[ばべるばいぶる]

真理子の聖書日記


このサイトを作りながら、聖書を読みながら真理子が考えたことです。
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[67] 文語エレミヤ記 投稿者=真理子 掲示日=2008/11/13(木) 18:03:42 ここから閲覧

イザヤ書に引き続き、文語聖書のエレミヤ記(文語聖書だとなぜか「書」じゃなく「記」です)の入力を請け負うことにしました。こちらのほうは地の文も未入力なので地の文からです。
大判の文語聖書(っていうか今は文語聖書って大判しかないのね)を買って、スキャナにかけるために製本バラしてOCRしました。使ったのはeTypist。これって繁体字中国語なんかもサポートしてるだけあって旧字体の認識が強力。かなりいい感じで認識してます。
ただし今出てる文語聖書って、50websさんが底本にしてる本と文字遣い(漢字にするかカナにするか、送り仮名をどこから送るか)がちょっと違うんで、校正で直さなきゃいけないです。50websさんが底本にしてる1950/53年版も持ってるんですけど、小型で活字つぶれててOCRがうまくいかないんですよね。

[66] カインの末裔 投稿者=真理子 掲示日=2008/11/13(木) 17:56:55 ここから閲覧

ふと思いついたのでメモメモ。将来「真理子流注解」をつける予定なんでそのネタとして時々脈絡なく真理子の考えを書くことがあります。

カインのアベル殺し(創4)の原因はやっぱり神様の理不尽なエコヒイキですよね。カインのささげものには目もくれずアベルのささげもののほうばっかり目をかけたっていう。
ここでよく「アベルは初物を捧げてるがカインのほうはそう書いてないから、おそらく残り物を義理的にささげたんだろう」なんていう解釈をしてる人を見かけますが、ヨブ記的理不尽さを知っている聖書ヲタである私たちは、そういう安易な解釈に流れることはやめませう。
ずばり、カインは理不尽な差別をくらったのです。神様は往々にしてこういうことをするのです。
ですから私たちは、「いいことをしてるのに神様から不幸をくらったとき」にふてくされて弟を殺したりせず、どうやって忍従するのかをこの故事から学ばねばならないのです。
むしろここは、カインがいきなり罰として殺されちゃったりせず、「カインを殺すものは七倍の復讐」と約束して、カインの子孫も繁栄させた神様の愛を感じ取ることにいたしましょう。

ところで、ノアってカインの末裔じゃないですよね。てことはカインの末裔って結局ノアの洪水のときに滅んじゃったってことなのかしら。

[65] Re[4]:文語イザヤ書ルビうち 投稿者=真理子 掲示日=2008/11/12(水) 13:30:54 ここから閲覧

作業完了。50websさんにも提出しましたし、うちの文語聖書データにも追加しました。

[64] Re[3]:文語イザヤ書ルビうち 投稿者=真理子 掲示日=2008/11/11(火) 02:14:07 ここから閲覧

50章まで校正完了。けっこう間違いが多くて冷汗。やっぱり紙に打ち出して校正しなきゃダメね。
OA化されるとペーパーレスオフィスになるなんて言った人はどこの誰かしら。画面で見てるだけじゃ人間は間違いに気づかないのよね。
それから、語学の勉強で紙に書き写すとよく覚えるっていうのはホントだけど、じゃそのかわりにキーボードで打ち込むのはどうかっていうと、これが意外なことに全然覚えないのよね。
紙って人間の体によく合ったメディアなのかしら。

[63] Re[2]:文語イザヤ書ルビうち 投稿者=真理子 掲示日=2008/11/08(土) 03:43:09 ここから閲覧

入力完了。一応紙に印刷してざっと校正してから50websさんに提出するわ。

[62] Re:文語イザヤ書ルビうち 投稿者=真理子 掲示日=2008/11/06(木) 19:17:17 ここから閲覧

ただいま56章。いよいよ第三イザヤに突入したわ。

[61] おまえなんか生まれてこなければよかった 投稿者=真理子 掲示日=2008/11/05(水) 19:55:50 ここから閲覧

またまた『イエスはなぜわがままなのか』(岡野昌雄)で紹介されてるイエスの理不尽な言動に関する真理子の考え。
マルコ14:18-21でイエスがユダをののしって「おまえなんか生まれてこなければよかった」いう言葉ですけど、これは真理子ととても共感できるわ。
まずこの部分の核心、21節を正確に引用すると、

