[ばべるばいぶる]

真理子の聖書日記


このサイトを作りながら、聖書を読みながら真理子が考えたことです。
真理子修道会の修道女/修道士の方のみ書き込むことができます。

掲示板運営方針(必読)


twilog
お名前 :
メールアドレス :
題名 :
内容 :
修道会ID :
修道会パスワード :
    再表示  初期表示(最新投稿から30件ずつ)


検索語 :
検索語[] ヒット数476

[227] 1マカ11章 投稿者=真理子 掲示日=2012/02/22(水) 09:35:03 コメントする ここから閲覧

http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=1ma&chapter=11&mode=0
 昨年度の記事は[0:578]
 今回も横着をして昨年度のまとめをそのまま転載しちゃいます。
 マカバイ記は人物がいっぱい出てきて読みにくい。今のうちに「マカバイ記読解用人名辞典」の準備に入らなきゃ。毎週読み進めたぶんをまとめて1年間まわして完成させましょう。

 セレウコス朝シリアのアレキサンドルとデメトリオの内戦はまだ続いてます。前章ではいったんアレキサンドルが勝ちましたが、エジプト王がシリアをも手中におさめたくて、こんどは死んだデメトリオの子のデメトリオ(!)と組みます。そしてデメトリオが即位してアレキサンドルは死ぬ。デメトリオはヨナタンとも和睦して、しばらくは平和が続きます。
 しかし、デメトリオは軍隊を解散しちゃったんで、失業した軍人は不満たらたら。そういう軍人たちをアレキサンドルの部下のトルポンがうまくまとめ、アレキサンドルの息子のアンテオコスをかつぎだして、こんどはデメトリオを打ち負かしてしまいます。これ以来トルポンはユダヤの敵役として、ヨナタンらと戦いが続きます。

[226] 詩編30-32編 投稿者=真理子 掲示日=2012/02/22(水) 09:30:59 コメントする ここから閲覧

http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=psa&chapter=30&mode=0
昨年度の記事は[0:513]

●30編
 昨年も書きましたが、瀕死の重病とか絶体絶命のピンチから助け出されたときの感謝の祈り。
 それにしても10節(旧9節)の、神様、私が死んだら誰もあなたをほめたたえる人がなくなっちゃうよ、という言い方って面白い。
 音楽のほうは、以前([100])にも紹介したロックバンドSons of Korahの歌う美しいバラード

(http://www.youtube.com/watch?v=1ZLXduAtd5c)
 そして毎度おなじみkinotoriさんの作品

(http://www.youtube.com/watch?v=D585r3TcZf4)

●31編
 神を信頼し、救いを求める祈り。6節(旧5節)の「わたしは、わが魂をみ手にゆだねます。主、まことの神よ、あなたはわたしをあがなわれました」が、この編全体を凝縮しています。「あがなう」というのは「買い取る」ということですが「救う」意味に使います。「身請けする」というのがわかりやすいんじゃないでょうか。借金を払って遊女を買い取って自由にしてあげるような感覚です。
 音楽は面白いのがなかったので、kinotoriさんの作品をごらんください。

(http://www.youtube.com/watch?v=URBL1gVe8kE)

●32編
 教団讃美歌の交読文10番になっています。
 マスキールというのは「教訓」なのではないかという話がありますが定説がありません。
 悪いことをしてそれを隠していると、たとえそれが露見せず罰を免れたとしても、苦しいものです。人間には告白しなくても、神様には告白しましょう。そして楽になりましょう。
 Maranatha! SIngers というゴスペル合唱団の Freely Forgiven(Psalm 32:1-6)という曲。とてもきれいです。

(http://www.youtube.com/watch?v=7fcuwtH0DsU)
 社会鍋でおなじみの救世軍の礼拝でこれの交読文を読む光景。

(http://www.youtube.com/watch?v=bqLZQwVoiv4)
 kinotoriさんの作品

(http://www.youtube.com/watch?v=-aOm6Myvqvk)

[225] 2ニフ24章 投稿者=真理子 掲示日=2012/02/21(火) 11:09:54 コメントする ここから閲覧

http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=2ne&chapter=24&mode=0
 12章以来延々と続いてきたイザヤ書の引用もいよいよこれでおしまい。今日は14章です。
 なんでこんなにイザヤ書が続くのか、これだけ長いと忘れちゃいますけど、2ニフ11にあるとおり、これはこの本の著者ニーファイが、約600年後にキリストが降臨することをイザヤ書を引用して説明していたんです。2ニフ11:2「さて私ニーファイは心にイザヤの言葉を喜び楽しむから、もっとその言葉を書き誌そう。」というわけですね。でも「喜び楽しむ」にしては明日読む次章ではおどろきの展開になるんですけど、まあそれは明日にしましょうか。

