実はTwitterのつぶやきを選んでつなげただけなんですけど、それで詩になってしまうというのがすごいです。「放射能が降っています。静かな、静かな、夜です。」なんか、三好達治の「雪」、あの「太郎を眠らせ、太郎の屋根に雪ふりつむ」ってやつです、あれを思い出させるような静けさながら、なんと不気味なんでしょう。
 かく言う私もTwitterをはじめましたが、お下劣なエロツィートばっかりですね。強精剤は精液までは作ってくれないとか、何書いてるんだか。

 でもこの場を借りて言わせていただきますが、私たち夫婦にとってエロねたは切実なんで、今後もひんぱんにエロねたのツィートはいたします。おいやでしたら適宜読み飛ばしてください。フォロー解除していただいてもけっこうですわ。
 前の主人とはセックスレスになってしまって分かれたので、絶対にセックスレス夫婦にはなりたくない。セックスレス夫婦なんて別居夫婦と同じように無意味なものです。
 本能のままにセックスのできる若い方なら、セックスを隠微な汚らわしいものとでもしておかないとバランスがとれないんでしょうが、切り上げ♂50/♀40のじじばばは、本能のままに体がついていかないんです。5時に夢中!なんかに出てくるおばさんコメンテータが性欲むきだしの発言をするのを苦々しく思ってる方は多いかもしれませんが、私にはよくわかります。あのくらいでないとセックスレスになっちゃいますもの。
 私たちと同じような悩みをかかえている方はきっと多いはずなんで、情報交換および勇気づけのために、主人の了承を強引にとりながら、ああしたこうしたということを書いていきます。若い方はにやにやしながら読んでいただいても結構ですが、いずれはあなたもこうなりますわよ。

 こんな話で終わっちゃ聖書の話にならないので一つだけ。
 箴3:28 あなたが物を持っている時、その隣り人に向かい、「去って、また来なさい。あす、それをあげよう」と言ってはならない。
 そう。今でなきゃダメってことはあるんですよ。荘子に「轍鮒の急(てっぷのきゅう)」っていう話があります。 http://bit.ly/drEJr5 そんなもんです。
 だからいつ被災者に渡るかあてにならない日本赤十字社経由の義援金だけじゃなく、今必要な援助っていうのも必要なんですよね。日本赤十字社的なシステムは古いんです。 http://b.volunteer-platform.org/ とか、http://311help.com/ とか見て、きめの細かい支援が必要なんでしょう。

[666] 詩編66-68編、知恵の書3章 投稿者=真理子 掲示日=2011/05/18(水) 14:16:23 ここから閲覧

●詩編66-68編
http://bit.ly/mP39Fg
 例によってかわりばえのない詩。交読文には短い67編がとられてますが、私は66編の、神は苦難をも与えるけれどかならず救ってくださるという内容の詩のほうが好きです。

●知恵の書3章
http://bit.ly/miymlE
 13節の「たとえ子を産めなくてもけがれのない女は幸いだ」っていうの、子どものできない私には慰めだけど、「けがれのない」というほうも私には当てはまらりそうにないわ。どうすればいいの? いえ、けがれてるんじゃなくて、単にセックスが好きなだけなのよ。

[665] 放射線が降って来る 投稿者=真理子 掲示日=2011/05/18(水) 10:52:16 ここから閲覧

 以前に5時に夢中!で北斗晶さんが、「1ミリシーベルトとか20ミリシーベルトとかわかんない。誰かこのバカな私にわかるように教えて」なんてコメントなさってました。北斗さんらしい飾らないご意見。実際、正しくわかってる人なんて誰もいないんじゃないかしら。だって原子力なんてたかだか70年の歴史しかないんですもの。確実な安全基準なんて誰も作れないわ。
 でも、素朴に考えて「健康のためにタバコの吸いすぎに注意しましょう。せめて1日1箱までにしましょう」って言ってた人がよ、「1日20箱まで大丈夫」なんて言いはじめたら、誰が信じられるでしょうか。明らかにウソをついてるじゃないですか。そういう単純なことなんですよ。