人の子は、聖書に書いてあるとおりに、去って行く。だが、人の子を裏切るその者は不幸だ。生まれなかった方が、その者のためによかった。

「ユダの裏切り→イエスの逮捕・刑死」はあらかじめ決められたシナリオ(聖書)どおりだっていうわけです。ユダが裏切ってこそイエスの死があり、イエスの死があればこそ復活があり救いがあるわけです。ユダがいなきゃ救いはないわけです。ユダはちゃんと重要な役割を果たしてくれたわけなんで、神様の決めたシナリオを忠実にこなした全人類の大恩人ってわけですね。
それだけに、イエスがユダに対してののしっているのが不可解なんですけど……。
でもよく読んでください。これ、ののしってるんじゃなくて、「ユダは不幸だ、ユダにとっては『自分が生まれなかったほうがよかった』」って言ってるんでしょ?
ユダは「イエスを裏切る者」として神様に創造されたわけですけど、ユダにとってはたまったもんじゃないですよね。自分は最初から「裏切り者、救われない者」として作られたってわかったら、とてつもない絶望をするしかない。それってとても不幸ですよね。
キリスト教には予定調和説という考え方があって、私たちは素朴に「いいことをしたら神様は救ってくれる」と思うけど、そうじゃなくて、救われているかどうかは神様の一方的な意思なのであり、いいことをしたかどうかじゃない。救われているかどうかは実は天地創造の最初にもう決まっている。だから自分が「救われるリスト」に入っていなければ、何をやってもムダってわけです。まあ自分が救われるリストに入ってるかどうかはその日が来るまで絶対にわからないんで、人間としては、自分がリストに入ってるということを確信しつつ、一生懸命働いて「ああ、ああいう立派な人なら絶対にリストに入ってるだろうな」って誰からも思われるような人生を生きるってことになるんでしょうけど、はっきりと「リストに入ってない」ことがわかったらもう絶望ですよね。
で、まさにユダはその絶望をしなければならない宿命におかれてるわけです。それが決められた使命とはいえ、イエスを裏切るわけですから、絶対に救われない。最初から「救われない者」として神様に決められちゃってるわけです。
これってたまらないですよね。
神様に徹底していじめられたヨブが「わたしの生まれた日は消えうせよ」(ヨブ3:3)なんて言ってますけど、これってまさに「オレは生まれないほうがよかった」って意味でしょ?
ユダはまさにこのヨブのような「わたしの生まれた日は消えうせよ」という絶望をしなければならなかったわけです。
そのことをイエスは言ってるんじゃないかしら。ユダの立場にたって、心から同情してる。だけど神様が決めたことだから、どうしようもない、と。

[60] 文語イザヤ書ルビうち 投稿者=真理子 掲示日=2008/11/05(水) 19:21:30 ここから閲覧

やっと53章。あの有名な苦難の僕の部分が終わり。やっぱり何度読んでも名文よね。キーボードうちながら涙が出てきたわ。
よく言われることだけど、第二イザヤって同じ表現の反復がやたら多いんで、打ち込みや書き写しのときについつい1行飛んじゃったりしがちです。元のルビなしファイルはOCRで作ったのか、そういうミスはないけど、点検の私のほうがついつい1行飛んじゃってあれれって感じになることが多いです。
あと13章。今週中に終わるかしら。

[59] リンクチェック 投稿者=真理子 掲示日=2008/11/01(土) 20:48:31 ここから閲覧

韓国語の改訳ハングル、中国語の和合本繁体字のリンクチェック完了。
ほとんどは同じところ、つまり新共同訳との節のきり方が違うところでエラーが起こるのでいいんですが、改訳ハングルで2箇所ほど、その部分がすっぽり抜け落ちているというのがありました。仕方なくそこは手で打ち込みましたけど、こういうこともあるからネットのデータはご用心ね。ちゃんと紙媒体のを持ってなきゃあぶないわ。