[224] シラ書11章 投稿者=真理子 掲示日=2012/02/21(火) 11:04:11 コメントする ここから閲覧

http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=dsr&chapter=11&mode=0
 昨年度の記事は[0:784]
 今日のところはすぐにでも使えることわざに満ち溢れてますね。3節の「蜂は羽根のあるものの中で一番小さいが、作る蜜は最高に甘い」。7-8節「よく調べないうちに非難するな。まずはじっくりと考えて、それからとがめよ。最後まで聞かないうちに答えるな。人の話に割り込むな。」、23-24節「自分なんか何の役にも立たない。この先どんな幸運もめぐってこない、と言うな。/自分は一人で何でもできる。この先どんな不運もめぐってこない、と言うな。」など、いろいろ気に入ったものがあるんですけど、結局は、
  14節「わざわいも幸福も、生も死も、貧しさも豊かさも、主が与えてくださるもの」
につきるんですね。だから幸運も必ずめぐってくるし、不運も必ずめぐってくるんです。永遠の幸運もないし、永遠の不運もない。克服できない試練はないんです。

[223] サム上1-5章 投稿者=真理子 掲示日=2012/02/21(火) 10:56:20 コメントする ここから閲覧

http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=1sa&chapter=1&mode=0
 昨年度の記事は[0:511]
 サムエル記とありますが、サムエルは狂言回しの役しかしません。ちょうどいまNHKでやってる大河ドラマ「平清盛」は、源頼朝がナレーションをしていますが、だからというのでタイトルを「源頼朝」にするようなものです。「サウル・ダビデ記」と読み変えることにしましょう。
 昨年度と重複しますが、まずはあらすじを追って、それから自由なコメントを書くことにします。
 エフライム人エルカナの2人の妻のうちの1人ハンナには子がありませんでしたが、彼女が熱心に祈ったので子をさずかり、サムエルと名づけられます(ちなみにその後あと男児3女児2を生みます)。
 サムエルは幼いころから祭司エリのところで祭司見習いのようなことをしていました。そのサムエルに神様は話しかけます。最初は老いたエリが呼んだのかと思ったら実は神様だったというのです。神様が臨まれたというのでサムエルは預言者だという評判が全イスラエルに広まります。
 そのころイスラエルはシロでペリシテ人と戦いますが大敗し、神の契約の箱も奪われてしまいます。ペリシテ人は箱をアシドド(ちゃんと地図を見ましょうね http://www.babelbible.net/map/map.cgi を使うのよ。図3のB-3→A-4へ移ったのよ)に移りますが、神の契約の箱は、運ばれた先々(アシドドの次はエクロン。アシドドよりちょっと北)で人々にたたります。
 神の契約の箱は移動式原発だったのかしら。ちゃんと手入れをしないので核燃料がメルトダウンして放射能をまきちらしたんでしょう。
 ペリシテ人というのはクレタ島方面から移ってきた非セム族の民で、高度な文明と鉄の武器を持っていて、こういう人々に対抗するためにはよほど強い王国を築かねばなりません。部族連合みたいな体制じゃダメなんですね。これが、この時代にイスラエルが王制に移行した理由です。ちなみにパレスチナというのはもともとペリシテ人の地という意味ですが、いまのパレスチナ人はアラブつまりセム族ですから全然関係ありません。
 さて、1章にあるとおりハンナには子がなかったんですが、 サム上1:6の「また彼女を憎んでいる他の妻は、ひどく彼女を悩まして、主がその胎を閉ざされたことを恨ませようとした」っていうのはなかなか味わい深い表現ですね。「他の妻」ってペニンナしかいないじゃありませんか! なんかねちねちどろどろとした事情がありそうな表現です。まあいずれにせよ、子を作れない女っていうのはいじめられるのよ、いじめられなくても肩身が狭いのよ。源氏物語でいえば紫の上みたいなもんです。物語のヒロインなのに、拾われてきた子だし、子も作れないので、結局不幸な死に方をするんです。
 私も子を作れません。主人は「もういいよ、ずっと二人だけで生きていこう」っていうんですけどね。

[222] 2ニフ23章 投稿者=真理子 掲示日=2012/02/20(月) 09:38:29 コメントする ここから閲覧

http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=2ne&chapter=23&mode=0
 まだまだ続くイザヤ書引用。今日は13章です。バビロンの滅亡寸前の苦難が予言されています。

[221] 詩歌11章 投稿者=真理子 掲示日=2012/02/20(月) 09:35:13 コメントする ここから閲覧

http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=ode&chapter=11&mode=0
 イザ38:10-20の「ヒゼキヤの祈り」です。今年の[148]、また昨年の[0:466][0:768]もごらんください。
 ヒゼキヤ(BC715-687)は南の王の名、ただこのときはもう南しかありません。
http://www.babelbible.net/mariko/bib.cgi?doc=kings&course=bib
 彼が重病に苦しんだときに祈ったのがこれで、王下20によればこの祈りによって神様が助けてくださり、寿命を15年も伸ばしてくださったのです。もっとも、ホントに治るのかどうか疑わしかったので、ヒゼキヤは預言者イザヤに、ちゃんと証拠を見せろとせがみます。このとき日時計の影が十度戻るという奇跡が起こり、ほら、ちゃんと神様の意志があるでしょというオマケもつきます。