 そして、もう一つわかりにくいのは、1ミリシーベルトとか20ミリシーベルトとかいうのが年間の被曝量であり、いろいろなところ、たとえば http://radiation.goo.ne.jp/ (goo 全国放射線量マップβ版)とかで表示されているのが、1時間あたりの被曝量だってことです。いろんなマップの中ではgooのが一番わかりやすいように思いますが、このページも、地図のほうは1時間あたり、下の「日常生活と放射線」のほうは年間なんですから、わざとわかりにくくしているとしか思えません。
 思い切って単純化しましょう。20ミリシーベルトなんていうバカ数字はこの際シカトです。1ミリシーベルトつまり1000マイクロシーベルト/年ってことは、それを365で割って24で割れば、0.114。多少厳しくみて、0.1と覚えましょう。
 このマップの数字が0.1をちょくちょく超えてるようならちょっと考えたほうがよさそうですね。
 しかもこの数字って、天から降り注いでくる放射線の値であって、水や食物から摂取されるであろうものは含まれていないという重要な話があります。
 一般に、「わからなかったら慎重に」というのが鉄則なんで、私としては、0.05を常時キープしているような地域は、慎重を期する方は疎開を検討なさったほうがよろしいんじゃないでしょうか。
 つまりは関東一円です。私の住む神奈川県も常時0.05。これで足柄茶が出荷停止になっちゃうくらいなんですからねる
 私たち夫婦はもうあとがないじじいばばあですし、さんざんセックスしてるのに子どもができないんで、たぶん神様はもう子どもを恵んでくれないんじゃないかしら。だから最後の最後まで横浜に住み続けますし、避難するならもっと緊急を要する地域からと思うので、じっとしておりますけど、お子様をお持ちの方で、経済的に余裕があるなら、ウッチー(内田樹)先生がおっしゃるように、できれば西のほうに移住、せめてお子様だけでも疎開を検討してみてはいかがでしょうか。

[664] Re:#649 daat と chokhmah 投稿者=真理子 掲示日=2011/05/18(水) 10:17:08 ここから閲覧

 どうもありがとうございます。
 ヘブライ語の辞書ってアラビア語の辞書と違って、実際の形でひけるので(特に聖書ヘブライ語の辞書は活用形でもひける)、ついつい語根にさかのぼることを怠っちゃいます。特にדעת ダアト→ידע ヤダアみたいに離れたページになっちゃうとなおさら。アラビア語の辞書みたいに、語根にさかのぼらなければひけないようにしてしまうのは、不親切なようで親切なのかもしれませんね。
 でも私がふだん使ってる名尾先生の旧約聖書へブル語辞典って、訳語があんまり吟味されてなくて、語根にさかのぼってひいてもよくわからないことが多いんです。実際ひいてみても、
  ヤダア……知る、悟る、わきまえる、巧みである、(神が)選び出す
  ハカム……知恵がある、知恵を得る、賢くなる
なんで、いまいちわからなかったです。

 いま、DavidsonのThe Analytical Hebrew and Chaldee Lexiconを、ひまなときに少しずつ全ページスキャンして、簡単な検索機能をつけて公開しようかなって思ってます。これは昔の本なんで著作権ありませんから。そのため自炊(製本解体)しちゃったんでバラバラでひきにくいんですが、これだと、
  ヤダア……to know, perceive, discern, be aware of
  ハカム……to be or become wise
なんで、かなりすっきりしますね。名尾先生のほうは、ヤダアに「巧みである」なんていう余計な訳語があるんで、ハカムとの違いがわかりにくかったです。
 こうやって書いてると、Davidsonの本ってけっこう便利だわ。スキャンを急ぎますね。

[663] #649 daat と chokhmah 投稿者=HK. J. 掲示日=2011/05/18(水) 02:38:11 ここから閲覧

649: KJVは前者がknowledgeで後者がwisdom、ヘブライ語は前者がダアト(דָּעַת)で後者がホクマー(חָכְמָה)、一応違う語なんですけど、ヘブライ語でどういう違いがあるのか。。。

一応、דעת daat のほうは、ידע yadaa という動詞、חכמה chokhmah のほうは、חכם chakham という形容詞から来ていますので、それぞれ、「知ること」「賢くあること」で、KJVは上手に英語に直訳していますね。

[662] 「箴」言 投稿者=HK. J. 掲示日=2011/05/18(水) 02:29:23 ここから閲覧

広東語で読むと、jan1 yihn4 となります。「箴」「針」どちらもまったく同じ発音。
ぐさっと来る言葉・・・・納得しました。

[661] 新潮45にケセン語聖書の山浦さんの記事 投稿者=真理子 掲示日=2011/05/17(火) 18:22:42 ここから閲覧

 Twitterから仕入れた情報によれば、新潮45の6月号(たぶん明日発売)に、ケセン語聖書の山浦玄嗣さんの「天を恨まない日本人」というエッセーが載ってるらしいです。ご無事だったのね。