[58] 新共同訳ルビうち 投稿者=真理子 掲示日=2008/10/31(金) 23:58:56 ここから閲覧

新共同訳聖書のルビうちも始めました。とりあえず口語訳聖書のルビデータによってばばーっと自動的にひながたのルビをうって、それを点検していくという感じです。
略号のASCIIコード順に1ch,1co,1jo.1ki,1ma,1pe……というふうに旧・新・続とりまぜてやっていきます。とりあえず一番最初の1chつまり歴代誌上を終えて、次の1coつまり1コリに入りました。
口語のルビうちは元原稿をみなくてもともかく自分の語感で音読しながらやればミスがわかるのでラクですが、けっこう迷うものがありますね。
歴代誌から1コリへ移ったとき、そのあまりの世界の違いにクラクラめまいがするほどでしたが、パウロの文って悪文、というかパウロに限らず新約の使徒たちの手紙って新興カルト教団の中の会話で、いわば「イッちゃってる人たち」の話なんで頭がついていけません。「あなたがたを信仰に導くためにそれぞれ主がお与えになった分に応じて仕えた者です」(1コリ3:5)なんて、何言ってるか日本語としてわからない、いやもとのギリシア語でも何言ってるかたぶんわからないもの。いきなり「分」なんて出てくるから、あれこれって「方」の間違い?なんて思っちゃったりするわけです。こういうところはやっぱり紙の新共同訳をひっぱりだして確認しなくちゃいけないから、意外に時間かかっちゃいますね。

[57] ライフセンター横浜書店 投稿者=真理子 掲示日=2008/10/31(金) 16:51:01 ここから閲覧

とかなんとか言いながら先日はライフセンター横浜書店という本屋に行って会員登録までしちゃいました。いのちのことば社&新改訳聖書系の本を主体においてる店です。

[56] 文語イザヤ書ルビうち 投稿者=真理子 掲示日=2008/10/31(金) 16:43:32 ここから閲覧

やっと39章、つまり第一イザヤの部分まで終わり。まだまだ先は長いわ。

そういえば前々からうちにころがってた往年のいのちのことば社聖書辞典も第二イザヤ認めてないわね。いのちのことば社のものはみんな用心しなきゃ。

[55] Re:いちじくの話の続き 投稿者=真理子 掲示日=2008/10/31(金) 03:05:08 ここから閲覧

だからマタイ5章でイエスが「兄弟に対して腹を立てる者は誰でも(殺人で)裁かれる」と言ったり、1ヨハに「人を憎む者は人殺し」とあったりするのは、極端なようですが、意味するところはこういう、「人を呪って、それがかなったら大変よ」ってことじゃないかしら。イエスもそう教えときながら、つい腹いせでいちじくに八つ当たり、そしたら本当に枯れちゃったので、「いちじくでよかった。これが人なら」と思いながら、自戒を込めて教えたのがこの話ってことかもしれないわ。

[54] いちじくの話の続き 投稿者=真理子 掲示日=2008/10/31(金) 01:11:22 ここから閲覧

実際私たちは日に何度も、「こいつ死んじまえ」みたいに思うことってあります。温厚な真理子もハンドル握ると性格変わるから、道を譲ってくれない奴、運転のトロい奴に、よくそう思いますわん。でもそれが祈りとしてきかれてかなっちゃうかもしれません。祈りなんてフリーフォーマット、「天にまします父よ」なんかで始まらなくちゃいけないって決まりはないし、声に出さなくったっていいんですもんね。で、実際に目の前でそいつが死んじゃったら? せいせいするどころか、震え上がって、そいつを呪ったことを後悔するんじゃないかしら。

[53] いちじくの話・真理子流解釈 投稿者=真理子 掲示日=2008/10/30(木) 21:26:38 ここから閲覧

ついでながらいちじくの話(マタイ21:18-22、マルコ11:12-14&20-25)の真理子流解釈はこうです。
「いちじくよ枯れてしまえ」と言ったのは深い意味は全くなく、イエスの腹いせ。大酒のみで大食漢だというウワサのあったイエスのことですからそのくらいの腹いせは言ったことでしょう。ところが偶然か必然か、本当にいちじくが枯れてしまった。そこでイエスは自分にスゴい力があるんだということに気づき、十字架→復活という偉業達成への勇気を得たことでしょうし、周囲の人も「こりゃスゴい」というんで、このエピソードが記憶されたのでしょう。そして同時に、イエスは自分の発言には気をつけなきゃと思ったことでしょう。それがマルコの「祈ればその通りになる(かもしれない)んだから、他人を恨みに思ったら許せ」ってことなんでしょう。いかがですか?