[220] 創世記40-43章 投稿者=真理子 掲示日=2012/02/20(月) 09:23:17 コメントする ここから閲覧

http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=gen&chapter=40&mode=0
 昨年度の記事は[0:510]
 前回([199])からヨセフ物語が始まっています。前回と今回の分のあらすじをまとめると……
 ヨセフは夢占いの才能があるのですが、その結果(自分が兄たちを支配する)を得意げに兄たちにしゃべるというデリカシーのなさもあり、兄たちに殺されかかります。なんだかんだあって、ヨセフは殺されることなく、なんだかんだあって、ミデアンびとの隊商に売られてエジプトに行ってしまいます。この二つの「なんだかんだ」については後述します。
 エジプトでヨセフは侍従長のポテパル(ポティファル)に売られますが、この家でヨセフは才覚をあらわし、財産から何から管理をまかせられるほどになります。ところが奥方からの誘惑を拒み、逆に奥方に「こいつがエッチなことをしようとした」とウソをつかれて牢獄に入ります。
 ここからが今日の話。牢獄でヨセフは王の給仕役と料理役の夢判断をします。それから二年後、王がヘンな夢を見ますが誰もその謎を解けません。このとき給仕役がヨセフのことを王に紹介し、ヨセフは王の夢を、大ききんの前兆と解釈。そしてヨセフはエジプトの宰相になり、ききん対策として食糧の備蓄と管理を仰せつかります。
 ついでにヨセフはオンの祭司ポテペラ(ポティ・フェラ)の娘アセナテを妻にむかえ、マナセとエフライムを生みます。イスラエル十二部族はヤコブ(イスラエル)の十二人の子の名から来てますが、祭司職のレビ族は除かれます。そのかわりヨセフ族となるべきものを二分割、具体的にはヨセフの二人の子、マナセ、エフライムが部族名となっています。ということはマナセ族とエフライム族は、御先祖の段階ですでにエジプト人と混血だったということになります。まあ他の部族も純粋なイスラエルの民なんて一つもないでしょうけどね。
 さて、食糧の備蓄をしていたエジプトはききんがきても平気でしたが、周辺諸国は大変。各地の人が食糧を買いにエジプトに来ます。ヤコブ一家も例外ではありません。エジプトに食糧を買いに来てヨセフと再会。ヨセフはすぐに兄たちだとわかりますが兄たちは気づきません。そこでヨセフはすぐに名乗ることなく、ここからしばらく、ねちねちと兄たちをいじめにかかります。


 さて、前回はタマルの話をしたのでできませんでしたが、上記「なんだかんだあって」のところは話がヘンなのです。
 1.イシマエル人に売るはずが、ミデアン人が出てくる(創37:28)。いったいどっちなの?
 2.ヨセフが商人に売られたことを、提案者のユダおよび兄弟たちはみんな知っている(創37:26)はずなのに、ルベン(レウベン)は知らず、穴の中にいないといって嘆く(創37:29-30)。ルベンだけ不在で知らなかったと解釈しても、ルベンが嘆いたときに「兄さん、実はね…」と言えばいいじゃない!

 新共同訳ではこのあたりのつじつまあわせをしています。具体的には 創37:28を「ところが、その間にミディアン人の商人たちが通りかかって、ヨセフを穴から引き上げ、銀二十枚でイシュマエル人に売ったので、彼らはヨセフをエジプトに連れて行ってしまった。」のように訳して、
 2.「その間に」つまりルベンはおろかユダその他もいない間にこのことが行われてしまった。
 1.穴からひきあげたのはミデアン人。そしてミデアン人がイシマエル人に売った。
のように解決をはかっています。まあ、そうとればいいんでしょうね。たぶんここは、物語のさまざまな伝承をまとめる過程で混乱があり、それがそのまま残っちゃったのでしょう。

[219] 2ニフ22章 投稿者=真理子 掲示日=2012/02/19(日) 03:23:55 コメントする ここから閲覧

http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=2ne&chapter=22&mode=0
 異教コース、日曜日から木曜日まではモルモン経を、金曜日と土曜日はクルアーンを読んでいます。日曜日にはいままでのおさらいとしてあらすじをまとめていますけど、このところニーファイ第二書はイザヤ書の引用ばっかりで話が先にすすみません。25章、つまり今週水曜日になってはじめて新たな展開になります。よって、いままでのあらすじは水曜日に書くことにします。
 そんなわけで今日もイザヤ書そのまんま。今日は12章ですね。
 非常に短いんですが、一つ気になるところ。
 2ニフ22:2、イザヤ書でいえばイザ12:2ですけど、エホバという名が出てきますね。今のモルモン教会は新しい95年版を使っていますが、そちらでもそうです。
 じゃモルモン経でエホバという語はがんがん出てくるかというと、こことあとはモロ10:34にしか出てきません。イザヤ書をばんばん引用しているニーファイ第二書も、ここだけエホバで、あとは主と訳してます。
 ではここだけなぜエホバと訳しているかというと、原文(イザヤ書のです)が、ヤハ・ヤハウェとなっているからです。ヤハというのはヤハウェの短縮形ですから、同じ名前がだぶっているわけです。聖書の翻訳ではヤハウェというところを「主」と変えるしきたりがありますが、それだとここは「主なる主」になってしまってよろしくない。「主なる神」(新共同訳や口語訳はそうします)と訳すのも、ヤハウェを神と訳してるようでヘン。そんなわけでニーファイ第二書のほうでは、「主なるエホバ」のようにしているのです。これはKJVがそうなんですね。ヤハウェをLORD(全部大文字)と訳すKJVも、ここはLOAD JEHOVAHとしています。