[660] やっぱり猿芝居だった計画停電 投稿者=真理子 掲示日=2011/05/17(火) 13:08:59 ここから閲覧


(http://www.youtube.com/watch?v=75hNMYam9mE)
 もう何も言わないからこれ見てちょうだい。

[659] 列王記上5-9章 投稿者=真理子 掲示日=2011/05/17(火) 13:08:59 ここから閲覧

http://bit.ly/m9LETm
 一章の長さが長いのでけっこう分量があります。歴史小説を読むように適当に飛ばし読みしてください。どうせ、「王国の支配を確立したソロモンは、いよいよ神殿を建設します」という一文で要約できちゃう内容です。
 いままで、神様をまつる場所は幕屋という移動式の簡易神殿だったんですが、ここへきていよいよ壮大な神殿ができるわけです。
 で、この神殿が木造だっていうのが日本人にはびっくりですね。どっしりした石造りなのかと思ったらレバノン杉でできている。乾燥地帯では木造こそがぜいたくなんでしょうね。レバノンといえば杉というイメージですが(国旗もレバノン杉だし)、伐採しすぎて今では保護対象らしいですね。神殿建設もレバノン杉の危機に一役買ったってことかしら。
 神殿の模型といえばこんなものがあります。
http://www.bible.or.jp/purchase/newbible/sanctuary.html
 ただしこれは、ソロモンの立てたものじゃなく、バビロン捕囚後に建設されヘロデ王のときに大拡張された第二神殿です。
 また、ケセン語聖書の山浦玄嗣先生が荷造り用の神ひもで第二神殿の模型を作ったみたいですね。
http://laudate.cocolog-nifty.com/blog/2009/11/post-861b.html
 たぶん非公開なんだろうと思いますが、今回の震災で無事なのかしら。

[658] 出エジプト記37-40章、知恵の書2章 投稿者=真理子 掲示日=2011/05/16(月) 10:34:28 ここから閲覧

●出エジプト記37-40章
http://bit.ly/jPLNE2
 出エジプト記も今日で終わりです。
 36章以来、ユダ族のベザレル(ベツァレル)という職人が指名されて、幕屋や祭壇や契約の箱などの宗教施設の建設を行います。
 こんなことを砂漠のどまんなかでやってたはずはないんですけど、そこはそれ、出エジプト記以降は、後々にだんだん整備されていった律法が、実はエジプト脱出のときに与えられたという「神話」ですから、そのつもりで読みましょう。
 それからこの部分は、猛烈なデジャヴ感に襲われません? つまりここって、偶像鋳造&モーセぶち切れ事件以前に、神様から与えられた指示の忠実な再現ってわけです。たとえば出36:20-34の幕屋の壁板と横木の話は、出26:15-29で指示されたとおりです。いちいち対照させて読むと面白いかもしれません(私はまだやってない)。こういうところは、「全部神様の言いつけ通りにやりました」とだけ書けばすむ気がするのですが、それですまないところがユダヤ人らしいところですね。
 どこかで読んだ話ですけど、タルムード(律法の細則集)もこんな感じになってるらしいです。最初にきまりを書いて、次に現実に行われたことを書く。同じことを二度書いてるような気がしますけど、それはいわば、「法律」「判例」のようになってるわけです。
 アラビア語もそうですけど、ヘブライ語って現在、過去、未来という時制じゃなくて、完了、未完了なんですね。だから律法も、原則を未完了で書いて、実際にやったことを完了で書いてます。

●知恵の書2章
http://bit.ly/kWRJFY
 死んだらそれっきりと思って享楽にふける愚か者は、自分たちが享楽にふけるだけでなく、正しく生きる人をうざったく思って迫害をしちゃうという話です。