[52] 平和ではなく剣を 投稿者=真理子 掲示日=2008/10/30(木) 18:53:36 ここから閲覧

ところで、イエスが「平和ではなく剣をもたらすために来た」などといいながら家族愛を否定している(マタイ10;34-39、ルカ12:49-53)っていうのは、岡野さんも理不尽な教えの例としてあげているし、各種注解でもなんかごにょごにょしてますね。
でも真理子はここはちっともつまづかなかったです。当然だと思ってました。
なぜって、ここは十二弟子への教えでしょ? 一般信徒への教えじゃない。将校には兵卒よりもはるかに厳しい軍律が課せられるようなもんです。一般信徒は家族を大切にしながら生きたっていいけど、イエスの弟子は命を狙われることだってある(実際イエスの死後はほとんど殉教した)んだから、家族も何も捨てて、そして自分の命まで捨ててでも布教しなきゃいけないっていう厳しい使命があるわけです。そのことをイエスは言ってるんだから、ちっとも理不尽じゃないです。
クリスチャンは聖書のことばをぶつ切りにして前後の文脈を無視して引用したりするから、ここだけ読むとびっくりするんだろうけど、文脈や場面を考えればこれは納得いく教えだと思いますわ。

[51] イエスはなぜわがままなのか 投稿者=真理子 掲示日=2008/10/30(木) 12:49:34 ここから閲覧

標題のような本をみつけました。アスキー新書。岡野昌雄著。
実を食べたかったのに実をつけていなかったいちじくを腹いせで枯らしてしまう話。ブタを集団自殺させてしまう話。私は平和ではなく剣をもたらすために来たと話す話など、新約聖書に描かれた理不尽なイエスのエピソードを紹介しながら、聖書というのは道徳の本ではなく証言集のようなもので、間違いやヘンなエピソードもいっぱいある、信仰の書として聖書を一人で読むのは危険だ。だけど(だからこそ)聖書はすばらしいっていう主張。まさに真理子がつねづね言っていることを代弁してくれた本で、ダイベンがらみでいえば便秘しててお通じができたようにスカッとしました。著者はフェリス女学院の学院長さまだとか。いい学校ね。娘がいたら通わせたいわ。

[50] 新実用聖書注解 投稿者=真理子 掲示日=2008/10/30(木) 12:39:28 ここから閲覧

昨日本屋でいのちのことば社から出ている「新実用聖書注解」をぱらぱらとめくっていたんですが、この本も第二イザヤについては、いるという説と、やっぱりイザヤは一人だという説とを両方紹介してごにょごにょ。第二イザヤを認めたくないんだけど世の中みんな認めてるしなっていう感じの説明でしたね。第二ゼカリアは全然認めてないです。新改訳聖書御用達のファンダメンタリスト系はいまだにそうなんですね。第二イザヤだって第二ゼカリアだって、聖書そのものを虚心坦懐に読めばわかるでしょうに。聖書を盲信するあまり聖書自体に目をつぶるなんて困ったもんだわ。自由主義神学バンザイ!

[49] 文語訳の文法 投稿者=真理子 掲示日=2008/10/27(月) 16:14:31 ここから閲覧

あと、入力してて気づくのは、文語訳ってたまに言葉遣いがヘンだってこと。たとえばイザヤ32:7の「さかしらなるもののもちふるうつははあしし」ってびっくりしちゃいました。もちろん正しくは「あし」。それからイザヤ26:19に「しねるもの」とあるのは「しぬるもの」ないし「しせるもの」。それから詩篇じゃ何度も「稜威」に「みいつ」じゃなく「みいづ」って振ってますし、145:12じゃ地の文にひらがなで「みいづ」って書いてるんで確信犯ですね。詩篇に集中してるみたいなんで詩篇を訳した人の語感なのかしら。

[48] 聖書の製本 投稿者=真理子 掲示日=2008/10/27(月) 16:03:40 ここから閲覧

真理子の持ってる文語聖書は1980年代に買ったコンパクト版で活字が小さいうえに今の書体と違うんでOCR通りません。図書館で文語聖書見たら活字も大きいし今の活字だし、大きく広がるので中心部もスキャンできるんで、作業のためにと購入しました。そしたら今売ってるのは製本が変更されててハードカバーで開きが悪く、中心部のスキャンは絶望的です。もったいないけど作業用に買ったんだからと思ってばらしちゃいました。
そうして改めてみると、日本聖書協会のは中が開かないのが多いですね。新改訳は中が開くのに。

ところで今の文語聖書って、真理子が持ってたのと文字使いが微妙に違って、どこから送り仮名にするかとか、漢字で書いてるかカナで書いてるかが違いますね。50websさんのところのは真理子が持ってたふるい版に従ってるようなんで、今の文語聖書は入力作業には使えても点検作業には使えないわ。