[218] 3イミ10章 投稿者=真理子 掲示日=2012/02/19(日) 03:21:04 コメントする ここから閲覧

http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=3ic&chapter=10&mode=0
 「3イミってなんだ?」という人が出てくるといけないので、時々は解説しなきゃダメですね。
 外典コースはLXXやヴルガタに収録された外典を読んでいくんですが、それだと日数が余ってしまうので、土曜日と日曜日は『キリストにならいて』(イミタチオ・クリスチ)という本を読んでいます。聖書と並んでよく読まれている中世の修道書。全部で4巻ありますが、それを1イミ、2イミ、3イミ、4イミとして、1章ずつ読んでいきます。
 さて3イミことイミタチオ第3巻は、信徒とキリストとの対話という形式になっていますが、今日読む10章はすべて信徒のセリフです。神に仕える喜びを高らかにうたいあげています。とるにたりない私が神に選ばれて神に仕える生活に入ることを許され(修道士の生活なんて誰にもできることじゃありません)、しかも神はこちらがすること以上の恵みをくださるのだ、それが神に仕える喜びだというのです。

[217] 1コリ3-4章 投稿者=真理子 掲示日=2012/02/19(日) 03:19:00 コメントする ここから閲覧

http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=1co&chapter=3&mode=0
 昨年度の記事は[0:508]
 前回([196])書いたように、パウロの伝道した教会にも別の宣教師がやってきて違うことを言うので信徒が混乱し、分派対立が生じています。今日の部分もそういう分派対立へのいましめです。
 パウロだのアポロだのペテロ(ケパ)だの、人間は単に人を信仰に導くことしかしません。だから人を絶対と思うのでなく、神とキリストを大切に思えということです。これを、植物の成長の話や建築の話にたとえています。人間は種をまいたり水をやったりするだけで、成長させる働きは神のものだというのです。また、建物の土台がイエス・キリストであり、その上に人間が建物を建てるのだと言ってます。

[216] クルアーン20回 投稿者=真理子 掲示日=2012/02/18(土) 10:44:22 コメントする ここから閲覧

 クル-20回。4章118-147節。
 4章冒頭クル4:3に、女は4人までめとっていいけど平等に愛せって言っときながら、クル4:129「あなたがたがどれほど努力しても、妻たちを平等に扱うことはできないだろう。」ってそりゃないじゃんって思います。こういうところがクルアーンの正直さというかなんというか、最低限「放置しちゃいけない」という歯止めをつけるのを忘れません。

[215] 1イミ10章 投稿者=真理子 掲示日=2012/02/18(土) 10:37:15 コメントする ここから閲覧

http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=1ic&chapter=10&mode=0
 何も付け加えることはありません。修道生活に騒ぎは禁物。人との会話も最低限度、徳を高める話題に限りましょう。

[214] マタイ26-28章 投稿者=真理子 掲示日=2012/02/18(土) 10:29:06 コメントする ここから閲覧

http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=mat&chapter=26&mode=0
 昨年度の記事は[0:507]
 今日でマタイは最後。バッハのマタイ受難曲は、26-27章を音楽化したものです。今月末にライプツィヒ・ゲヴァントハウス(マタイの再演者メンデルスゾーンゆかりのオケ)と聖トーマス教会合唱団(マタイ初演時の合唱団)の公演があるんですが、まだ席に余裕があるみたいですね。ぜひどうぞ。
http://ja-chorus.seesaa.net/
 ところで、受難曲は聖金曜日に上演されるのでイエスの復活シーンはありません。復活シーンを音楽化したのは「復活祭オラトリオ」で、バッハも曲を書いてますけど、いまいち面白くないんですよね。それは元を見ればさもありなんという感じ。だった復活してからのイエス様の話って、四福音書ともあんまり面白くない。なーんかぼんやりして、生きてるんだか死んでるんだかゾンビなんだかわかんない形で復活して、結局40日間しか地上にいられなかったんですからね。ウルトラマンの3分よりは長いですけど、復活がこんな感じなら、あんまりありがたくないわ。
 ただ、そのつまらない話でも、マタイは一生懸命、宗教的意味のあることを書こうとしてます。
 たとえばマタ28:19の「すべての国民を弟子として」っていうのは、当たり前じゃんというので読み過ごしがちですけど、マタ10:5-6の「異邦人の道に行くな。またサマリヤ人の町にはいるな。むしろ、イスラエルの家の失われた羊のところに行け。」よりは格段の進歩ですね。最初はイスラエル限定だった(なにしろ冒頭には長々とユダヤ人受けする系図まで載せてる)のが、最後にはすべての国民対象になったわけです。そういう変化がマタイ全体には見られます。
 おそらくマタイの教会は、最初はユダヤ人に布教していたのが、うまくいかないんでキレてしまい、もうユダヤ人なんかダメ、全世界の人に宣教するんだってことになったんでしょうね。上の2つの間に、マタ27:24-25「(イエスの)血の責任は、われわれ(=ユダヤ人)とわれわれの子孫の上にかかってもよい」という、ユダヤ人への憎しみを露骨に書いた文があることを忘れてはいけません。
 それから、マタ28:20の「見よ、わたしは世の終りまで、いつもあなたがたと共にいるのである」という結びは、「いつもあなたがたと共にいる」がインマヌエルです。冒頭章 マタ1:23でイザヤ書を引用して「その名はインマヌエルと呼ばれるであろう。これは、神われらと共にいますという意味である。」に対応しているのです。名前自体はインマヌエルでなくイエス(ヘブライ語だとヨシュア)になっちゃいましたけど、内容的にインマヌエルなんだと強弁しているんです。