[657] 田川訳ルカ伝 投稿者=真理子 掲示日=2011/05/16(月) 09:54:12 ここから閲覧

 しばらくノーマークで忘れてましたが、田川建三さんの新約聖書、1(マルコ・マタイ)、3(パウロ書簡)、4(パウロ・偽パウロ書簡)に続き、2上(ルカ)が出ました。次は2下(使徒)が出るみたい。
 全6巻なのかと思ったら、2が上下に分かれたので6巻7冊ってことらしいです。2はあまりにいろんなことを書きすぎちゃったってことかしら。
 例によって田川先生の毒舌ぶりが面白いんですけど、たまたまあけたルカ14:13の「不具」(文語訳。何よWindowsのIME。不具が変換できないわ。差別語もちゃんと登録しなさいよ! 差別語を差別するのはやめましょう)の話が感銘深かったです。
 ギリシア語、ネストレ・アーラント(以下NA)はαναπειρους(アクセント略。以下同。また以下は原形のαναπειρος にしますね。でも本来のつづりはαναπηροςで、αναπειροςとかαναπιροςとかいうバリエーションもあったみたい。現代ギリシア語ではει(古典ではエイ)もη(古典エー)もι(古典イ)もみんなイって読むんですけど、そういう発音の変化がもうこの時期に進行中で、後2世紀には「知識人は本来のηと書きたがるけど現実にはειが多い」という感じだったみたいです。そんなことをぶつぶつと書いたあと、NAがειのほうを採用してちっとも注をつけていないことを指摘して、NAはつづりの問題は無神経で必要な情報を提供していない、と書いてます。
 NAは私も本棚の飾り物にしてて、しょっちゅう参照してるわけではなく、「何かあったらNAを見ればこういう問題が全部書いてあるんだろう」と思ってましたが、そうでもないんですね。田川先生は細かいことにごちょごちょうるさくて、だから各巻が分厚くなるんですけど、こういう小うるさい本を手元に置いとかないと、NAだけじゃ役立たないってことですね。

 ちなみに、これは私の持論なんですけど、古典ギリシア語を勉強するなら現代ギリシア語の読みで読みましょうね。だからアナペイロスはダメ、アナペーロスもダメ、アナーピロスです(ナのところにアクセントがあって、もとの母音の長短にかかわらず、アクセントのあるところを長く読むのがナイスです)。

[656] 電力不足は官製デマよ。節電はやめます 投稿者=真理子 掲示日=2011/05/15(日) 10:00:32 ここから閲覧

 ほら、やっぱり電力不足ってウソなのよ。
 バカ政府とバカ経済産業省とバカ東電が「ほーら原発は必要だろう?」というので仕組んでる官製デマなのよ。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokuho/list/CK2011051202000064.html
 途中までしか読めないから全文はこれね。著作権を無視してアップしちゃいますわ(私もネット某所から拾ってきました)。
http://www.babelbible.net/images/110512-1.jpg
http://www.babelbible.net/images/110512-2.jpg
 もう朝日も毎日も読売も日経もNHKもどうせ記者クラブ&官房機密費漬けでデマの垂れ流ししかしないから信用できないけど、東京新聞は少しは信用できるのかしら?
 さあ、どんどんエアコンつけよっと。今日は暑いし。

 このぶんじゃあの計画停電もバカ政府とバカ経済産業省とバカ東電が仕組んだ猿芝居だったのね。

[655] ガラテヤ1-3章 投稿者=真理子 掲示日=2011/05/15(日) 09:44:01 ここから閲覧

http://bit.ly/lTUtd3
 今週と来週の手紙は「ガラテヤ人(ガラテヤの信徒)への手紙」です。
 書いた人はパウロ。2コリみたいにいくつかの手紙が合成されたということはなく、全5章を最初から順番に読んで大丈夫です。
 ガラテヤというのはいまのトルコの中部、当時のローマでは一つの属州になっていました。パウロは第1回宣教旅行(46-48年)と第2回宣教旅行(49-52年)の2回訪れています。使徒行伝(使徒言行録)では使16:6使18:23にこの地名が登場します。

 この手紙はパウロのいわばユダヤ教との決別宣言みたいな内容になっていまして、新約聖書の中でも一番新約聖書らしいものです。
 イエス様の教えはいわば「ユダヤ教イエス派」みたいなもので、非常にユニークであるとはいえ、ユダヤ教の枠内にとどまるもの。イエス様の直弟子ペテロ(ケパ)たちの考えも基本的にそう言えます。ところがナマのイエスに会ったことのないパウロは、イエス様の教えを換骨奪胎して、ユダヤ人だけでなく全世界の人を救いうる独自の宗教を作り上げました。
 そんなわけでパウロと他の使徒たちの考えは大きく違い、異邦人と食事をしていいかどうかの論争をきっかけに激しく対立します。このへんの話は使11に出てきます。ペテロはいろいろブレた末に異邦人との食事を否定しちゃうので、パウロは激しく対立するのです。
 こういう対立の中でガラテヤ地方の諸教会はいろいろ揺れ動いたようですが、パウロはなんとか自分の側にひきとめようとして書いたのがこの手紙というわけです。