[47] このところの作業 投稿者=真理子 掲示日=2008/10/27(月) 09:13:10 ここから閲覧

ばべるばいぶると真理子日曜学校関係のお仕事の状況をまとめておきます。
・各聖書のリンクチェック。日本語と英語の聖書はすべて終了。他の言語のはこれから。
・ルビうち。文語イザヤ書は30章まで完成。新共同と新改訳を口語訳のルビデータでばばーっとルビうち。校正にどれだけかかるかしら?
・打ち込み。岩波はマタイの12章まで。まだ半分もいってないわ。
・その他。いろいろやろうと考えばかりふくらんで全然手付かず。
最初は単に外出先で聖書を読みたいから作っただけなのに、ずいぶん大掛かりになっちゃったわ。

[46] バッハの教会カンタータ全集 投稿者=真理子 掲示日=2008/10/27(月) 09:07:23 ここから閲覧

昨日はまたまたお金を散財してしまいました。「真理子日曜学校」のネタにバッハのカンタータを使おうと画策しているんですが、ちょこちょことCD買うと、有名曲はだぶるしマイナー曲はないってふうに、なかなかうまく集められないんで、えいやっと思って全集買っちゃいました。アーノンクールやレオンハルトの全集で、60枚組33000円。1枚にすりゃ550円なんで激安なんだけど、それでもこの出費はつらいわ。こんなんじゃ化粧品にもお洋服にもグルメにもお金かけられない。質素に暮らさなきゃ。
歌詞だけだったら The Back Cantatas( http://www.cs.ualberta.ca/~wfb/bach.html )っていうサイトをみりゃ資料は全部そろうんだけど、やっぱり曲としてききたいし……。

[45] Re:ハーレイ聖書ハンドブック 投稿者=真理子 掲示日=2008/10/23(木) 06:17:01 ここから閲覧

著者のおバカな意見をさらしものにしておくわ。p.269

 本書自体にも、聖書全体にも、ユダヤ人やキリスト者の伝承にも、本書の著者が2人かそれ以上という言及も暗示も見いだし得ない。
 「第二イザヤ」は近代批評学の仮説である。われわれの聖書にあるイザヤ書、そしてイエス在世当時のイザヤ書は一冊の書で、二冊の書ではなかった。本書は寄せ集めでなく、終始一貫、思想の統一によって特徴づけられ、最も崇高な言語で述べられ、いまだなきほどに最も壮大な作品の一つとなっている。もし批評家の主張するように、後半が捕囚時代の「未知の預言者」によるものとすれば、文学中最も崇高な作品の著者が未知であることになり、あまりにも不都合なこととなろう。われわれは「第二イザヤ」がいたとは信じない。

 どうして崇高な作品の著者が未知じゃいけないのか、真理子にはちっともわかりません。
 だいたい素人が虚心坦懐にイザヤ書を読めば、40章以後の時代設定がガラっとかわっていることはわかるはずです。この人はちっとも聖書読んでないのね。聖書無謬っていう信念で見れども見えずになっているのねえ。

[44] 無謬説 投稿者=真理子 掲示日=2008/10/23(木) 02:03:42 ここから閲覧

真理子はクリスチャンじゃないからキリスト教の教派には中立の立場を貫きたいんですが、聖書無謬説だけはご勘弁だわ。聖書には誤りや矛盾やヘンな部分がいっぱいあります。だからこそすばらしいっていうのが真理子の「聖書信仰」です。そして真理子にとってキリスト教のすごいなって思うところは、聖書にはキリスト教にとって都合の悪い部分がいっぱいあるのに、聖書を編集したりせず、そのまま残して、都合の悪い部分は見て見ぬふりでシカトしてしまうってことです。キリスト教はずっとこれをしてきたでしょ。そういうことができるのが大人でしょ。だから最近のように、古典の中の差別語を編集してしまうっていうのは、真理子にとって反聖書的、反キリスト教的やり方にしかおもえませんわ。

[43] ハーレイ聖書ハンドブック 投稿者=真理子 掲示日=2008/10/23(木) 01:55:30 ここから閲覧

おととい古本屋でハーレイ(Henry Halley)聖書ハンドブック(聖書図書刊行会)という本を見つけて買いました。各書のあらすじや周辺知識がコンパクトにまとまってていいと思うんですが、イザヤ書のところで、第二イザヤを認めていないのにびっくりしました。真理子にとってはこんなの常識なんで、そんな立場があることすら信じられないです。ファンダメンタリスト系の本なのかしら。