[213] クルアーン19回 投稿者=真理子 掲示日=2012/02/17(金) 11:49:35 コメントする ここから閲覧

 クル-19回。4章88-117節。
 自殺はダメよというのがクル4:97-99にあります。キリスト教が自殺を罪悪視して、ちょっと前なら葬式も出せなかったのは有名ですが、イスラム教でも自殺はダメなんですね。そりゃそうよね。でもクル4:97の書き方は具体的で勇気を与えてくれます。行き詰まったらどっかへ逃げろっていうわけですね。死ぬくらいなら、何もかも捨てて逃げればいいっていうわけです。

[212] 知恵の書10章 投稿者=真理子 掲示日=2012/02/17(金) 11:44:17 コメントする ここから閲覧

http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=wis&chapter=10&mode=0
 昨年度の記事は[0:703]
 ここからしばらくはイスラエルの歴史が続きますが、神と書くべきところを知恵と書いているのが特徴です。前回([191])書いたように、神様が本来持っていたさまざまな特徴のうち、男性のイメージとしてとらえられた神様のイメージからこぼれ落ちてしまった特徴を「知恵」という形で結実されているんだと思います。

[211] イザヤ書51-55章 投稿者=真理子 掲示日=2012/02/17(金) 11:39:39 コメントする ここから閲覧

http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=isa&chapter=51&mode=0
 昨年度の記事は[0:504]
 やっぱりこの部分は、「苦難の僕」を書くしかないかしら。
 53章の苦難の僕は、別にイエス様のことととる必要はなく、一般的に他人の罪を背負って犠牲になる人の姿ととっていいと昨年書きました。もちろん、一般的に他人の罪を背負って犠牲になる人だってことは、その代表であるイエス様ととってもいいんですけどね。
 じゃもともとは誰のことを想定していたんだろうと思うんですけど、その次の54章を読むと、イスラエルの民が栄えることが書かれているので、イスラエルの民全体がそうだと言ってるんじゃないでしょうか。神に選ばれたはずのイスラエルの民がなんでバビロン捕囚のような苦しみにあうのか、それは全人類の代表として、人々の罪を背負って苦しめられているのだ、と言っているようです。

[210] 2ニフ21章 投稿者=真理子 掲示日=2012/02/16(木) 10:02:54 コメントする ここから閲覧

http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=2ne&chapter=21&mode=0
 まだまだ続くイザヤ書引用。今日は11章です。エッサイの幹っていうのはダビデの家系ということ。ダビデのお父さんの名前がエッサイですから。だからここも、救い主メシアがダビデの家系から出るという予言とされ、そんなわけでイエスがダビデの家系だということをマタイやルカは捏造しなきゃいけなくなったわけです。

[209] トビト記10章 投稿者=真理子 掲示日=2012/02/16(木) 09:59:42 コメントする ここから閲覧

http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=tob&chapter=10&mode=0
 昨年度の記事は[0:411]
 昨年も書いたけど、アブラハムのしもべといい、トビヤといい、帰りを急ぎすぎるのよね。花嫁側の事情ってもんもあるでしょ?
 まあそれにしても、昔は相手の顔も知らずに、ある日突然「お前は結婚するんだ」と言われてすぐに相手の家へ行くなんて当たり前のことだったので(日本だって戦後しばらくまでそうだったもの)、お父さんラグエルおよび花嫁サラは、相手の顔を見てからお嫁に行っただけでも有難いってとこなのかしら。花婿の家にとつぐより先にエッチをしちゃったっていうのも、今で言ったらデキ婚的なスピード違反(韓国語ではデキ婚のことを「スピード違反結婚 속도위반 결혼」)というらしいし。

[208] ヨブ記19-20章 投稿者=真理子 掲示日=2012/02/16(木) 09:46:53 コメントする ここから閲覧

http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=job&chapter=19&mode=0
 昨年度の記事は[0:500]
 リビングバイブルのヨブ記もあわせてお読みください。
http://www.biblica.com/uploads/pdf-files/bibles/japanese/ot/job.pdf
 昨年も書いた、ヨブ19:25の「わたしは知る、わたしをあがなう者は生きておられる」という有名な言葉は、ヘンデルの『メサイア』の第三部冒頭のアリアにも使われています。
 さて今年は、ヨブ19:3
  口語訳:あなたがたはすでに十度もわたしをはずかしめ、
  新共同訳:侮辱はもうこれで十分だ。
と並べてみると、新共同訳ってけっこうリビングバイブル的に意訳をしているんですね。ちなみに、幻の共同訳でもここは新共同訳と同じです。
 「十度も」が「十分」に変わったのを見ると、十が共通してるのは日本語の事情じゃないのかって欲っちゃいますが、ここの原文はエセル・ペアーニームで、ホントに「十・回」なんです。
http://interlinearbible.org/job/19-3.htm
ただし、十という数字に意味はなく(実際ここまでで友人たちの論難は第一ラウンド3回の第二ラウンド2回で5回しかありませんから)、「たくさん、何度も」程度で使ってます。同種の使い方が、
  創31:7十度もわたしの報酬を変えた。
  創31:41あなたは十度もわたしの報酬を変えられました。
  民14:22このように十度もわたしを試みて
(いずれも口語訳)にあります。新共同訳はこの3箇所では十回/十度などとしているのに、ヨブ記だけ意訳をしています。担当者が違うんでしょう。
 なお、意訳で有名なリビングバイブルは、「もう十回も、わしが罪人だときめつけた」と、意訳してないのが面白いです。