[654] コンサイス・バイブル 投稿者=真理子 掲示日=2011/05/14(土) 21:21:29 ここから閲覧

 [639]でご紹介した、繁華街に街宣車を繰り出して不気味な声で脅し文句をうなっている困った団体「聖書配布協力会」が出している「コンサイス・バイブル」が届きました。聖書のさわりを要領よくまとめた本で、読み物としてはうまくできていると思います。こういういい本作ってるんだったら、街宣なんかやらないで、ギデオン協会のかわりにホテルなんかに配ればいいのに。
 そう、ギデオン協会って新約聖書そのままを配布してるけど、新約聖書そのままを解説なしに読んだって、マタイ冒頭の系図でイヤになるに決まってるわ。そんなのよりこれ配ったほうがずっと親切。
 本文にはもとの書名・章・節が書いてないけど、巻末に書いてるので、「この話どこに載ってたっけ」と調べることもできます。
 ここのサイトの中の聖句は新改訳聖書から引用してるみたいですが、この本は違います。独自の文になってます。

[653] ケセン語聖書出版社の今 投稿者=真理子 掲示日=2011/05/14(土) 19:36:18 ここから閲覧

http://blogs.yahoo.co.jp/cjc_skj/27802865.html
 山浦玄嗣(やまうら・はるつぐ)さんがケセン語(岩手県大船渡周辺の方言)に訳した福音書を出版しているイー・ピックスのいまを伝える記事。本社社屋は流され、倉庫内の本はほとんど水につかり、売れそうな本を探して乾かしてるんだそうです。
 それにしても山浦さん自身はどうなったのかしら。安否情報ではどうやら生存しているらしいという話は以前ここでも書きましたけどね([588])。
 もしよろしかったら、みなさんイー・ピックスを支援するためケセン語聖書を買ってあげてください。私がいつも使ってる紀伊國屋書店には在庫ナシ、amazonではマタイとマルコが新品在庫があるようですね。教文館にはあるかしら。
 一つだけ買うならマルコです。聖歌も入ってますから。
 ローマ字や特殊カナで書かれたケセン語は読みにくいので、CDを聞くといいです。ほとんどわかります。
 それから注釈がすばらしい。福音書のヘンな記述もご自分なりに考えて答えを書いているので、真理子流の聖書の読み方の姿勢と一致します。ていうか私自身が、山浦先生のご本から影響を受けてますから。

[652] ルカ7-8章、知恵1章 投稿者=真理子 掲示日=2011/05/14(土) 11:15:22 ここから閲覧

●ルカ7-8章
http://bit.ly/mFFsOQ
 最近福音書を読むのが苦痛です。本来は聖書の中で福音書がいちばんありがたく面白いはずなんですけどね。これでもかこれでもかと来る奇跡物語がばかばかしくって読んでられないわ。
 なんでばかばかしいかというのは長くなるんで別の機会に書くことにして、ここでは7章のこの関係、
  天国の住人>ヨハネ>女から産まれた者
っていうのがどういうことかを考えておきます。
 ってことはよ、女から産まれた者は天国に行けないってことなんじゃないかしら?
 ねえイエス様、あんただって女から産まれた者じゃなくって?
 一般的にはここは、ユダヤ教の時代つまり預言者と律法の時代としては、「ヨハネ>女から産まれた者」であり、イエス様による救いの後は「天国の住人>ヨハネ」であり、この不等式をつなげちゃいけないってことにはなってます。
 歴史的なイエス様は、ヨハネの弟子として宗教家人生をスタートさせたんですけど、キリスト教ではイエス様を神格化しちゃいますんで、ヨハネはただの露払いになっちゃう。そのくせ全否定もできないという、非常に微妙な位置にありますよね。