[42] 文語イザヤ書のルビ 投稿者=真理子 掲示日=2008/10/21(火) 01:32:44 ここから閲覧

下の[37]で、文語聖書の入力が未完成なんで、勝手連的に入力のお手伝いをしようかしらと書きました。さしあたりイザヤ書のルビうちが未完成だったのでそこから手をつけましたが、ルビうちって単にひらがなだけだからラクかと思いきや、けっこう大変なんですね。
50websさんとのやりとりで、ルビうちのためのツールを使うという提案をいただいたんですが、出回っているツールでは文語にたちうちできそうにないです。
そこで、経を以って経を釈す、つまり文語聖書のルビは文語聖書自体に教えてもらおうという手を考えました。つまり、入力ずみの文語聖書ルビから漢字と読みの対応を抜き出して辞書をつくり、それをひいてルビを自動的に振るわけです。やってみたらけっこうあっけなく完成しました。もちろんこの方法では間違いが大量発生するので校正が不可欠ですが、最初から入力するよりはかなりラクです。

そんなことをやりながら、ヨハネ伝のMP3を聞いてます。「こんなことも書いてたのね」と、けっこう発見がありますね。目で読むだけでは見れども見えず、やっぱり聖書は耳で聞くのが大事ですね。

[41] 章節の対応 投稿者=真理子 掲示日=2008/10/21(火) 01:21:22 ここから閲覧

今まで、聖書データをいろんなところから持って来て、とりあえずこっちのシステムで動くように最低限の変換をしただけだったんですが、そろそろちゃんと動くようにデータに手を加えなければというので着手しました。
それは、章節の対応なんですね。各聖書の章節って実はけっこう違う、とりわけ新共同訳は違うんです。そこで単にデータを持ってきただけでは各聖書のつきあわせができないんですね。
さしあたり今は、口語訳、文語訳、ラゲ訳の章節対応はほぼ完璧になりました。
その過程でオリジナルデータの章節番号の間違いをいろいろ見つけて、口語訳、文語訳、ラゲ訳の出所である50websさんの管理人さまとやりとりもでき、忙しいながらもけっこう成果があがっております。

[40] CGIの改良 投稿者=真理子 掲示日=2008/10/13(月) 00:09:00 ここから閲覧

その他、こまごまとCGIを改良してます。たとえば携帯の章移動で節もちゃんと入力できるようにしたとか。真理子も一応CGIのたしなみはあるんで、このくらいならまんどぅーかさんに頼まなくても真理子だけでできます。
聖書を見るためだけの機能だったはずなのに、気がついたらこのCGI、2000行を越えてます。やっぱりこのくらいになっちゃいますね。

[39] ルビ版の問題点 投稿者=真理子 掲示日=2008/10/13(月) 00:03:18 ここから閲覧

ルビ版を作ったはいいけど、これで新たな課題が発生しましたわね。
新共同訳や新改訳は全然ルビないんでこの機能が働きません。ルビ入れればいいんですけど大変だし、どうしよう。
読み上げソフト対策でルビのみをつけましたけど、文語の場合は新カナにしないと読み上げソフトが誤読すると思います。旧カナ→新カナ変換ルーチン作ってルビのみの時には新カナ変換するということにしてみようかしら。ちょっと考えておきます。
50websさんのデータは必ずしもすべての漢字にルビがあるわけでなく、ヘンな読み方をしているところだけルビをふってるという流儀の箇所があるし、漢数字にルビ打ってない(これはモトの聖書がそうなってる)んで、ルビのみにしてもカナのみになりません。
こういうことがあるんで、ひとさまのデータをそのまま持ってくるだけじゃなく、真理子がルビを点検して、ルビの抜けてるところは入れなきゃダメですね。大変だわ。

[38] ルビ 投稿者=真理子 掲示日=2008/10/12(日) 23:55:33 ここから閲覧

そういえば50websさんで公開なさっている口語、文語、ラゲはすべてルビ版もあるんですよね。ならばというんで、口語、文語、ラゲをすべてルビ版にさしかえてしまいました。そして、ルビのありなしを選択できるようにしました。ルビありだと「漢字《ルビ》」のように表示します。そして「なし」「あり」だけでなく「のみ」をつけました。これを選ぶとデータがオールカナ(ただしひらがな、カタカナ混在)になります。そんなの必要かって? はい。読み上げソフトを用いて読ませるとき、「のみ」にしておくと漢字の誤読が減るかなって思いまして。