[207] 2ニフ20章 投稿者=真理子 掲示日=2012/02/15(水) 09:12:14 コメントする ここから閲覧

http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=2ne&chapter=20&mode=0
 まだまだ続くイザヤ書の引用。今日は10章です。

[206] 1マカ10章 投稿者=真理子 掲示日=2012/02/15(水) 09:10:07 コメントする ここから閲覧

http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=1ma&chapter=10&mode=0
 昨年度の記事は[0:574]。あんまり追加・変更することもないのでそのまま転載しちゃいます。
 セレウコス朝シリアのほうは新しく即位したアレキサンドルと、デメトリオとの間で内戦状態になっています。両者ともユダヤのヨナタンと友好的な関係になろうとしますが、ヨナタンのほうはアレキサンドルを選び、デメトリオと戦います。激しい戦いの末、デメトリオは戦死、アレキサンドルはエジプトと友好関係を結び、エジプト王プトレミオの娘クレオパトラと結婚をし、その宴会にヨナタンも招かれます。
 前にも言いましたけど、エジプトの王朝って、男はみんなプトレミオ、女はみんなクレオパトラという名前で、まぎらわしいですね。もっとも名前で迷うことがないのでラクかもしれませんけど。
 一方、それから3年すると、戦死したデメトリオの子のデメトリオ(こちらも同じ名前!)が挙兵。アポロニオという将軍を使ってヨナタンと戦います。これも激しい戦いの末にヨナタンが勝ち、アレキサンドルはますますヨナタンに栄誉を与えます。

[205] 詩編27-29編 投稿者=真理子 掲示日=2012/02/15(水) 09:02:51 コメントする ここから閲覧

http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=psa&chapter=27&mode=0
 昨年度の記事は[0:499]
 今日も動画の時間です。

●27編
 どんな不幸や苦難があっても神を信頼して恐れず進む、神様への信頼の力強い祈り。交読文にも採られています。
 まずはNava Tehila - Lach Amar Libi。これは8節前半『あなたは仰せられました、「わが顔をたずね求めよ」と』をヘブライ語で (Psalm 27)歌っています。

(http://www.youtube.com/watch?v=K8twcWsjXbI)
 Shekinah Glory Ministryという宣教団体の歌と踊り

(http://www.youtube.com/watch?v=zvCqxvZZQyU)
 kinotoriさんの動画

(http://www.youtube.com/watch?v=ojdbFw0RcIQ)

●28編
 神様に向かって、黙っていないで祈りをきいてくれと求めています。
 ヘブライ語の朗読

(http://www.youtube.com/watch?v=ROxPtS5WNlI)
 kinotoriさんの動画

(http://www.youtube.com/watch?v=1P5wlVx4iZQ)

●29編
 民に神様を拝めと呼びかけています。これも交読文に採られています。
 1-4節に独自の歌詞を加えて作った曲we fall down

(http://www.youtube.com/watch?v=bFz0cew8ths)
 Havu LaAdonai (Ascribe to the Lord)。1-2節をヘブライ語で歌っています。

(http://www.youtube.com/watch?v=oEJRlnooP2o)
 kinotoriさんの動画

(http://www.youtube.com/watch?v=6tgjV8DuI4w)

[204] 2ニフ19章 投稿者=真理子 掲示日=2012/02/14(火) 13:04:34 コメントする ここから閲覧

http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=2ne&chapter=19&mode=0
 長々としたイザヤ書引用がまだ続きます。今日のところはイザヤ書9章と同じ。ここもインマヌエル予言と同じくイエス様のことを予言したところと言われています。

[203] シラ書10章 投稿者=真理子 掲示日=2012/02/14(火) 13:02:25 コメントする ここから閲覧

http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=sir&chapter=10&mode=0
 昨年度の記事は[0:776]
 一番最後の「金持ちでも見くびられる者は貧しければなおさらだ」なんて爆笑しちゃいますよね。
 ところで3節の「教養のない王は民をだめにするが、役人が聡明ならば町は住みやすくなる」。官僚が跋扈するのもどうかと思いますが、平成のムッソリーニ橋下徹の暴れぶりを見てると、大阪はダメになるな、国政に出てくるなら日本ももうおしまいだと思います。今日のしんぶん赤旗によれば、
----------

橋下市長が思想調査

全職員対象「政治家応援活動したか」

大阪


 橋下徹大阪市長が全職員を対象に、「労使関係に関する職員のアンケート調査」という名で思想・良心の自由をふみにじる憲法違反の思想調査を実施していることがわかりました。これに対し、労組、民主団体、法律家から中止を求める声が上がっています。