●知恵1章
http://bit.ly/iqlfXc
 「ソロモンの知恵の書」と呼ばれることも多いように、著者はソロモンということになってますが、実際には紀元前1世紀、つまりイエス様の時代より100年前くらいに、エジプトのアレクサンドリア(アラビア語読みだとイスカンダルなのよ。宇宙戦艦ヤマトファンの皆様ご存知?)で、ギリシア文化にどっぷりつかったユダヤ人や外国人用に、ユダヤ教をわかりやすく教えるために誰かがギリシア語で書いたものというのが一般的な説です。
 「真理子のおまけ」は現在作成中で4章までしかできてません。急がなきゃ。
 1章、人間は本来不死であり、罪によって死ぬようになったというのは、キリスト教にも脈々と受け継がれている考え方なんですけど、はっきり言って真理子は不同意です。うちの異端教会「キリスト真理自由教会」ではハッキリ否定します。適当なインターバルで死というリセットを迎えなきゃ、永遠の生なんて退屈でしょうがないわ。

[651] エレミヤ書47-52章 投稿者=真理子 掲示日=2011/05/13(金) 12:16:00 ここから閲覧

http://bit.ly/iomRK7
 今日でエレミヤ書も終わりです。
 前々からそうでしたけど、エレミヤ書の最後は、なんだかごちゃごちゃとわけがわからないですね。
 モアブやアンモンといった周辺民族のその後の話、バビロンとカルデヤ人(バビロニヤ人のことよ)も最後には滅ぶぞという話、そういう未来の話が続いた後、最後はまたバビロン捕囚の話にもどっちゃいます。
 ユダの滅亡をぴたりと預言したエレミヤさん自身が、最後はどうなっちゃったのか、ちっとも書いてない。聖書に書いてない伝説によれば、エジプトに行った後、みんなから嫌われて殺されちゃったらしいです。今日の部分はなんだか、エレミヤさんが死んだ後、残された取材メモを単に並べただけという感じです。

 平成のエレミヤ、上杉隆さんも、みんなからいじめられちゃうかしら。
 地震翌日に1号機のメルトダウンをピタリと予言したというのに、みんなからデマ男扱いされ、活躍の場を奪われた。
 昨日になってやっとメルトダウンが公表されました。今朝のニュースはこれでもちきり、上杉さんは英雄扱い、と思ったら、何この扱いの小ささ! また報道管制してるの? それともみんな、もう怖いニュースは聞きたくないっていうんで、自主的に報道管制されたがってるの? 怖いニュースをぴたりと予言した上杉さんを、よってたかってみんなでいじめようっていうの?
 なんだか今の日本ってユダ王国ね。

 このところ私は、上杉隆さんを支援するため、有料メルマガ
http://www.mag2.com/m/0001112241.html
の購読も始めたし、手に入る限りの本は新刊で買ったし(印税が上杉さんのところに届くように古本じゃ買わないのよ)、登場している雑誌もできる限り買うようにしています。週刊プレイボーイで「AKB48でもわかるニュースの言葉」の連載が始まったので毎週買うことにしました。
 報道管制下に入ってる(と思う)新聞なんか読まないわ。WEBで十分。

[650] 大阪大学の語学本 投稿者=真理子 掲示日=2011/05/12(木) 14:17:47 ここから閲覧

 Twitterにも書きましたが、大阪大学出版会からけっこうよさそうな語学本が出ているのに気づきました。
http://www.osaka-up.or.jp/cat03.html
 まず、「世界の言語シリーズ」というので、1=スワヒリ語、2=中国語、3=モンゴル語、4=ベトナム語という4つが出てます。
 モンゴル語を買ってみましたが、キリル文字と縦文字の両方を扱い、しかも両者の関係を丁寧に書いてるのがいいです(キリル文字はハルハ方言の発音表記、縦文字は文語で歴史的仮名遣いみたいなところがあって、両者は自動変換できないんですね)。こんどベトナム語買ってみようかしら。
 それ以外にも「ハウサ語基本文法」「ヨルバ語基本文法」(どちらもアフリカの言語)、「アラビア語パレスチナ方言」なんていうのがあり、アラビア語パレスチナ方言を買ってみました。
 ヘンな語学本というとバカ高いくせに石の確率の高い玉石混交の大学書林とか、ほとんど石しかない国際語学社とか、ろくな出版社がないですけど、大阪大学出版会のは価格も安く、内容もよさそうなので、今後に期待したいです。