「業務命令」で回答強制

 同調査に付された橋下市長名の文書は、わざわざ「任意の調査ではありません。市長の業務命令」であり「正確な回答がされない場合は処分の対象となりえます」としています。

 この文書は、9日付でだされ、回答期限は16日です。調査は22項目。氏名の記入のうえ、「特定の政治家を応援する活動(街頭演説を聞いたり、知り合いの住所を知らせるなどを含む)に参加したか」と問い、参加の場合は自分の意思か、誘われての参加か、誘われて参加した場合は誘ったのは組合か、組合以外の者か、誘った人、誘われた場所や時間帯まで記入するように求めています。

 「特定の政治家に投票するよう要請されたことがあるか」「いわゆる『紹介カード』を配布されたことがあるか」との質問も。要請や配布されたことがある場合、要請・配布した人、要請場所・時間を答えさせます。

 さらに、「紹介カード」を「受け取った」と回答した者に対し、返却したのかどうか、そのさい情報を記入したのかしなかったのか、情報を記入した人はなぜ記入したのかの理由を書かせます。

 インターネットサイトでの回答方式になっており、回答したくない項目を飛ばそうとしても、次に進めない仕組みになっています。

 橋下市長は、職員が自らの「違法行為」について真実を報告した場合、懲戒処分の標準的な量定を軽減するとして、「自白」や「密告」を強要しています。

http://www.jcp.or.jp/akahata/aik11/2012-02-14/2012021401_01_1.html
----------
 新聞のサイトってすぐに記事が消されちゃいますのでここにコピーしておきました。

[202] ルツ記 (全) 投稿者=真理子 掲示日=2012/02/14(火) 12:53:42 コメントする ここから閲覧

http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=rut&chapter=1&mode=0
 昨年度の記事は[0:498]
 ルツ記の情報については昨年度の記事を見てください。最後のほうで「おばあさん」って書いたのは間違いで「ひいおばあさん」ですね。
 ユダヤ教聖書では諸書のメギロートに入ってるわけですが、キリスト教聖書のこの順番もあながち不当ではありません。なぜならルツ記はもともと士師記の末尾に入っていたものを分離したという説もあるからです。実際、士師記の最後は士師の話がなく、この時代の陰惨なエピソードがいろいろ掲載されています。そのうちの一つだったわけです。
 この話は昨日読んだタマルの話と同様に、レヴィラート婚、つまり子がないまま夫に先立たれた女は、夫の弟と結婚して子をもうけて、その子に死んだ夫の家系を継がせるという話がからんできますが、タマルの話と同様に、ルツの場合もレヴィラート婚になっていません。なぜならナオミの子は二人とも死んじゃったわけですから。むしろ話のポイントは、3章で強引にエッチをしてしまう相手のボアズです。ルツ3:9の口語訳聖書は「あなたは最も近い親戚です」、新共同訳は「あなたは家を絶やさぬ責任のある方です。」となっていますが、新改訳「あなたは買い戻しの権利のある親類ですから。」、新世界「あなたは買い戻しをされる方なのですから」、関根「あなたは贖い手だからです」のように、たとえば家族の誰かが奴隷となったときにカネを払って買い戻してあげるという制度があり、ゴーエル制と呼ばれます。この制度からの連想で、親戚のあなたが引き取らなきゃダメよというので、強引にエッチをさせてしまったというわけです。
 ルツ記は「非常に美しい物語」と言われていますけど、本来仲が悪いはずのしゅうとめと嫁が仲がいいからなんでしょうか。実際にやってることはかなりしたたかで、女性の強さを感じます。

[201] 2ニフ18章 投稿者=真理子 掲示日=2012/02/13(月) 13:27:09 コメントする ここから閲覧

http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=2ne&chapter=18&mode=0
 イザ8と同じです。1節と4節に出てくる呪文のような言葉は、新共同訳のイザヤ書では(分捕りは早く、略奪は速やかに来る)と訳されています。つまり命名の理由が4節に書かれているわけです。

[200] 詩歌10章 投稿者=真理子 掲示日=2012/02/13(月) 13:19:19 コメントする ここから閲覧

http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=ode&chapter=10&mode=0
 イザ5:1-9と同じです。
 ということは、先日読んだ2ニフ15:1-9とも同じです([186])。
 神様がせっかくいろいろしてくれてるのに、民が悪いもので、必ず滅ぼしてやろうと言ってます。
 7節の「公平を望まれたのに、見よ、流血。正義を望まれたのに、見よ、叫び」というところは、公平がミシュパート、流血がミスパーハ。正義がツェダーカー、叫びがツェアーカーというのでシャレになっています。新共同訳ではちゃんとそのことを書いてあります。

[199] 創世記36-39章 投稿者=真理子 掲示日=2012/02/13(月) 13:05:15 コメントする ここから閲覧

http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=gen&chapter=36&mode=0
 昨年度の記事は[0:496]
 ヤコブの物語が一段落してヨセフの物語になりますが、ヨセフ物語の途中に強引に割り込んでいる38章の話だけします。
 ヤコブの12人の息子のうちユダは子を残すのに苦労します。ホントは他の息子もいろいろあったのかもしれませんが、北王国滅亡(10部族消滅)→南王国の存続→バビロン捕囚→実質的にユダ族のみになる、というプロセスを経て編纂された聖書はユダ族を中心に書きますので、ユダの家に起こったことを詳しく書いているのかもしれません。
 ユダには3人の子がいましたが上の2人(エル、オナン)は次々と死にます。エルの妻タマルは、エルが死ぬとオナンに嫁ぎます。
 レヴィラート婚といって、子がないまま夫に先立たれた女は、夫の弟と結婚して子をもうけて、その子に死んだ夫の家系を継がせるんですね。オナンはそれがイヤだったみたいで膣外射精して神様の怒りに触れて死にます。これがオナニーの語源ですが、もともとは膣外射精だったので自慰をしたわけではありません。だから私はオナニーって聖書をよく読まない和製語なのかと思ったら英語の辞典にもちゃんと載ってますから、キリスト教国でも間違っちゃったんですかね。
 あ、そうだわ。ひょっとしてオナンは「お前とはセックスしてやらん」と言ってタマルを抱かずに目の前で自慰しちゃったのよ。そういう生々しい話は聖書にかけないんで詳しく書いてないだけよ。そうだわ、そうに違いないわ。見せつけオナニーなんて女の気持ちがわからない最低の男ね。最近私はフェミニズム神学に傾倒してるので、こういう話は女が被害者ということにしてしまいますわ。
 元にもどります。本来ならばタマルはエルやオナンの弟シラと結婚するはずだったんですが、それはダメってことでタマルは父ユダの家で飼い殺しにされてしまいます。シラが幼いというのはたぶん口実。子作りくらいはできる年だったのでしょう。実際にはシラまで死んじゃ大変だというのでけ結婚させてもらえなかったのです。タマルは不吉な女とされたようです。
 そこでタマルは神殿娼婦のふりをしてユダを誘惑してセックスしてしまい双子をもうけます。このうちぐずぐずして出てこなかったペレヅの家系がメインになり、ここからダビデやソロモンも出、イエス様も出るわけです。
 ちなみに先に手だけ出したゼラと、全身が出たペレヅのどっちが兄でどっちが弟と認定されたかは、ヘブライ語のアハというのが英語のbrother同様に兄も弟も指すのでよくわかりません。口語訳はゼラを兄としてますが、たいていの訳はどっちも「兄弟」と書いてごまかします。韓国語もそうです。中国語(和合本)はペレヅを「哥哥」(兄さん)と書いてるので口語訳と逆ですね。代上2マタ1はペレヅを先に書いているので、たぶんペレヅが兄さんなんでしょうね。
 ところで、クル4:23によれば、息子の嫁とは結婚しちゃいけないみたいなんで、イスラム教的にはこういう結婚はダメです。もっともその前の節で「過ぎ去った昔のことは問わないが」と書いてあるので、昔はこういうのはよくあったんでしょうね。
 なお、ペレヅ、ゼラ、それから幼いという口実で結婚させてもらえなかったシラは、それぞれ子孫をもうけ、ユダ族の中のペレヅびと、ゼラびと、シラびとという支族を形成します(民26:20)。シラの妻が結局だれになったのかはよくわかりません。タマルかもしれないし、別の女かもしれないし。
 以上、娼婦に化けるという強引なやり方で自己の地位を守った強い女タマルの話でした。

 ちなみに明日読むルツ記では、この話とよく似た話が出てきます。

[198] 2ニフ17章 投稿者=真理子 掲示日=2012/02/12(日) 09:40:21 コメントする ここから閲覧

http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=2ne&chapter=17&mode=0
 金土にクルアーンを読んでまたモルモン経に戻ってきました。ここまでのあらすじをまとめておきましょう。
 ユダ王国の末期に王国の滅亡を予言して迫害されたリーハイは、一族をつれて荒野に逃げます。4番目の息子ニーファイはいろいろな困難にあいながらも荒野を抜けて、船を作って約束の地(アメリカです)に移ります。ここで、ニーファイにずっと反対し続けてきた兄のレーマン率いる人々とその子孫がレーマン人となり、ニーファイの系統の人々とその子孫がニーファイ人となります。ニーファイ人は別の場所に移り住み、そこに神殿を立て、5番目の子ヤコブを祭司にします。
 このヤコブの説教が延々続いていて話が進んでおりません。しかもずっとイザヤ書を引用し続けています。今日はイザヤ書7章とまったく同じです。
 この話は「南北の王名を覚える歌」
http://www.babelbible.net/mariko/bib.cgi?doc=kings&course=bib
の表を見てください。南はアハズ王、北はペカ王。このとき北王国はスリヤ(アラム)と組んで南を攻めたのですが、その話をここでしています。8節のエフライムというのは北王国のこと。まもなく破れるというのは当たりましたが、65年どころか10年ちょっとで的中しちゃいます。もちろん北王国を滅ぼしたのはここにも書かれているアッスリヤ(アッシリヤ)です。
 ここで有名なインマヌエル予言、キリスト教によってイエス・キリスト誕生の予言とされているものもありますが、見てのとおり北王国がまもなく滅ぶというのを「子供が生まれて成長しないうちに」という言い方で表現してるだけのことです。