 大阪大学っていいますけど、実は旧・大阪外大なんでしょうね。もともとが東京外大と大阪外大とでは大阪のほうが圧倒的に質が高いと思ってましたけど、そこが阪大に統合されて、良質の外国語の学習書がしっかりした出版体制のところから安価に出るようになったんでしょうね。統合の強みかしら。
 東京外大はぜったいに東大と統合しないわよね。万万万一統合したら、二葉亭四迷はなんて言うかしら(旧東京外国語学校が東京商業学校=一橋大=に統合されたのに抗議して退学した)。

[649] 箴言1章 投稿者=真理子 掲示日=2011/05/12(木) 13:55:36 ここから閲覧

http://bit.ly/jsdMRO
 箴言の「箴」は「はり」です。東洋医学の「はり」も鍼灸の鍼って書いて「しん」と読みますよね。人の心をぐさり、世の真実をぐさり、針のような言葉、つまりはことわざですね。
 もちろんこういうのは長い間に人々の間につたえられてきたものをまとめたんでしょうが、ソロモン王の作ということになってます。今週の列王記で見たように、ソロモンは知恵のある王様なんですね。
 そういえば同時に読んでる旧約続編、2マカは今日で終わり、ただし説明は昨日書いたので今日は割愛しますけど、次からは「知恵の書」。これもソロモン作ということになってます。
 もっともソロモンは知恵の本だけでなく、雅歌のようなエロい歌も作ったことになってますけどね。

 これらの文学は「知恵文学」と呼ばれます。
 「あの人は知識はあるけど知恵はない」みたいに、知識と知恵を対比する場合、知恵というのは何らかの形でその人の中で熟したものという意味合いがあります。
 私はよく、受験秀才は知識はあるけど知恵はない、知恵があったのは幕末の世代までだ、なんて言ってますけどね。
 いずれにせよ聖書の世界で知恵といった場合は、今日の箴1:7の「主を恐れることは知識のはじめ、愚かな者は知恵と教訓を軽んじる」というように、信仰心のような意味で使ってます。
 え、主を恐れることは知識であって知恵じゃないって? 困ったわね。文語訳、口語訳、新改訳、フラ訳は知識って書いてるんだけど、新共同訳や関根訳は知恵なのよね。KJVは前者がknowledgeで後者がwisdom、ヘブライ語は前者がダアト(דָּעַת)で後者がホクマー(חָכְמָה)、一応違う語なんですけど、ヘブライ語でどういう違いがあるのか私はよくわかりません。

[648] 詩編63-65編、2マカ14-15章 投稿者=真理子 掲示日=2011/05/11(水) 09:33:21 ここから閲覧

 本日の通読箇所は詩編63-63編だけですが、つまんない詩でほとんど書くことがないので、昨日省略した2マカ14章と、明日のぶんの2マカ15章を同居させます。

●詩編63-65編
http://bit.ly/lHzgiK
 詩編の詩ってなんでつまんないかっていうと、またか、またかと同じような内容の詩が続くから。今日のやつもそうよね。
 考えてみれば詩編ってただの詩じゃなく、お祈りなのよね。
 プロテスタント教会だとどの教派も、牧師が祈りの内容を声に出して言うし、いろんな場で自分の祈りの内容を声に出す機会が多いけど、どいつもこいつもみんなワンパターンでつまらないわよね。それと同じよ。
 ていうか、人間、祈るような状況ってそうそうバリエーションがなく、たいていは危機に直面したときだから、そういう内容ばっかりになるのよね。
 ちなみに65編は新年の祈祷として交読文にとられてます。どこが新年?

●2マカ14-15章
http://bit.ly/iyZ7Fr
 2マカの最後は、象部隊のニカノル隊長との戦い。
 ニカノルは裏切り祭司アルキモを擁立してユダと戦います。
 戦いの決着がつかないので両者は和議を結びますが、勝手に和議を結んだことにデメトリオ王が怒り、和議も長続きせずまた戦いが始まります。
 長老ラジスの死のシーンは例によって2マカらしい残酷さですね。
 15章、安息日に戦いをすれば勝てるとニカノルは主張しますが周囲に反対されてとどまります。このへん、1マカじゃ早々と、たとえ安息日でも侵略されたら戦っていいという話になっていたので、ずいぶん違いますね。
 突然現れたエレミヤの霊に導かれ、ユダが勝利し、ニカノルが死んで、2マカが終了します。
 最後はつまんないあとがき。ギリシアの本って、つまんない前書きやあとがきがついてることが多いみたいです。